しっぽの掴み方
プヨンとノビターンの会話と同じ頃、別ルートで一足早く戻っていたユコナが、学校向かいのキレイマスの街からヴァクタウンに続く道を飛び跳ねている。にこやかな顔が顔を出したばかりの朝日より眩しい。
「わたしーは学校で1番、モテると言われーたー乙女。私を持ち上げる気か知らないけど、ジャンプ訓練の時はよく言われたわ。羽のように素晴らしく軽い女だと。この時はプヨンもメサルも同意してたし、珍しく本心からって感じたのよね」
学校裏の森は不可思議な生物が多く、リスクを避け、街道でも森でもない最短安全ルートを取っていた。薄暗い夜明け直後の人気のない草原を、飛行と徒歩の中間に位置する1歩100mの大スキップで進む。辞令を片手に読みながら、飛行読書のユコナ。かなりの速さで進み、街はすぐに小さくなっていった。
「ふふふ。最近は飛行読書でも鳥と空中衝突しなくなったわ。この並行飛行習得まで鳥、人、地面と何度抱き合ったことか。その甲斐あって、ジャジャーン、赴任前休暇旅行。ここに行けば久しぶりに会える人もいるから楽しみ」
このご機嫌の理由は、突然降ってわいた特別研修旅行だった。学校という名目はあるものの、主な活動が現地実習になると、普段の休みがあってないようなもので、長期赴任時の節目にまとまった休みになる。
「でも裏ミッションの調査能力向上があるし、手頃な練習があった方がいいのよね。そこでサラの黒い噂、私の直感がこれを調べろと告げているわ。しかしダークサイドサラ、闇の世界に生きて何してるのかしら?」
一時帰省のタイミングは外出規制から解放され、比較的自由になる。今後の仕込みもあるため、何をするのも外出時間も制限がほとんどない。以前のような実力突破も不要だ。
「さいこーさいこー、私は最強〜♪」
場所のせいかご機嫌なのか、普段と違って今日のユコナ詠唱は、音量リミットが解除されていた。遠慮なく大声で続く音程外れの熱唱がもたらす普段にはない強力忌避効果が、速やかに善良な人々はもちろん、周囲の有害生物まで遠ざける。おかげで一通り歌い終えるまで永続音響効果が持続し、ユコナは音が聞こえない植物のみの荒地を進み続けた。
「さぁ、本番前の練習としてサラ調査。暴いてやりましょう、そのいかがわしい行為を。ユコナ最高。さぁまずは情報収集を」
ヴァクタウンの境界から少し離れたところに着いた。その目が手に持つメモを見つめる。不審目撃情報報告書、ユコナ諜報網のメモはこうなっていた。
情報源1:昼間から変態と罵り合う声が聞こえた。
情報源2:○天才などの自称天才アピールがうざい。
「この情報の出所はヴァクタウン聖女のランカ。裏どりするけど、そのため信憑性は高いわ。ちょうどサラとヴァクストが怪しいと思っていたのよね。きっと口にするのも恐ろしい反社会的な行動をしているに違いないわ」
調査と言いつつ、隠密には程遠い適度な足音を出しながらユコナは考え、ランカの礼拝所に着いた。いつの間にか一定数に慕われ、敬意を払われているランカだが、元は市民のなんちゃって聖女だとユコナは本人から聞いて知っている。お金も美味しいものも愛する、それなりの女の子だ。
「太陽が昇り始め、明るさはあるけど人気はないわね。どりゃ! ランカ起きてるー? ランカさまー、神様へのお勤めは朝早いんでしょ。聞きたいことがあるの! ランカさまさま!」
ドンドンドン
「ちょっと待って。すぐ行きますから、そこの待合室に入って待っていてください。鍵はかかってないですよ」
扉を何度か叩くと、眠そうなランカの声が聞こえた。入り口の扉も開いている。待合室は一時期流行ったランカを祭り上げて聖女様イベントが盛り上がり、多くの人が礼拝に来たときに作ったと聞いている。前に見たときは、長椅子が並んだ殺風景な部屋だった。
「わかったわ。待ってるわ」
そう言って入った部屋は壁が少し光っていた。おまけに妙に気温が低い。最初は火の気がないからだと思っていたが、鳥肌と急速な体温低下がすぐに違うと気付かせてくれた。
「これは、冷気で体温を奪いにきているってことはもしかして寒風魔殺? しかし、なぜなんだろう? ラ、ランカに会うための場所よね? あれ、扉が閉まったってことは、もしかしたら防犯機能? どういうこと?」
バタンと扉が閉じる音と同時に何かが変わった。無風だが強い冷気を感じる。しかも咄嗟に苦手な保温魔法を使ったとたん、その分冷気が強くなる。わずかな時間で身体の芯まで冷えてきた。
「しまった! なぜ今日に限って魅了装備のミニスカを選択したの! おまけに防寒装備を持ってきていないなんて。毛糸パン2号を洗濯中なんて、これが若さゆえの生足!」
大急ぎで手荷物検査をするユコナだったが、重さ回避の肩掛けカバンは中身ぺちゃんこ。わずかな収納容量しかないユコナストレージは、いとお菓子だった。
「むぅん。まさーつ、まさーつ、ダメだわ、寒い。何故いくら体温上昇させようとしてもあったかくならないのかしら。そもそも何故擦るとあったかくなるんだろ。あっ、なんということでしょう。私の正絹のような艶やかで繊細な皮膚が擦り切れているー。脳細胞が副作用で単細胞」
さむぅさむぅと耐寒暗示を呟くユコナだが、ほぼ効果はなくカチカチと歯が音を立てる。ただの待合室のはずが、いつの間にか鍛錬水球が凍り、部屋の中は真冬の高山並みだ。
「も、もしやこれは何かの罠とか? でも、ここってランカに会う前のただの待機場のはずなのに、まるで冬山のよう。ここでこんなことなる? 逃げる? でも、逃げるのも変よね。さむ。寒いところで寝ちゃダメよ死んでしまう。せめて扉の外へ」
ユコナの体温が急激に下がり、同時に強い眠気にも襲われた。必死で唇を噛んで耐えたが、大した時間も経っていないのに限界を感じる。あぁ、もう無理と思った瞬間、奥の扉が開いた。
「ラ、ランカ……、これはどういう状態?」
ランカに気付いた瞬間、春の日向のような暖かさに変わる。冷え切った身体にこの暖気の心地よさに、一瞬、耐え難い安堵感に包まれた。ランカが女神のように見え、ランカ様と呼びたくなるくらいだ。
「お待たせしました。ってー、あー、すいませーん。ランカ様ご威光装置が動いたままでしたー」
「ご威光装置? 聖女様のトイレが長いから冷えてしまったわ」
「えぇ、プヨンさんが作ったんですけどね。命を救ってくれた人は神に見える理論で、極限に置いたあとに登場すると神格化されるんだそうで」
カチカチと鳴っていた歯から、なんとか絞り出した問いに、ランカが被せるように教える。プヨンの名を聞いた瞬間、ユコナは98%まんまと嵌められたと悟り、先程の数百倍の熱量を発生させる。もちろんエネルギー源は怒りの感情を昇華させたものだ。
「ゆ、ゆるせーん! よもやのプヨン許すまじ」
「あぁ、ユコナさんが輝やき始めた。これがプヨンさんの言っていた、重力収縮を超える悪融合反応では?」
「むぅ、私に熱系の素質があるとは。これがさっき発動していれば……あんな辛くて寒い思いをしなくてすんだのに。ランカ! 少し話があるの!」
「す、少しですか? 少しの願いは叶えられました。では謁見は終了します」
「え? 仲良しランカとは、ほんとはたっぷり話したいの」
「で、では、拝謁希望を提出の上、指定日にあらためてお越しください」
「む、旧知の私にひどい。ダメよ。これは妖魔口だけ女になりつつあるわね。自称女神と言うなら、真実を言うべし」
「は、はい?」
「あんたも経験しなさいよ、歯が震える寒さを! 歯に噛みの烈!」
突然ランカの歯が凍りつき、口が動かせなくなった。ランカは先ほどまでの神々しさを無効化され、剣幕に怯んだ隙に、部屋の奥に引き摺られていった。
「さぁ、神様の名を出した以上嘘をつけないわよ。ヴァクストとサラの自称変態組は、一体何をしてるのか教えて」
「は、はい。変態に適した特殊装備を改良中と聞いています。私も2人の話を聞いただけで、それ以上はわかりません」
ランカの回答に、しばし考え込むユコナ。やはりという気持ちと、怪しげと思った行為を暴こうとする気持ちが強まった。
「ふふーん、即答とは、さすがランカ。なかなかの正直者ね。サラが真っ当な生き方ができるように、矯正してあげないと。それで、どこで?」
「それは街のはずれのヴァクスト実験小屋です。最近は、連日昼から夕方までいるようですよ」
「いいわね。じゃあお昼まで待機。もちろん今度は小春日和のお昼ご飯付きで。ランカ様は何を食べているのかしら?」
よしと頷きランカにここでくつろぐと伝えるユコナに、ランカは昼食ご馳走を快諾する。
「他ならぬユコナさんの頼み。大したおもてなしはできませんが、祭り上げとはいえ質素倹約を旨とした聖女は規則正しく生活しております。是非、常食、紫蘇ごはんと塩粥をご賞味ください。
「え? お肉とか、デザートは?」
「もちろん、そんなものありませんよ、やめますか? 実は美容効果を高める魔法のかかった特別料理ですが。最高の食事の効果は外見改善であって、お腹スッキリになる、かもしれません」
「むぅー、むむぅ、美容効果なの? ランカを見ると効果はありそうね」
そう言いつつ奥に向かうユコナだった。
「やられた。まさかランカで2時間以上もロスするとは。おまけに何故かランカに感謝している自分がいる……もう昼は過ぎてるわね。まさかランカの認識阻害にやられるとは。これもサラが仕組んだことなのかしら」
ようやくランカ小屋から出てこれたユコナが、ぶつぶつと呟きがら歩く。向かう先はランカに教えられたヴァクストとサラの小屋だが、脳内の大半は食した料理についてで満たされている。
「ふー食べたわ、3人前ほど食べたから効果は3倍かしら? ランカが食べるほど美容効果が下がる不思議な料理と言っていたけど」
お腹が大きく膨らんだユコナは、そう時間もかからず町外れの小屋に辿り着いた。単なる小屋だが、壁に木々の絵が描かれ、周囲に溶け込むようになっていた。
「言われてなければ、この風景に溶け込んだ小屋は見落としていたかも。明らかに闇の気配がする……」
バキバキ
そう思って身を隠しながら近づいたとき、足元が沈み込み、大きな音がした。周りは木々が多く、見通しは良くないが、静かな場所のせいで思った以上に響く。どう見てもトラップだ。もともと小屋を隠しているのだ。他に何も対策がないはずがない。
「見つかった……よね? その割に静かよね。サラめ、反応がないと迂闊に動けないじゃない!」
何か動きがあったら動こうと警戒するユコナだが、物音1つしないまま、1分が経過した。だが動きがないだけに、動けない。小屋は見えているが、そこまで見晴らしが良くないのが救いだ。
「むぅぅーん、さっさとサラから仕掛けなさいよ。ほんとトロトロ」
蜘蛛の巣にかかった蝶のように、口以外は自由に動けないユコナが脳内愚痴を吐き続けている。
(氷が割れただけで、動作封じされるなんて。サラめ! なんて仕掛けを。ヴァクストもヴァクストよ! 隠し事して」
そう思った時、頭に小さな氷の粒が当たった。えっと思って頭を触った瞬間、それまでは動かないことに注力していたが反射的に飛び退いた。
ドスドスドスッ
同時に、今いたところに複数の氷。大きさは拳より小さいが、命中したら痛かったはずだ。地面に落ちた氷を見ていると、背後から声がした。
「ネズミがコソコソしているから、誰かと思ったらユコナね。こそこそユコナ」
その言葉と同時にもう一つ氷が飛んでくる。間一髪でかわすユコナが驚いて聞き返す。
「サラ? いつのまに背後に? どうやって!」
「ふふん。超隠密歩行術よ。万歩計にカウントされないくらい、静かで揺れない歩行訓練の成果よ。ほーら、足音もしないでしょう」
「歩行術って、プヨンの浮遊歩行と同じじゃ? まるパクリじゃないの?」
「うるさい! これは昔からあるから、既知の技術よ。ユコナ! この鍛錬の成果を見なさい」
「既知外の技術なんか知らないわ……また、イタッタ!」
ユコナが叫ぶと同時に氷を含んだ強力な氷雨が降り注ぎはじめた。おまけに降っている間は水状だが、地面に落ちると凍るものもある。
「サラ、待って。イタタ」
「待てと言われて待つわけないでしょ! 複合攻撃しっかりたんこぶ!」
「痛がるのをみて喜ぶの? まさに変態」
ゴツゴツと頭にあたる氷が徐々に大きくなり、コインサイズで降り注ぐ。これ以上ないとわかると、途端に余裕を感じられるようになった。
「ユコナ! 音や気配を断とうとしても無理よ。ユコナの空気薄くした程度じゃまる聞こえだから!」
「ふ、ふん。ぎゃ、逆よ。燃焼効果アップ。濃縮、く、空気になれ!」
追加効果を出そうとしたところを先読みされてしまうユコナだが、幸い集めた空気で可燃性が上がり、なんとか渡り合えるところまで押し戻し、少し余裕が出た。
「ほら、押し戻したわよ。ヴァクストは応援してくれないの? ふふーん、サラの氷に少し驚いたけど、所詮付け焼き刃じゃこんなサイズよね」
「な、なんでユコナの火力がアップするの? コンプレスでの冷気凝縮が追いつかない」
「それは私が実は天才だから。うふふー、今度は私の番、ほらほら、私の火が襲いますよー」
最初のどもりながらの口撃も一定の攻撃効果があったようだ。
火球のような定型のない熱源を安定して飛ばすのは意外に難しい。ユコナの繰り出す炎はところどころで燃え尽きるが、熱量は氷を溶かせる程度はあるらしく、パンパンと爆ぜる音とともにユコナの炎がサラリスの氷を撃ち落とす。そこに得意の氷も織り交ぜて、螺旋状に混ざり合った氷と熱風がサラリスを翻弄する。
「どう? マルチタスクユコナ。炎と氷を同時に使いますよ!」
「むぅ。プヨンの言っていた計算量より多い」
「やはり、プヨンも手を貸していたのね。でもむーだー。ここで全力解放、パワーダム決壊」
サラリスの攻撃が緩んだタイミングで、ユコナが一点を見つめ、全力でそこに意識を集中する。
ふとサラリスの顔が、思ったより落ち着いていることに気がついた。それがユコナの自尊心を刺激した。
「ふんっ。ユコナの超燃える……あっ、待ちなさい!」
「正面から戦うだけは初心者ね。ほーら、この氷かわせる?」
さっきまでの強気のサラリスが引き始め、弱気なサラリスに後期と感じたユコナが攻め込む。追いかけっこを始めたが、ユコナは集中力を維持しつつ巧みに回り込んだ。
「もらったわ! 全体熱気、全域火球、ユコナハイブリッド! 究極突撃魔法よ」
逃げて行くサラリスに追いつくと同時に、ユコナは地面に向けて赤い火の玉を足元に放った。かなりの大きさで、強い熱気を伴っている。
「ま、待って、それだと共倒れ……」
「大丈夫、自分はちゃんと身を守りながらだから! 放てっ!」
ガシャン
ユコナの放った熱球が地面に当たると、同時に地面から細い金属の棒が現れた。火球の熱気は衰えず、周囲を熱気が包む。現れた多数の金属棒は、ユコナの周囲360度から縮まり、やがて鳥籠のようにユコナを覆ってしまった。
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