歓迎の仕方 4
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それなりに耐えていたヘリオンがへたっている。見届けたユコナも息があがり、動きもずいぶん鈍っていた。
疲労の回復速度はあげられても、疲労自体はなくならない。ここまで呼吸音が聞こえてくる。
「なんだなんだー今年の新入りは! もうおしまいかー」
「絶対勝ってみせますよ。自信があります」
プヨンのように限界の見えない不思議な存在となろうとしているが、この極秘計画はヘリオンが力尽きた時点で早くも挫折しかけている。
1人では厳しい。チラッとプヨンの方を見たが、即座に視線を外された。
「ははー。助けを求めても無駄だろー。自信があるというわりに目が泳いでいるぞ」
目の前の相手は格上のはずの正規兵だが、格下相手にもお決まりの挑発が出る。どうやら見透かされているようだ。そろそろ決着が付きそうと見たのか、精神的にも揺さぶりをかけ、最後の追い込みを仕掛けてきた。
いつのまにかプヨンといたはずのサラリスも隣にやってきていた。なぜか服の裾に手を当て、前かがみになっている。何をやってるのか気になるが、目の前に集中する。
「さすがにきたばかりでは、そう簡単には圧倒できないか。実戦不足ですかね」
「ほ、圧倒ときたか。でも数分は持ったのなら善戦した方じゃないかな」
追い込まれてこそ真の力を発揮できる。それがユコナだ。己を信じるしかない。
「どうしたどうした。さっきまでの自信は?」
「わかりました、真の力を今お見せしましょう」
そう言うとユコナは訓練用の木剣を抜く。剣先を相手に向け、負けじと討取りますの構えで挑発する。その向こうには、遠く火山も見える。自分の姿を想像すると、とても映えているはずだ。
3秒ほど酔いしれたユコナが現実に戻る。
「ならば自信のほどを見せてもらおうじゃないか」
「もちろんです。真の力をお見せしましょう」
酔っているのを自覚しているのか、少し照れている。そう言いながらもおかしな手の動きをさせている。
「なんだ。その手の動きは?」
「さぁ? 何でしょう?」
そんな問答を続ける。集中のための時間稼ぎと油断させるためだ。
「動きだけじゃねーか。ならこちらからいくぞ」
今だ。相手が飽きたタイミングで、集めた電気を一気に放つ。渾身の雷撃だ。
バチーン
閃光が走ったが狙いは外れ、うぉっという相手の声が聞こえた。
もちろんわざと当てなかったのだ。ユコナの雷撃はプヨンと違って狙ったところに当たらない。
ヘリオンがいなくなって2対1になってしまったが、雷撃で距離をとり、音で威嚇する。そこまで一方的に追い込まれていない。足元を不安定にする凍てつく歩道を使い、氷の飛翔でうまく牽制し対処していく。
だが、それも時間にして数分で限界に近づいていた。相手が慣れていき、ユコナから仕掛けられない以上延命にしかならない。すでに足がもつれ始めていた。
ビリッ
「おわっ。なんだ? 電気?」
突然、ユコナの目の前で叫ぶ声がした。
ユコナも確かに足のしびれを感じ、予測していないことで反射的に動きが止まった。まるで雷撃のようだが、威力は微弱で、さすがに地面からでは雷撃ではない。
プヨンかエクレアが言っていた。正確に思い出せないが、地中で大きな動きがあると電気が流れる。
「そこだ!」
相手の立ち直りが早い。
だめだ、ユコナは集中できない。意識が散漫になっている。そこを狙われ、石飛礫、続けて剣撃がきた。避けきれず体勢を崩す。慌てて極小の雹弾を放ち、辛うじて追撃は避けた。ユコナも古参生達も呼吸を整えている。
そこで気づいた。これはエクレアが言っていた、大きな揺れが起こる予兆だ。
このタイミングでこれがくるのは、まさに天が味方したのか。天のご意志かもしれない。これを利用して、今こそ大魔法として見せる時だ。
「いよいよ私の自信の程を見せる時がきました」
とりあえず儀式らしく演出をする。それっぽく見せるため、ユコナは再び剣を山に向ける。うまくいくと信じる気持ちと、いってほしいという祈り部分が半々くらいだ。
足元の揺れを感じた。結構しっかりとした揺れで、勘違いではない。期待が確信に変わる。
「プライマリーウェーブ」
足元を確認しながらそう宣言した。ユコナの期待が確信に変わり、ちょっと笑みが出る。
さっきの電気から足の揺れまで、ちょうど10秒。確か同じ時間で本体の揺れがくると言っていた。
ふと見るとサラリスも揺れ感じ取ったのか、足元を見て不安そうだ。
くるのか? 本当に揺れはくるのか?
周りをキョロキョロ見回し、ためらいを抑えて行動に移す。そう思っているとプヨンと目があった。
期待するような目だ。目がやれと言っている。プヨンが支持してくれるなら、あとは自信を持って宣言するだけだ。
「あと3秒で自身の最大の力をお見せしましょう」
ユコナの剣の先をしっかりと火山に向け続けるが、緊張で背中がぐっしょりだ。
地震がくる確信はあるが、何もなければかなり恥ずかしい。ユコナの振る舞いを見ている対戦相手や周りの大半からは、何をやる気だと注目されているのは感じ取れた。
「大した自信だな。ほんとにそれでいいのか?」
プヨンにそう言われた。声の方を見るとプヨンが目で何かを訴えている。もちろんユコナは即答する。
「もちろんよ。最大でいくわ」
電気を感じてから8秒、振動の中心地までは80kmになる。
威力は小さめかもしれないが、ゆっくり考える時間はない。プヨンとの鍛錬もあり、反射的に体が動いてしまう。
今だ。
ユコナは相手の足元の地面に向かって全エネルギーを注ぎ込む。完璧だ。期待通り地面が揺れ第二波が同時にやってきた。最初と2番目は伝わる速度が倍違う。一部で地面が膨らんでいるのもみえる。計算通りタイミングもぴったりだ。
揺れがきた。この手の魔法が使えれば十分な示威となる。そうすれば顔を立てつつ引き分けにできる。
「えー地震?」
サラリスもなかなかうまい演技だ。本気で驚いているように見える。
ドン
そこで数段大きな揺れが起こった。
遠くに見える火山の上に黒い雲が湧き上がってきた。思っていたのと規模が違う。
「え? 何あれ? なんで山が?」
予定ではあんな雲は出ないはずだが、やり直しはできない。今ある流れに沿って最大限に効果を高めることが大事だ。
「雷神と呼ばれた私の最大の威力をお見せします!」
さも自分の実力のように振る舞い、天を味方につける。
「な、なんだ、この揺れは?」
「あの子がやったのか? この揺れの規模は普通じゃないぞ」
もちろん周りは慌てており、聞いているとは思えないが、それがいかに驚いているかの証明だ。とても気分がよかった。
ドドドン
さらに大きな振動が続く。こんなに大きな揺れになるはずはないが、自分の能力が意外に高かったのか。
それでも長い揺れだったがようやく収まってきた。
いつのまにか火山の雲はなくなり、ドーナツのような輪っかができている。かわりにごまつぶのような黒い点が見えた。
あれはなんだろう。プヨンは知っているのだろうか。
ふと顔を見ると、一目でわかるほど焦っている。
たしかに自分から仕掛けたことだが、ユコナも揺れの大きさに驚いた。だがここで驚いてはせっかくの状況が台無しだ。なんとか平静さを装ってダメ押しの宣言をする。
「どうですか? これが私の自信の根拠ですよ!」
不安のせいか少しどもりながらだが、うまく言い切れた。周りはあまり聞いていないようだが、まあ仕方ない。
ドドドッ
周りの大岩がいくつか崩れた。ただ気づくとみんな空に浮かび上がって難を逃れている。さすがだ。
ふと横を見る。さきほどのごまつぶは相変わらず多数見れたが、少し大きくなった気がした。
「ユコナ、もしかして今のはユコナがやったのか?」
わざとらしい。プヨンがサポートしてくれたのは間違いないが、話しぶりからやけに焦っている。これも凄さをアピールしないよう、それを隠すための演技だろう。プヨン、なかなかやる。
「えぇ、そうよ。どうよ、私の力」
「そうらしいが、あれ見ろよ。すぐに対応しないとな」
そう言われてプヨンが指差す方向を見る。さっきのごまつぶがさらに大きくなっている。明らかに何かの塊だ。
「あれは? 黒い粒々? なんかこっちの方にきてない?」
たまたまなのか、風向きなのか、こちらに向かってきている。
ここから山まで2kmというところか。秒速100mだと10秒ちょっと。あの勢いではここまで飛んでくるに違いない。
「ユコナーやりすぎだー。やばいぞー避難避難」
プヨンは慌てて岩場の陰に潜り込む。さらに周りの岩を集め、足跡の岩壁を作っていく。
「た、退避だ。各自、無事故無災害遵守!」
バグナーも岩影に向かって走っていく。周りにいた見学メンバーも事態を理解したのか、銘々に安全そうな場所を探して移動し始めた。
ユコナもえっという顔をしたがとりあえずプヨンについていくことにした。
ドスン、ズズズ、バキバキ
最初の一発が割と近くに落ちたようだ。木が折れるような音がした。その後も音が散発的に続く。
数は多くないが、噴石は相当な勢いで突っ込んでくる。直径50cm程度の岩になると、木造小屋くらいの屋根なら突き抜ける威力がある。木の後ろ程度に隠れても木ごとなぎたおされるだろう。
バキバキッ、ドゴッ
200mほど先だが、大きな岩が木をへし折りながら落ちた。地面が陥没している。ひっくり返っているヘリオンもいつのまにか回収されていた。
「プヨン、まずいわ!」
「え? ユコナ、何で俺の背後に回るんだ」
「プヨンシールド」
「なぜユコナが後ろに行ったらダメだろう」
「ほら、しっかり守ってよ」
プヨンを利用した究極シールドだ。これで多分大丈夫。
すでに周りには誰も見えない。プヨンが突っ立っているだけだ。飛んでくる岩が周りにパラパラと落ちていくが、不思議とプヨンから逸れていくように見える。
「あ、危ない!」
バゴッ
「あぁ、うまい。ナイス!」
そう思っていると、避けきれなかったのか、プヨンは背中の棍を使って岩を砕いていく。あの棍棒、持たせてもらおうとしたが、異常に硬く、持ち上がらないし動かせない。不思議な作りになっているものだ。
下手に動くとかえって当たりそうで、結局ユコナはプヨンの後ろで佇んでいた。
やがて岩の落下は、落ち着いてきた。時間にして数分といったところか。
「こらー、今、岩の雨を降らしたやつーちょっと後でこい」
落ち着いたと見たからか、避難していた他のメンバーがゾロゾロと出てくる。
それなりに周りに岩雨が降ったが、木々が倒れたり、穴が空いている以上の被害はなさそうだ。火山地帯ではよくあることなのか、慣れているように見える。
「ユコナ、呼ばれているぞ。あとでいけよ」
「え? 私? 何もしてないと思うけど」
「他に容疑者はいない」
たしかにプヨンは目に見ためでは何もしていない。まして岩雨と結びつけるのは難しい。
「そうなんだ。やはりユコナが地面を揺らしたんだな」
「え? プヨンは?」
「俺は何も知らない。お風呂に入っただけだし」
「えー絶対なんかやったでしょ?」
プヨンはニヤッと笑っただけで姿が見えなくなってしまい、結局ユコナは1人で行くしかなかった。




