毒の使い方
398
「そんなに急いで、どうするんだ? 買いたいものはもうないのか?」
「実を言うとあと一個欲しいものがあるの、売ってくれるかしら?」
ユコナがゆっくり言葉を選びながら告げる。それを受けて男も返す。
「そうだろう。全財産で自分の命を買うとい……」
ドドーーン
鳥肌が立つような感覚は強い放電の前触れだ。気づいたところで大概間に合わず、男2人の頭上で雷光が見えたのを皮切りに、手当たり次第に放たれる。
「ぐひゃ」
突然、悲鳴がした。どうやら身を隠していた2人も運悪く命中した可能性が高い。
「お、会話中に攻撃するとは、さすがユコナ」
「す、すごい。プヨン、いつもの鉄剣や棒での雷撃とは威力が違うわ」
「なあ、俺も狙ったの? 無差別であれだけ撃たれると、さすがにかわせないぞ」
「実は一体ずつ狙えるバリカン砲も用意してたんだけど、そっちが安全かな?」
頭部を狙うのはダメージが大きく、おまけに頭髪だと元に戻るにも時間がかかる。
「発動した後も後遺症が残りそうだけど、結構ひどい状態になりそう。雷撃の方が治しやすいかも」
「そういえば、プヨンはなぜダメージがないの?」
「あぁ、日頃の行いがいいんじゃないかな。金属鎧で全身を包んでいる人も、雷撃ダメージはないよ」
プヨンの特殊な繊維服は導電性はないが、避雷神を自負することもあり、普段から一定の磁界を発生させ身にまとい、辛うじてユコナの乱れ打ちを曲げて直撃は避けている。
だが、明らかに痙攣している目の前の男2人は、大打撃を受けたに違いない。少し回復させておくが、プヨンの心配などまったく気にせず、ユコナは2人の男のうちの1人に駆け寄った。痺れて動けない男に、ユコナは一枚の紙を見せる。
「どう? この顔に見覚えない? 知ってるでしょ?」
全身マヒ中の男は手足は思うように動かないが、意識はしっかりしているのか、目の前の紙をしっかりと見つめた。一瞬ビクッとしたようだが、呂律が怪しいながらも返事をする。
「し、知らないぞ。そんなものは見たことない。
「今ビクッと体が反応したわよ。知ってるんじゃないの?」
ここにくるまでも同じようなことをしていたのだろうか。あるとしたら、先日の倉庫の男、ゴスイのことだろう。ここまでの街でも独自に調査していたのなら、頑張っていると思うが、そんなものというのが気になった。
突然男の爪がユコナの目に向かって伸びてきた。
「へっ。超強力再生魔法の爪伸ばしだ。油断しやがって……」
大慌てで避けるユコナ。目に刺さることは辛うじて避け、頬に1mmほど刺さっただけだ。刺さった爪は、トカゲの尻尾のようにポキっと折れた。
「いったー! やったわね」
チラッとプヨンを見るユコナが合図を送り、プヨンは頷く。ユコナがあえて頬に刺さるように避けたことがわかる。防御力が高いこともアピールしたということだ。
「なんて装甲だ。ユコナ、いつも通りツラの皮が厚いぞ。なんて厚さだ」
「え? このぉ」
プヨンは修復はせず、ユコナの頬をうっすらとピンクのスジだけ残しておく。ユコナもそこにこだわる余裕はない。男が逃げないように抑えつつ、声をかける」
「ふーん。悪い爪ね。まあ爪責めの尋問は定番だもんね。20本全部いく?」
「ま、待ってくれ。ツメ、つめ切りがある。急に伸びたんだ。頼む」
「じゃあ、この絵を見て知っていることを話しなさい」
「な、なんだこれは?」
「あなたが知っていることはわかっているの。隠したら死刑か私刑かどちらにしようかな」
「ま、待ってくれ、思い出せると思う」
必死に思い出そうとするが、やはり思いつかないようだ。30秒後には顔中冷や汗が吹き出していた。
「わ、わからない。本当だ。これは何なんだ?」
ユコナの絵の品質を知っているプヨンとしては、男の反応に心当たりがある。やむを得ず、プヨンも自作の似顔絵を取り出す。違う視点で描いたものも見せた方が効果が高い。
レーザー光で鉄板に印字した写実主義の点描画をユコナの絵と見比べてみた。白黒写真並みにしっかり描けている自信作だ。
見た瞬間、男がプヨンを見る。明らかに狼狽し、2つの絵図面を何度も見比べている。
「え? この絵は? 探し物は人ですか人ですか?」
予想通りの反応が出た。
ユコナの人相画ではよくあることだ。こういう顔立ちは特定の書物でしか見られないが、目がやたら大きくキラキラし、時々鼻がないこともある。背も8頭身、いや9頭身近い美形キャラ。プヨンの似顔絵ではもっと大人の顔だし、体型も正確に表現しお腹も出ている。
「見た通り書いてあるでしょ。早く言わないと、前の街の誰かみたいに悶絶してもらうわよ?」
「ま、待ってくれ。本当に知らないぞ。ほんと」
バチーン
いい音がする。あの感じは10キロボルトはありそうだが、電流が小さく1ミリアンペアも流れていないはずで、直撃しても身体に致命的なダメージはない。
「うわーー」
「ダメね。次!」
「ま、待て。俺も知らないぞ。それは想像上の生き物なのか?」
1人目はショック状態のあと静かになった。いつになく素早い動きで、ユコナはためらうことなくそのまま次の男に行く。明らかに怯え、流石に気の毒だ。
ふいに男の頭に水滴がつき、あっという間に水に覆われ、大きなヘルメットのようになった。
「うわーいてて。いてっ。なんだこれは?」
「ふふん。超頭が割るくなる帽子よ。水は凍ると膨らむから、早くしないと割れるわよ」
「ぬわー。し、しかし、俺の熱き思いはこの程度とかすはず」
以前プヨンが教えた知識を、悪用して披露するユコナ。頭を覆った水が凍ると体積が増した氷に締め付けられ、冷たさも相まってかなりの苦痛になる。男も頑張っている。
「じゃあ、次は鼻の穴に入れて凍らせるわよ? それとも氷水がご所望? 冷水アンドアイス!」
「いたたたったっ。待ってくれ」
「おい、それは頭だと危険だよ。やりすぎないように」
「え? プヨンは肺でやろうって言ってたじゃない? 徐々に氷を増やして息できなくするのかと?」
「最初だから手首とか足首で、相手の抵抗力とか様子みないと」
「えー知らなかった。でも大丈夫!」
そう言って男を見ると、優しく微笑む。
「死にそうにならない限り、大体治るみたい。だから安心してね。エンドレスに」
「これが応用技、堕天使の笑顔です。命の安全は保証します」
青ざめる男を見ながら、補足説明するプヨン。意図的に飴と鞭作戦ならユコナは策略家だが、プヨンはここで懐柔にかかる。
「なあ、この男を知らないか? きっと普段からうろうろしていると思うんだが」
「お、おぉ、さっきのは思い出せそうだ。もう一度見せてみろ、いや、ください」
プヨンの声に助け船と、男は飛びついてきた。
「おぉ、こ、こいつは!」
「ガセネタはいらないから、無理しなくていいよ」
「い、いや、これはけっこう有名だぞ。知っているものも多い。確かゴスイだ。1年ほど前から大量の物資を扱う商人として、このあたりじゃ有名だ。人足として手伝ったこともある」
「へー。物資ってどんなもの?」
「確か北の帝国と、この辺りを行き来していた。ものも食料から武器、人まで色々扱っていた。ここ1ヶ月ほどは見ていないが」
「へぇ? ほんと?」
そんなうまく見つかるものか。そんなに有名人なのか。ユコナが男の持つ人相書きを覗き込む。
「ちょっとどういうこと? ふぉっ」
自分の絵と見比べるとユコナは動きが停止する。
「こんなに2つはそっくりなのに、なぜ私の時は知らないと言ったのか詳しく聞きましょう」
「え?」
「隠し事はダメよ。最初からわかってたんでしょ?」
「え? いや、隠しては……すいません、なかなか言い出せず」
男は明らかに怯えているが、半分言いがかりも含んだユコナの質問が続く。なぜすぐに言えなかったのか、とうとう男は思い出せなかった。
「ふーふー。ようやく私の似顔絵で、男を思い出したようね」
「は、はい。すごくわかりやすい絵です。きっとあの男です。隣の街を拠点に活動してました。災害に備えてと言っていましたが、武器や危険物も多いので、かなり噂になってました」
「聞いた? プヨン、私のお尋ね者の絵が役に立ったわ。隣町に行くわよ!」
どうやらゴスイは周到に準備していたようだが、取り扱う規模が規模だったからか、周囲にはかなり目につく存在だったようだ。
「ですが、隣町には迂闊に入りませんよ。部外者はほとんど立ち入れず、今は居住区は封鎖されていると聞きました」
「封鎖?」
「そうです。私らはそのせいでこの街に居座っているんで」
それを聞いてユコナはプヨンを見る。
「でもヘリオンは何か公文を渡すって言ってたわよね?」
「なんとも。渡すだけなら入り口ですむだろうし」
何か色々事情があるようだ。こういう時こそ裏でも調査すべきだ。ユコナも同じ考えのようで頷き合う。
聞くことを聞いた2人は、急ぎあとを追うことにした。
ユコナの情報はかなりへリオンのやる気を引き出した。ワサビの件もあるのだろうが、ここで成果を出すと立場が良くなるからだろう。
「リスターさん。これならコロージョンは是非調査するべきでは? 路銀はまだ十分ありますよ。きっと暴政が行われ、良からぬことが企まれているに違いない」
「そうだ。本来いざこざがないように、こういった無所属の緩衝地帯があるんだ。そういう自治国家に手を出すようじゃダメだ。調査の必要がある」
本当に侵略が目的なのかわからないが、リスターもヘリオンに同調した。プヨンは5人程度での行動は危険だと主張してみたが、大人数で偵察するバカもいない。ヘリオン以上にリスターが乗り気で早速行動に移すことになった。
男は解放され、プヨン達は先に進む。
時折ハイジャンプも使い、疾走モードでリスターはどんどん先に進む。気が乗っている時は疲れも半減する。
最初は余裕だったサラリス達も、一度休憩で着地したあとは、息が上がり無言になっていた。
そのかいあって、やがてコロージョンが見えてきた。この辺りまでくると帝国領も近く、砂が減り岩山が続く。
突然岩陰から蠍の群れが襲いかかってきた。砂漠で何度も見た、真っ黒な蠍だ。この辺りにいるとは思ってなかった。
思った以上にサラリスの反応が早い。蠍と認識すると同時に、銀色の粉末を巻き着火した。
ガンガン、ドカン
「新開発、マグネッチ」
サラリス名付けのよくわからない名称だが、サラリスの手元から巻かれた銀色の金属粉が蠍を覆ったと思うと、火球と共に激しく発火した。一瞬激しく光り、続けて熱気が押し寄せる。相当な熱量だ。
黒い蠍は焦げてもよくわからないが、ピクピクと痙攣し動けなくなっている。
極めて攻撃力が高そうだが、マグネシウム粉末のような危険物に火球を混ぜたのか。
「あぁっ、いたったっ」
だがすぐ背後にいたもう1匹は、うまくサラリスの攻撃を避けたようだ。運悪く尻尾の尾節がサラリスの脇腹に刺さった。
「こ、このぉ」
かろうじて反撃したサラリスにより。蠍は2発目の粉末を受け相打ちだ。しかし、どちらも動けなくなってうずくまっている。
「ま、まずい。これ毒よね?」
「あぁ、腕なら、切って再生できる。腹も切って再生できると思うが、切腹するか? 回復するが」
「え? 待って待って。お腹ってどこまで取るの?」
プヨンは即治療にうつろうとしたが、切腹治療を躊躇うサラリス。溶解性の毒なのか、すでに部分的に傷口が溶けているように見える。それを手で抑えるサラリス。
「毒が回る前でないとまずい!」
「えー? どうしよう」
ユコナ達も気づいたのか、自分達の手持ちを片付けると近くに集まってくる。
「早く。プヨンなら刺されたところを全部えぐって、そのあと元の状態に治してくれるわ」
「え? お腹から下ってこと?」
「もっと回ってるかも。余裕を見て首から下全部切除しましょう」
「ま、ちょっと待って。無理でしょ。いくらなんでも」
「大丈夫と思うよ。たぶん」
「た、たぶん? 経験は?」
「シミュレーションを2度やった」
「ないのと同じということ?」
プヨンは毒蛇に噛まれたうさぎは全摘で対応してきたが、この体格はあまり試したことがない。もちろん、体だけは何度も治療してきた。サラリス相手の失敗は許されないが、確かに滅多にない機会だ。
「よ、よし。やるか?」
サラリスが悲壮な顔をしている。もう少しいじめて恩を着せたくなってしまうが、あまりのんびりしてると頭に回ってしまい効くものも効かなくなる。
「喋るな。毒が回るぞ」
そう言いつつ、ストレージから一本の大きな注射器を取り出した。今まで毒に直接対応させる魔法は難しいと思っていた。魔法のような精神的な力で毒に対応する場合、体に備わる解毒作用の強化がせいぜいだ。
だが負傷時の治療や呼吸の循環のように、体内で自然にできるものを作るのは問題ない。フィナが魔法エネルギーを利用して、大量に酸素や果実をつくるのも同じだ。
「も、もしかして血を全部抜くとか? 注射は嫌い」
「確かに。それもありだな。今度やってみるが今日は違う」
先日襲われた蠍から回収した尾節の毒を少しずつ自分に打ち込んでいた。死ななければ普通に自分の体内で抗体ができる。プヨンが血液O型だからできることだ。
「できたての新鮮な抗体ですよ」
とりあえず入れて様子を見る。あとはサラリスの様子を見る。
「ぐっ、毒治療とかあるの?」
「たぶん。俺も死ななかったし。意識は保つように」
「お願い、歩けない。だっこ」
「むり。20㎏以上は一人じゃ運んではいけないって言われた」
15分ほどすると幾分マシになったようだ。プヨンはサラリスをサポートしながら移動は継続した。




