解放の仕方2
(408)
「さぁ、どう豹が降るのか詳しく聞きましょう。騙したりしなければ、サポートの提供を約束しますよ」
「ま、待ってくれ。やけくそのサポートじゃ、俺たちが自滅する」
「ないよりはマシでしょ。もちろん、ある時払いの催促なし。それで現地を調べてみたことはありますか?」
「実は一度様子を見に行ったが、急に寒くなって、背筋も寒くなってすぐに引き上げた」
「え? 終わり?」
「以上だ……」
ユコナがさっさと要点を話せと、意図的に1オクターブ低くした声を出していたが、ゴクリと唾を飲む音がしただけだった。
「前領主の時はこんなことはなかったんだ。もっと才色のバランスの取れた真の実力者が必要だ」
「へぇ? みんな肉ばっかりなの? 菜食の実力者が希望ってへんなの」
「色だ。色。色も大事だと」
「ふーん。食ねえ。まあわからないけど。ここは私が大技、実力アップップ」
ふいにユコナが50cmほど浮かび上がると、下を見下ろす。自分を指さし『私がいるでしょう』と暗に伝えようとするが誰も納得する雰囲気はなく、お前など圏外と顔で示す男たちの露骨さが増していく。やがて閾値を超え、自動応答でユコナが発したイラつく波動が周りの温度を急激に下げ、防御が吹き飛んだ男達が慌て出した。
「私では不足かしら?」
「あ、あぁ、その十分な腰回り、あらゆる攻撃に耐えられそうだ」
「あぁ?」
「い、いや、脂肪フラグが立ちそうだと」
「なるほど、死亡フラグか。それなら私のパワー、福夜魔吸運」
「?? そ、それはどういうものだ?」
「福吸い果たした場合、生涯、あなたは宝くじに当たらないということよ。残る運は、ひたすらのウン踏み」
「そ、そんなことはできるはずないぞ」
無言の睨み合いが始まったかと思うと、その後も集会所裏が無人なこともあって、お互い、90%はユコナの遠慮のない呪文が続く。プヨンはやむを得ず豪華遮音界、『恐耳日曜』で防音に努めていた。
どうやらこれがヘリオンの密かな頼み事に対する、ユコナなりの協力と気づいた頃にはずいぶん時間が経っていた。ヘリオンは地産の薬草採取地の状態調査を依頼していた。この薬草が無事なら、街に蔓延しているという風土病を抑えられる方法がある。
最近その辺りに居座るという障害についてちらほらと聞いていた。ヘリオンが言うには、これが暴れて薬草の供給が滞ったことが、ワサビ達を追い出した遠因。再び供給できれば、救世主として元に戻ると期待できるそうだ。
プヨンもノビターンと合意した特殊任務が頭にあり、かなり真偽が怪しいがこれを助けるつもりだった。
不意に鳥肌がたった。謎の詠唱が威圧魔法だったのか、地と血が響くような低音で『おーきーてー』との声がする。死体に精神体が憑りついたカルカスに、暗い洞窟の中で囲まれた時より恐ろしく、あっという間に膝が震える以外の動きを封じられていた。
死体さながらの動きでゆっくりと近づかれるのに動けず、気づいた時にはグッと手を掴まれていた。
「はい。説明は終了。質問はないわね?」
「あれ? 俺、寝てた?」
完全に意識が飛んでいた。話が抜けており結論が理解できていない。時間は大して経ってないようだが、ユコナと目が合ったまま逸せない。
「じゃあ、話した通りで。さぁ、今言ったように裏方の出番よ。本日の攻略対象はフルパワー豹だそうよ。是非一網打尽に」
「え? 出番? 攻略?」
「そうよ。略するとフル豹。慌てずにね」
「降る豹? ひょ、ひょうって雹? 俺何か間違えてないか?」
「間違えてないわ。プヨンが対応することになったの。さあプヨンができるところを見せて」
急展開のセリフとお披露目要求に、重要な何かを聞き逃している。ユコナのにっこり顔に、故意で何かされたのは間違いない。
今更だが目の前の男達を見ると、身につけているのはクリノリンスカート、この街の標準戦闘服だ。彼らもこちらを値踏みしているが、戦闘慣れしている様子。安易に力を見せろと言われても、さてどうしたものかと考える。
「実力。ほら、実力を見せて!」
こちらの都合はお構いなしに何かしら魅せるアピールをしろと急かすユコナだが、いきなりユコナ大爆発や街中大凍結を起こすわけにはいかない。精密加工で高精度アピールのような、拡大鏡で見ないとわからないものも難しい。
少し考えていると、今日のユコナやサラリスが袴のような裾の長い服を着ていることに気づいた。神職の巫女服の近いが、ユコナは水色、サラリスは赤だ。パッと頭の中に光がさした。みんなが喜ぶいい方法だ。プヨンの頭に届いた天の声が、当事者の身をもって魅せるアピールをしろと告げている。
閃いたアピール方法も実行可能なものだ。まずは強過ぎず、弱過ぎず、慎重に威力を計算する。ユコナとサラリスの無意識の行動も予測し、さらに最適出力、角度、反射率を計算する。発射点からの狙いを定める。ユコナは後々粘着されるリスクが高く、対象はサラリスに決定だ。
「特技、スカート落とし」
ビビビッ
「え?」
プヨンが放つレーザーの閃光が当たるが、焼き切れるどころかまったく変化がない。普段着のサラリスの服なら打ち込みに応じた焦げ跡が付く。
「ほほほー。私の炎美服に何かした? そう毎回毎回、見せ物にされたらたまらないわ!」
「え? なんだそれ?」
「サラリス様専用、鉱質御用達の炎美服。一言でいうと燃えてる燃えない服よ! 炎は抜群の熱耐性があるの」
確かによく見ると、布地がゆらゆらと揺らめいているのは炎だからか。しかし熱気はほのかに感じる程度で、形も熱も押さえ込んでいるようだ。
「おぉ。これは。火力重視かと思ったら意外だ」
「ふふん、もっと褒めて。この技術を身につけるため、多くのお気に入りの服が犠牲になったわ。あれは遡ること2年前……」
ヒューン
サラリスの長そうな演説に終止符を打つため、アシストガスの準備をする。レーザーとはペアみたいなものだ。
予定外の反応が起こらないように、酸素の影響を抑えるためだが、酸素がないと維持が難しい炎に対しても効果がある。酸素なしの安定した燃焼反応はかなり限定されるからだ。これは風力操作に属する。
「え? ギエッ! ユ、ユコナ、炎助、エネルギー追加!」
だが、ユコナは呼びかけに応じず、無言で見守っている。材料気体の窒素は抽出が少々難しいがどこにでもあり、採取可能量も無限だ。この窒息する空気を吹き付けると、予想通りサラリスの炎美服は徐々に短くなっていく。ユコナが役に立たないと悟ったサラリスも、炎服の裾を維持するが、形のないものだけに抑えきれない。
「超思い付き消炎魔法、徐々炎」
「プヨン、ま、待って、ストップ。きゅ、休憩」
あと残り5cmでサラリスから待ったがかかる。もともと男たちに見せるためで、ラグランジュの競り合いは決着をつける必要はない。だからと言って止める必要もない。一瞬だけ突風を吹かせる。
ブワッ
「甘いわ、プヨン。何かくると思った!」
「む、サラリス、やるな」
「じゃあ、このあたりで引き分けにしてあげる」
どこまでも強気なサラリスだ。最大限、ミリ単位まで短くしようと思ったが、これ以上の炎切りは、縁切りにつながる可能性が高い。最後にひと手間かけて休戦に応じる。
「え? 何? 風が吹いた?」
自然の風の力は偉大だ。サラリスの残りわずかな炎美服がゆすられると、最後の糸燃が切れ、残り部分がストンと落ちた。プヨンは切っただけ、落ちたのは違う。
「ひゃっ」
過剰サービスは予定外だが、これまでにないほど反応が早い。チリチリと燻っていた裾も、安全のために高湿度にしていたせいかすぐに消えた。
こっそり汗を拭って、プヨンは一息ついた。
だが、みんな注目しているが、サラリス含め、誰も動かない。何が起こったかも理解されていない。やがて袴から出た素足にも慣れてきた頃、男の一人がおかしな叫びをあげた。男の動きを観察するが、本能によるもののようだ。ユコナ達はまだ能力の大半を事態の把握に割いている。そろそろ追加効果が出る頃だ。
ブハッ
出た。突然、赤い霧が立ち込めた。危険な副作用で、最悪命を落としかねない。叫んだ男以外も目を見開いて焦点が定まっておらず、強いショック症状が見える。
「ぐわー記憶消去を食らった。ついさっきのことが正しく思い出せない。記憶よ甦れ、鮮明に再生するんだ」
「違うぞ、これは幻覚だ。まさかこんな特殊な幻覚にやられるとは!」
「物理ダメージもあるぞ。目、目が腐る。腐食魔法だ」
純情なのか赤い霧のあと、起きてこない者もいる。おまけに遅行性追加効果がある同一性複合効果で、男たちは全員倒れ、最終的にはプヨンとユコナだけが立っていた。
「プヨンが一網打尽? なかなかの効果だったけど、これは想定していたことなのかしら?」
「いや、俺にはできない。ここまでの効果は誰がやったかわからないぞ。警戒を」
嘘くさいプヨンの言葉に、周りを見ていたはずのサラリスがプヨンに向き直る。プヨンも気配を感じたが、もちろん、振り返ったりはしない。しれっと次の行動に移る。
「まずは、負傷者を助けないと。大丈夫ですか?」
「あっ。これは解毒が効かない」
実行者を悟られないよう、しれっとよそ見していたが、サラリスの視線はもちろんプヨンにロックしている。行動に移さないのは裾と精神ダメージを修復中だからだ。そろそろ潮時とプヨンは周りを見回すと、男1人と目が合った。
「ぐっ。この攻撃はダメだ。持続力が強い。永続ダメージに耐えられない。俺たちはここまでだ。あとは任せた」
「ここからもう少し行ったところが目的の場所だ」
「ええー? 案内は?」
「無理」
この魔法をそう防ぐとは。力量拝見を利用した仕事サボリだが、ここでこう返すとは思わなかった。慌てたサラリスが犯人糾弾を後回しにする。
「寝ぼけないで。起きて。気つけ魔法。ドレッシング」
「ぐっ。この刺激でトドメか」
そばでしゃがんだサラリスが起こそうとしたのがまずかったようだ。素足のゼロ距離攻撃は強烈だ。
ブシュ、ガクン
赤い霧と同時に頭が落ちる。これで男たちへのトドメはサラリスで確定、立場が逆転だ。
「あっ、まだ起きないの? もっとキツイ、鼻の穴に火球がいるかしら?」
「気絶でしょ? どうするんだよ。案内を仕留めて」
「誰がこんなことを。なぜこうなったのかしら?」
プヨンは人差し指を最大まで伸ばして、無言で指弾する。効果はあったようだ。
「プヨン、場所はちゃんと確かめるのよ! 明日だから」
「さすがプヨン。自分達でやるためにわざと追い払ったわね。でも彼らがいる方が盾がわりになったのに」
「自分たちでやる方が楽よね」
黙っていたユコナもなぜかサラリスサポートをしてくる。ヘリオンもユコナ達をうまく丸め込んだのか、自分たちでうまくやりたいようだ。
「プヨン、自分達で取り返す方がヘリオンが喜ぶと思ったんでしょ。サラを囮にしても許されるかも」
「いや、そんなつもりはないよ」
勝手に勘違いしてくれている。確かに場所さえわかれば、やることは決まっているなら少数精鋭もありだ。プヨンはこれでもいいと思ったが疲れもした。いったん引いて仕切り直す。それには高速移動で周りを振り切る必要がある。
「ライデンフロストン」
「あ、待って」
プヨンは水系移動魔法で突然高速で移動し始めた。温度をきちんと保てれば、熱したフライパンに水を落とした時のように高速移動で、しかもランダムで行動を読まれにくい。
「なぜ移動するの!」
「特に理由はないけど、なんとなく面倒そうで」
「くっ。突然動きが変わる、動きが読めない」
「じゃあ、また明日」
「ま、待って、待ちなさい」
まっすぐ進めないのが難点だが、もちろん止まるつもりはない。ユコナの息が切れた頃、プヨンは姿が見えなくなってしまった。
翌朝、目が覚めたプヨンは、しばらくボーーっとしていた。まだ眠い。前日に誰かに寝落ち魔法を仕込まれている気がする。対抗技の起床魔法、かわいい水着の女の子の抱きつき想像を打ち込んでみたが目が覚めなかった。最近熟練度が低下しているプヨンではイメージの解像度が足りず、8x8のドット絵レベルが出力限界のようだ。
それでも連射し続け、ようやく目が覚めてきた。再起動時のタイミングで、脳内データに今日の予定に加え、リスターの重度感冒の情報を書き込む。『何とかは風邪引かない』が本当か確認するイベントが発生し、強制薬草採取が行ってもいいよから必須となる。もっとも昨日確認した場所が薬草採取地だから、大きな予定変更は不要だった。
待ち合わせ地点に向かった。すでにユコナとサラリスが待機。ごま粒の段階で真っ直ぐ見られている。サラリスも腕を組み、立てた指の動きによるマールス信号を確認した。
「意思の上にも惨念」
強い思念だ。意味は理解できないが、視線が外せず、強制既読になる。サラリスと案内役の人間もいる。
「なぜ、ユコナは近づく前からわかった?」
「ふん。気配を断とうとしても必ずわかるわ。まずは移動の準備。お腹が減っては、戦えないわよ。持参した食料を出して。安いのじゃなくてそっちの高級品」
「匂いは真空パックだししないよな? ストレージだし大きさもない」
「知らないの? 髪に匂いがついてるわよ。そして戦いの勝敗は、戦う前から決まっている。20食はあるでしょ!」
「それは! 俺が捨てたレシート?」
気配は探知されていないつもりが迂闊だった。この常識のないユコナの感知力を見誤った。おかげで隠し持っていた特別携帯美食、カロリーヘイトの大半を徴収される。
「よし、食料は現地調達に限るわ。さぁ、出発しましょう」
「ユコナの索メシ能力がこれほどとは」
食材のお布施で遅れたこともあり、少し確認するだけですぐに野草地に向けて出立する。
目立たぬように、見えなくならない範囲で散会して歩いていたが、最初は先頭だった道案内の街の男達が徐々に後方に下がり出した。それでもユコナ達に脅されて進んではいたが、1時間ほどで立ち止まってしまった。
「や、やっぱり無理だ。あそこに行って生きて帰ったヤツはいない」
「帰った人がいないのに、なぜ行ったとわかったの? 今死ぬか後で死ぬか、それが問題ね」
ブワッ
それとなく様子を見ていたサラリスのすぐそばで、大きな音と共に火柱がたった。
「あっ。危ない。黒炭に火がついた。発火点を超えたわ」
「危なっかしいわよ。怒りはわかるけど、きちんと放熱しないと」
あれは火力アップの粉塵が自然発火したのだろう。慌てたユコナが、急いで冷却している。
「うわー。火はダメだ。火気厳禁でお願いします」
だがタイミング悪く、しかも無言で出した炎が逆に男たちの逃げ足を加速させ、あっという間に見えなくなってしまった。
「逃走魔法がまさか火魔法だったとは、サラリス様の脅しに屈したようだ」
「逃げる方向にもっていったらダメでしょ」
「ユコナまで。違うわ、あれよ」
そう言われて気づいた。相当遠くだが大型の豹が3匹、うち1匹はこちらに向かって近づいている。自分より先にユコナが気づくとは、かなり注意力散漫だったに違いない。逃げた男達よりプヨン達を警戒しており、プヨンも対応モードに入った。




