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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
399/441

出発の仕方 1

376

 今日はいよいよ出立日だ。落ち着かず結局1時間も前に集合場所にきた。そしてさらに前からいたであろうヘリオンを見つけた。


「はやっ。いつからいるんだよ」

「実は寝過ごしそうで昨日の夜からだ。全然眠れなくてな。だが元気一杯だ」

「え? 大丈夫か?」

「もちろんだ。まったく疲れてないぞ!」


 もちろん聞いたのは頭の方だったが、ここは黙って受け入れておく。


「それで何をしていたんだ?」

「うん。班旗のデザインを考えていた。これを鎧に埋め込みたい。いい方法はないかな?」

「何やってるんだか。まあ、あるよ。すぐすむ」


 そう言って手のひらサイズのミラーを3枚取り出した。この3日の練習のお陰で立体対応もできるようになりつつある。先日のユコナの女神像もそうだが、印刷の必要時間が短縮し、加工も繊細になっていた。


 ヘリオンの原画を見るが、なんだかよくわからない。


「棒の両端に輪が2つ車軸と車輪か? 意味がわからないが?」

「それは錆びた荷車の車輪だ。2つの車輪をこの防具の肩に印字してほしい」

「????。あ、あぁ? いいけど、これが班のマークなのか?」


 何を考えているのかよくわからない。おまけに見慣れない鎧だった。


「その防具の素材はアルミ? ヴァクスト製か? よく作ってくれたな」


 電気が必要なアルミは入手が難しく、一部の属性には銀以上に魔法耐性があるレア素材だ。プヨンがなんとか作ったのは5kgほど。ヴァクストはどのくらいふっかけたのか気になる。


「あぁ。いいだろう。これ、傷には弱いが、すごく軽いんだ。近くの店で見つけたが、高かったんだぞ。20万グランだ」

「な、なんだって?」


 プヨンの卸値の100倍ではないか。ヴァクストはそんな話は一切しなかった。それをポンと後先考えず買うヘリオンが悪い。次回は絶対値上げしようと思う。


 だがヘリオンの印字は引き受けた。反射率は高いアルミだが赤レーザーでなんとか印字を施した。


 

 ふと気づくとみんなが集まっていた。ユコナがヘリオンの鎧、徽章部分に気付いたらしい。


「何? その輪っか。車輪?」

「あぁ、気にするな。俺のマークだ」


 その言葉でプヨンはあっと思った。錆びた鉄の輪、そう言うことか。目が合ったヘリオンが恥ずかしそうに頷くところから、どうやら当たりらしかった。



「よし、現地に向かって各班移動!」


 ヘリオンは元気だ。やる気が溢れ過ぎたのか、教官の指示より前に移動開始だ。万が一の身元不明に備えて、赴任辞令と身分証は各自に手渡されている。


 サラリスがメンバーの無事を祈る。目の前を黒猫に横切らせる伝統の出立の儀式の後、のんびりと出発した。


 特に激励や壮行会はない。慣れれば単なる出張、プヨンが出発前にやったことも、ノビターンに極秘課題を確認したくらいだ。


「最初ですから、少しゆとりを持ちましょう。わかりやすく月初日に出頭と報告で、次の日は休暇でいいですよ。まずは4週間後ですね」

「優しいですね、道に迷ったらどうしましょう」

「己の直感を信じましょう。生き残れるといいですね」


 戻らないという選択肢はないらしい。そして行きは複数だが帰りは単騎行。二度目だからペース配分も自由でいいというありがたい仰せだった。


 

 出発してすぐは、そうした課題情報の交換で時間がすぎた。


「メサルは現地での宗教動向の調査把握らしいわよ」

「そう言うユコナは?」

「食料の消費活動低減を探すのよ。減らすのは厳しいから即席の野菜栽培に取り組むつもり」


 一度キレイマスの街により準備して出発、最初の1時間は街にも近く散歩だ。



 突然ヘリオンが叫び出した。


「ワサビさーん、ワサビさーん」


 もしや待ち伏せかと大慌てで周囲を確認したが、ワサビはおろか、見回りの兵士1人見当たらない。ワサビたちのいる砦が見えただけ、聞こえるはずもないのに大声で叫んでいただけのようだ。


 だがそれが終わると散歩気分も終了だ。


「密集しすぎて狙われないよう、適度に散開隊系で行きましょう。あ、離れすぎですよ!」

「初任務の移動で行方不明とかやめてよ? それから行動原則はしっかり意識してよ。何か見つけたら、なるべく風下から近づいてよね」


 エクレアの声かけにユコナが補足しているが、これは一長一短がある。


 現にこっそりついてきているフィナとフィナツーは、先ほど大量の『ミエルスキー粒子をばらまいていた。人の目では見えない蛍光花粉だが、紫外線でよく見える。


 おそらく風下にいたユコナ達は大量にあびている。見えるものには誘導灯のはずだ。定番はそれを利用するものにも定番だが、あえてそこは指摘しないことにした。


「エクレアは正五角形の中心よ。勝手に動かないで」

「サラリスさん、勝手に脇道にそれないでください」

「トイレよ。察して」


エクレアを置いた6人体制の定番の形で、一撃でやられにくく連携は取れる距離を保つ。先頭はヘリオンとユコナ、 お互いに10mほどの距離を取り、プヨンは最後尾についていた。



 先頭がまっすぐ進まない物見遊山行程ではあったが、エリア区分が安全領域もあって滞りなく進んでいく。目的地は150㎞程度離れた国境地帯、適度に調査しながら移動すると4日といったところだ。到着期限は次週の休日明けで7日あった。



 人がまばらになったのを見て、フィナがそっと横にやってきた。以前より一回りサイズが小さい。街を出てからフィナはプヨンが体重を支えられる範囲を見極め、一定距離を確保しながらついてきていた。


「ふー、安心するな。後方が1番落ち着く。全体が見渡せるし、補給物資も守れる。水と空気じゃ生きられない」

「プヨンは不便ね-。水と空気だけだと死亡。食べないといけないなんて」

「そのかわり動く速度は10倍くらいちがうだろー。それよりよくそこまで体を絞れたな」

「この数日の成果ですよ。でも、小さなサイズの服を無理矢理着ている感じ。おかげでうまく動けない」


 もちろん重さは変わらない。


 匂いのせいか何度か大型の獣に食いつかれていたが、材質は硬く、怪我らしい怪我も痛みもない。食べようとして歯を突き立てられなかった獣は、びっくりして逃げ去っていた。いつものことだ。


「移動はほぼプヨン任せだけど大丈夫? 自分の体型を小さく維持し続けるので余裕がなくて」

「大丈夫。フィナツーもその辺にいるのか? 姿は見えないが」

「いると思うけど、気にしなくても大丈夫。無理して小さくならなくてもいいと思うけど、なんとなく」

「しかし、俺が支えられなかったら動けなくなるのに、よくついてくる気になったなあ」


 抑えられない体積を無理しているのがよくわかる。

ユトリナを離れる遠出は幼生の時以来らしく気合で引っ込めていたが、いつまでも腹を引っ込めるのは限界がある。昼過ぎ、夕方と徐々に膨らんで、今はプヨンより背が高くなっていた。



 2日目から未経験エリアに入った。基本街道からそんなに離れない。順調だ。そして、3日目の夜、もう目的地も近い。少し気が緩んできた。


 今日夜営すると明日の昼過ぎには着くはず。最初は水場のそばがいいよねと、何も考えずに滝のそばで野営した。


 ふいに足音がした。わざとらしい音だ。夕陽の中、美しい滝を見たいからと、ここを野営地に選んだサラリスが夜中に起こしにきた。


「プヨン、何してるの? 滝の音がうるさくて眠れないでしょ。ちょっと見てきて欲しいものがあるの」


「あぁ、全く眠れないぞ。景色がいいからここに宿営しようと言ったやつがいたが、真っ暗で何も見えずに音だけ。そんな提案をするヤツを滝壺に沈めるシミュレーションをしていたところだ」

「そう。是非してあげるといいわ。こっちきてよ」

「そのサラリスの流し方は素敵だ」

「エクレアがあっちにいるから確認してきて。こっちはわたしが見ておく」


 もう1人はエクレアか。サラリスとの不寝番の組み合わせは珍しいが、何があったか気になり言われるまま確認することにした。



 星月のおかげで、夜の草原だがよく見える。エクレアについて滝から離れると、3分ほどで緩やかな窪地が見えてきた。その淵に立ち周りを確認する。


「ここに何が?」

「最初は動物が暴れている声が聞こえてきたんです。何かなって思って見にきたんです。調査した方がいいですか? 危険ですかね?」

「今さら? もう俺たちの目的地に近いよね。この辺はもう火山地帯だけど、注意喚起はないのかな?」

「どうしますか? ちょっと硫黄臭もしますね。調査した方がいいけど、有害物質の可能性もありそうです」


 薄明かりの中、エクレアが指差す先には、黒いものが2つあるが動く気配はない。どうやら生き物の死体のようだ。隙間が見えるので、骨かもしれない。


「ここは何だろう。動物の墓場なのかな? こんな宿営の近くにあるとは」

「支給地図には特に何もないですね。火山地帯としかないです。目的地はこの山の向こう側です」


 エクレアが近づこうとするのを見て、慌ててストップをかける。


「待てよ。死骸がある。迂闊に近づかない方がいい」

「わかってます。目と口は対応します」


 ニコッとしてこちらを見るエクレア。さすがエクレア、有害な何かに対してちゃんと備えている。サラリスのような無謀さがなく、対応は安心だ。


 換気してもよかったが範囲が不明。下手に毒性があると排気先の周りにも影響が出るし、湧き続ける場合は無駄だ。


「これを。使用時間は10分くらいだから。冷たさと呼吸はなんとかして」

「こ、これは?」

「無酸素水で作った氷結ゴーグル。目を守っておこう。透明な氷だよ、当然、冷たいけど」

「な、なるほど。こういう使い方があるとは」


 絶対的な魔力量の少ないエクレアは、大火力などは苦手だが、手魔先は器用で、基本を作ると維持はできる。


「慎重に行くか。死んだ動物の皮膚はただれも変色もないようから、触れても大丈夫そうだな」

「そうですね。授業内容に従って。熔岩地帯ですし、再生呼吸でゆっくり行きましょう。でも、私、息止め5分しかできないんです。危険になったらすぐ助けてください」


 そう言うわりにエクレアは躊躇なく、一直線に斜面を下りていく。エクレアのことだ。知った上での行動なのだろうか。


 プヨンがゆっくり降りて行くのが待ちきれないようで、『こっちですよ』と手を振ると、少し早足に駆け出し、草地を横切ろうとしてそして消えた。


「え? おい。どこ行ったんだ?」


 しかし、返事がない。周りに遮蔽物もないため隠れる場所もなく、擬態で身を隠したわけでもなさそうだ。


 念の為浮かびつつ、慌てて消えたあたりに行く。地面に穴が空いている。

 エクレアも重い女なのか。ふっと浮かんだ思いを大慌てで押し退け、急いで穴の中に入った。




 意外に深い。アイスゴーグルを再度密着させ無酸素行動に移る。穴は思ったより深く底が見えない。エクレアはどのくらい落ちたのだろう。


 明かりをつけたいところだが、水素と塩素のような光吸収で爆発する気体もあり、慎重にすべきだ。間違っても反射的に火球を灯して爆発事故を起こしたサラリスのようになってはいけない。


 ゆっくりと降りていく。すでに1分。エクレアが地面まで落下して激突していないことを祈る。暗いこともあって余計に深く感じる。底なしの穴はいつ見ても不気味だ。


 入ってきた方向を見ると、夜で外も暗いが、かろうじて出口側がわかる程度には明るい。だが不安定な大気では光で距離を測るのは躊躇われた。



「いっそサラリスのように暴れてくれたら位置もわかるんだがな」


 普段から冷静なエクレアだけに、無駄な動きがなく目立たない。もちろん怪我などで動けない可能性もある。


 ずいぶん落ちたのだろうか。落ちたとしても無抵抗で激突はないだろう。仕方ない。


 ボンッ、ンッ、ッ


 周りを探るため大きな音を立ててみた。ピンガー音の反響を聞く。ついでにポケットから石ころも落とす。そこまで広くはないが周囲は学校の体育館くらい、深さも底はあるがまだ距離がある。ここで中間くらいか。空洞の何もない空間のようだ。


 プヨンの音に新しい音が返ってきた。プヨンのやり方に気づいたようで、音を利用したマールス通信、エクレアだ。


「音...ですね。さすが。位置......確認」

「無事だな。近う寄れ」

「はい。で」


 ダメだ。通信が途切れ途切れだ。返信からメンタル面も確認する。冗談を返す余裕がないようだ。


 反響定位の応用だが、長文は聞き取りにくく短文会話になる。それも途切れ途切れだ。


「きついか? 浮かぶだけでいっぱいとか?」


 何か返ってきたが符号にならない。それでもソナリングでエクレアがこちらに寄ってくるのを確認した。なんとか音が聞き取れるようになり、マールス通信の符号化も補正できる状態になり、ハミングすることで読み取り精度も上がる。


「穴、深くて、20m」

「20mか。そんなもんか。外気呼吸はしてないよな。あと何分いける?」

「ふーふー。あと3分。あいたっ」


 すぐそばまできていたエクレアがおかしな声を上げた。何かあったのか。


「何を開けたんだ? 袋か? こんなところでおやつか?」


 エクレアなら元気補充薬を飲みながら戦うこともある。準備がいいようだ。


「た、食べられた」

「飲み終わったのか? 早いな」


 食った割には全然声に力がない。


「大丈夫か? 息が苦しければ人工呼吸するよ? もちろん口移しで」

「は、はい」


 ここは要らないと言ってヤル気を出さないといけないのにダメだ。こんなところで抵抗するとは。プヨンの支援魔法は空振りだ。


 もともとエクレアは魔法抵抗が高い。サラリスやユコナなら『死ねぃ』などと叫ぶとともに、人にある残り70%の潜在能力が解放されるのに、エクレアには効果がない。とりあえずエクレアを支える。落とさないようにしつつ外まで戻ろう。そう思った時、ヒュンっと風切り音がした。


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