水魔法の使い方 6
「虫は、飛ぶ羽があるわけですから、やはり炎系で羽を焼くのが一番効果があるでしょうな」
ルフトが、それとなくユコナに提案していた。ユコナもそれを受けてうなずく。
「そうですね。卵の方は水面を凍らせましょう。それで、卵は駆除できそうです。上の虫は、ルフトさんが言うように、炎で焼いちゃうのがよいと思います」
「え?ユコナがやるのかい?しかし、この池、反対側まで100mはありそうだよ。さっき無茶したのにだいじょうぶかい?それに、あまり池には近づかないほうがいいと思うなぁ」
プヨンはそれとなく聞いてみた、
「そうですね。ここからやります。でも、プヨンはできるのでしょう?なら、私だってやれますよ」
とりあえず、いきなり池全部じゃなくてもいいし、氷も炎もそこまで難しくはない。ユコナはなんとなくムキになっているように見えたが、プヨンとしてはとりあえずユコナのやりたいようにさせることにした。森に火がつくようなヘマもしないだろう。フィナも、成り行きを見守っていた。
それとなく周囲を見ると、今いる森の端から池までの数mは岩場になっている。たぶん、池のふちに近づくと虫がいっぱい寄ってくる。誰にとっても近寄りたくないはずだ。
「私は、炎は苦手なので、水面付近の卵の冷凍から・・・」
そういうと、ユコナは、プヨン達から少し離れ2mほど池のほうに寄っていった。
「氷雪の女王よ、我に力を。万物を凍てつかせよ・・・。パルマフロスト・・・」
適度な量にするためか、なぜか、いつもの威勢のいい声でなく、小声でささやいているのが聞こえた。
(あれは、威力調整なのかな?声で威力を調整するのか?さすがに虫は声で気づいたりはしないだろうに・・・)
プヨンがそう考えていると、
ユコナのいるそばの池の端から水が凍っていくのが見えた。いつもの一定量の氷魔法と違って、池全体を凍らせようとしているらしい。水面に見えていたさざ波による光のきらめきが見えなくなり、でこぼこの凍った白い水面が広がっていく。
「くっ。池全体となると、こんなに疲労が激しいとは・・・」
「それは、仕方ないよ。水と空気じゃ温度を下げるのに必要なエネルギーが全然違うし。それに、手元で凍らせてないから、遠くにいくに従って効率も落ちるしね」
「それは、そうなのですが、しかし、こんなに厳しいとは・・・」
ユコナの頑張りを他人事のようにプヨンは批評していた。
「ユ、ユコナ様。さ、さすがです」
一方で、ユコナの氷魔法を目の当たりにしたことに驚いたのか、ルフトがぼそっと呟いていた。
「で、では、私も及ばずながら・・・」
ユコナが作る氷面が広がっていく上を、ルフトが数発、火球を打ち出した、虫の群れに打ち込んでいたが、数発の火球では、ごくごく一部を焼き落としただけで、焼け石に水だった。
「おぉ、ユコナやるなー。けっこう大きな氷ができたよ」
しばらく様子を見ていたプヨンだったが、ユコナの作った氷が8m四方くらいまで広がったところで、大きな声で呼びかけてみた。
「は・・・はい。そろそろ無理かも」
ユコナは、さっきも一度水を大量に出したこともあって、ほんとに限界そうだった。池を見ると、手前は水深も浅いからか完全に底まで凍っているようだ。池の端から10mくらいまでは一枚の氷の板になっている。ただ、そこから先は水面の上を、小さく薄い氷の板がばらばらと浮きはじめる。流氷のように完全には凍りきってはいなかった。その氷の塊もまばらになり、15mもいくともう水しかなかった。100m先の対岸はまだまだ遠そうだ。
ルフトも、10発程度火球を打ち出したあとは地面にへたり込んでいた。火球の通った付近の虫が焼け落ちていくが、虫は目に見えて減ったとは思えなかった。
「ちょっと、休憩です」
ふらふらとユコナが戻ってきた。
それを見て、プヨンはフィナに確認する。
「フィナどうしよ」
「アイデアはよさそうよね。でも、池は広いわねー。まだまだ、一部分だけって感じだけどー」
「そっかー。まぁ、ユコナのを見て方法は考えたよ。水面を凍らせて、同時に、上空は炎とかでズバッとやればいいんだな」
プヨンは、どうするか考えがまとまったよ。
「わかった、フィナ。じゃぁ、ちょっとやってみるよ・・・インクリーボン。とりゃ」
池の水から熱エネルギーを奪う。そして、その熱は空中で使うことで炎と熱風のリボンがインクリメントされていく。熱を転写する、インクリボン効果だ。自分が出すエネルギーを直接使わず、水から空中に移し替えているだけだから、とても効率よく氷と炎ができていく。氷は5cmくらいの厚みだから、炎の温度は低めだと思われるが、羽虫を焼き落とすという目的からするとそれで十分だった。
「わぁ、きれいね」
プヨンから一番近い池の岸辺の水が凍る。そして、その氷の上に1mくらいの炎の薄い壁があらわれた。そこから、池の水が中央部に向かって凍りついていき、そのすぐ上を1mくらいの炎のリボンが、まるで大きな波のように広がっていく。水面のすぐ上を飛んでいた羽虫たちは、炎のリボンに巻き込まれ、焼け落ちていくのがみえた。
「プ、プヨン・・・」
ユコナは何か言おうとしたが、結局何もいわず、そのまま炎の波が池の上を伝わっていくのを黙ってみていた。やがて、氷の端が池の反対側まで届き、その上の炎の波も対岸までいきわたったようだった。炎は、エネルギーの供給を断たれると、氷の上では燃料もないため、まもなく消えてしまった。
「よし、フィナ、こんなもんでどう?」
「卵は全滅じゃないけど、大半は駆除できたし、上空はまだまだいっぱい飛んでいるから、ちょうどいいんじゃないかな。ところで、氷はこのまま?」
「それは大丈夫でしょ。そんな厚い氷でもないし、すぐ溶けると思うよ、これでいいと思う?」
「うん。かなり激減すると思うよ。じゃぁ、もどりましょうか」
レスルの依頼は、とりあえず様子見してきてほしい。その上で、できる範囲で駆除しておく、ということだった。これはおおよそ達成できたと思われた。ユコナとルフトはなんとなくぼーっとしているように見えるが、フィナを先頭に、もときた道を戻ることにした。
特に、何か問題もなく、4人は森を出た。フィナとはすぐに別れ、3人で町に戻っていく。フィナと別れてからは、整備された街道沿いで、特に何もなく歩き続けた。帰りも、ユコナが先頭で、ルフトとプヨンが並んでいた。
ルフトは、ユコナが小さい頃から魔法に対して強い熱意をもっていた話をいろいろと教えてくれた。ユコナは、小さい頃のことを話されるのが恥ずかしいのか、ルフトがプヨンに、ユコナには紳士的に接しろということをしつこく言うことが恥ずかしいからなのか、少しずつ距離を開けて歩くようになっていった。ルフトがプヨンにあまりにも紳士を要求するので、プヨンはちょっとやり返すことにした。
「ルフトさん、僕はとても紳士なんですよ・・・ほんとは」
「なにぃ。なぜ、そう思うのだ」
「だって、ルフトさんは、ユコナの護衛をしているとき、姿を消していますよね?」
「あぁ、それがなんだというのだ」
「ユコナ達と、先日、温泉に護衛に行ったのはついてきていましたか?」
「もちろんだ。だが、あれは危なかったな。たいへんな相手だった。よく切り抜けられたものだ」
(そういえば、あのとき、ルフトは助けに出なかったな。それはそれで問題では?)
とプヨンは思ったが、あえて、そこには触れず、
「なるほど。でも、僕は、ユコナの入浴中の護衛には触れませんよ。紳士ですから」
「な、なんだと・・・」
ルフトは、プヨンの言う意味を再確認する。そして、理解するとドキッとして考え込んでしまった。あの時は出口で待っていたわけだが、それは自分しかわからない。たしかに、プヨンにこう主張されたら反論は難しいかもしれない。
「むぅ・・・」
それもあって、ルフトは押し黙ってしまった。
結局、疲れていたこともあって、3人は無言のまま歩き続けた。ユコナは、なぜ、急にルフトが黙ったのか不思議そうだったが。
 




