生き埋めの凌ぎ方 3
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メサルが身動きできないままさらに2時間経った。遭難時の訓練授業のおかげで、最大の懸念であるトイレは数日間は対応が可能だ。一方でプヨンに仕組まれたレア効果が切れると、ぶり返しで再び疲労と睡魔が襲ってくる。
「雪山で寝ると死ぬぞ。そんな時には、痛みで目を覚ますのだ。ナイフでちょっとえぐるんだ!」
耳元で教官の声がした気がしたが、夢か現実かも区別がつかない。どっちだと思うと同時にハッと目が覚めた。短時間だったが、寒いところで気を抜くと永遠に目覚めない場合がある。思わず身震いした。慌てて睡魔対策をする。次もプヨンから伝授された目覚めの儀式を使う。吐けるだけ息を吐き出し、そして止める。あとは待つこと30秒間ひたすら我慢だ。
ドクンドクンドクン
「鼓動が速くなるが、苦しくなってもギリギリまで粘るんだ。我慢魔法の一種だ。ただし2分までだぞ。それ以上やると、逆に寝てしまう場合がある」
「無、無理だろ。吐いた状態で2分とか?」
「あ、もちろん目覚まし中は呼吸系の魔法は禁止だよ。危機意識で活性化させる。あなたはだんだん目が覚めるーたぶん」
あの時のプヨンの言葉通りだ。急激に心臓が強く打つようになり、眠気が吹き飛んだ。限界後のあとさらに5秒の我慢でさらに覚醒する。最後に呼吸を再開して大きく息を吸い込む。うまくハマると本能的な覚醒が起こり、気力が充実し普段できないことまでできるのが不思議だ。
ドサドサドサッ
突然、上の方で起きた大きな音で思わずビクッと反応したが、下手な眠気覚ましよりよほど目が覚める。
いつの間にかずいぶんと暗くなっている。さっきまでなんとなく見えていたが、体の輪郭の識別が難しくなってきている。音からしても上に雪が落ちてきているに違いない。救助を待とうとも思ったが、やはりこのままは危険だ。
「うりゃ」
追加効果を発動し、即時避難行動に移す。まずはエクレアだ。水魔法は苦手だが、周りに水があればメサルでも耳に水を入れられた。自分にもそしてエクレアにもだ。
「うひっ、ひゃ」
「目が覚めた?」
「ひ、え。メサルさん? 私はたしか、雪に埋もれた。今はどうなってるんでしたっけ?」
瞬時に目が覚めたエクレア。わずかな睡眠だったが、疲労と混乱を抑える効果はあった。メサルが軽く説明した後に周囲を見渡して、エクレアはメサルとほぼ密着している状況を理解した。
せっかく落ち着いたのに、エクレアが危うい。
「お、おい、動くな。当たる。崩れる」
「ひ、ひえ。す、すいません。反射的に自動発動してしまいました!」
「頭も空気も冷やすんだ。天に仕えるものとして。そういうことは生き残ってからだ」
だがもっと重大なことに気づいたようだ。
「この近さ、なんだか最初より狭くないですか?」
「さすが、よく気が付いたな。そうなんだ。上に積もりすぎて、支えきれなくなってきている」
「そのうち押し潰されるかもということですか? この上はどのくらい雪があるんですかね?」
「雪を溶かしながら脱出することは難しい。試してみたが、減った分周りから落ちてくるだけで、消耗が激しく断念した」
「じゃあ、見つけてもらうとして、どうやって見つけてもらいますか?」
今度は不安トークに熱が入る。いっそこっちが聞きたいくらいだが、エクレアが一人で問いかけ、できないと回答し続けている。気を紛らわしたいのか。
「知ってますか? 長い槍でグサグサと刺して探すんですよ? 悲鳴を聞いたらここだってわかるんです」
「えっ。そうなのか? それは怖い」
「顔に刺さるかも。気を失っていたら?」
メサルは血の気が引いてきた。まずい、一気に冷えている。視界不良時に使う『ゾンデボーの槍』のことだろう。埋もれたものを探す時は、尖った槍でグサグサ探る。刺さると声が出て居場所がわかる探索装備、暗闇などでも効果的だ。
首や頭にガスっとやられたら応急手当てで凌げるだろうか。
「わかった。ちょっとキツイが氷板を作っておこう。たしかに刺されたらキツイところはあるからな」
ギャザリングでエネルギーをかき集めるが、水や空気を温めるのと違い、水から氷などの三態変化は消耗が激しい。頭と首、お尻。この3カ所以外なら少々刺されても耐えられる。エクレアにも助けてもらい、なんとか防御を施した。
エネルギーのやり取りの後は、激しく緊張したような疲労感がある。ひたすら暗算したあとのようにボーッとする。エクレアも今度こそ力尽きようとしている。
棒の盾にするつもりはなかったが、エクレアが胸の上で突っ伏していた。だが、最初は自分を支えていたエクレアがのしかかってくる。疲労に雪の重さも加わっているようだ。むむっと唸り声が出る。息が苦しい。だがまだ耐えられないわけではない。
「ぷ、プレスヤード!」
なんとか重さを支える。プレスヤードで支えるが、100kgくらいから息が苦しくなる。300kgを超えると骨が砕けるらしい。まだ耐えられるが、このまま雪が落ち続けると圧死する。
「お、重いですか? 私、胸はそんなにないので大丈夫ですが」
「うん、大丈夫。思ったより隙間がある。小さ、余裕があって助かった……」
エクレアは体型は小柄だ。男のヘリオンではきびしかっただろう。だが、突然急激に気温が下がり、最後まで話せなかった。暑くて溶けるならいいが、ここで冷気はまずい。凍死する。
メサルは発言を誤ったことに気づく。バカだ、私はたわけだ。
「うぅ、胸が苦しい」
思わず口に出すと気温が上がった。これは正解だったのか。本当は腹も苦しいが、この状況ではここは触れない。正解だったせいか、エクレアが次の話題、救助について話し出した。
「ここにいるって気づいてもらう方法ですが、大丈夫ですかね?」
「大丈夫だ。ほんとだ。ほら、通信機があるだろう。これで一定間隔で信号を送るんだ。ここですよーって」
「さすがメサルさん。バッチリですね。その耳のやつですか?」
よし失点挽回。これで元の温度と機嫌に戻るはずだ。
「お、気づいたね。そう、これ。しっかり耳にくっつけて、戦闘時も外れないようになってるんだ。ほら!」
耳の付け根から外した通信機のケースを見せ、信号を出した。
「む、通信の反応が鈍い」
明らかに下半分が砕けている。メサルの操作に動きがついてこない。
「どうかしたのですか?」
「悲しいけど、これ故障なんだね」
きっと雪が落ちてきた時に、エクレアの下になり、地面に打ち付けたのだろう。
「くっ。きっと重いものの下敷きに……なんということ」
「そ、そんなひどい。私ですか?」
たしかにそう意識して否定できない。
グハッ
まただ。一段とエクレアの雰囲気が重くなる。すでに胸が圧迫され呼吸が苦しい。今日は重力操作でもあるくらい重い。
ドサドサッと雪が落ちる音が遠ざかっていく気がする。徐々に雪の厚みが増しているのだろう。
「エクレア、状況を受け入れてくれよ」
「一緒に死んでというのは無理ですよ?」
「大丈夫だ。道具がなくても信号は出せる。な、泣くなよ?」
レアで経験済みだが、パニックになって手が付けられなくなるのは避けたい。酸素消費を抑えるためにも、メサルはエクレアを落ち着かせるしかない。雪が圧し掛かり、さらにプレスヤードが進む。密閉なので空気の循環が悪いのか。エクレアの顔から赤みが減ってきた。
「メサルさん、さっきから胸が苦しいのです。メサルさんはどうですか?」
「あぁ、確かに。ずっと狭いところで上から雪がのしかかってくる。息が苦しい。はふぅー。空気も悪くなってきたな。プヨン、早く見つけてくれ!」
「神様、どうすればいいですか?」
こんな時には、プヨンはこう言っていた。
雪や地面の中の空洞を見つける方法があると。『スキャンニング』と言っていた。『移動しながら三次元的に把握するんだ』とか言いながら、地面に埋めた箱を探していた。
だから見つけてくれるはずだ。だがそんな気配はない。まだ時間がかかりそうだ。
「よし、寝よう。天の助けを待とう」
「え? 本気ですか? 壁は?」
「そうだ。冬眠モードだ。壁は強化して寝る」
「それは凍死ではないのですか?」
予想外の返答なのか、エクレアの顔が白を通り越して青くなる。疲れて息もしにくい。気を失いそうだ。
深い睡眠なら消費エネルギーは1/3以下。壁の厚みは閉じ込められてはいるが、狭く高湿度なここはかまくら効果で意外に暖かい。少し疲労を和らげることとした。
グラグラグラ
「な、なんだ! 地震だ!」
どのくらい時間が経ったのだろう。一瞬か、けっこう時間が経ったのか。エクレアのくぐもった声で我に返る。
「つーぶーれーたー」
「ぐぅ、寝てた?」
「あ、そこは」
声を出したつもりが声にならない。寝返りを打ちたいが、暗い中動こうとして頭を氷に打ちつけた。そうだ。埋もれていたのだ。
「こんなところでも寝れるんだな」
「私を1人にして寝ないでください」
「おっ。息が。ちょっと神の国へ行きそうになっていた。大丈夫」
短時間の睡眠だがこういう時は短時間でも回復する。耳元のレア肖像画も思い出し、あらためてプヨンのひどさと効果の高さを実感した。
「どうですか? 助けはきそうですか?」
「大丈夫だ、と思う、たぶん」
宗教的に嘘は禁忌のメサルは、信じられない時はたぶんをつける。この状態では否定的な発言は避ける。
「うぅ、そんな。やっぱり助からないんですか?」
「お、重い。信じるものは救われるんだぞ?」
だがエクレアの雰囲気は重い。雪より数倍重くなっている。
「だ、大丈夫。プヨン、埋もれても、見つける」
だがいろいろ重さが合わさってダメだ。肺が潰れそうな上、残り空気も少ない。
ピッピーピ
突然、パルス音が聞こえてきた。壊れていたのではなかったのか? 音は小さくすぐ近くではないようだ。
「あ、音が。壊れてはない?」
「やはり。敬虔な私を天がお見捨てになるはずはないと知っていたのに、神を信じることができなかったとは、なんということだ。俺の罪は深い」
「あぁ。待って。罪の告白は後にして」
メサルは慌てて罪はないと意識する。信じる立場の私が疑ってしまうなどありえないが、神は許されたのだ。助かった。よかった。
「このコードは、『メサル、いる?』です」
エクレアの言葉に、慌てて『いる』と返事するが、ここで言ってもダメですよと諭される。
だが、よかった、助かりそうとのエクレアの気持ちも伝わる。そうだ。これはただの天の導きを示す試練に違いない。救いを信じることを試されたのだ。
俺は信じていた。ほんの少し疑ったかもしれないが四捨五入すれば信じたことになる。
だが、こちらに気付いたとの反応がない。何度もいるかと尋ねていて少し不安になった。このまま通り過ぎたりはしないか。
ドオン
突然大きな音がした。遠いが爆発音に聞こえる。雪が崩れてきそうだがどうなっているのか。
「もしかして聞こえてない?」
「叫んでも難しいのでは? ありえますね」
「メサルメッサ―ツ!」
ここだと信号を送るが反応がない。雪がさらにのしかかってきた。ドサドサと雪が落ちる音が続いている。ふと気づくとエクレアが静かになっていた。肺が押し潰れて十分に息が吸えないに違いない。骨格が貧弱なエクレアには、輪をかけて厳しいだろう。
メサルのプレスヤードは300kgが限界。時間がない。
「ココホレココホレ……」
メサルが最後の力で意志を伝える。全く反応がないが、何回目だろう。11回目の祈りを捧げた時、ふっと胸が軽くなった。
「ここかー」
聞き慣れた声が聞こえる。この声はプヨンだ。やはり天はお見捨てにならなかったか。
エクレアの背後が明るくなってきている。雪が薄くなっているのは雪が減っているからだろう。そう思うと気が緩んだのか、メサルも急激に意識が薄れていった。
ほぼ間一髪でプヨンはメサルを見つけることができた。緊急連絡が入って現地に行くまでにも結構時間がかかっている。運要素も大きかった。それはメサル達も同様だ。低体温になったメサルとエクレアだったが、骨にヒビが入った以外は大きなダメージはなさそうだった。
プヨンは密かに練習していた湖で魚の群れを探る要領で、地中内の異物を見つけることができる。おかげでうまく見つけられた。メサル達と一緒にいたメンバーは自力で脱出して、残りのメンバーを探していたらしい。
プヨンとユコナはとりあえずメサルとエクレアを運び出し、安全な場所まで連れて戻ることができた。
ただ骨は治るが低体温などのダメージはいまひとつよくわからない。運動不足で筋肉が落ちたり、病気に近いのか。全部切り落とした方が治りそうとも思ったが、それも範囲が広すぎる。
筋肉再生はきつい。しばらくはリハビリと称してメサルにしっかりと荷重をかける必要があった。




