人質のなり方
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定時連絡は無理のない通常移動が基本、歩いて2日となっている。実際歩くとかなりの強行軍だが、ぱぱっと空から移動すると直線距離で邪魔もない。その分浮いた休養時間にあてられる。レシプロ飛行の卒業後は音速越えになり、ずいぶんとこのゆとり時間が増えた。
メサルは妹レアのフォローに追われ本日は別行動、プヨンは放置プレイとなっている。今日は自由行動と準備していると、タイミングを見ていたのか新手が現れた。
「ふっふっふ。とうとう私の出番がきた。今日は私が元いた跡地を久しぶりに見に行こうかな。重要拠点フィナボッチ」
「フィナが1人でいたところか? かまわないけど、街中には入らないぞ。教会も寄らないし、買い物もしない」
「えー、ダメだよ。ほら、植物元気ないつもの活力剤。勝てる時に勝つ、買える時に買う活力剤。ほら、10パックセールしてるよ」
「除草剤もセールしてるんだな。ちょっと試してみるか」
「むぅぅ。マンチニールで有毒攻撃を」
自由とはいえ、行く当てはそう多くなく、フィナツーの提案にのりユトリナを一回りする。寒い季節が終わり、朝の割には日差しが強い。その中をのんびり歩いていると、フィナツーがふいにビクッとした。
「フィナツー、警戒網発動。前方、50m、避難します。まずいまずい、前方人間が急接近。攻撃意志あり。戦闘態勢に入ります」
そう言うフィナツーは、サイドカバンに移動する。ずいぶん前から気付いていたプヨンからしたら今さらだが、攻撃意思ありが気になる。向こうもこちらに気付くと、けっこうな勢いでダッシュしてくる。すぐにわかった。あれはアデルだ。
「あ、アデル。ひさ……」
「くくく、飛んで火に入る夏の虫。さぁ、こい。お前は今から人質だ」
「は? どういうこと?」
「おう、今日は、警備隊主催で、街道で獣や盗賊に襲われたときの訓練がある。ほら、以前、ご馳走してやったことがあっただろう。殺してもいい人質役がいなかったんだ。今日お礼しろ。手頃な小遣い稼ぎにもなる」
「殺してもいい人質って、人質とは違うんじゃないか?」
「見つかったら最後、逃げられないぞ。さぁ、大人しくついてこい」
「まっ、待ってって」
プヨンを引きずりながら進むアデル。
「訓練役を引き受けてくれる適当な人質役がいなかったんだ。ほんとは華をもたせるためにもその辺の町娘でいいんだが、一応危険だからお前で我慢することにした」
耳を掴んでさっさとついてこいと引きずられ、なんとか聞き出せた。
街のはずれに着いた。人が集まっているが、屈強な男達しかいない。全員警備隊か。何人か見た顔もいるが、気付いたら盗賊に扮した警備兵に囲まれていた。
「え? もしかしてプヨンさん? 人質役ですか? なぜここに?」
「え、よく覚えてますね。いろいろありまして。本当にするの?」
忘れるわけないですよと警備役を束ねるレオンに謝辞を言われて、同時にお面と町娘風の服を渡された。
「何これ?」
「人質役のお面と服です。美女仕様にしておきました」
「は? これ着ないといけないの?」
「厚手の防御力が高い仕様ですから」
そういう設定ですからというレオンに、ハッとしてアデルをみる。人質が危険でなりてがいないのはこれが原因ではないのか。着替える、といっても村娘仕様のただのつなぎ服、防御力は麻生地でそこそこあるものの、時間はかからない。終わると同時にレオンが走り寄ってきて、脇に抱きかかえられた。
無言のまま進む。奇妙な光景だ。そのあとは数人の盗賊風一団がついてくる。最後尾にいたアデルが宣言する。
「よし。人質を確保したぞ。今から盗賊偽装チームは警備隊の待つ駐屯所に向かう」
まず言ってることがおかしい。盗賊がなぜ人質を取って警備兵のところに行くのか。それを察したのか、レオンが説明を加える。
「訓練ですが、乱戦になった時にここは街道沿いで一般の通行人も多く危険なので、頓所の裏の練兵場に拉致します」
きゃーと悲鳴をあげるべきかとも思ったが、町娘が攫われる役という雰囲気が合うとも思えない。そもそも、声質がぜんぜん女性らしくない。どうするか。超厳しい課題だが方法はある。声質を変えるためにはヘリウムだ。
「ドナルドダック」
そう言って発動しようとして、ふと気づいた。ヘリウムの手持ちがない。ほんの少量でいいが、ここでは集積する方法がない。
ちらっとレオンを見るが、こちらにはまったく関心がないのか、全力で走っている。この顔はそっちで何とかしろという顔だ。やむを得ない。難易度があまりに高いため躊躇したが、そっちがその気なら、やってやろうと思う。
だが、必要なエネルギーは膨大だ。まず水素を作る。これは水からすぐ作れるが、問題はヘリウムだ。方法は簡単、水素を核融合すればヘリウムだ。口内で水素が爆発しないようにする。水から簡単お手軽に声変わりだ。すべて口の中で処理するため、口内に超高圧空間を作り、磁場で封じ込めた。
ぶふぉ
「うん? なんだか熱風が?」
レオンの呟きが聞こえる。エネルギーを取り出すわけではないため、融合時の膨大な熱を放散するのが大変だ。どうしても抑えきれなかった熱が口からもれ、周囲の大気が1℃ほど温度が上がった気がする。全力でまわりに発生した放射線は抑え込み、1呼吸分のヘリウムを吸い込んだ。
「きゃーっ」
「えぇ? 誰?」
おかげでドナルドダック効果発動。甲高い声が出たためレオンが驚いている。これで雰囲気が出たはずだ。応用魔法声変わりだ。
「と、とにかく、盗賊班として目標地点の警備隊詰所まで行きますから。ほら、もうすぐです」
レオンの向かう先に完全武装20人ほどが見えた。300mほど先、盗賊が警備兵に向かうのも変だが、訓練ならそんなものかもしれない。
まずは立ち居振る舞いを考え、女性の人質とはどうするかイメージする。ユコナやサラリスは盗賊を人質にしそうだし、エクレアは卒倒しているかも しれない。ここは身近なフィナの特徴を採用した。こういうケースもあるはずだ。
フィナそっくりさん発動だ。まずはフィナの声と体重を近づけてみた。もちろんプヨンは優しいので、ほんの300kgほどまで、ゆっくりと増やす。本物のフィナならこれの数百倍だ。
「うぐっ。な、なんだ、これ」
「ど、どうしたレオン? 急に立ち止まって?」
「な、なんでもないです。先に行ってください」
「いや、いいけど、歩くとか、レオンまさかもうばてたのか?」
アデルや同僚達が急にペースが落ちたレオンに声をかける。レオンが先に行けと促すと、計画でもあるのか本当に先に行ってしまった。
筋力強化を使えるレオンはなんでもないそうだ。なるほど普段金属鎧を着込んで動き回っているだけはある。配慮し過ぎたかもしれない。それでもフィナ本体のトン単位は厳しいと思い、もう少し増やして500kgにしておいた。
「ふ、ふぉぉ、これは、プヨンさん?」
「何かなー? 今は女性なんだから言葉は慎重に。こういうことはきっとある」
「むぅっ。ふんっ」
一歩一歩踏み締めて歩くレオン。さすが街の防衛の要だ。
「私をユコナだと思って運んでね。落としたら、ユコナに報告するから」
「ユ、ユコナさんはこんなにー」
「こんなに? ねぇいくつなの? 知ってるの? 最近成長著しいよ?」
「ふぅぅぬぅぅー」
「男なら死ぬ気で運ぶんだ!」
ふぅーー、ふぅぅーー
残り200mを5分近くかけ、レオンは息も絶え絶え、かろうじてたどり着いた。ものすごい汗だ。
「おかしらー、なにやってるんすかー?」
「おやぶん、始まる前から息切れとか示しがつきませんぜ」
「この女を、そ、そっち、へ連れてけ」
偽装盗賊らしく隊長からお頭になっているが、部下にからかわれてもレオンは返事ができないで呼吸を整えている。
「お頭、休んでてください。おい、人質の女、お前はこっちだ!」
アデルは喜んでいる。プヨンはレオンから、手下の1人に引き渡された。
「たずけーてー、たすげてー」
早くも甲高い声が出るダック効果は期限切れ、あれほどのエネルギーを注いだヘリウムは大して役に立たなかった。
「うるせー、こっちこい」
「やめてーイヤらしいことはしないでー」
効果の切れたガラガラ声で精一杯抵抗したが、警備兵側から笑いが起こるだけ。まずい、これでは救助してもらえない。
ズレたかつらを直して、フィナのつもりで愛らしいプヨンを演じ続ける。大人しく木の影まで歩き、人質となった。
「おい、盗賊ども。ひどいことはやめろ。要求があるなら聞く。人質には手荒なことはするな」
ひと休みした頃、警備側から予定通りのセリフがきた。訓練開始だ。
「みなさん助けてー。殺されたくないーです」
「黙れ、アホ女。燃やすぞ! おい警備兵、こっちには人質がいるんだ。俺たちの要求を呑め、さもないと人質の命はない」
チラッとレオンを見る。アデルはなぜか遠くに1人で立っているが、あれは陽動か。動揺したのかレオンが何やらやめろと言っているが、やめろと言って素直に聞く人間はいない。
「要求はなんだ? 聞くだけ聞いてやる!」
警備側の質問に、プヨンを捕まえる手下が用意していた返事をした。
「心が荒んでいる俺たち全員に10日の特別傷病休暇だ。さらに休暇手当として1000グランを要求する」
一瞬ぎょっとする警備側。要求事項が違うようだ。考えさせてくれとの言葉のあと、沈黙が続く。
「無理だー。人質の人すまないー。要求は受け入れられない」
「なんだとー。本気だぞ。この人質がどうなってもいいのかー」
言いたい放題だ。助ける気がなさそうなやりとりが続く。だが、プヨンは姿を隠しつつ、後方から近づく2人組に気づいた。別方向からもくる。さすが警備チーム、することはしている。
「うぉらー。背後から忍び寄るのはお前らかー」
チキン、キン
と思ったら、即効でアデルにも見抜かれている。風景に溶け込んでいるだけで、気配が隠し切れていない。アデル以外も気づいたものが数人。あっけなく1組は見つかり、やられてしまった。
「こっそり背後から近づくとは、警備隊とは思えぬ卑劣さ。正面からこい。人質の命はない。ほらほら燃やすぞー」
よし。ここは警備兵に真剣さを伝えねばならない。まだ1組は背後に回ろうとしている。プヨンは頭に火をつけた。
「うぁわーぁあー」
頭上に炎の小旋風を巻き起こす。控えめにしたが、かつらは燃える。プヨンを捕まえていた手下にも火がつき、慌てたのか突き飛ばされた。そのまま悶えている。
「たすけてーたすけてー」
かつらは燃え、素直に助けを求めるが、最初にレオンがチラッと見た後は誰も近寄ってこない。単調に繰り返すのが悪いのか、人質が後回しとはありえないが、頭に火がついた手下が先に介抱された。
盗賊側が混乱しているが、これも訓練の一環と思われたのか、警備側は不用意に攻め込んでこない。プヨンは再び、別の手下役に襟首を掴まれた。やはり続きがあるようだ。
「おい。警備兵ども、人質に冷たい仕打ちをされたくなければ、俺たちの給料を2倍にしろ!」
そう言いながら、鋭利な氷片を作り出すと、刃物のようにプヨンの首筋に当てがった。さすがレオン率いる警備兵。普段盗賊を見ているからか、手慣れている。
「俺たちは本気だぞ。見ろ」
さらに押しつけられる刃の先端が首に当たり、チクッと痛みを感じた。赤い血が一滴出る。本気なんだとプヨンは瞬時に理解した。意識を強く持つ。
ザクッ
「えっ?」
実際に刺す盗賊もいるだろう。首筋をそれなりに刺す。怖いので控えめにしたが、勢いよく血が噴き出した。なるべく派手な方がいいだろうと、血圧も高め、細い穴から噴水のように噴出させ、そして倒れる。
同時に治療で血液の補充を始めた。吹き出す分を補い、1分ほど噴水を続ける。
「あ、え? ほんとに血?」「あいつ人質を刺したぞ」「死罪だ!」
銘々が口にする。
普通は2リットルも出ると致命傷のはずだ。だがバケツ一杯はあふれたが、誰も助けに来ない。そろそろいいかと首筋は凍らせて止血、続けて傷口を塞ぎ、首は元通りに治療してある。だが、刺した本人は赤くなった手が震えている。動揺し声も出さず固まっている。自分から刺すぞと言ったのに、ちょっと動くだけでこれでは応用が利かない。犯人が暴れて刺さることもあるだろう。
「びびっているな。ここ減点。レオンに報告」
「え? そんな!」
怪我人プヨンの指摘に手下は冷静さを取り戻した。ギリギリ赤点回避だ。
その点、あちらの手下2はパニックにはならず、しっかり落ち着いて呼吸を整えている。あらゆる事態に対応できるように事前に訓練しているのだろう。
「わ、わかった。俺たちは人道的だ。人質は解放する。だが要求は下げないぞ」
「まずは、人質の解放が先だ。すべてとは言わないが、交渉は応じる」
ここはどうするべきなのか。プヨンは周りを見渡すと、レオンがよろよろと立ちあがり、こちらを見た。プヨンと目が合うと、鋭い視線を送る。レオンの目が訴えている。訓練といえど甘くない。現実を見せろと。
プヨンはピンときた。なるほど、今度は警備側も訓練してほしいということだ。警備側に油断がないことを試す必要がある。
プヨンは3mほど投げ捨てられて宙を飛び、なんとか受け取りにきた警備側で受け止められる。担当者は確か名前はシモカゼさんだ。今回は警備隊長役になっている。
「向こうからは大怪我に見えましたが、歩けるんですか? 保護しますね」
「大丈夫です。予定通りです」
「人質を無事確保。無傷です。無傷!」
無傷強調するあたり、重要なのかもしれない。さらに紳士的だ。少し心が痛む。もっと人質らしくするべく、ちょっとしんどそうに歩き、そっとアデルを振り返る。アデルはそれでいいと頷き返してきた。
そのまま警備側数人がいる場所に向かう。あと3mだ。
「ま、待て。全員、はな、れろ」
あと少しで背後から声がした。レオンだ。急な指示で全員が振り返る。走ろうとしたようだが、膝がダメなのか、またへたり込んでしまった。
レオンには何も言っていないが、何が不審なところがあったのか。自然な歩行を意識したことが、逆に不自然だったか。
だが、これは訓練だが、想定外のことに慣れる訓練なら、決められた通りに進める訓練など意味がない。
シモカゼはフルフェイスの防具を身につけて表情が読めないが、レオンに意識が向いている今がチャンスだ。
ドバン
上空5mくらいで小さな爆発を起こす。ほんの火球1万個くらいの小さなものだ。子供サイズの岩が爆風で飛んでいき、木の葉が吹き飛んだ。もちろんシモカゼや残りも何事が起こったかわからないまま、地面に薙ぎ倒されている。
「よっしゃ」
アデルの声が聞こえる。盗賊側の残りのメンバーも動き出したのがわかる。プヨンも地面に転がったシモカゼの頭を掴み、宣言した。
「要求事項を伝える。俺たちの日当は3倍で手を打とう。人質も犯人作戦」
アデルを見て確認すると、首を横に振り、手のひらをアップさせる。まだダメなようだ。
「ふ、完璧な防御の俺の鎧に傷つけられないだろう。降伏しろ。超硬度鎧には傷つかないぞ。魔法も弾く」
頭を掴まれたシモカゼが立ちあがろうとするので力付くで押さえつける。フルアーマーでよほど防御にも自信があるようだ。たしかにアルミナは硬い。鉄などでは傷つけられない。
「さぁ? これはどうかな?」
「うわー、俺のフルマが」
ストレージから蒼玉の剣を取り出す。濃紺の宝石と同じ材質の剣だ。
ギ、ギギギギ
『ばか』
と傷をつけると、一瞬静かになったあと
「うぎゃーしぬぅー、俺は死んだー」
「さあ、うんちを書かれたくなければ、降伏して給料5倍」
「うわーー」
気を失った。レオンに鋭い視線を送る。何が起こるかわからない、それがリアル。いい訓練になったはずだ。
後日レオンから5倍の給料が振り込まれた。




