護衛の仕方2
ユトリナからバトイシュルまでの街道は、歩くと2日弱、馬車だと1日はかからない程度の距離だ。もともとウィステリア山に向かう巡礼者が大勢通るため、街道も整備されており、盗賊などもまず出ることはなく、普段は危険らしい危険はなかった。天気もよく順調にすすんでいく。やがて2時間ほど経った頃、
「サラリス、今から1曲歌います」「ユコナ、2番いきます」
(あぁ、音姫ね)
レコーディングタイムがきたようで、音入れタイムが取られた。そんなことを2度ほど繰り返し、工程の7割がたが終わっていた。ちょうど国境を超えるところくらいで、この峠部分を超えたら目的の町が見えるそんなところまできていたところで、急に馬車が停まった。プヨン、ユコナ、サラリスは、うとうとしていたところで、目が覚め前を見ると、ハリーともう1人が馬車を降り、前方に歩いていくところだった。ホイザーはその先を見ながらつぶやいているのが聞こえた。
「なんだ、あの連中は?」
そう言われて、プヨンが道の先の方を見ると、20mほど前方に軽武装だが兵士らしいのが見え、動かずじっとこちらを立っていた。こちらを見つめているようにしか見えない。その兵士たちに、ハリーが警戒しながら近づいていくのを見守っていた。たしかに、こんなところで、武装兵がいると何かあったと思ってしまう。そう思っていると、いきなり、相手の4人が同時に武器を抜いた。それを見たハリーは、慌ててこちらに戻ってくる。
「おい、お前ら、出番だ」
残りのメンバーに声をかけるのが聞こえる。こちらも態勢を整えようとしているようだ。
「お前らはそこにいろよ」
それを見て、ホイザーは、プヨン達に向かってそう叫び、前方に合流すべく慌てて馬車を降りて、馬を固定した。
「まさか、盗賊か。しかし、こちらはあきらかに武装している上に、金目の物を積んだ商人の荷馬車でもないのがわかりそうなもんだがなぁ。しかも自分たちのほうが人数も少ないのに何を考えていやがるだ」
「・・・いや、いやがるんだ」
(なんだ?地元なまりか?舌でも噛んだか?)
ふいのホイザーのへんな言い回しも気になったが、内容を理解したプヨンも一瞬で眠気がとんでいた。サラリス、ユコナも警戒して身構えており、かなり緊張しているのが感じ取れた。今までも攻撃として魔法を使ってきたことはあったが、人相手で、自分たちも攻撃される立場となると初めてのことだ。いくら後ろにいろと言われても緊張しないのは無理だった。
「できれば、相手を生きたまま捕まえてくれ。腑に落ちないから、理由を問いただしたい」
ホイザーの声が聞こえた。相手の兵士は、走ってきているように見えるのだが、妙に緩慢とした動きだった。ハリー他先頭はすでに戦闘状態に入っており、金属の打ち合う音も聞こえてきた。ただ、プヨンの素人目に見ても、おかしな戦闘だった。魔法や弓矢の後方支援もなく、低年齢もいるとはいえ、数にも劣る4人でやみくもに打ち込んでくるだけだった。やたら、おおぶりな動きにみえる。
「無茶をするなよ」「右から回り込め」
ハリーやホイザーの掛け声が聞こえ、それに呼応する味方の声も聞こえる。人数も互角以上のうえ技術的にもハリー側に分があり、すでに戦闘自体は優勢のようだが、生かしておけとの指示のせいか、ハリー達は、積極的に攻撃していないようだった。こちらの攻撃が相手にあたっているのは見えるが、致命傷にならないようにしてるとプヨンには思えた。状況を様子見していると、サラリスから、
「ねぇ、ユコナ、なんかおかしくない?相手って一言も声が聞こえないよね?」
そう、サラリスがユコナにつぶやくのが聞こえた。ユコナも不安げに前方を見ている。
そう言われてプヨンも注意してよく見てみると、たしかにハリーやホイザーなどこちら側の気合の声は聞こえるが、相手は無言で戦っているように見える。あきらかにハリー側が優勢に見えるが、相手から生気が感じられないなんともいえない微妙な雰囲気だった。なかなか決着がつかず、味方に被害こそないものの長引いている。
「どうなっていやがる」「まだ動けるのか?」
そのうち、優勢と思えたハリーやホイザー側からのそんな声も聞こえてきていた。すでにプヨンがハリーの戦闘状況を見始めてから数分がたっている。相手の動きは妙に緩慢だが、疲れたそぶりもみせず、同じような動きが続いていた。ハリー側は何度も傷を与えているように見えたが、致命傷にならない程度だからか相手は退こうとせず、降伏する気配もなかった。ふつう戦闘行為に及んだとしても、勝敗の行く末が見えた時点で後遺症やあとのことも考えギリギリまで踏みとどまることはないはずで、特に盗賊としての金品目的ならわずかな金を得るのに命をかけるのは不自然だった。1つにこだわって苦労するより、さっさと撤収して次に行ってとりやすいところから取るのがふつうで、とっくに戦闘は終結してもよいはずだった。
そうするうち、戦いを見ていたプヨンは、ふと相手の4人の兵士の体から光の帯のようなものが奥の森に向かって続いていることに気づいた。ただ、戦闘の方に意識していたこともあり、雲の切れ間から差す陽の光の加減のようにも見え、見間違いだろうと思って特に気にしないでいた。
「ねぇ、ホイザー達の声も聞こえなくなってきたね」
すでに、戦いが始まってから10分近く経っている。ホイザー達も無闇に切り込まず、一定の距離をとりながら様子見しているようだが、時間とともに疲労もたまり、サラリスが言うように声を出す余裕がなくなっているのもありそうだ。相手は、常にめいっぱい大振りで攻撃しており疲れもないからか、何度か相手の武器の攻撃が防ぎそこなっていた。これは危ないかなと、プヨンが思い始めたころ、ちょうど、緩急をついたフェイントから、ハリーの剣が相手の1人の腹部に突き立てられるのが見えた。
グサッ、ザクッ。
それぞれ、みんな致命傷を与えることに成功したようだ。
相手の1人は剣を突き立てられ、残りも、足や腕に大きな切り傷を負って、地面に倒れ伏したようだった。ホイザー他みんな荒い息をついていた。
しかし、プヨンは、相手が苦痛の叫びもあげず、動きもしないで倒れ伏しているのが気になった。ハリー達も、見ている限りではどうやら緊張感を解いていない。そうするうち、、かなりの大けがを負っているはずの兵士たちが、負傷をかばう様子もなく、ゆっくりと立ち上がってきた。
「お、おい。お前ら、まだやるのか?おとなしく降伏しろ」
ハリーは驚きながらも、予測していた範囲だったのか、落ち着いて、ゆっくりと後ずさりながら距離をとっていた。
 




