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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第七章 首都警察にて
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浅井和宏の腹括り(一)

「隼人さん、早奈さん、嬉しい知らせがあるぞ。あんたたちの容疑が晴れた」

 鉄平がインターネットを見ながら、隼人たちの容疑が晴れたことを教えてくれた。

 近江屋の俊子さんが京都府警にかけ合ってくれたのだろう。鬼塚恭介の遺体の横にあった刃物は、この秋に近江屋から盗まれた洋包丁だったことが、新たな事実として判明したとある。

 隼人は早速、外に出て、近江屋の俊子に電話をかけた。

『浅井さんっていう刑事さんは、いはらしまへんかったんで、違う人に言うときました。それでもよろしかったんどっしゃろか?』

「十分です。おおきに。ありがとうございました」

 隼人が答えると、俊子は、隼人と早奈の容疑が晴れたことを、まるで自分のことのように喜んでくれた。

 鉄平のマンションに帰る途中で、隼人が早奈に声をかけた。

「なあ、早奈。俺、浅井さんに会いに行こうと思っているんだ」

「良いんじゃない。私も行くよ」

 隼人は浅井和宏に調べたことの全てを話し、あることを頼もうと思っていた。

 これから先は、太田虎彦やタケチから逃げていては前には進めない。場合によっては全面対決も必要だし、それには警察の力を借りなければならない。それが隼人の出した答えである。


 二人が部屋に戻ると、早速、鉄平が言ってきた。

「隼人さん、容疑も晴れたし、今からは俺たちのリーダーをやってくれないか」

 飛馬も同じことを言う。

「これからは太田やタケチから逃げているだけでは何も解決しない。俺たちは手足になって動くから、隼人さんがは頭をやってくれ」

「わかった」

 隼人は迷わず了解した。

「鉄平と飛馬に頼みがある。俺と早奈のスマホは、奴らに番号を知られている可能性がある。新しい携帯を二つ契約してもらえないか? もちろん金は払うよ」

「わかった。それはすぐやろう。俺と飛馬の名義で良いな」

 鉄平が即答した。

「それともう一つ。俺と早奈のためにホテルを用意してくれないか。この部屋にずっといるのも迷惑をかけるし、俺たちがホテルを予約すると、また居場所がばれる」

「隼人さん、マナカンがある。あそこを使えば良い」

 マナカンホテルには太田虎彦も泊まっている。見つかる心配もあるが、灯台下暗しだ。隼人と早奈は了解した。

「鉄平と飛馬。俺たちは今から警察に行って、わかったことを全部話してくる。その後、ここで作戦会議だ」

 鉄平と飛馬も了解した。


 タイ警察首都本部はひっきりなしに人が出入りし、一階のフロワーは刑事なのかあるいは犯罪者なのか、多くの人間でごった返していた。

 やはり、人口八百万人を抱える巨大国際都市だ。他の大都市と同じく、警察はあらゆる犯罪との戦いなのであろう。

 ニーナが受付で事情を話すと三階に行けという。三階に行くとここも大騒ぎだ。凶悪犯罪の担当部署のようだ。昨日、殺人事件があり、重要参考人は容疑者から外れ、新しい容疑者が集団で逮捕されたばかりだ。部屋の中は見えないが、何人もの人間が大きな声で叫んでいる。

 隼人たちはニーナを通して、日本から来ている京都府警の浅井和宏という刑事への取次ぎを頼んだ。

 しばらくすると、部屋から浅井和宏が出てきた。すぐに隼人たちに気がつき、手を振って近づいてきた。

 浅井の他にもう一名、タイ警察の若い刑事が同席した。名前はラムセンクライ・ウォンバークルというが、彼は自分のことをナットと呼んでくれと言った。日本への留学経験があり、日本語が話せるそうだ。昨日のニーナの事情聴取も彼が担当したらしい。

「もうそろそろ顔を出す頃だと思っていたよ。しかし、無茶をするな、君たちは……」

 浅井和宏の顔が笑っている。

「俺たちを家宅侵入で逮捕しますか?」

 隼人も笑いながら言い返す。

「いや、俺にはタイでは捜査権も逮捕権もない。しかし、今回もまた君たちを容疑者扱いしてしまって、申し訳ない」

 浅井和宏は神妙な顔をして、素直に非を認めた。

「ところで、浅井さんは、どうしてタイにいるのですか?」

 早奈も少しほっとした表情で、浅井和宏に聞いた。

「それがなあ、早奈さん。落合真由美という人物が俺を訪ねてきたんだ。君たちの姿が見えなくなった、タイに行った可能性があるので、調べてくれって言って……」

「それは、いつのことですか?」

「十二月の十五日、君たちがタイに飛び立った次の日の昼頃だ」

 浅井和宏が出国記録と搭乗記録を調べると、確かに前日の十二月十四日に隼人たちがバンコクに向けて旅立っていることがわかり、その日の深夜便で慌てて浅井和宏もタイにやって来たと言う。

「それで落合真由美はどうしたのですか?」

「彼女も俺と同じ便でバンコクにやって来たよ。ずいぶんと早奈さんのことを心配していたぞ」

「浅井さん、すぐに俺たちを襲った奴らに彼女の写真を見せて、マユミではないかの確認を取ってくれ」

 隼人が勇んで浅井和宏に詰め寄ると、浅井は落ち着いた様子で、「それはもうやったよ」と答えを返してきた。

 浅井和宏は、落合真由美がマユミという名前でコブラに近づき、鬼塚恭介を殺したということで、間違いないと言う。

「鬼塚恭介がタイにいたとは気がつかなくてねえ。彼は偽造パスポートを使ったのか、国境を越えて密入国したのか、いずれにしろ、何らかの方法でタイに入国して、今年の十一月の終わり頃にバンコクに姿を現している。そして、このバンコクでコブラという組織を作ってそのリーダーに収まったようなんだよ」

「コブラ……ですか?」

「鬼塚恭介はどうも十七、八年くらい前から、このバンコクでタイコブラと呼ばれる闇組織のリーダーをやっていたようだ。バンコクで何か悪事を働く時に鬼塚恭介の呼び掛けで集まり、悪事が終わると解散する。神出鬼没な奴らだ。今回も十一月中頃から、メンバーが集まり出したようだ」

 タイ警察もコブラが集結しつつあるという情報は得ていたようだった。

「ところが、今回はそのメンバーの中に落合真由美の意向を受けた者が混ざっていた。金で買収されたんだな。その連中は一昨日の十二月十六日の夜、鬼塚恭介に睡眠導入剤を注入して前後不覚の状態にし、その後、落合真由美が火焔木の家にやって来て、鬼塚恭介を刺し殺したそうだ。君たちを襲ったのは、その落合真由美によって買収された連中で、落合真由美の指示で動いていたと供述している。まっ、自分に都合の悪いことは話さない連中だが、これは本当だろう」

「黒幕はわかったのですか?」

 隼人が聞くと、浅井和宏は困った顔をした。鬼塚恭介の背後関係も、その鬼塚恭介を殺した落合真由美の背後関係もよくわからないのだ。鬼塚恭介の携帯電話やタブレット端末の通信記録を調べても、彼が連絡を取り合っていたのはコブラの連中だけで、黒幕と思える人物は、鬼塚恭介の周囲には見当たらない。

 落合真由美も買収したコブラの連中や仕事上の関係者、友人としか連絡を取り合っておらず、誰が黒幕なのかはわからないようだ。

 日本の警察もタイ警察も、鬼塚恭介や落合真由美には黒幕はおらず、鬼塚恭介殺害事件は、コブラの中の内部抗争という見方で固まりそうとのことである。

「俺にも帰国命令が出てね。もっとも勝手に日本を飛び出して来たんだから仕方がないが……」

 浅井和宏は悔しかった。美奈殺害事件も、鬼塚恭介という被疑者が死亡したことで一件落着となりそうなのだ。

「浅井さん。美奈を殺したのは鬼塚恭介ではない。彼は濡れ衣を着せられたんだ。警察の捜査をかく乱するために……」

「隼人。なぜそう言い切れる?」

「黒幕の名前を知っているからだ。美奈を殺した実行犯の名前も知っている」

「なぜ知っている?」

「悪いがそれは言えない。しかし、犯人の名前は言える。浅井さん、俺を信じてくれ」

 浅井和宏は驚いた。隼人は浅井和宏に視線を真っすぐに向けている。どうやらいい加減なことを言っているのではなさそうだ。

「隼人。言いたいことはわかった。君が調べたことを全部、言ってみろ」

 隼人の話を聞けば、捜査終了という組織の方針に逆らう結果となることは火を見るよりも明らかだ。しかし、浅井和宏もこのまま捜査から手を引くのは口惜しい。とりあえず、隼人の話を聞いてみようと思った。


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