出発の仕方 2
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何かが周りにいる。
ハッとして周りを見たが暗い、よくわからない。だが再び風切り音がする。カンっと甲高い音がした。さらに1つではない。
「食われました!」
「え? おやつを?」
「腕です!」
エクレアとの会話が噛み合わなかったが、すぐに状況が理解できた。おやつとか言ってる場合じゃない。エクレアに焦りが感じられないが、事態は深刻のようだ。
「なるほど。大きい生き物がいるなら嫌気性はないか。呼吸はできるか」
「そう......デス」
「腕に噛みつかれたの?」
「...はい」
姿が見えた。ふらついているが、ここまでくれば支えられる。止血済みのようだが、確かに負傷している。消耗が激しそうだ。
コンッ、コンッ
時々飛びかかってくるものは防具で凌いでいる。防御のためにアイスゴーグルをヘルメットタイプに拡大されているが、それも負担になったのだろう。
エクレアがそばにきたが、暗闇で空中は流石に他人の治療は厳しい。
「ポラライト」
最近使ってなかったが、空気、特に窒素を励起して明かりを取り出す。原理がわかっていれば簡単だが、オーロラのように空間に緑の光が瞬いた。
『フェイズドア0』で素早く全方位の3次元スキャンをする。同時に飛び回る黒い影を3、4、5、全部で6見える。意外にいる。もちろんエクレアもカウントしてしまう。
「チュー、バット!」
チューバットというのか。エクレアが教えてくれたが、それを言うだけで精一杯なのか息切れしている。浮遊は5秒ごとに火球1発程度、決して楽ではない。
「無理しなくていいぞ。息を整えて」
チューバットの見た目は全身毛むくじゃらの蝙蝠、肉食で歯がある。たしか地域の危険生物リストにいた。一回噛みつかれたくらいなら軽症、単独ならいいが、集団になると厄介だろう。
エクレアの正面から迫る一体に気づいた。間違いなくエクレアの首筋が狙われている。
気づいたエクレアが周りの水分を集めて氷礫を投げつけたが、小さくて遅く余裕でかわされてしまった。
「あ、いたっ」
エクレアがまた噛みつかれていた。湖の『カンデイル』もそうだが、小型多数の危険生物はなかなか無傷ではすまない。治療が苦手なエクレアは厚手の皮服を着ているが、多少知性もあるのか露出部分を的確に狙われている。
体の傷は治せるが、疲労も防具も回復はできない。ここは意識のあるうちに脱出だ。
「出口に向かって投げ飛ばす。出て!」
「はい!」
目がヤバイ。視点が不安定になりつつある。
いつのまにかエクレアの周りには10体以上が集まってきている。群がる習性があるようだ。プヨン自身も何度か氷粒で追い払おうとしたが、エコロケの使える蝙蝠類のせいか、かすりもしなかった。
「うりゃ!」
のんびりしてられない。出口、落ちてきた入口に向かってエクレアを射出する。ひゃっという声とともに勢いよく打ち出されるエクレア。
よく見ると顔に纏わりつかれているが、あと少しで外、出てしまえば何とでもなるだろう。
プヨンは目の前に向き直り、自身の対応をすることにした。
「きゃー!」 バフォン
だが背後からエクレアの悲鳴とともに空間が明るくなる。続けて破裂音。何かが爆発した。
あれだけ密閉空間での可燃性ガスを気にしていたのに火球。火山地帯の空気に可燃性ガスが含まれることは多い。そして上空の方が当然外気に近く酸素も多い。爆発限界を超えたか、慌ててチューバットを追い払おうとして火球が出てしまったのだろう。
幸い余力のなかったエクレアの火球は小さく爆発も小規模、上空の天井付近に向かって火柱が上がっただけだ。
「お、おい。落ちるな。何とかしろ!」
「ひゃぁぁああぁ」
だがエクレアは飛ぶ方向が外れ、放物線を描いて落ち始めた。意識が落ちかけているに違いない。
エクレアを慌てて回収に向かう。空中作業はやはり危険だ。距離があったがなんとか捕捉し、落下は回避した。
だがエクレアは意識が途切れていた。無意識の人間は非常に重い。手足がだらんとしてバランスも取れないし。重傷者の介護と一緒だ。
空中でしっかり確保し落とすことはないが、非常に動きづらくなった。一度は離れた蝙蝠たちも再び群がってきている。
「スレート、さすがにこれなら避けられないだろう」
水を凍らせながら降らせる。ミゾレだ。いくら回避に優れた蝙蝠といえど、これだけ数打てば避けられないだろう。凍てつくミゾレを周りにふらせた。
ミゾレは自分達にも当然付着するが、当然飛び回るチューバットにもくっついていく。それを核にして氷塊を成長させる。徐々に氷の厚みが増え、翼が動かなくなっていく。
「え? まだ、飛べるのか? 思ったよりやるな!」
思わずそう口に出た。翼が固まってもまだ飛べるようだ。『翼なんてただの飾りだ。飛べる人しかそれがわからんのだよ』と教官の言葉に共感したことを思い出す。
確かに翼が動くと翼で飛んでいると思うが、あれはバランスや制御を効率よくしているだけ、人と同様なくても飛べる。
「いて。いててっ」
なぜかついた氷が大きくなるにつれ、チューバットはプヨンに体当たりしてくるようになった。けっこう知能が高いのかもしれない。スイカサイズが勢いよく当たるとなかなかの威力で、まとわりつかれると鬱陶しい。
相手の攻撃力を上げてしまった。この方法は改良の必要があると思えた。
だがそのままさらに氷を大きくする。その分一撃が痛いが、徐々に動きは遅くなる。なんとか続けること3分、動きが目に見えて鈍くなってきた。
高度を維持できなくなる蝙蝠たち。さすがに樽サイズの氷塊になると限界のようだ。ここぞとばかりに氷を成長させる。なんとか一息つけた。
ゴトン、ゴトトン
身体を重力に引かれた蝙蝠たちが穴の底にぶつかる音が聞こえた。
そう思って余裕が出たのか、肩や頭に土がついていることに気づいた。突然、少し先に天井からまとまった砂利が落ちていくのが見えた。どうやら穴が崩れ始めたのか、続けて土の雨が降り出したようだ。
ボコボコ、ドサッサッ
上空の地面が崩れ落ちてきた。上空から星あかりが差し込む。
「な、なんだ?」
大きな土の塊が落ちていく。そして少し遅れて地面に激突した音がする。氷漬けのチューバットより格段に大きい。先ほどのエクレアの火球、その後の爆発の衝撃で天井が崩れたのか。
エクレアをチラッと見たが、まだ意識が戻らない。戻ったところで落ちてくる土塊が消えるわけでもない。下手に騒がれないだけマシか。
ヒュン、ヒュン
土の雨の中、人間サイズの土の塊がいくつも落ちていく。
一度落ちたところは続けて落ちにくい理論で直撃を免れてはいるが、そのうちエクレアに当たってしまいそうだ。落下物の一つをキャッチして頭上に置き、とりあえずの盾代わりにした。
ガスッ、「うがっ」
だが同硬度のもの同士だと耐久性はない。当たった分だけ砕けていく。おまけに足場のない空中でぶつかるから支えがない。背中に重量物の棍を背負っているのも地味に辛くなってきた。
仕方ない。非情の手段だが頭を揺さぶる。疲労で倒れているだけで、多少は乱暴にしてもいいはず。頭を左右に振って、水を浴びせる。
エクレアは意識が戻りそうだがしぶとい。目覚ましが水系魔法になっていることを思い出し、エクレアの鼻に水を入れる。
「げっほ。いったー-、いったい」
「よし、目が覚めたな」
やはり手順通りにすると効果は確実だ。
「は、私寝てましたか? しかし、何があったのですか? 鼻の奥がすごくいたいです」
「そうか。ちょっと加減が強かったかな」
意識がない時は、抵抗力もないため効果が出やすい。もちろん適当にはぐらかす。鼻水顔を拭くよう紳士的に布を渡し、副作用も相殺する。
ユコナと水魔法を練習したときに思いついた応用魔法、気付け魔法の効果がうまく発動できた。鼻水と違い、真水が鼻に入ると浸透圧の違いのせいでけっこう痛い。
その瞬間、天井が激しく崩れてきた。完全に崩落状態だ。ドドドっと大きな音がして崩れ出した。中央部に移動していたため直撃の危険は少ないが、逆に下方から可燃性成分を含んだガスが吹き上がってくる。
土塊の崩落が終わると空には星が見えていた。
最初はエクレア一人が通れる穴しかなかったはずだが、外に出ると地面には大きな穴が開いている。
呼吸を整え周りを確認する。エクレアは防具に付着した氷を短剣の柄で叩いて割っている。ところどころ破けているが、これは仕方ない。無機物を修復することはできない。
プヨンが水を出す魔法を応用し、水源を服から得ると勝手に乾燥してくれた。
「すごい。服だけからっからですね。お肌はしっとりしているのに」
「超ドライアップだ。子供の頃よくやらされた」
教会の下働きで、メイサにしょっちゅうこき使われたことが今に活きている。使い方はいろいろと応用できるのだ。
一通り終わって穴の淵から底を見た。まだ、土の匂いが舞い上がっている。チューバットは逃げ去ってしまったんだろうか。
「ここは危険だが、この穴をあけたのはおれのせいになるのかな? 結構深いし、あの辺りまでは空洞だろうから何か対応がいるかな」
「どうしましょうか。明日みんなで相談ですかね。プヨンさんが解決してくれたんですし」
「あ、俺がきたら勝手に大穴が開いたってしてよ。または、エクレアが解決したでもいい」
「え? 何でですか? 一応助けてもらった身で、プヨンさんに感謝していますよ? 私は何もできませんでしたが? 前もユコナさんがそんなこと言ってましたね」
「ただ、穴を開けただけだよ。何も成果はない。エクレアを助けたのは、ただ同じ班員として当然だ。さぁ、戻ろうか」
一瞬沈黙が訪れたが、エクレアは戻ろうとせず、服の手入れをしながら話を続けてきた。
「プヨンさんはもっと自分のやったことを成果として主張すべきではないですか? 自分が引っ張っていこうって気持ちはあんまりないんですか?」
「ないなぁ。やりたいことがないわけではないし、純粋な探究心はあるんだが、それを自分の利益のために使う気にはならない。なんだろう。しがらみができて本音が言いにくかったり、不本意なまま悪用されたりとか、そういうリスクを忌避するのが強いのかもな」
「そう言えばプヨンさんは、なぜヘリオンさんについているんですか? メサルさんのことは知っていますが」
「ヘリオン、なんか変わっているよね。立場的には俺とメサルに近いんだろうが、本来守るべきニベロにまったくくっついていないよな。好き勝手しているように見えるが、あれは何故なんだろう」
そう言うと、エクレアは何か考え出した。何やら言おうとして、言葉を止めることを数回繰り返す。だが、意を決したのか、秘めていたらしい悩み事を告げてきた。
「実は、ヘリオンさんってきっと何か大事なことを隠していますよね? 行動のパターンが何か違います。あれだけ積極的に行動するのも不自然ですし」
「それは、まぁ、確かに。だからと言って聞いて教えてくれるわけでもないだろ?」
「わたし、ある方法を考えたんです。プヨンさん、もし興味があったら、一緒に確かめてくれませんか?」
「方法が考えてあるんだ? いいよ。どんな話なんだろう」
エクレアが言うには、ヘリオンに怪しいところがあるらしい。調査依頼か。プヨンとしても俄然興味が沸く。エクレアの作戦とやらにのることにした。




