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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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定期報告の仕方 2

385

「プヨン殿はこれをどう使って欲しいのだろうか?」


 帰路の飛行中、ノミはプヨンの意図を考えていた。もらったからにはうまく使うべきだが、さてどうするか? 十分な説明はもらえていない。


 しかし見れば見るほど、この分身はよくできている。


 ノミが鏡の横に並べて見た限り、まったく同じ。顔色と髪の長さがちょっと違う程度で、単体だと血の気がないなくらいにしか思わない。


 ただ使い方はどうするか。私の頭脳が最高の使い方を見つけますと言った手前、おぉっと唸らせる方法を見つけたい。


 ノミにはできる男だとの自負があり、短時間なら集中力にも自信がある。一度思考モードに入ると時間があっという間に経つ。地上では居眠りする時もあるが、空ではさすがにない。



 結局結論は出ないまま、時が過ぎ、気がついた時には帝国領に入って随分経っていた。ノミの超遠視力によりノビターンの執務室のバルコニーはすぐに見つかり、気付くと窓際に立っていた。


 鳥音速ノミ号で2時間の飛行時間、いつも通りちょうど昼前だ。普段ノビターンを運ぶ時は、ここでノビターンを下ろす。


 だが、今日はノビターンではなく、背負っているのはノミそっくりさん。寄っていく必要はなかったはずだが、無意識に向かっていた。


「習慣というものは我ながら恐ろしい。さっさと帰ろーーっ。背中が軽くなるとせいせいする。プヨン殿の話では、このそっくりノミの消費期限は72時間だったな。まだ60時間以上あるし、一眠りする間ここに置いておくか。ここは誰もこないからな」


 バルコニーに立ち、背中の荷を下ろす。自分とそっくりさんを下ろすのは不思議な気分だが、のんびり鑑賞する時間はなかった。突然、前方に黒いもやが見えた。直感でわかったが、虫の集団だ。


「あれは、私の大好きモスキートンではないか。晩飯にちょうどいい」


 目の前に現れた食べ物を見過ごすには、長距離飛行後で腹が減り過ぎている。高高度はエサがほぼなく、かなり体力を消費する。荷物は日陰に置いておいて、後で取りにくればいい。まずはメシだ。


「おらー待て。大人しく、我が糧となれぃ。メシメシメシ!」


 これで食いそびれると、倒れてしまいそうだ。ノミがそう体力回復の呪文を唱えると、枯渇しかけていた体力が湧き出してくる。全力で逃げるモスキートンを追いかけ始めた。





 昼休憩から執務室に戻ったノビターンはバルコニーで物音がすることに気づいた。


 ノミが戻ってきたのだろうか。ノミが極秘任務、接着剤回収のための輸送兵士となったのは、ノビターンが10歳になったときで、あれからずいぶんと経つ。今日は特に用事はないはずだが、ここに戻ってくるとは何かあったのだろうか。それとも帰巣本能みたいなものか。


 教会端の執務室だからといって人目につかないわけではないし、最近、バルコニーは半分倉庫代わりになっていて、私物化されているとも感じていた。


「ノミですか? 何度言ったらわかるのです。ちゃんと入口から入ってきなさい」


 気配や足音のリズムなどで、ノビターンはバルコニーにいるのがノミだとわかる。見なくても今は隅の椅子に寝そべっている。慣れたシルエットだが、くつろぎ過ぎだ。


「こんなところで寝ないでください。私が寝てしまうほどこきつかってると思われるでしょう?」


 バルコニーに出て、そう言いつつ肩を揺すると、思わず手を引っ込めてしまった。人肌ではありえないほどヒヤッとして冷え切っている。


「え? 息、息してない? 目が濁っている?」


 寝てるのかと思ったがそうではない。まぶたを開けてみたが、目が白濁している。手を引っ張って起こそうとしたが、力無くだらんと垂れていた。


「死後硬直もない? 目の濁りは2、3時間、死後硬直は10時間。体の冷え切り具合を見ると、一度硬直して緩んだということ?」


 口に出して確認したことで、じわじわと焦りを感じる。これはまずい。時間からすると昨日の夜からここにいることになる。たしか昨日の帰宅前には誰もいなかったはずだ。


そう、これは幻覚。疲れてるんだ。深呼吸。大きく息を吸って。振り返る。


「き、消えない。どうして消えないの?」


 横たわるノミをじっと見る。何も悩みのなさそうな安らかな笑顔に見入ってしまった。これは、考えたくはないが、現実を見るしかないのか。


 何ということ。ノミが死後にも効果がある魔法を使うとは。しばし、動けなくなってしまい、全力で解呪を行う。1分はかかっただろうか、ようやく頭が動き出してきた。


 まさかとは思うが現実を直視すると、これはノミは倒れてしまったということなのか。


 ノミに言いたいことがあればとりあえず聞く耳は持っていた。悩みも相談にのるつもりだった。もちろん行動に移すかはまた別だが、ノビターンはまだまだ余裕があるとの認識だった。


「こ、このタイミングを測ったかのような不平工作。命をかけて、こんな方法を取るとは」


 もちろんノビターンはノミそっくりさんなど知らない。ましてノミに対して手を出したりもしていない。ほんのちょっと厳しすぎたかなと思わなくもないが、ノミにおこった不幸な出来事の直接原因になるはずはなく、別のやむを得ない状況があったのだと思う。もしかしたら、遭難時などで窮状を救助された瞬間に力尽きることがあるというが、そういった事情だと判断した。


 その時背後で足音がした。しまったと思う。さっき声を出したため、誰かが様子を見にきたのだ。


「どうかされましたか?」


 見知った声でアサーネとわかり、ほっとした。アサーネならある程度事情も知っており、相談できる。だが、開口一番のアサーネの発言はノビターンの期待を裏切った。


「あぁ。いつかこんな日がくるとは。死なすことはありませんでしたね。ノビターン様」

「え? じょ、冗談はよして」


 うろたえないように極力冷静を装うが、心臓が激しく脈打つのがわかる。


 意外にアサーネは辛口のようだ。たしかにこの状態は不自然だが、アサーネの言い方だとまるで自分が殺めたように聞こえる。味方だと思ったアサーネは隠れ敵キャラだった。


「私は何もしていないわよ。こ、これはきっと、えっと、当てつけよ」

「普段からノミに辛くあたられていませんでしたか? 思い当たることが多々おありかと。あぁ、不屈の精神を持つノミが、こんな方法で名誉戦士の称号を手に入れるとは。なんということでしょう」


 恐る恐るチラッと見るが、アサーネの口撃の手は緩まない。なぜこんなことになったのか。もちろん自分自身が原因とは思わないが、まったく問題がないかというと、ほんのわずか、限りなくゼロに近いがゼロではない気がする。


「いつもアサーネとノミと私の3人は行動を常にしておりました。ノミについては、いつもアサーネに相談してきましたのに」

「ですが、大半はノビターン様と2人っきりでしたよ? 私、この2週間ノミには会っておりません」

「な、なんという。アサーネがそんなことを言うとは、そばにいなくても心は1つ」

「ノ、ノビターン様、まずは落ち着きましょう。起こってしまったことは仕方ない。あちらでお茶でも飲みながら、ゆっくりお話ししましょう。私、入れてまいります」

「ま、待ちなさい。私が瞬間湯沸かしで対応します。部屋から出なくても大丈夫」

 

 アサーネをこのまま逃がす、いや部屋から出すことはできないため、ノビターンが慌てて準備をする。水差しの水を即座に沸騰させお茶を作る。アサーネが言う一息入れて落ち着くというのは一理あると思えた。


「トワイニング、助かるわ」


 そう言いつつ声をひそめる。ノミについては現状では納得いかないノビターンだが、やましいことはなく落ち着きを取り戻してきた。


「どうしますか?」

「え? どうするとは? まさか生き返らせるのは無理でしょ? 何かいい案があるのですか?」

「メレンゲ教授の生物再生プロジェクトで再生するとかは? あれならなんとかなるかもしれません。ノミが量産化の暁には、連絡網などあっという間に構築できますよ」

「アサーネ、現実を見ましょう。ノミで埋め尽くされるのも、今以上に恐怖となります。おまけにメレンゲ教授の実験成功確率は0.5%、これでは灰になるのが落ちです。あぁ、しかし、ノミがこんなことになるとは。何が不満だったのでしょう。ノミ、許すまじ」


 あのお気楽なノミがこのようなことになるとは。胸が痛むのと怒りとが錯綜する。アサーネが淡々行動するのがうらやましく、内心、ノビターンはかなりのダメージを受けていた。


アサーネも言葉が少なく、しばし無言になった。目が窓の外に向かうと、黒い影が見えた。


 バサササッ


 同時に羽ばたきの音が聞こえた。そうだ。ノミを置きっぱなしにしていたのはまずい。街中といえど、この辺りは肉食の野鳥や野犬もいる。食べられたりしてはまずい、ましてやカルカス化のような死体行動が発生すると最悪だ。アサーネも同時に察知したのか、ノビターンより先に外に出ていた。


 ノミの身体が一部動いた気がした。


「ひ、ひゃー、ノ、ノミが。お、遅かった!」


 アサーネは懐から小瓶を取り出すと、即座にノミの身体に振りかけた。

「神型の塩水タイプでなんとか祓い清めました。ノビターン様が使えるのは残っていないでしょうか?」


 アサーネの声だが、こんな調子のはずれた声は聞いたことがない。


「聖水を使ってみますか? 80ccしか祈祷できていませんが」

「80cc?」

「朝に早起きした時に、気まぐれに作っただけです」


 ひったくるように奪い、アサーネが液体を振りかける。その先を見てノビターンも固まった。ノミが動いている。先ほどまで床に横たわっていたはずだが、柵にもたれかかるようになっている。


何も考えられないまま、アサーネを見守る。アサーネは除霊用の銀製短剣を取り出し解体の構えだ。特定の光や霊座を弾く銀は頼れなくはない。


 この動き方はかなり狂暴な動きで『ランカ―ス』の兆候で、ひどい未練や恨みがあるとまれに発生するカルカス化の中でも重症の症状だ。


「アサーネさまー、私に聖水をかけるとは何かの儀式ですかな」

「喋った?」


 突然の声に驚いた。そして笑顔に見える。カルカス化は自我はほぼなく、過去のパターンに沿った行動をするだけのはず。そういえば、このノミは表情もある。アサーネは青ざめているが、動くノミは脳天気快晴、何かおかしい。不安を抑え、アサーネを止めに入る。


「ま、待ちなさい。何かおかしいです。ノミ、ノミは生きているのですね!」


 半分不安、半分期待で聞いてみる。


「ふふふ、我こそは不死身の男ノミ。ちょっと忘れ物を回収に参りました」

「忘れ物?」


 アサーネも不自然な点に気づいたようだ。武器は構えているが、何かおかしいと様子を見ていた。




「あっはははー、心配してくださったとは恐縮です。これは名を明かせませんが密かな方から預かったもの。このようにノビターン様が気にしていただける効果がもたらされるとは恐るべし智謀」

「ふぅ。まあよかったです。最悪の事態は免れました。ふぅ」


 ノビターンはさすがに気が抜けたが、アサーネはまずい。パワーが溜まっている気がする。ここは爆発する前にお開きとしたいが、チヤホヤされるのが嬉しいのか、ノミの口が軽い。


「まあ、私ほど長距離移動ができるものはおりませんからなー。今長距離飛行の後のメシを食ってきました。これで給料大アップですなー。はっはー」


 あ、まずい。ノビターンは無駄な心配のことをさせられてはいたが、アサーネの暴発信管が作動した方が気になった。


「は? ばかか。お前には、特別謹慎15日をやろう。たっぷり不幸になるがいい!」

「は? なんで? しかし、こんなことで謹慎は私刑の類いでは?」

「脳みそがぬかみそ、本能の食欲が残っているだけではないか」

「し、しかし、ここにあっては私こそ移動の要かと」

「お前が生きていては、私達のメンタルが失われるのです!」


 ノビターンは達というのに納得いかなかった。自分のメンタルはまだまだまともだ。だが、あえて水を差すことはしない。今は安堵しているし、アサーネの怒りを引き受けるつもりもない。



「それで、休暇後の私の身分は?」


 のほほんとしたノミ、まだ気づかないのか。これだ、この攻撃にノビターンは勝てない。


「魔力抽出のための触媒よ!」

「は?」

「遺書の用意を!」

「脱出!」


 アサーネがムキになって追い込んだせいか、やばいと思ったノミは即座に逃げ出した。こういう時の危機管理は天才的だ。ほとぼりが冷めた頃を見計らって戻ってくるだろう。アサーネのせいでノビターンはかえって冷静になっていた。


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