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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第一章 真夜中の惨劇(一年前)
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パンケーキの店

 早奈の家の前の道を東に向かって少し歩くと、西大路通りという広いバス道路にでる。早奈と隼人は、その大通りに面したカフェにいた。早奈が子供の時、茜ばあさんが、美奈と早奈と隼人をよく連れて来てくれた、パンケーキの美味い昔ながらのカフェである。

「なあ、早奈」

 奥まったテーブル席に腰を下ろした隼人が、出されたコーヒーに口を付けながら、よく通る声で早奈に話し掛けてきた。早奈は食欲がなく、隼人だけがパンケーキをオーダーしたが、彼もそれに手をつける様子はない。

「昨日の朝、美奈はいつも通り、普通に会社に行ったんだよな」

 隼人はおかしなことを聞く。

「昨日の朝だったら、美奈はいつも通り会社に行ったよ。私の方が後から出たから、美奈が家を出たのは、午前八時前かな。それが事件となんか関係あんの?」

「関係あるかどうかはまだわからないけど、でも、昨日の昼頃、家の前で美奈を見たって言う近所の人がいるらしいんだ。ちょうど美奈が車で出掛けるところで、声を掛けたら、今から人に会うって美奈が言ってたらしい」

「家の前で?」

「そう。美奈は昨日、急に誰かと会うことになって、会社からいったん家に戻って来たみたいなんだ。警察にも、美奈が会いに行った人物に心当たりがないかってしつこく聞かれたんだけど……。早奈は何か知らないか?」 

 早奈が初めて聞く話である。何か知らないかと問われても、早奈は美奈から何も聞いていないし、思い浮かぶ人物もいない。それと……、早奈と隼人以外で、美奈が仕事を放り出してまでわざわざ会いに行く人物を早奈は知らない。と言うか、それは美奈らしくないのである。

「俺はてっきり早奈に何かのトラブルがあって、それで会社を飛び出したのかと思ったんだけど、それは違うのか……?」

「それは違うよ。私じゃない。私じゃない誰かと会ったんだよ」

 隼人は「そうなのか?」と言って、不思議そうに首を傾げて考えている。

「なあ、早奈。この事件ってなんかおかしくないか? 警察は怨恨だって言うけど、美奈を殺すほど恨んでいる奴も、美奈が殺されなくちゃいけない理由も、全く思い浮かばない。てか、あの美奈が人の恨みなんか買うはずがないんだ。それに……」

「それに、どうした?」

「あの家の間取りをよく知っているやつなんて、誰かいるか?」

 早奈は黙って首を横に振った。

 美奈も早奈も女の二人暮らしということもあり、よほどの親しい友人でない限り、家には上げないようにしている。そしてその親しい友人でも美奈の部屋は知らない。リビングから迷いなく美奈の部屋まで一直線で行けるのは、早奈を除けば、二人の家に遠慮なく出入りしている隼人だけなのである。

 この事件は、何か変である。家の中に残された奇妙な違和感。わずか五分の犯行。見えない動機と見えない犯人の顔。仕事を放り出してまで美奈がわざわざ会いに行った人物……。

 早奈は黙って考えた。

 やがて二十分くらいが経っただろうか、次第に早奈の中にある考えが芽生えてきた。

 これは、通りすがりの者による犯行でも、顔見知りの者による犯行でもない。もちろん動機は怨恨なんていう単純なものではない。もっとどろどろとした人間の醜い欲望が、この事件の奥深くでうごめいている。美奈が殺された本当の理由は、それを暴き出さない限り、決してわからない。

「美奈を殺したのは、亡霊のような気がする」

 早奈はそう言い切った。

「亡霊?」

 不思議そうに聞く隼人に、早奈は黙ってうなずいた。別に根拠があるわけではない。根拠なんか……。でもそう思えて仕方がないのだ。

 少しして……。

「確かにそうだ。美奈を殺したのは、顔なしののっぺら坊だ。亡霊だって言われると、一番しっくりくる」

 やはり隼人も納得してくれた。

 地中の奥深くでうごめいていた邪悪なものが、ある日突然、地表に顔を出し、それに美奈はやられてしまった。これから警察が事件を捜査し、仮に犯人を検挙したとしても、それだけでは、この事件の真相は決してわからない。自分たちでその邪悪なものを表の世界に引きずり出してやらなければ、美奈が殺された本当の理由はわからない。どうやら、隼人の結論もそこに達したようだ。

「早奈。俺がその亡霊の正体を暴いてやる」

 さっきまで下を向いて暗い顔をしていた隼人が、今はすっかりとその気になって息巻いている。早奈はそんな隼人を見て、思わず吹き出してしまった。

「なんだ? なぜ笑う? 俺、何かおかしなこと言ったか?」

「ごめん。そうじゃなくって、なんか急に自分だけ頑張るみたいなこと言うから……。私もやるからね、亡霊退治」

 早奈の声も少しだけ大きくなった。

「早奈もやるのか? そうか……。そりゃそうだよな。わかった。じゃ、二人でやろう。今から二人で美奈の敵討ちだ」

 隼人もにこっと目を細めた。昨日から泣きっぱなしの早奈の心に少しだけ穏やかな風が吹き抜けてくる。

「ところで、早奈」

「何?」

「まずは食え」

 隼人がすっかりと冷たくなったパンケーキを早奈の前に差し出してきた。たっぷりと蜂蜜のかかった昔懐かしいパンケーキ……。

「そう言えば……」

 早奈は急に腹が減ってきた。

「これは隼人が食べなよ。私は自分でオーダーするから……」

 早奈は冷たくなったパンケーキを隼人に戻し、店中に響く大きな声で、パンケーキのダブルとサラダを注文した。いつまでも泣いてなんかいられない。腹を満たしたら、いよいよ戦闘開始である。


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