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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第六章 コブラの襲撃
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屋台街のアパート(一)

 十二月十七日、サボー村のチャイを訪問しようとしていた日の早朝、隼人は早奈からの電話で叩き起こされた。チェンマイ行きを昼の便にしようと言っていた早奈だが、どうも朝早くに目が覚めてしまい、テレビを見ていたようだ。

「隼人、急いでテレビを見て。NHKでニュースをやっているから……」

 タイでもケーブルテレビで、NHK放送を見ることが出来る。今は朝のニュースの時間だ。

『速報です。本日、日本時間の午前六時三十分頃、タイ・バンコク市内を流れるチャオプラヤー川の畔で、日本人の男性の遺体が見つかったとのことです。所持品から、男性は東京都在住の鬼塚恭介さん四十七歳と思われます。鬼塚さんの遺体の横には、犯行に用いたと思われる血痕の付着した刃物が、落ちていたとのことです。タイ警察は、殺人事件として捜査を行う方針です。詳しいことはわかり次第お伝えいたします。速報です。繰り返しお伝え致します……』

 まだタイから映像は届いていないようで、テロップだけが映し出され、アナウンサーが淡々と原稿を読み上げている。

 今は朝の五時三十五分。日本とは二時間の時差があるから、鬼塚の遺体が見つかってまだ一時間しか経っていない。

 早奈が隼人の部屋にやって来た。

「鬼塚恭介が殺されたみたいね」

「そうみたいだな」

 鬼塚恭介は美奈の殺害現場に指紋を残すという大失態を犯した。それを疎まれて黒幕に処分されたのだろうと隼人は思ったが、何かがおかしい。

 しばらくすると、またニュースが流れてきた。

『先ほどの速報の続きです。バンコク・チャオプラヤー川の畔で、遺体の状態で見つかった鬼塚恭介さん四十七歳は、昨年十二月、京都市北区で起こった多岐川美奈さん、当時二十八歳の殺害事件の重要参考人として、京都府警が行方を追っている人物であることが、判明しました。また法務省入国管理局によりますと、鬼塚恭介という人物が日本国を出国した記録は、認められないとのことです。日本大使館もタイ警察と連携を取りながら、遺体で見つかった人物が、鬼塚さん本人かどうか、慎重に確認作業を進めるとのことです』

「ややこしいことになってきたな」

 隼人は悪い予感がした。美奈を殺害した鬼塚恭介と思われる人物の遺体が、チャオプラヤー川の畔に遺棄され、その凶器も遺体のすぐ横に放り投げられている。

「早奈、すぐに荷物をまとめてこのホテルを出よう。俺は今からニーナに電話をして、迎えに来てもらう。早奈、急げ」

 隼人の決断は早かった。急いで着替え、ニーナに電話をして、荷物をまとめた。

 逃げたと思われるのは癪に障る。二人はエレベーターで一階まで行き、普通にチェックアウトをした。特に何も問題はない。

 玄関からホテルを出ようかという時である。パトカーがサイレンを鳴らしながらやって来て、玄関前で停まるのが見えた。

「早奈、こっちだ。裏口から出よう」

 早奈と隼人が裏口に通じる廊下を曲がり、顔だけを出して様子を伺っていると、刑事らしい人物が三人、フロントに向かうのが見えた。

 早奈と隼人は見つからないように、裏口から外に出た。外は真っ暗だ。見ると少し先に車の修理工場らしき建屋がある。

 二人はそこの木陰に隠れて、ニーナが来るのを待つことにした。やがて裏口にも別のパトカーがやってきてホテルは封鎖された。

「危なかった。間一髪だ」

 しばらくすると、ニーナから電話が掛かってきた。

「隼人さん、ホテルはパトカーで封鎖されています。今、どこにおられますか?」

 隼人が裏口の先にある修理工場の場所を言うと、すぐにニーナがやってきた。

「うまく抜け出せて良かったです。先ほどラジオのニュースで、鬼塚恭介という日本人が殺されて、その遺体の横に、お二人のものと思われる指紋のついたナイフが、捨てられていたと言っていました。隼人さん、殺したのですか?」

 車を走らせながら、ニーナが言った。

「殺すわけないだろう、ニーナ」

「冗談です。すみません」

 こんな時にニーナは見かけによらず悪い冗談を言う。

「しかし……、それにしても指紋とは……」

 凶器となった刃物からは早奈と隼人の指紋が検出されたようだ。タイ警察は重要参考人として、二人から事情を聞こうとしたが、隼人が入国の際に滞在場所として申告したホテルは、キャンセルされていて二人の行方はわからない。

 早奈と隼人が意図的に消息を絶ったと警察は考え、急遽、二人が泊まっているホテルを割り出して、事情を聞きに押し掛けたのだろう。

 二人には鬼塚恭介を殺す動機がある。状況から言って、逮捕される可能性が高い。

 いったい誰が何のために……? 早奈にも隼人にもさっぱりとわからなかった。

 早奈がスマホでインターネット記事をチェックする。

「本当だ、載っているよ」


【十二月十七日午前六時十分配信】

『本日午前六時のタイ警察記者会見によると、今朝、バンコク・チャオプラヤー川の畔で発見された日本人男性の遺体は、指紋照合の結果、東京都在住の鬼塚恭介さん四十七歳と特定された。またこの鬼塚さんの遺体の横に落ちていた刃物の柄からは、数日前にタイに入国した日本人男性A(二十九歳)と、同行の日本人女性B(二十七歳)の指紋が検出されたとのことである。指紋が検出された日本人男女は、入国後すぐにタイ国内で消息を絶っており、タイ警察は鬼塚さん殺害の重要参考人として、その行方を追っている』


「名前は伏せているが、この日本人男性Aと日本人女性Bは明らかに俺たちだな。まだ重要参考人の段階だが、容疑者になるのは時間の問題だ」

 隼人が早奈のスマホを見て、あきれたように言う。

「私の年齢、間違ってるぞ」

 早奈は違うところで頭に血が上っている。

「お二人とも携帯の電源を切って頂けますか。GPSで警察に居場所がわかってしまいますので……」

 ニーナは車を停めて、誰かに電話を掛け始めた。

「空いているアパートを持っている友人がいるのを思い出して、電話をしました。鍵は開いているので、自由に使えと言ってくれました。今からそちらに向かいます」

 ニーナは、再び車を走らせた。

 車はバンコク市内を三十分ほど走り、やがて細い通路の前で停まった。ここから先、車は通れない。道幅は四メートル位、両側には屋台のような建屋が並んでいる。

 朝が早いので通路には誰一人いない。紙屑が散乱し、犬が何匹か横たわっている。

 空が明るくなってきた。ニーナは早奈と隼人を連れて通路を進み、やがてアパートのようなモルタル作りの建物に入って行った。

「しばらくこの部屋をお使い下さい。誰も使っていないと友人は言っていました」

 ニーナはそう言って、二階の部屋に早奈と隼人を案内した。

 ベッドが一つだけポツンと置いてある。モルタルの壁が剥き出しとなった、何もない空間だ。窓からは裏の路地が見える。

 しばらくすると、ニーナに電話が掛かってきた。

「隼人さん、早奈さん、私は行かなければならなくなりました。必ず戻りますので、決してこの部屋から出ないで下さい。それと携帯の電源は入れないように……。居場所がすぐに特定されますので……」

 そう言ってニーナはあたふたと部屋を出て行った。気のせいか、ニーナの顔が青ざめているように見える。


 ベッドに腰かけて早奈と隼人は途方にくれていた。キャリーバッグはニーナの車に積んだままだ。

「なぜ凶器に私たちの指紋が付いていたんだろう?」

「わからん」

「何のために私たちを警察に突き出そうとしてるんだろう?」

「わからん」

「ねえ……」

「なんだ?」

「どうしてテレビのニュースを見た時、すぐにホテルを出ようと思ったの?」

「それか……? それは……、殺人犯にとって、遺体と凶器は人目につかないところに隠しておきたいと思うのが、普通だろう。それなのに、犯人はすぐ発見されるところに、遺体を放り投げている。わざわざ凶器も付けてだ。そこに何かの作為を感じたんだ」

 朝の四時半といえばまだ真っ暗だ。そんな時間に、すぐに発見されるような目立つ場所に遺体を遺棄するのはおかしい、しかも凶器も一緒に……。それが隼人の抱いた違和感だった。

 ホテルを抜け出し、凶器に隼人たちの指紋が付いていると知って、隼人の違和感は確信となった。誰が鬼塚恭介を殺したのかはわからないが、その犯人は明らかに隼人たちを警察に突き出そうとしている。

 しかし、何のために? それがさっぱりわからない。

「ねえ……」

「なんだ」

「和賀寺先生の資料をどうやって見るかの相談をしていた時、どうして警察に言おうなんて、心にもないことを言ったの?」

 早奈が前から気になっていたことを隼人に聞いた。

「あれか……? そうだな、あの時、落合真由美に動きをコントロールされているような気になったんだ。だから、あそこで、あれ以上の話をしてはいけないと、漠然とそう思ったんだ。ひょっとすると、その勘は当たっていたかもしれないぞ」

「落合真由美は犯人の仲間?」

「そうだ。恐らく、あいつは仲間だ」

 しかし、落合真由美が犯人の仲間であろうがなかろうが、なぜ、早奈と隼人が鬼塚恭介殺害の濡れ衣を着せられなければならないのか、隼人にはそれがさっぱりわからない。

「くそっ」

 完全に夜が明けた。今日も腹が立つくらい良い天気だ。


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