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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
402/441

歓迎の仕方 1

379

 ヘリオンを先頭にプヨン達は無事目的地に着いた。学校からはかなり離れ国境まですぐそこ、その先は無所属地帯だ。


 事務手続きといいつつ書類は書かない。組み立て移動もできる程度の簡易小屋に出頭し、口頭で確認している。赴任ついでに運んできた食料や物資はすでに倉庫に納品した。


「俺が、ここの防衛隊の副責任者のバグナーだ。お前たち学徒組を含め、全体を取りまとめている。だいたい10人に1人、2人はここに着いた頃には、心と体になんらかの不調を起こし、送り返すことになるが今回は優秀だな。無事でなにより」

「実力を正しく評価いただき、恐縮です」

 

 ヘリオンが真に受けて返す中、そう言ってプヨン達を見回すちょっと体格のいい男は、どこにでもいそうな中堅どころの剣士だ。ユトリナのレオンがあと7、8年すればこうなるのかなという雰囲気がある。狭いのもあって、室内には他に数人しかいない。


「ここには正規の防衛隊と学徒は半数ずつくらい、全体としては100人はいる。ただ持ち場に散っているため全員が1箇所に集まることはない。辞令も直接持ち場に届くし、全員会うことは滅多にない。行った時があれば、その都度挨拶すればいい」


 この中央に座るバグナー副隊長とその他数人を除くと、この駐屯地にいるのはほぼ学校関係者らしい。あとは鉱物などの採掘業者、それを運ぶ業者とそれらの世話をする人たち。ただ、火山地帯ではあるが、他の危険は少なく見習い向けの好立地だそうだ。


 続けてどこかで聞いたような漠然とした指針と心構えを説かれる。実際に直面したらほぼ役にたたないであろうアドバイスを聞くだけで、儀式みたいなものだろう。


「……では、しばらくは班単位で生活を整え、徐々に活動を広げて行くように」


 忍耐力の向上を実感した頃、それだけ言うとバグナーは横にいる女性に目配せをした。


「あとは君たちの先輩である彼女、リスターが教えてくれるだろう。ここの規則は彼女に聞いてくれ。とりあえず疲れているだろう。今日はゆっくり休養してもらい、明日いつものように歓迎してやってくれるか」


 その言葉を合図に着任の報告は問題なく終了した。


 リスターは強いて言えば筋肉質のリト、見た目で判断すると気が強いに違いない。少し気圧され気味のヘリオンを先頭に、割り当てられた建物まで移動した。



「よし、ここにいくつか豪華な建物があるだろう。あれが班ごとの拠点で、1つで最大10人になる。ほら、あそこがお前達の割り当てだ」


 そう言われて見る先には、先ほどの事務用の小屋が富裕層の邸宅に思えるような竪穴式住居があった。雨風は凌げそうだ。


「他の班は持ち場に行っているから、時々しか帰ってこない。すれ違いが多いから、会った時に絡んでいけばいい。では明日の14時から歓迎兼生活圏の案内をする。それまでは自由行動、食事は配給食料でつくれ。時間厳守だぞ」


 言葉はきつめだが口調は女性の優しさを感じられた。



 物の整理などしていると、時間の過ぎるのは早い。すでに陽は傾き始めている。あっという間に翌日。指定の時間までもう少しだ。


「ねぇ。プヨン、歓迎って何があるんだろ。全員参加じゃないんだし、パーティとかじゃないわよね」

「そうだな、でも歓迎といっても1番下っ端だ。無茶するとそのあとが辛いでしょ。ユコナは気をつけた方がいいよ」

「ふん。プヨンこそ大人しくしてなさいよ」

「肉はあるでしょうけど、ユコナが所望のケーキやヘリオンの好きな飲み物が出たりはないでしょ。もっともこんなところにはないだろうけど」


 ユコナの問いかけに、サラリスも加わる。不安と期待が半々といったところだ。



「よーし、きたな。今から2時間、近場の生活圏の案内と注意、そのあと歓迎も兼ねて、火山地帯特有の名湯に連れて行ってやろう。恒例行事みたいなもんだ」


 迎えにきたリスターは班員4名とバスターを伴っていた。


「ねぇ、プヨン。全員が集まって大歓迎ってのは流石にないのかしら」

「ないでしょ。せいぜい新米雑用係がきたくらいじゃないか? 初日だけ大歓迎はあるかもしれないけど、それはそれであとが大変」


 ユコナは少し不満そうだが、学校や街中と違って余剰人員はいない。中途半端な宴会芸を見るのも辛い。


「学徒班も他のメンバーもそれぞれ持ち場があるんだし、普通じゃないかな。着任連絡はまだしも軽く歓迎まであるなんてそれで十分じゃないか? ユコナはそれじゃ不満か?」

「そんなことはないけど。ねぇ、歓迎でいいところって言ってたけど、どこだと思う?」

「え? 火山地帯だよなあ。綺麗な景色ではなさそうだけど奇観とか」

「そうよ。遠足ね。ここが見どころとか」


 ユコナは歓迎の中身を知っているのだろうか。


 周りはけっこう火山地帯だけあって、臭いが独特でところどころ煙や水蒸気が出ている。こんなところで物見遊山があるとも思えない。


 行軍ペアがユコナとなったおかげで延々と雑談が続く。


「なぁ、ユコナ、水たまりがボコボコと泡立っているのは、あれは熱湯かな。熱いのかな」

「へーほんとね。下から空気でも出てきているのかも。プヨン、ちょっと手を入れてみたらどう?」

「そうか。誰の手がいいかな。もちろん治療はするし」


 予想通りの発言に、ユコナの手を掴んでグイッと入れてやろうとして全力で拒否された。ユコナの手でも問題ないはずだ。


 

 ゴツゴツとして岩場が続き、あまり景色が綺麗ではない山を登っていく。なんとなく空気も透明感がない。こんなところで歓迎なのか。少し疑問に思ったが、周囲の風景とは別で引率のメンバーも含め笑顔が絶えない。この笑顔は楽しそうで期待できそうにも見える。


「場所はけっこう荒涼とした岩場だけど、この雰囲気は和やかよね。ヘリオンやエクレアも笑顔だし、心配してるのは私くらいかしら」

「今日は何があるんだっけ?」

「名湯があるらしいわよ。ここの部署の人たちはそこをよく使うそうよ。場所情報共有が目的だって、エクレアが密かに聞き出したと言っていたわ」

「名湯? それってもしかして混浴なのか?」


 混浴と聞いて一瞬ユコナがたじろいだ。こんなところだとそもそもまともな風呂もなさそうだ。1つを使い回すというのも考えられる。


「ひょっ。それはちょっと考えてなかった。時間帯で別々とか? あるいはちゃんと2つあるとか?」

「エクレアはどう聞いたんだろ。でもこの雰囲気だとお互い隠密で探り合いとか? それとも熱き風呂? ちょっと試練も兼ねてさ」

「ありえるわ。きっとそうよ。そのときはプヨンが先鋒でいいかしら?」

「まあ、そのくらいはあるかもな。だから一部しかこないんだろうか……。まぁ、なんとかなるでしょ。普段は最後尾ばかりだけど、たまには一番風呂を引き受けましょう」

「いいのぉ? 後からお湯は無理はなしよ。あー安心したわ」

 

 なるほど、ユコナが変に気を遣っていたのはこれか。まあ新米のいびり試練程度はどこにでもあるだろうが、予測していれば対応の方法もある。


 これは空冷と水冷の対応を試されている。水と空気では熱伝導がだいたい100倍違う。熱風魔法と熱水魔法の威力の違いと同じ、お前らがどこまでできるか見てやろうという儀式に違いなかった。



「よーし、よく頑張った。目的地に到着だ。では今から各自10分休憩、その後赴任歓迎の儀式だ」


 この辺りの地形の説明の中で、目印、地形、危険箇所を教えられる。やがて鬱蒼とした森を抜け、岩山の麓に近い場所に出た。ここからは山頂に向かって数百mはありそうな絶壁が続いている。


 そこでリスターから声がかかる。20kgの中身不明の荷物を背負わされ、行軍スピード時速15kmで1時間、他人のサポートは禁止とのことで、呼吸対応や筋力強化の弱いエクレアとメサルはけっこう足にきていた。


 上級生は顔こそ赤く上気しているもののへとへとという感じはない。さすがにまだまだ余裕がありそうだ。ユコナもサラリスも元気そうでちょこちょこと周りを見学している。そう思うと、ユコナが嬉しそうに走って戻ってきた。


「プヨン、ほら、あれ見てよ。あれが、噂の温泉? あのがけ下のところ」


ユコナの指差す先にはちょうど切り立った岩壁があり、もうもうと立ち込める湯気が見えた。思ったより広いがぼこぼこと泡立っている。周囲が黄色くなっているところも見えた。


「ユコナの予想が当たったっぽいね。でも、いい感じの露天風呂だな。いいお湯になるかな?」

「ほら、ちゃんと一番風呂じゃない? むぅ、混浴とはやはり、でも、その割には古参メンバーにも女性が多いのが不思議。本気で全員で入るのかな? 単純な邪な考えではない気がしなくもないけど」

「深読みのしすぎじゃないか? みんなでのんびり風呂入ろうだと思うが?」


 なんとなく予測がついたが、そのままみんな大人しく待っていた。



 何事もなく休憩時間は終わり、周り、といってもプヨン達6人をぐるっと見渡したあと、副隊長のバグナーが楽しむかのように口を開いた。明らかに値踏みするかのようだ。


「よし、じゃぁ、今から入湯の儀式を行う。なんとなくわかった者もいるだろうが、近くにいい湯がある。さあ我こそはと新入り代表して一番風呂と思うものはいるか?」


 そう言うとリスターはプヨンたちを見渡した。


「風呂は3箇所あるが混浴になっている。もっとも着たまま入るから大丈夫だ。戦地で裸は無防備すぎるからな、汚れは熱で消毒だ」

「え? 消毒?」


 熱で消毒するなら、最低でも63℃、普通の湯船の温度では無理だ。


「そうだ。消毒だ。さぁ、1番はポイントが高いぞ。荷物から物を取り出せ」


 まあ、そうだろうと思っていた。だが熱で消毒は合理的だ。プヨンは早速カバンを開けて準備を始めるとリスターが嬉しそうに声をかけてきた。


「おー、まったく躊躇いがないとは、お前やる気あるな。そういうものには現場のリスクを教えてやらんとな。特別風呂にチャレンジさせてやろう」


 そう言われて気づいた。ヘリオン含め全く動かず、全員がこちらを見ている。しまった、ここは躊躇すべきなのだ。この程度楽勝などと思ったら、課題が厳しくなる。そんなことは当たり前だ。


「こ、ここっこ、ここはリーダーに先陣を切っていただくしかないな」


 ちょっと震えながら言ったはいいが、どうもわざとらしい。明らかに遅すぎる演出だ。効果は期待できない。


「最後尾が最前線となることもある。リーダーとしてここは準備したプヨンの素早い行動を評価したい」

「さっき言った通りだったね。特別風呂、プヨンに任せたわ」


 ユコナとヘリオンが連携プレーで容赦なくプヨンに押しつけてくる。まあいつものことだ。熱湯風呂、ちょっとした新人の遊びみたいなものだろう。


 ここはうまくビビりながらこなすのがベストだったと気づく。これが世渡りというものだ。だが仕方ない。


「お前は特別タオルがいる。これを使え!」


 そう言われてタオルが飛んできた。


「え? タオルが飛ぶ? 布じゃないのか?」


 そう言って受け取ったタイミングでズシっと衝撃がある。


「あれ? このタオル、金網? こんなのでカラダを洗ったら痛くないですか?」

「あぁ、それは、まあ、入るまで使うだけだ。一応、形式的にあったほうがいいだろ。さぁついてこい」

「形式的?」


 リスターは風呂自体には興味がなさそうだ。純粋に対応に興味があるのだろうか。逆にいくら熱湯といっても金属タオルの必要はない気がする。布でも燃えたりはしないと思う。もしかしたら、金属タオルでカラダを洗わせて防御も見るのか。


 きっとそうに違いない。治療か金属より硬い防御、その辺りが追加試練と思える。いける、いけるぞ、少し安心した。



「よし、ついてこい。風呂の入り方を教える」


 そう言われてプヨン達はゾロゾロと後ろをついていった。


「よし、風呂の入り方は知っているな?」

「え? 肩まで浸かって10数えるとか?」

「おー、惜しいなー。ここはぬる湯、新米用だ。ここの風呂は湯温63℃。1800数えろ。それで綺麗さっぱりになる」


 ボコボコと泡立つ風呂の前でそう言われる。


「1800! 30分はかかりますよ? なるほど服の中まで消毒ですね」


 エクレアが感心したようにいうがそうなのか。だがそのまま通り過ぎた。次はかなり激しい。もう完全にボコボコ泡立つ。


「ここは熱湯、100℃だ。急ぎはこっちだ。こっちだと肩まで浸かって10秒でいい。

「10秒!」

「あぁ、新米はこっちだ。雑用で忙しいだろ」


 バグナーの説明を聞きつつ、チラッとユコナ達を見る。自称炎神のサラリスですら冷や汗を出しているが、それはそうかもしれない。どのくらい本気なのかわからないが、過去の新人含め全員が本当にここで熱湯消毒しているのなら、熱に関しては今までと熟練度がまったく違う。

 


「だが、真の熱湯風呂はこれじゃない。もう少し先だ」

 そういうとバグナーは、こっちだと手招きしながらついてこいと合図をする。まだ上があるのか。バグナーとリスターの顔を見た限りでは、プヨンはどこまで本当か皆目見当がつかない。


「あっつー-、あっつっつ。プヨン、これは本物よ。熱いわ!」

「あ、あほか。余計なことするなよ。緊張してしまうだろう。お前も後で入るんだぞ」

「うっ。これ、どうしたらいいんだろ」


 サラリスが余計なことをしたせいで、本当に熱いことがわかってしまうが、大人しくついていくしかなかった。


「こっからは、少し離れているんだ。このあたりは火山地帯のせいか、熱源に事欠かないのはさっきも見た通りだ。熱い湯でもそうだが、燃料源や鉱物加工品を作っているところも多い」


 バグナーが説明しながら案内してくれる。燃料となるものが取れるのか。そんなことを考えながら、岩壁に沿って歩いていくこと7、8分。熱気が増した気がする。そして岩壁を回り込むと一段低いところがあった。


「よしついた。ここが最上級だ。知ってるか? 鉱石を融かしたものも『お湯』って言うんだぞ。さぁ、あったまってくれ」


 指さす先には、赤黒い池のようなものが溜まっている。すごい熱気だ。時々、ぼこっと泡が立つのも見えた。


「え? これ? これがお湯? ここに浸かるの?」

「あぁ、タオルな。服は着たままでいいけど」


 バグナーの顔は汗一つかいていない。これは本気なのか。このレベルまでいけるのか。さすがに水以外は想定していなかったプヨンは、状況を推測するしかなかった。


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