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亡霊のたくらみ  作者: 長栄堂
第二章 晩秋の夕暮れ(現在)
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盗まれたファイル

 翌日の昼過ぎ、早奈と隼人は洛西大学エネルギー科学研究センターを訪れた。センターのシステム係を訪問するためである。

 家を出る前、京都府警の浅井和宏刑事から、早奈に電話が掛かってきた。本棚にあったノートから、チャイの指紋を検出したとのことだ。

「あのノートは美奈がチャイから受け取ったもので間違いないね」

「美奈はチャイと何の話をしたんだろう」

 廊下を歩いていると、向こうから手を振りながら近づいてくる人物がいる。伊崎教授の助手を務めている落合真由美という研究員である。

「多岐川。今日は休みじゃなかったっけ? どうしたんだ?」

 人懐こい笑顔を振りまきながら、早奈に話しかけてきた。

 早奈が今からシステム係に行くことを伝えると、

「僕も行ってもいいかな? 伊崎先生、どうも本当のことを言っているような気がしないんだ。なんか怪しいよ」と落合真由美が言い、彼女も同行することになった。


 早奈たちがシステム係の部屋に入ると、他のスタッフは出払っているのか、黒縁メガネを掛けた小太りの男が、一人パソコンと睨み合いをしている。

「あのお、すみません。ちょっと調べて頂きたいことがあるのですが……」

 黒縁メガネが早奈たちを見た。

「伊崎先生の秘書をやっている多岐川と申しますが、実は、先日の侵入事件の件で、相談したいことがありまして……」

 隼人より秘書の早奈の方が自然に聞けるだろうという理由で、早奈が対応した。

「不審者侵入事件? あの真夜中に誰かが窓を破って、伊崎先生の部屋に入った事件のことですね。何でしょう?」

「不審者がパソコンに不正アクセスした痕跡がないのかどうか、もう一度、専門家の意見をお伺いしたいのですが……。こちらで調べて頂くことは出来ないでしょうか?」

 早奈は頭を下げて、黒縁メガネに頼み込んだ。

「いいですよ。調べればすぐわかりますから、今からやりましょう」

 そう言って黒縁メガネは作業に入ってくれた。胸のネームプレートを見ると高柳と書いてある。

「ありがとうございます、高柳さん」

 早奈も近くの椅子を引き寄せて高柳の横に座った。落合真由美も椅子を持ってきて早奈の横に座った。隼人はその後ろに立って、高柳の作業を見ることにした。

 研究センターでは、全てのファイルはセンターのサーバーに保存している。高柳は、そのサーバー内の伊崎睦夫のフォルダーをチェックすることから、作業を始めるようだ。

 少しして、画面を見ながら高柳が言った。

「不審者が部屋に忍び込んだのは、十一月二十一日から二十二日にかけての深夜ですよね。特に伊崎先生のフォルダーにアクセスした痕跡は残っていないですね」

「そうですか」

 早奈が残念そうに言うと、高柳はさらにチェックを続けてくれた。

「あれ、おかしいな。十一月二十二日の午前一時十四分に、伊崎先生のパソコンの電源が入っていますね。間違いない、誰かが伊崎先生のパソコンを立ち上げています」

 侵入者は、どうも伊崎睦夫のパソコンから他の人物のフォルダーにアクセスしたようだ。

「和賀寺先生のフォルダーが怪しいな」

 そう言いながら、高柳がまたキーボードをたたいた。

「間違いない、和賀寺先生のフォルダーにアクセスしていますね」

 高柳が汗を拭きながら言った。

「いや参った。和賀寺先生には、もう少しわかりにくいパスワードを設定するようにお願いしているのですがね」

 和賀寺先生と言うのは、エネルギー科学研究センターの教授で、バイオ燃料用の新種米の開発に携わっているこの分野の第一人者だ。日本バイオ燃料学会の副会長もやっている。

「侵入者がどのファイルを見たのか、わかりますか?」

「わかりますが、そこまで調べる必要があるのですか?」

「ええ、出来れば知りたいんです」

 早奈がそう言うと、高柳は作業を続けてくれた。

「経済産業省の研究助成金の申請書ですね。タイトルは『日タイ合同プロジェクト/タイ東北部におけるバイオ燃料生産のための実証研究』となっています。見たファイルはUSBか何かの外部メモリーにコピーしていますね」

 侵入者が盗み出した資料は、あっさりとわかった。

 早奈はその資料の中身を見せてもらおうと頑張ったが、さすがに、それは高柳でも見ることが出来ないらしく、断られた。

 しかし、なぜ、わざわざ伊崎のパソコンからアクセスしたのだろう?

「ネットワークに繋がっているパソコンであれば、どこからでも和賀寺先生のフォルダーにアクセス出来ます。IDとパスワードがわかっていればですが……。伊崎先生の部屋が、一番入り易かったんじゃあないですかね、犯人にとって……」

 高柳はあっさりと答えた。

「深夜に誰かが伊崎先生のパソコンを立ち上げたことは、伊崎先生なら、自分のパソコンを調べれば、すぐにわかりますよね」

「ええ、パソコンにON/OFFの記録が残るので、すぐにわかりますよ」

 知りたい情報は全て取れた。三人は高柳に礼を言って、システム係を後にした。


「意外と簡単にわかったな。ところで多岐川、今から僕の部屋に来ないか。コーヒーでもいれるよ」

 侵入者が盗み出した資料はわかった。問題はどうやってその資料を見るかだ。落合真由美が、彼女の部屋でそれを相談しようと言った。

 早奈が落合真由美に聞く。

「和賀寺先生に頼んでも、資料は見せてくれないよね」

「まだ公開されていない資料だからね。無理だろうな。僕が頼んでやろうか?」

「落合さんが頼んだら、見せてくれそう?」

「多分、見せてくれると思う。僕もこのプロジェクトにもうすぐ関係することになるんだ。石松フーズに就職することにしたからね」

「そう言えば、石松フーズから誘いがあるって言っていたけど、決まったんだ。良かったね」

「石松フーズからは、就職したらこのプロジェクトを担当してくれって言われているから、プロジェクトの内容を今から勉強しておきたいって言えば、和賀寺先生は、きっと資料を見せてくれるよ。僕が見て、後から多岐川に内容を教えてやるよ」

「それしか、ないかな? わかった。じゃ、お願いするね」

 それで、話がまとまりかけたが、その時、隼人が強い口調で口を出してきた。

「駄目だ。警察に頼もう」

「警察? 駄目だよ、そんなことしちゃあ。和賀寺先生に迷惑をかけるじゃない」

「駄目だ」

 どういうわけか、隼人は譲らない。

「どうして警察に言おうなんて言い出すんだよ。おかしいよ」

 早奈が何を言っても隼人は譲る様子を見せない。

 しばらく早奈は隼人をじっと睨みつけていたが、頭にきたのか、隼人からぷいっと目を逸らし、自分のノートパソコンをバッグから取り出した。それを机に置いて、荒々しい仕草でキーボードをたたき始めた。

 和賀寺永昌のフォルダーに入り込み、ファイルの中身を見ようとしているのだ。和賀寺のパスワードはおおよそ想像がつく。

 それを見て、隼人が強い口調で、「やめろ」と言った。

 しかし、今度は早奈が譲らない。

「落合さんに頼むのが嫌なら、こうするしかないじゃない。警察に頼むなんて、どうかしてるよ」

 落合真由美の前で、早奈と隼人の喧嘩が始まった。

「早奈、やめろ。他人のフォルダーに入り込むのは犯罪だ」

「それがどうしたのよ。なら、落合さんに頼めばいいじゃない。何、意地張ってんのよ」

「バカ野郎」

 隼人の怒鳴り声が、部屋中に響いた。

 早奈はこんな隼人を初めて見た。両親を亡くした時も、姉を亡くした時も、行き場を失くした早奈に隼人はいつも優しく接してくれた。その隼人が怒鳴ったことに、早奈はびっくりした。

 泣き出したくなったが、涙を見られるのも癪に障る。早奈は「バカはどっちよ」と大きな声で言いながら、隼人と落合真由美を残して大学を飛び出した。


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