秘密の暴き方
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翌日、サラリスには穴のことを伝えた。明るい中では一目で誰の目にも竪穴とわかる。危険注意の看板を暫定対策として設置するだけで移動開始となった。この辺りまでくる人間には自己責任が求められ、至れり尽くせりの対策など存在しない。
エクレアとユコナが妙にくっついてそわそわしているのがわかる。なぜユコナがくっついているのかはわからないが、十中八九、昨日エクレアが言っていたヘリオンの秘密に絡んでいそうだ。
だがいきなり聞くことはさすがにユコナでもできない。2人はごそごそと相談しながら、微妙な顔つきのまま歩いていた。
明らかにメサルとサラリスを引き離し、ヘリオンに接触しようとしているのが見え見えだ。
だがそううまくはいかない。一定の配置で会話もままならず、プヨンも手を出さず進む。最後の山間、ここを通り過ぎるともう目的地が見えるところまで近づいている。明日には到着するはずだ。
「あ、あそこ、道が崩落している!」
サラリスの声でよく見ると、谷の中ほどの道が完全に崩れ落ちている。基本的な物資輸送ができなくなるレベルだ。いずれやってくるであろう馬車が立ち往生するのは間違いない。
どうするか悩む。自分達だけなら飛んでしまえばいいが、荷物満載の馬車は厳しい。
いや、正直プヨンは馬車ごと反対に移動できなくはない。これからくる馬車をずっと対応ができない。悪目立ちするし、万が一荷物を落としたら取り返しがつかない。
「ヘリオンさん。ここは道を修復しましょう。通れないと不便です」
「お、エクレアがなぜに乗り気で? たしかにもっともだけど、でもどうやって?」
「あぁ、適任がいるわ。ほら。あそこであくびしてるのが」
「え? 俺に道を直せと言うのか? でもどうやって?」
エクレアが何を考えているのか、なぜかプヨンにやらせればいいと押し付けている。あまりに不自然でプヨンは思わず、えっと声が出た。やるのはかまわないが、引き受けるからには妙案がないといけない。今までの道の内側に新しく道を作れればいいが、それほど簡単でもない。
それとなく崖の端に立ち反対側を見る。道幅は5m、反対側までは30mくらいか。とりあえず、手っ取り早い方法はある。それでいいかと実行しようと心の準備をする。と思ったらエクレアが声をかけてきた。
「プヨンさん、どうするつもりですか? いい方法がありますか?」
「あるよ。手っ取り早く、そのへんを蒸発させてしまえばいい」
「え? ちょっと待ってください。そんなことができるのですか? 石ですよ、石!」
「それは、できるよ。5000℃くらいまで熱してやれば、鉄や銅だって蒸発するさ」
超強力に火力を集めてやれば金属だって気化する。大きな氷をレンズにして太陽の光を集めてもいいし、プヨンはレーザーか圧力高めて小規模な核融合でもいいと思っていた。
「だ、ダメです。そんな高音とかしたら、山が燃えちゃいます。プヨンさんならやりかねないと思ってました」
「た、確かに。ならばどうしろと?」
「砕いてください。削り取ってください」
エクレアの言うことは正しい。確かに岩が気化するほど熱くすると、空間全体の上昇気流が発生するし、気化した高温物質が滞留すれば大きな火災が間違いなく起こる。
削るというのは違う気もするが、岩を砕いて道を開ける方法は現実的だ。純粋なトンネルではなく、道幅分、斜面を削り落とすだけだ。
「うーん、シールド工法の変形みたいなもの? でもなんでこんな細かく指定するんだろ。裏意図があるとか?」
「え? いや、気にし過ぎですよ。きっと」
本来なら登山時の落石は禁止事項だ。岩を谷底に落としてもいいのか気にはなるが、ここはエクレアの発言を受け入れることにした。
「では、サラリスさん、メサルさん、反対側で様子を見ながら待っていてください。ユコナさんとプヨンさんは掘削と側壁効果で」
珍しくエクレアが指示をし、ヘリオンが使われている。土を削り落とすと言うエクレアの意図は、プヨンの背にある棍を指差されて理解した。
「こ、これで削って言うのか? まあできなくはないけど」
「重いし、硬いんですよね? ユコナさんは壁を固めて、プヨンさんは棍で土を削って崖下に落としてください。いい音がすると思います。ヘリオンさんはこちらで指揮を」
なぜかいつもと違って迅速な指揮をエクレアがする。普段と違う理由はすぐわかった。
プヨンの棍がガリガリと大きな音を立て、ユコナが崩れないよう壁を押さえる。
「これだけうるさければ他に聞かれることはないでしょう。ヘリオンさん、聞きたいことがあります。プヨンさんやりますよ?」
「え? エクレアここでやるのか? なんて大掛かりな」
と思ったが、ユコナとエクレアが目配せをしているところを見ると計画的なのか。
エクレアがヘリオンに聞きたいものは何だろうか。そう思っていたが、エクレアの質問は『隠し事はありますか?』とか『課題は何ですか?』とか、そんな質問ばかり。ちょっと変わった質問でも『作戦は達成できそうですか?』とか意図がわからない。最初はなんだと興味のあったヘリオンも、知らないわからないを繰り返すばかりで飽きてきたようだ。
ふとユコナを見ると、えらく真剣な顔をしている。エクレアも真剣に聞いてはいるがその適当そうな内容に対して、一寸たりとも聞き漏らさないという気迫さえ感じる。プヨンも不思議ながらもユコナのただならぬ雰囲気に圧倒され、黙ってみていた。
道路拡幅のため斜面を削り落としていたが、7割型終わっている。エクレアは何か聞き出したいのかもしれないが手詰まり感がある。
結局何が聞きたかったのか。そう思いつつ、ふとプヨンは前から聞こうと思っていたことを聞くことにした。
「なぁ、ヘリオン。ニベロってさ、本物じゃないんだろ? 本当はどうなんだ?」
プヨンとメサルが主と補助の関係にあるように、ヘリオンとニベロも同じ関係にあるはずだ。だがいつも物事はヘリオンが決め、護衛らしい護衛をするのを見たことがない。今回も別行動。前からずっと疑問だったことだ。
言った瞬間ビクッとするヘリオンとユコナ。なぜユコナが反応するんだと思ったが、プヨンを無視して叫ぶユコナ。
「で、出たっ。出たわ。この反応はあたりです。ヘリオン、隠し事はこれね」
「な、な、な、なんで、で、で、イテっ、舌噛んだ」
「明らかに怪しい動揺の反応だわ。プヨン、ナイス! 私のキラーポリグラーフが大反応だわ。こ、これはー」
ユコナが初めて見る反応を示す。よほどうれしいらしい。
「キラー? 物騒だな。なんだそれ?」
「ふふふ。嘘をついたものには死あるのみよ。私とエクレアで調べたら、電気魔法の応用で、嘘をつくと体内の電気の乱れがわかるようになったの」
「本当なのか。本当にそんなことができるのか?」
ユコナの顔をじっと見るが、妙に落ち着いていてユコナらしくない。よほど自信があるのなら、エクレアと調べつくしたんだろうか。
「ほら。微弱な電気信号の乱れ。これは嘘をついた時の特徴よ!」
プヨンの問いに喜色満面のユコナ。これは相当に自信がある時の顔だ。
もちろんプヨンも基本的なことは知っている。嘘をついたり緊張すると生体電気が乱れたり、呼吸や脈拍が速くなるのは誰でも知っている。警備隊のレオンやレスルのホイザーは尋問の常套手段として頻繁に口にしていたし、街行く人々としても嘘を見抜く目は多少はもっているだろう。
だが、その真偽の意志による差異があることは知っていても、それを見抜くユコナの言うことには半信半疑だがヘリオンの狼狽の仕方も正常ではない。
ユコナの電気云々の説明以前に、誰が見てもヘリオン自身の態度が『ヘリオンが嘘をついている』を証明しているように見える。だが、思いつきに近い発言が本当だとしたらそれはそれで重要なこと、うっかり口外できない。学校がまったく把握していないとも思えない。
「ヘリオン、なぁ、どこまで本当なんだ? もし、本当だったら、学校はどこまで把握しているんだ?」
「校長と古参の教官数人は知っている。あとは知らないはずだ。今度の赴任先も知っているものはいない」
「な! なんでそんなにあっさり言っちゃうのよ! そこは粘るのよ。そうでないと私が頑張った魔法のの証拠を突き付ける見せ場がないでしょ!」
自白したのに怒られるヘリオン、理不尽だ。
「すまないな。俺も誰かに言いたかったんだ。不思議に思っていただろ。俺が好き勝手やってるからさ。これでお前らも共犯だからな。どうだ? 国家級の秘密を知ってしまった気分は? 知ってはいけないものを知ってしまったんだ。ばれたら俺は言うぞ。こいつが手引きしましたって。悪く思うなよ」
「な、なんですって。そんな無茶苦茶な。エクレア、何とか言いなさいよ!」
ユコナが意味のわからない文句を言い出す。だが、ヘリオンの返答も理不尽なものだ。どちらの味方になってもあとあと面倒になりそうだ。
沈黙は金、そんな言葉が浮かび、静かに待つことにした。言い合いの喧騒は消音効果で無効化したが、ユコナが紡ぎ出す連続口撃がヘリオンを圧倒しつつある 。あのユコナの連続詠唱にエクレアの的確な指摘が加わると、ヘリオンといえど防戦一方に追い込まれていた。
ふと1つ疑問が湧いた。
「仮にニベロが本物じゃないとして、じゃあ本物はどこにいるんだ?」
ハッとするユコナとヘリオン。ヘリオンはニヤッと笑い、それを見たユコナが顔を真っ青にする。
しばし、見つめ合う、ヘリオンとユコナ。
「きゃー、今頃、土の下ね。やっちゃったんでしょ。理由は! 何を考えてるの!」
「ち、違う。そんなことできるわけないだろ。ばかじゃないのか?」
「ば、ばかって言った。じゃあ本当はどうなのよ!」
ガリガリと土を削る音が響き、ユコナの妄言をかき消してくれる。
「なあ、ニベロが本物じゃなかったとして、本物はどこにやったんだ?」
プヨンの追加の促しにも、しばし黙り続ける。
「わかった。土の下じゃないわ。魚の餌ね。『カンデイル』を利用するとは、恐ろしい」
「ち、違うわ! 無茶言うな」
ユコナも多少は家筋の権力があるのだろうが、今日はやけに強気だ。ヘリオンの立場を理解していれば、踏み込み過ぎに見える。
これがおバカ故の危うさか。ヘリオンも冷静ではあったが、一方的に言われれて耐えかねたのか、ぼそぼそとつぶやき始めた。
「何度も言ったことがあるがニベロは、立場が弱い。といって本筋ではないから中途半端な身分が目障りなはずだ。誰も守ってくれない。たとえ、家族でもな」
「それはいつも言ってることだよな」
「そうだ。だから幼なじみのヘリオンを誘って郊外に避難したんだ。今のうちに立場を強化し、自分の身は自分で守らないといけない。常に身を狙われている可能性もある」
「なるほど、それで……? ヘリオンがニベロと離れたら意味ないでしょ?」
ユコナが言う。確かにそこがおかしい。ヘリオンも言うのを躊躇っているのか結論は言わない」
「もしかして、あっちがヘリオンで、目の前にいるのがニベロか?」
ビクッとしたあと、ためらいがちに頷くヘリオン。エクレアも固まっている。
「なるほど。さらに郊外に移動して、捲土重来を図るか。残った方が本物のヘリオンか」
「そうだ。あいつも了承済みだ。少し焦りすぎだがな。幸い俺ニベロもヘリオンも立場が近い上にいつも一緒にいる日陰者で本筋ではない。顔も一部しか知らない。なんとでもなったんだ」
ようやく合点がいった。ヘリオンが色々と動く理由、焦る様子の背景がわかる。ユコナも驚いている。
「じゃ、じゃあ、こっちがニベロなの? 知らなかった、それってどういうこと?」
「ユコナが暴言を吐いた相手の指先一つで、ユコナは……」
プヨンはユコナの首を横に指で撫でてやる。大きな国ではないがさすがに本気なら何かしら手が回せるかもしれない。
「名誉の戦死か」
「い、いやー。ひえー」
「そんな権力はないよ。でもこれからもヘリオン扱いで頼むよ。長生きしたければ。俺がこんなことをしているのがバレたら、ユコナは共犯。サラリス達にも秘密だ」
「そ、そんな」
ユコナが膝を落とした時、道路が反対側につながり、サラリス達の顔が土の隙間から見えていた。




