歓迎の仕方 3
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履いていた靴は熱湯風呂ですっかり焦げていた。ストレージから取り出した予備と交換したあと、なんとなくプヨンは振り返って熱湯風呂を見ていた。
空気の断熱性能を考えると体に伝わる熱量は1秒当たり火球1000個ほど。なんとかうまく放熱できたようだ。
何度見てもドロドロ、時々ボコッと泡が出る真っ赤な熱い湯だ。気になったので手を入れてかき回すが、もちろんここだけが熱いわけではない。このあたりは浅いがもっと奥に行くときっと深く、さらに熱いだろう。肩までならなんとかなっても泳げとか底まで潜るとかは無理がありそうだ。
「どうした? 休憩しないのか?」
「ふふふ。ちょっとプヨンにお熱なの」
「熱でうなされるようになったのか? どう言うこと?」
「誰も寄ってこないから寂しいでしょ! ここは私が特別に相手してあげるわ。本当にあれに入って熱くないの?」
どう見ても不審者を見るようなサラリス。そうなると、まっすぐな回答は期待されていない気がする。
「熱いのは熱いけれど、うまく熱を逃がせば頭以外はなんとかなりそうだよ。サラリスもちょっと手を入れてみたら? 押してほしいならいくらでも背中を押しますよ」
「そうなのね。ユコナもあっちで何か始めたみたいだし、これはやっぱり値踏みよね」
そう言いながら、どこからか取り出した鉄球を投げた。サラリスなりの実験なのか、鉄球は空中で真っ赤に溶け、ドロッとした液体になって落ちていく。
「何してるの?」
「溶ける魔法力がどのくらいか試してみたの。ちょっと無理ね」
確かに鉄球を溶かすのと、溶けた岩を冷やすエネルギー量は同じだ。
「何か言いたいことがあるの?」
「え? いや、働く脳みそのようで」
「ぐっ。この鉄球をぶつけてやりたいけど、無駄に終わるのが目に見えてる……」
「ま、まあ気にしないで。無駄は省いた方がいいよね」
サラリスのほっぺが赤くなっている。かなりの熱も感じる。さすが火系魔法が得意なだけある。ゆでだこと賛辞を送ろうとしたが、照れるとまずいので聞こえないように囁くだけにした。
カンカンと甲高い音が響く。ユコナはヘリオンと組まされ、何故だか古参メンバーと切り合いをしている。エクレアはメサルと一緒に何人かで話し込んでいるようだ。サラリスの言う値踏みというのは本当らしい。
「あっつー-、何よこれ、大やけどしたわ!」
「あっ、ほんとに指入れたんだ。やるな」
慌てて振り返ると、サラリスは本当に湧き出す赤いお湯に手をつっこんだらしい。放熱性能があまり高くないのか、指先が痛々しい。
「なんでー。溶かすのはできるのに!」
「指は自分で治せるか? 炎を使うものとして、この程度の炎に耐える方法を身につけねばな」
ぐぬぬっとうなるサラリスだが、納得がいかないようだ。
「ねぇ、あの熱さで平気ってどうやって無効化したの?」
「たいしたことはない。もう一つ断熱も大事にすればいいよ。そうすれば熱くてもその腹ほど厚くはならない。たぶんこんくらい」
指で熱さを表現する。だいたい2cmといったところか。現実はもう少し増量してもいいが、女性に対しては控えめにしておく。プヨンはこういうところできちんと気配りができるのだ。もちろん普段からこき使われる学生の運動量は多く、おなか者になる贅沢は許されない。
「ほう」
バシュ
突然目の前に現れた鉄球が弾け飛び、避けた拍子に危うく高温の赤い池に落ちるところだった。
「くっ。しずめーい」
「危ないなあ」
だがプヨンがサラリスのやる気を高めてしまっため、追加指導を要求される。
「どうするのよ。教えて」
「やってることは簡単だよ。身体全体が大量に熱を受けるからその熱は逃がす。逃がし損ねて火傷したところは治療する。治療して放熱が疎かにならないようにね」
「同時に? 同時になの? でもそれしかないよね。私にもできるかしら? プヨン、炎を司るものとして、極意を伝授いた、いったー!」
たどたどしく言葉を選びながらのせいか、舌を噛んだようだ。
「言いなれないことや偽りを言うと舌を噛むよ。先程一発入れた罪は重い。どのくらい重いかと言うと体重の1/10くらいだ」
「なるほど。ユコナが重いというのね。それ黙っておいてあげるから、ちょっとアドバイスを頂戴。ほら、あまりに熱そうで勇気がいるのよ多少のダメージの治療も今ならなんとかなりそうで。どうなるのか知りたいのよ」
もちろんサラリスのアドバイスの意味は+αのサポートの意図がある。どうなるのか知りたいという言葉も理解した。
「今ならだれもこちらに着目していないし、みんなユコナ達を見ている。そこまで言うのなら、どうなるかサポートしてやるよ」
プヨンが放熱をサポートしつつ、サラリスに赤い熱湯に腰まで浸かってもらい、同じように出てもらう。
「あ、いたっ。いたたたっ」
突然、サラリスが声を上げる。プヨンは慌てて引き上げる。
「これはなんだ? 石? 噛みつかれているように見えるが」
「か、噛まれてる。取って」
噛まれたといっているがあんなところに生き物がいるのか。熱くないように冷却していたから、足に噛み付いているのは、ただの石ころのように見える。
「これ、生き物なのか? ただの岩に見えるが」
「上に乗ったら噛みつかれたの。ほんとよ」
「あそこって熱いだろ。でも可能性はあるのか」
ガンオーや岩キャノンのような岩石系の生き物がいるなら、あーいうところにすんでいても不思議ではない。見たところ小さめの亀のようにも見える。
「あ、あつっ。痛熱い!」
ふと、見ると自己発熱でもしているのか、一部が赤くなっている。何となくまずい気がして剥がそうとしたら、急に何か危険な雰囲気を感じた。岩キャノンに通じる何かだ。
「避けろ」
「え? どこに」
咄嗟に叫んだがもちろん周りを見ただけのサラリスは無防備なままだ。
バゴーン
「いったー」
パラパラと砂粒が舞い落ちる。予想通り、危険な何かが起こった。プヨンが直前に抑え込んではいたため、噛まれた指先が一緒に弾けただけのようだが、当然痛いだろう。サラリスはうずくまる。
「あーだから言ったのに」
「うぅ。なぜ、こんなことに」
「日頃の行いだなぁ。一人の時は気をつけなよ」
音を聞きつけ数人集まってくる。なんでもないですと、慌てながらも必死に問題ない発言をするサラリス。何があったのかと最後まで食いつくユコナを無理矢理追い払っている。
プヨンは当然ピンときた。外見は変わらないが、プヨンも同じことを体験済み。同じ条件になっただけだ。
急にモジモジと内股になっている点で間違いない。
「よかったな、今日がショートパンツやスカートではなくて」
「うっ。なぜそれを」
「それは同じことしてるんだから、同じ結果は予測できる」
むぅっと唸るサラリス。
「どうだ? こんな素早さ低下方法があるとは思わなかっただろう。今俺も同じだ。熱湯風呂は防具を内側から破壊する」
腰回りを指差し、わかりやすく指摘する。
サラリスも予想外だったのだろう。もちろんプヨンも予想外だった。外側の防具は金属や耐熱温度が高い部材のため、もっとも弱い下着類が真っ先に燃えつきた。
そうなるまで考えもしなかった。お陰で派手に動きにくくなる。
サラリスはビクッとした後、皮膚の感覚をプヨンが下げておいたこともあり、腰回りの防具層が薄くなったのに気づいていなかったようだ。パンパンと服の上から叩いて確かめ、そして違和感が何かを理解するとプヨンに向き直った。
「こ、これまでのようですね。機密保持のためプヨンの頭を爆破しなさい」
「え? しかし、頭にはまだ使い道がありますが?」
「構いません。何よりもこの機密を優先します」
唐突にそう言うサラリス。一部の服が燃え尽きたことは理解したようだ。
「大丈夫。機密は保持できているはず。サラリスにはまだ防具がありますよ?」
「構いません。何よりも個人機密が優先します」
「ふーん、いやだよ。機密をバラされたくないなら、そのまま過ごして。防御力低下の秘策を教えたんだから、もう大人しくして」
「む、むむむ。きゅ、休憩よ」
サラリスは休戦に合意した。ぐぬぬと言っているが、それはいつものこと。この方法は今後も使えそうだ。
落ち着くと今まで気にならなかったユコナの声が聞こえてきた。最初は軽い撃ち合いだったはずだが、いつのまにか真剣にやり合っている。
バヂン
「どわー。か、雷か、新入り」
小さな落雷が落ち、観戦の数人からどよめきが上がる。2人はそこそこ互角にやり合っているようだ。
「ぐっ、新入りのくせにやるじゃないか」
「ふっふーん」
明らかにユコナが調子に乗っているが、決まった一発を見た限りいつもの威力より弱く、十分集中できていないに違いない。
さすが古参メンバーだ。ユコナはスピードについていけずに守勢で、ー翻弄されている。
「どりゃー上空から爆撃だ」
「甘いわ。なぜ俺たちが飛ばないか想像しろ」
「離陸できると思ってるのか。落ちろ落ちろ!」
ヘリオンの叫ぶ声が聞こえた。
大岩を持って上空に飛び上がろうとしたが、地面に引き寄せられたのか、離陸できず地面に急降下。石を手放し落下させた。
「うわー、ま、待った、参りました」
「戦場に待ったはないぞ。どりゃー!」
落下した石がヘリオンに向かって飛んでいく。そしてゴンッと大きな音がした。ヘリオンはとどめを刺され、地面に激突した模様。無理やりねむらさそのまま意識が戻ることはなく、起き上がってこなかった。ユコナの視界にもそれがかろうじて見えた。さすがに劣勢だ。一気に汗が噴き出てきた。




