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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第六章 コブラの襲撃
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きつね男と空手男(二)

「彼らは店長も殺したのね」

 しばらく沈黙が続いた後、その静寂を破るように早奈が口を開いた。

「あいつら、滅茶苦茶な奴らだ。人を殺すことなんか、なんとも思っていない」

 鉄平の顔は腹立たしさで溢れている。彼は十一年前の父親の死も太田虎彦とタケチの仕業に違いないと考え、それを証明するためにここまでやって来たと言う。彼もまた十一年前の父親の死と美奈殺害事件は繋がっていると考えているのだ。

 早奈と隼人は、鉄平も自分たちと同じものを追いかけていることにやっと気が付いた。

「鉄平君」

 早奈が真剣な表情で鉄平を見た。

「あなたのお父さんは、交通事故で亡くなったって言ったよね。私の両親も同じ日の同じ時刻、同じ場所で交通事故に遭って亡くなったの。あなたのお父さんと同じ車に乗っていたんだよ」

 早奈は思い出したのだ。両親と一緒に事故で亡くなった人物の名前が小矢部健司で、鉄平君という子供がいたことを……。

 鉄平は驚いた顔で早奈を見た。父親の小矢部健司と一緒に事故に遭った人物の名前を鉄平も覚えていなかったのだ。

 今から十一年前、父親と同じ事故に遭った多岐川夫妻の次女が、今、目の前にいる早奈で、一年前、盗聴でたまたま知ったムスメこと多岐川美奈はその姉だ。

 しばらくして、鉄平が遠い記憶をなぞるように静かに話し出した。

「思い出したよ。俺の母親は、多岐川さんたちがバンコクに引越しをするなら、自分たちもバンコクに移ると言っていた。あの時、やろうとしていたのは送別会でもあり、お互いがバンコクに移ってからも、仲良くするための親睦会でもあったんだ」

 鉄平の両親は、自分たちもバンコクに引っ越しをするために、このマンションを買ったのだ。

「多岐川さん夫婦には女の子がいて、バンコクに呼び寄せるつもりだと母は言っていた。あなたもその子たちと仲良くしなさいとも言われた。その女の子と言うのが……、早奈さんと亡くなった美奈さんか……」

 早奈が初めて聞く話だった。多岐川正一郎と小百合は、美奈と早奈をバンコクに呼び寄せるつもりだったのだ。

 両親が生きていれば、私たちはバンコクに行ったのだろうか? 早奈は、自分はきっとそれを拒否したに違いないと思った。

 それはともかく……。

「ねえ、伊崎睦夫という人物が、会話の中に出てきたことはない?」

 早奈が、一番気になっていることを鉄平と飛馬に聞いた。

「伊崎睦夫? 聞いたことないね」

 鉄平は即答した。

「落合真由美って名前は……?」

「落合真由美? それも知らないね」

 鉄平は飛馬をチラッと見たが、飛馬も首を横に振っている。

「彼らの会話には、仲間らしい人物は誰も登場しない。ただ、飛馬の家を襲撃した実行犯のリーダーは自分のことをオニと呼ばせているし、タケチは美奈さん殺害をオニの仕業に見せ掛けたと言っている。太田虎彦とタケチ以外で会話に出て来る人物は、このオニという奴だけだ。俺は初め、このオニとタケチは同一人物かと思っていたが、どうもそうではないようだ」

 それは隼人も同感だ。タケチとオニが同一人物であれば、タケチは自分の指紋を殺害現場に残して自分の仕業のように見せ掛けたということになる。それでは意味がわからない。

 では、タケチとは伊崎睦夫のことなのだろうか? いや、それもおかしい。伊崎睦夫は、美奈殺害当時、タイにいたのである。

「このタケチって男は、チャイが多岐川ノートを美奈と私に返そうとしていたことを知っていたんだよね」

「ああ、知っていた。チャイがノートを美奈に返したこともその日のうちに知ったんだ。それと……」

「それと……?」

「タケチは俺たちがタイに飛び立つことも、その日の朝には知っていた。俺たちがまだ飛行機に乗り込む前にだ。なあ、早奈」

「何?」

「俺たちがタイに行くことを誰かに言ったか?」

「面談のアポを取った伊崎先生には言ったよ。でも、伊崎先生は彼らの仲間ではなさそうだしね」

「確かに……、伊崎睦夫がタケチの仲間のようには思えない。なら、タケチは誰から俺たちの情報を仕入れているんだろう?」

 それは早奈にもわからない。

「ねえ、隼人」

「なんだ?」

「二十一年前の菌のすり替えも、十一年前の交通事故に見せかけた殺人も、みんな太田虎彦とタケチの仕業だったようね」

 早奈が呆れたような顔で言う。

「そうみたいだ。しかし、この時の動機は菌を奪うことではなかったようだな」

「菌を奪うことが目的でないのなら、彼らは何のために公開実験を失敗に終わらせて、何のために父たちを殺害したんだろう?」

「それは……、わからん」

 隼人は首を傾げた。鉄平から盗聴記録を聞かせてもらってわかったことも多いが、隼人と早奈には、まだまだわからないこともたくさんある。

  わからないこととは……。

 タケチは、多岐川正一郎のことをよく知り、今も美奈と早奈の近くにいる人物である。しかし、伊崎睦夫ではない。では、タケチとはいったい誰なのだろう?

 タケチは、早奈と隼人がタイに渡航することを二人が飛び立つ前に知っていた。伊崎睦夫が彼らの仲間のようには思えない。では、タケチはどこからその情報を手に入れたのだろう?

 美奈殺害の動機は、T737を手に入れるためである。しかし、二十一年前の菌のすり替えや十一年前の多岐川夫妻と小矢部健司殺害の動機は、菌を奪って金に換えることではなかったようだ。では、太田虎彦やタケチの動機は何だったのだろう?

 それと……。

 鬼塚恭介が美奈殺害の濡れ衣を着せられても文句を言わない理由とは……?

 黙って考えていると、少しして鉄平と飛馬が今から出掛けると言い出した。タイに到着した日に、ホテルで見た黒シャツの男が入って行ったアパートを探りに行くようだ。今日はマナカンホテルに泊まると言う。

「隼人さん。それに早奈さんも気をつけた方がいい。タケチは、隼人さんと早奈さんにT737を探させて、それを横取りするつもりだ。T737を見つけたら、また一気に襲い掛かって来るぞ」

 鉄平の言う通りだと隼人は思った。どうも日本にいる時からタケチに踊らされているような気もする。

 しかし、一方で……。

「横取りするつもりなら、なぜ私たちを警察に突き出すような真似をしたんだろう?」

 早奈の言う通りでもある。今日、余計なことをしなければ、タケチはT737を手に入れていた可能性が高いのである。なぜ、早奈と隼人に鬼塚恭介殺害の濡れ衣を着せ、二人を警察に突き出すような真似をしたのか?

 どうも奴らの考えていることがわからない。

 さらに……。隼人には、今朝からの出来事でも、まだどうしても理解出来ないことがある。

 隼人と早奈を襲った連中は、どうして、あの屋台街のアパートに二人が潜伏していることを知ったのだろう? なぜ隼人と早奈が襲われたあの場所に、飛馬がいたのだろう?

 鉄平と飛馬に聞くと、ニーナがいないとわからないことがあるので、彼女が帰って来るまで待ってくれと言う。

 ニーナは今、警察の事情聴取を受けているようだ。隼人は仕方がないので、明日まで待つことにした。

「じゃ、明日の朝にはここに帰って来るから、隼人さんと早奈さんは、それまでこの部屋でじっとしていて下さい。とにかく、容疑が晴れるまで、タケチとその仲間に見つかっちゃあダメですよ」

 そう言って、鉄平と飛馬は部屋を出ていった。


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