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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第五章 微笑みの国
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十二月十四日、ニーナとの出会い

 関西国際空港から六時間弱のフライトを経て、早奈と隼人はバンコク・スワンナプーム国際空港に降り立った。

「結構、揺れたよな。なっ、早奈」

 空港に足を踏み入れて、最初に隼人が早奈に掛けた言葉だ。そう言われても、飛行機が飛び立ってから到着するまで、ずっと爆睡していた早奈には、それはよくわからない。

「でも、大きい空港ねえ。人もいっぱいいるし……」

 スワンナプーム国際空港は、多種多様の民族の坩堝だった。

 西洋や東アジアはもちろん、中近東やアフリカ、インド、南太平洋からやって来たと思われる様々な衣装を身に着けた旅行者が目に入る。

 ある者は、次の渡航地に向けてのしばしの休息を空港内で取り、またある者は、入国審査のためのゲートに向かって歩いて行く。早奈や隼人も彼らに負けないよう入国審査に向かった。

「通訳は……、どこにいるのかな」

 早奈は辺りをキョロキョロと見渡した。

 タイの街中では、日本語はもちろん、英語すら通じるかどうかは怪しいと聞いていたので、隼人は知り合いのタイ人に、通訳を紹介してくれるよう頼んだのだ。

 快く、引き受けてくれたのは良いのだが、待ち合わせの場所も時間も何も決まっていない。通訳の名前さえ聞いていない。

「到着ロビーで隼人たちを見つけるから大丈夫。細かいことは気にするな」と言ったきり、それ以上、何を問い合わせてもピタッと返信が止まった。

「あいつ、今は、アメリカに住んでいるからなあ。こっちで文句を言うわけにもいかない」

 到着ロビーに出ると、辺り一面、ごった返すように人がいる。タイに入ってきた人とそれを出迎える人が混ざり合って、黒山の人だかりだ。これでは探すのは無理だろう。そう諦めかけた時……。

「キリシマさん……、タキガワさん……、ですね」

 という声が聞こえた。

 振り返ると『キリシマハヤト様、タキガワサナ様』と書かれたプラカードを掲げた美しい女性が立っている。

「よくいらっしゃいました。私が通訳をさせていただくニーナです」

 流暢な日本語で語りかけてくる。

「良かった。会えなかったらどうしようかと思っていた。僕たちが桐島隼人、多岐川早奈だって、どうやってわかりました?」

「何となく雰囲気で……。超イケメンと超美人って聞いていたからすぐにわかりましたよ」

 ニーナはにこにこして答える。さすがは微笑みの国だ。

 彼女の名前はスヌルユット・ティラアーラヤーニ。ニーナというのはニックネームだ。

 タイ人の名前は、長くてタイ人同士でも覚えにくいので、生まれた時にニックネームをつけてもらい、それで呼び合うのが慣習らしい。

「なぜ、ニーナというニックネームなんだ?」

 隼人が嬉しそうな顔をしてニーナにすり寄って行く。早奈は、ふうんという顔をしている。

「本当はニーナではなくてニナなのです。しかし、ニーナの方が日本の方には受けが良いのでそうしています」

 ニーナは、『それ以上は説明が面倒くさいから聞いてくれるな』という顔をした。


 ニーナが車を近くまで持って来ると言うので、二人は外に出て、道路沿いで待つことにした。緑地帯に植えられたココヤシの木が真っ直ぐに青い空に向かって伸び、南国らしい景観を作り出している。

 暑い……。それがバンコクの第一印象だった。

 冬の日本から来たということもあるのだろう、外に出るとむっとした熱波が襲ってくる。しかも、もう夕方の四時を過ぎているというのに……。

 やがて、ニーナが日本製のSUVを運転し、早奈と隼人の前で停まった。座席も広く、エアコンもよく効いていて気持ちが良い。なんだか、ほっとして眠りそうになってしまう。

「タイは初めてですか?」

 ニーナが聞いてくる。

「俺は初めて。早奈は子供の頃に何度か来たことが……ある……よな?」

「でも、あまり覚えてない。以前からこんなに車が多かったかな?」

 早奈は窓の風景を見ながら言った。

「私の子供の頃と比べると、ものすごく車が増えました。特に、朝夕は渋滞が激しいです。今日もそろそろ混み出す頃ですね」

 確かに、街には車があふれかえっている。それはそれで問題なのかも知れないが、そこに、この南の国のバイタリティのようなものを隼人は感じた。

「そうそう、ちょっとした手違いがあって、お泊りになるホテルを変更させて頂きました。少し繁華街からは離れますが、もともとお泊りになる予定のホテルより、ランクは上だし、値段はお安いです。周囲には大使館や領事館があって、環境は良いですよ」

 ニーナは自分がよく使うホテルに変更したと言う。

 何があったのかと聞くと、今日、ニーナがホテルに確認の電話を入れたら、ホテル側は部屋を一つしか押さえていなかったらしい。早奈と隼人の二人で一つの部屋で良いと勘違いしたようだ。いずれにしろ、ホテルは日本の旅行代理店が手配したものであり、ニーナに責任はない。

 車は渋滞している道を少しずつ進む。道路標識に地名らしきものが表示されているが、タイ文字で書かれているので全くわからない。

 やがて、ホテルに着いた。

「では、夕食は六時三十分にしましょう。シャワーでも浴びてこのロビーに六時三十分に集合して下さい」

 ニーナは夕食の予約も入れてくれているようだ。


 夕食はニーナがシーフードの店を予約してくれていた。店の半分以上は大きなマーケットになっている。魚介類や果物類がずらっと並んでおり、ここで自分たちの食材を選んで、調理してもらうようだ。

 早奈と隼人は車海老と渡り蟹、キジハタと鯛によく似た魚、そしてマンゴーとパイナップルを選び、刺身は少し怖いので唐揚げ、塩焼き、それと中華風の炒め物にしてもらった。店は満席だ。

「このマンゴー、おいしいわぁ」

 早奈も隼人も満足そうだ。料理も良いが、特に濃厚なマンゴーは絶品だった。

 しかし、綺麗な人だ……。

 食事も終わろうかという時、早奈は少し酔いも回ってきたのか、思わずニーナに見とれてしまった。大きく見開いた目と彫りの深い顔立ち、背丈は変わらないのに、腰の位置は早奈より高いように思える。

 ニーナを見つめていると、彼女は何か勘違いしたようだ。

「私はモン族の出身です」

 ニーナは、自分がタイ族とは違う顔立ちをしていることに、早奈が関心を持っていると思ったのだ。

「ええ? ああ、そうですか。モン族ですか。いえ、あの、別に、それが聞きたかったわけじゃあなくって……、何というか、綺麗だなって思って……。目がぱっちりしていて、鼻が高くで彫りが深くて……。それが言いたかったのよ」

 早奈の正直な感想だ。

「そんなあ、綺麗だなんてとんでもありません。早奈さんの方が、ずっと洗練されていてお綺麗ですよ。スタイルも良いし……。初めてお会いした時、正直言って、あまりにお美しいのでびっくりしました」

 早奈とニーナの火花の飛び散る褒め合いが始まった。本能的に立ち入らない方が良いと思った隼人は、マンゴーを口いっぱいに放り入れて、モグモグすることにした。

「そうそう、部屋には大きなベッドが二つもあったわあ。ニーナも一緒に泊まったら……」

「私は自分の家に帰ります。早奈さんは、お一人でゆっくりとお過ごし下さい」

 早奈が嬉しそうに言ったが、ニーナにはやんわりと断られた。

「ここに来る途中、屋台があったけど、あそこ、面白そうねぇ」

 早奈は昼間に十分な睡眠を取ったためか、目が飢えた狼にように爛々と輝いている。

「駄目だ。今日はおとなしく部屋に帰って、早く寝ろ」

 隼人にも反対されて、早奈はしぶしぶ部屋に戻ることにした。

 午後十時を過ぎ、バンコクの暑さは少し和らいできたようだ。


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