歓迎の仕方 5
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「プヨンさん、ちょっと相談があります。聞いてください」
「もちろんです。聞くだけならいくらでも。こんな辺境で遊ぶところがないとか? 休みがそもそもないけど。食べ物探しだし」
たしかに娯楽が限られるな。こんな会話すら、いい暇つぶしになるし。
「そう。そうなんです。私、飼育班なんですが、結構辛いんです。プヨンさんは、この中でどれが1番マシだと思いますか?」
唐突にエクレアが聞きたいことがあると訪ねてきた。わざわざくるくらいだから、かなり悩んでいるらしいが、こんな辺境で何を悩むのか。もっとも楽しい遊びもないから、悩む時間が娯楽といえば娯楽なのかもしれない。
先日の温泉はユコナの知名度が急上昇して終わった。ここに赴任している者の大半は、ユコナがあの小噴火をやったと思っているはずだ。おかげで途中で戦線離脱したヘリオンはユコナに餅を妬き、ユコナは追加仕事を拝受することになっていた。
そういえばあの後他にもこっそりと赤いお湯に入ろうとして火傷を負った者もいたと聞いた。幸い重症ですんだそうだが、ここには風呂の入り方も知らない者がいるのかと驚いた。
熱い湯に入る時は湯を波立たせないように、湯の注ぎ口からなるべく入らないといけない。ドブンと飛び込ぶような子供のような入り方で、今までよく無事でいられたものだ。
「それで飼育班の悩みって何だろう」
「プヨンさんは食べ物、肉や植物を食べることに抵抗ありますか? 命を奪っているんですよ? おまけに私が治療が苦手なばっかりに」
「痛い思いをさせているんだろうと? 乳搾り程度ならいいけど、肉搾りはキツイか」
飼育員の悩み。
以前の農場もそうだったが、熟練した酪農家のように毎日肉採取を繰り返すことは、身体的より精神的な方がキツイ時がある。
「一般の魚や小動物はふつうに採取するしかないが、漁師とか猟師とか調理師とかは、まあわかる気がする」
「早くベテランの域になりたいです。一瞬で抜き取れるようになると、相手は気づかなくなって、罪悪感もなくなるらしいですが、本当でしょうか」
「一人前の条件とも言われるけどなぁ。毎日やっていると慣れてしまうらしいが」
「そこまで試練が続くんですかね。そんなもんですかね?」
フィナツー達は果実を食べられる瞬間は、産みの喜びに繋がるんだろうか。あるいは虫に葉っぱを食われる時は動けない分余計精神的にきそうにも思う。
嬉しいのか、怖いのかどっちなんだろう。あとで聞いてみようと思った。
「① 鳥の卵を取って食べちゃう、②川で魚を取って焼いちゃう、はまだいいんです。いい意味で1回だけだし、昔から生き物はそうやって生きてきたんだろうし」
「そうなのか? 焼き魚とか頭から尻まで串刺しで火炙りだぞ?」
「うぅ、プヨンさん。問題は③お肉をもらって治しちゃうとか、④生き作りにするとかですね。まぁ、踊り食いとかもあるので今さらなんですが、これが何度も繰り返されるってかなり精神的にダメージがあるんです」
「わかるよ。果実なら何度でももぎ取っちゃうけど、お肉を何度ももぎ取るのはエンドレスの拷問と同じだ。慣れないよな。普通は食われる恐怖は一度だけにしてくれって思いそうだ」
「わかってくれますか。注射と一緒で何度もはキツイですよね。痛みがなく、気づかなければいいんですが」
「熟練者は痛みもなく、少量ずつ抜き取るそうだよ」
「そうなったら、ちょっとは罪悪感も薄れるでしょうか?」
すべての生き物はもちろん食べるが、食べられる方がいつまでも喜んで食べられ続けるのは辛いと思う。そう言えば飢餓に備えて1000年かけて消化する生き物もいるとエクレアから聞いたが、それが本当なら考えるだけでも恐ろしい。
「わかる気がするけど、普通はそんなこと考えないからな。蜂に寄生された虫とかもそんな心境なのだろうか。そんなのは勝つ余裕があるからだろうな。それは生きるもの全ての悩みだな」
そのうち、自分から食べられることを望むように、精神を操られたりすると聞いたこともある。そうした植物や寄生虫がいることを考えると、ないとは言い切れなかった。
実際に自給自足に直面すると一度は悩み、信頼する誰かに相談する。ということは、エクレアはプヨンを信頼していることになり少しうれしい。
『そうですね、ちょっと落ち着いてきました』というエクレアの言葉に安堵したプヨンだったが、そううまくはいかない。
「では、ここからが相談です」
「え? こっからなの? その時の心理的な負担が悩みだと思ったけど」
「プヨンさんはいらないお肉があるそうですね。ユコナさんから聞きました」
確かに最近は地面にいる時も浮かび、ほぼ足に体重はかかっていない。滑るように移動するため運動量が減ったと自覚していた。二の腕も少しまずい気がする。
なんとなく意図がわかったような気がしたが口に出すのがはばかられ、そのままにじり寄られる。
「練習させてください。脂身でもちゃんと食べますから」
「俺は美味しくないよ。美味しくない。ほんとだって」
「なるほど。すでに実践した人がいるということですね。お願いします」
失敗した。かろうじて2mを保つが、うかつに動くと飛びかかられそうだ。
「ま、待って。ただの思い込みでした。誰も食べたことないよ」
「では、私が第一号で。残しはしません」
「あ、あれは、なんだ?」
右手を指差すとエクレアはそちらを見た。もちろん何もないが、エクレアが振り返ったタイミングで逃げる。久しぶりに全力疾走をした。
新しく赴任した先での歓迎気分も数日で終わり、雑用係としての生活が中心になった。
といっても大半は見回りだけで平和が続き、そうそう事件はない。それに2人1組の見回り程度なら、少人数の密入国ならなんとかなっても、組織的行動となると対応が難しい。手を出せないため、報告だけになるというのもある。
今日も見張り中で、2人で森の中を彷徨っている。相方はリスターだ。時々、なぜか名指しで指名される。今日で、指名パートナーとなるのは4度目だった。
「おい、お前はプヨンだったな。金属の鎧や剣に刻印ができるって本当か? どうやるんだ?」
「え? 刻印ですか? 熱でつける場合と、金属同士で削る場合がありますよ」
「そうだ。ヘリオンだったな。あいつの鎧の首元のリングマークはお前が付けたのか?」
リスターが歩哨のペアに誘うのは何かしら意図があると思っていたが、ヘリオンの鎧、というか鎧の刻印に興味を持ったせいなのか。他にも何度か、こっそり見つけた古参メンバーからも声をかけられた。
あの鎧はありふれた形状で、特徴と言えば適度に軽量化した鎧だ。刻印部分は鉄のプレートを用意し、目につく位置に班旗を刻印していた。2つの輪を繋げて鎖にした刻印だが、塩水で輪を錆びさせて色付けしたため目につくようだ。
プヨンは一歩引きながら、後ろから観察する。用事とはなんだろうと思うが、こちらからは切り出しにくい。リスターはリトを武装させたような見た目と性格で、扱いやすいが血気の多い女性剣士だ。こだわりがあるのか、うっかり捕まったメサルやヘリオンが何度かしごかれているのを見た。
「なぁ、私の剣にタイーホマークをつけてくれよ」
「タイーホマーク? 何ですかそれは?」
「私が捕まえた密輸業者数だ。ほら、剣とか盾とかに入れてるやつがいるが、せいぜい傷つけるだけでセンスがないだろ」
「なるほど。良いですけど、安くはないですよ。撃墜マークは絞首縄とかいかがですか?」
「おーいいな。じゃあギロチンにしてくれ。いやーいい新人が入ってきた。マークはそうだな、この鞘に。リスターはプヨンに10点加算」
10点がどの程度なのかわからないが、ありがたく頂戴する。
「個数は4つだ」
「じゃあ5個にしときますね。今日の成果の前付けってことで」
「おー気に入った。よし、ついてこい。今日の獲物は前から目をつけてあるんだ。今日絶対捕まえてやろう」
リスターの見回りに熱が入るせいで、森が燃え出さないか心配になるが、このあたりは油断できない。食獣植物もちらほら見られ、歯がおいしげっている。食べられないように注意深く進む。
慣れてくると見回りも日帰りですまない距離を回る。最初こそずいぶん身構えていたが、常時張り詰めていては回るものも回らない。今日も適度な見回りで何事もなく、戦時中でないならこんなものかもしれないと思い始めていた。
「不審な何かを見つけたらまずは報告だ。不用意に近づくんじゃないぞ。人数次第だが、多勢に無勢だし、挟まれるとやっかいだからな」
もちろん取り漏らしの支援を要求するためでもあると念を押される。プヨン1人ならなんとでもなるが、2人だとリスターを攻撃してしまう。たしかに面倒くさい。
「なるほど。2人だと危険ですしね」
「人数によっては、頓所全員で当たっても危険なこともある。焦って手を出してせいぜい末端だけ対応して終わりだと、相手も警戒してそのあと打つ手なし。そういう場合はヘタに警戒させないように泳がせ、準備した上で一網打尽にするのが上策だ」
リスターは先ほどの刻印がよほど気に入ったらしい。特にギロチンから垂れる血一滴を何度もなでている。おかげで上機嫌のリスターが色々と教えてくれるが、気合が入った分、休みをとることを忘れてしまったようだ。ひたすら歩き続けた。
そろそろ昼、宿舎からは20kmほど離れ、火山がかなりかすみだしている。この辺りが折り返しポイントで、午後はきた道を戻ることになる。
「よし、休憩にするか」
待っていたセリフだが、ふと上を見ると気づいてしまった。青空に浮かぶ白い雲に小さい黒い点が見えた。
高度7000mくらいか。予想外の高さに一瞬がえっと思った。ここまでの高高度領域は未経験だが、レーザー測定は正確だ。大きさは点だが、かなり大きなものかもしれない。
「気付かれていると思いますけど、上空に何かいますね。どうしましょう」
「あーん、気づいてはいるが、メシ食ってからにするべきだろう。あれなぁ? たしかに黒い点が動いているように見えるのはわかっているが、鳥じゃないのかなぁ」
リスターは目を細めていたが、やがてに取り出した食事袋を再び閉じた。さすがに虫はできないのか、あの点を確認することにしたようだ。
「よし、確認するぞ。メシ前だから体が軽い。ついてこい」
食う前でも食事を携帯してるんだから総重量は変わらないはずだが、わかりましたと言って付いていく。リスターは追いかけると言うだけあって飛行は得意のようだ。
ダッと強く地面を蹴ったあと、一直線に上昇する。上昇速度が速い。
「む、お前付いてこれるのか? さっき7000mと言ったのは本当か。普通、そんな高度は飛べんだろう。その高度だとかなりの大物になるぞ」
「そうですね。目測の練度が低いのかな。リスターさんはどうやって高度を測るんですか?」
一応話はあわせるが、レーザー測距は相当正確で、7000mは間違いない。移動速度はかなりゆっくりだが、まっすぐ南に向かっている。
「仕方ないな、特別に教えてやろう」
リスターは背嚢から小さめの袋を取り出した。弁当袋ではない。
「こいつは、非常食も兼ねたポテ1号袋だ。これは高くなるほど膨らみ、正確に高度が測れる」
見ると手のひらより大きい程度の袋で、しっかりと密閉されている。取り出した直後はふにゃふにゃっだったが、上昇とともに少しずつ膨らんでいる。
「ほら。こんなふうにな。高くなるほど膨らんでいくんだ」
「まだ1500mですが、どこまでいけるんですか? 相手はまだかなり上空ですが」
「う、うるさい。くっ、こいつは旧式だ。まさかこのような高高度が必要になるとは。黙ってついてこい」
さらに加速する。もう地上の木は豆ツブだ。
「あぁー、3000mで限界サイズになった。これ以上は破裂するぅ」
もう袋はパンパンだ。リスターは少し呼吸が乱れている。寒く、空気も薄い。しかたなく、プヨンはそのまま牽引していく。
「なんか、おかしい。袋は限界で硬度は変わらず、3000m、にしては、息が、まずい」
リスターは3000mちょっとの感覚のままのようだ。5000mを超え、呼吸も意識も怪しくなってきている。
「戻った方がよくないですか」
「黙れ、あれは何だ? 鳥か?」
狙いはかなり大きくなっている。たしかに羽を広げた鳥のようにも見える。
バーン
「うわー、私のおやつがー。ポテ1〜! あ、おいこら、食うな」
だがじっくり見ようとした瞬間、目の前で袋が弾けた。バラバラと中身の薄いチップ、ポテ1が撒き散らされる。運よく口に入り、空中給餌で一枚食うことになった。塩味が効いていてなかなか美味だ。
「不可抗力ですよ。あ、剣を抜かないでください。そんな激しく動くと危ないですよ」
「戦闘中に飲食するとは! あとで教育してやる!」
リスターの強い叫びがあったが、それで事態が変わることはなさそうだった。




