偵察の仕方 3
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ごくありふれた森だ。たくさんの木々が生え、地面は腰下程度の草に覆われているなか、道なき道をお菓子の匂いを辿っているらしいが、プヨンは常時発動の解毒脱臭のせいか、さっぱり匂いがわからない。
「本当に匂いがするのか? この辺り? 俺には何も感じないが、いい匂いがしているのか?」
「間違いないわ。これは富裕層御用達の高貴な匂いよ。こっちから匂いが漂っているわ」
サラリスの返事にリスターも頷き、同意している。そう言われるとお菓子の匂いを感じる気がした。やがて匂いの元らしき場所を探り当てたサラリスがストップをかけてきた。
「この辺ね。ここから離れるとどっちも匂いは薄くなるわ。この木の幹が気になるわ」
「うーん、見た感じ目の前にあるのは普通の大きな木だがどうするんだ?」
呼びかけたりしてみたが、フィナのような精神的な反応はない。幹は太いがそう樹齢の高い木や、特殊な木ではないようだ。葉があるから、死んでるということはなさそうだが。色々と見て回っていたが、叩いてみると音が軽い。空樽を叩いているような感じだ。
「プヨン、この木に何があるか調べられる?」
「匂いは無理だなぁ。あれ? ここの下は何かあるのかな? 空洞がある気がする」
先日の雪崩事件のときもそうだった。雪中のメサルを探索したように、地中の異物を探していく。壁を叩いて音の違いを見るように、地面に熱を加えたり、特定部分で超音波を出して反射の変わる非連続面がないか見ていく。全部同じものなら均一に返ってくるはずだ。
匂いという手がかりもあったせいか、違和感は大きな木から10mほど離れたところで核心に変わる。間違いなく、その下に大きな空洞があることがわかった。
「ここ、空洞があるね。じゃあ入り口はその辺りか」
「そうね、匂いはきっとそう。私、美味しそうなものには鼻が利くの」
「ふーん、あの切り株のあたりか。では、このリスター自らが大声で試食を要求してやろう。嫌だと言ったらあのあたりに巨大岩石落としをしてやる。きっと無料の味見ができるだろう」
サラリスの指差す先には大きな切り株がある。ざっと見た感じで2、300kgというところだろうか。がんばって気合を入れる能力があれば持ち上げられる絶妙な大きさだが、サラリスが動かすにはかなり苦労しそうだ。もちろんプヨンの棍棒に比べたら、つまようじみたいなものだ。
「よく見ると、引きずった跡があるね。わかりやすくて助かるな」
「当然でしょ。ほら、力を貸して。この隠し方の甘さ、どう見てもいとおかしよね。」
その声にリスターも興奮気味に近寄ってくる。
「さすがにこんな蓋がある店が、営業中のはずがない。今日は休業日だったか」
プヨンは黙っていたがいい加減お菓子屋から離れたほうがよい。うかつに飛び込むと罠でもありそうだ。
「もしかしたら、食人植物が誘惑しているのかも。もちろん、最初に店に行くのはお譲りしますけど」
今にも飛び込みそうだったリスターの動きがピタっと止まる。存在しない時間停止魔法のように、あまりに動きがおかしく我慢できないくらいだ。慌てふためき手足の動きがばらばらなところを見ると、リスターが慌てている。どうやら完全に頭になかったようだ。
「よし、音を立てずこっそりと調査しよう。蓋を開けてみろ」
「結構な重量ありますよ? 音無しは難しいですよ?」
「大丈夫。プヨンなら、このくらいの重さ、軽いでしょ?」
明らかに上からの物言いに見えるが、サラリスの言葉はどうやらお願いしますということらしい。もちろん、普段の背中の棍に比べれば雑作もない重さだ。そっと持ち上げ、すぐ横にずらしてそっと下ろすとただの土が現れた。もちろんできるからやるのはかまわないが、プヨンならできると思い込んでほしくはない。できれば、ずっとできないと思ってほしい。
「くっ。ガセネタか。ただの土じゃないか? 簡単に騙されるとは!」
「雨水が入らないように蓋くらいはあると思いますよ。ほら、その辺の草も置いてあるだけです」
リスターの罵りを抑えるあたり、今日のサラリスの口はかなり口撃力を強化している。よく板を見ると、接着剤のようなもので土が貼り付けられている。人造の蓋を見て確信した。
「よし、先手必勝、開けるぞ! リスター突撃隊長直々に道を切り開く」
「お待ちください。すぐ下に見張りとかいるかもしれませんよ? あるいは開けた瞬間ドカンと爆発するかも」
「む。たしかに、今日は体調が思わしくない。よし、見習いプヨン、お前開けろ」
やれやれといったところだが、1秒でも早く開けてみたいリスターのイライラはよそに、プヨンは周りを調べてまわる。
「この草のこすれとかまだ新しいですね。定期的な出入りがありそう」
「なるほど。では中に敵がいるな。開けろ、そして全火力を注ぎ込め」
「ダメです。そんなことをすれば食べ物が消し炭に」
「物によっては大爆発しますし、相手の人数もわかりません。ここ以外にも周りにもあるかもしれません。なるべくこっそりいくべきでは?」
「よし、サラリスの意見を採用。私も実はそう思っていた。お前たちがまともなことを言えるかを試したんだ」
とても嘘っぽいですと口でつぶやきつつ調べた限りでは、入り口付近は何もないようだ。体温、呼吸音、磁気には反応がないし、そもそもその気なら切り株を動かした時点で呼び鈴でもなりそうだ。
意を決して蓋をそっと持ち上げると、目の前に真っ暗な縦穴があらわれた。人がまっすぐ降りられる程度の細さ。どう見てもお店がある雰囲気ではない。
「持ち手も階段もないところを見ると、一般市民向けではないわね」
「なるほど。サラリスの言うことは一理ある。サラリス、+2点。本職相手なら、慎重に行くか。まずは明かりだな」
突然リスターが火球を投げ入れようとタメに入った。大きくなっていく火球を見て、プヨンは慌てて止めに入ったが、即座に投げ入れられては間に合わなかったところだ。
「ま、待ってください。さすがに攻撃はまずい」
リスターの火球から必要な熱を奪う。膨らんだ熱球が急激に小さくなり、放出を未然に防いだ。
「すでに蓋を開けた時点で、中は明るくなっている。今更遅いぞ」
リスターがなぜだという顔をする。サラリスもなぜという顔をしている。
「リスターさん、中が武器庫や燃料倉庫だと危険すぎますよ」
「そうだなー。サラリスがどう言うか試していたのだ、見事だ。さてどうするかな。こんなところにあるものは密輸や抜け荷に違いない。差し押さえて調査すべきだ」
「なら、中を滅菌しましょう。いい方法があります」
「滅菌? 消毒でもするのか? どうやって」
リスターの不思議そうな問いを無視し、サラリスはプヨンに手を振る。例の物を出すよう要求の合図だ。
「部屋の大きさがわからないけどどうしよう。プヨン?」
「うーん。ざっくりと空洞調査した限りでは、一軒家程度だな。このくらいでどうだ。だが森林は酸素が多い。もっと息吐いてくれるか? なかなか集まらない」
空気を冷やして集めていくが、なかなか集まらない。ただ10分以上かかっているが、中には何も動きがない。どんなに耳をすましても物音一つ、呼吸音すら確認できないから動物もいないようだ。サラリスの緊張がプヨンにも伝わってきた。
少し時間がかかったが、うまくできた。周りを警戒するサラリスにスイカより大きな鉄球を渡す。中身は空気を集め、冷やして作ったドライアイスの塊が入っている。フタをしっかりと止めてあるため、簡単には漏れない。
「よし。これでいいわ。八光攻撃開始」
サラリスが凛々しく、いつもとは違い、かなりの気合を感じる。戦闘前の気合が入っている時のサラリスはけっこう秀麗だ。鉄球を火球で熱している。鉄球内で気化していくため、圧力が高まっていく。
6、7、8歩。穴の淵に立つ前に中をそっと探るサラリス。不意の攻撃にも備え、戦闘モード全開だ。
ゴトッ
底に鉄球を置いたのか音がした。
「ひゃー緊張した。いつ中から矢でも飛んでくるかとヒヤヒヤしたわ」
さっきまでのシリアスなサラリスから、元の顔に戻って駆け戻ってくる。八歩美人のいつものことだ。サラリスの行動で何が起こるのかとリスターも穴の方を見ている。
ブシュー
「きたきた。きたわー。うっひゃー」
「うぉ。あれはなんだ? お前たちの作戦か?」
ドライアイスは気化すると700倍、鉄球内の圧力が高まり蓋が弾け飛ぶと、中から大量のドライアイスガスが噴き出しているはずだ。ブリーブを利用し、密室なら酸素を含まない空気があっという間に充満し、穴から白い煙が立ち上ってきた。
「よし。サラ、調査にいこう。息を止められるか?」
「15分。そこが限界よ」
「戦闘になったら5分くらいか。すぐに限界がくるから、その時は俺を置いて先に行けよ」
「わかってるわ。もう道に迷わない」
鍛錬時でもサラリスはそんなもんだ。
「ま、待てっ。あれは入っても大丈夫なのか?」
「え? えぇ、息さえしなければ」
「よ、よし。私が先頭で行くぞ。お前たちついてこい」
主導的な立場上、そう言って入り口の縁に立つリスターだが、ちょっと足が震えている。明らかにイヤイヤなのがわかる。
大量の木箱があるのがわかる。その間は通路になっているようだ。奥はよく見えないため、ゆっくりと進む。5mほど進み誰もいないと思ったら、通り過ぎた木箱の1つから音もなく人が飛び出してきた。うまく気配を殺していたのだろうか、箱の中だったせいもありプヨンも含めて存在に気づかなかった。
「あいつを捕まえろ、逃すな!」
そう叫んだリスターだったが、相手にはまるで逃げる気配がない。かといって侵入者にいきなり攻撃してくるようなこともなかった。ちょうど出口をふさがれるように立ち、こちらを値踏みしているように見えた。




