準備の仕方
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「なぁ、ユコナ、準備期間と言われたけど何するつもりなんだ?」
「一応サラリスはマウアーと武器準備らしいわ。あっちだと交換ができないからとか」
「なるほど。たしかに。みんな忙しいんだな」
「じゃあ情報料として、派遣期間中にお互いの秘密ミッションを助け合うというのはどう?」
交代組は準備期間という名の休暇に入り、規定の授業はなくなった。この間に支給品以外に必要なものを、各自準備しろという建前だが、現地に移動してしまうと娯楽らしい娯楽はなく、休暇というものは楽しめない。
重症死亡リスクもゼロではないことから、1週間ほどだが遊び納めをしておけというのは理解できた。
プヨンにも試したいことは色々あるが、やり残したことは特にない。メサルやヘリオン達はどうだろうか。ただ、ユコナの言う『お互いの秘密ミッション』というのが気になった。そんなものをもらった記憶がない。
「どうなの? そんな難しいことじゃないでしょ?」
即答しないことに不安を感じたのか顔を覗き込むユコナ。
「まあ、そうだね。できる範囲でというなら、ありかな」
「そうよね。そうでないと。私の秘密ミッションはいかに食料消費を抑えて活動できるかよ。私が今してる備えを教えてあげるわ」
正直そこまで知らなくてもいいが未経験のことだ。ユコナ達の他の動きを把握しておくと、あとから自分だけ何もしていなかったというリスクは回避できる。
配給をくすねて赴任先への付け届けなどもありえるかもしれない。
一方で秘密ミッションはさして難しくない。食う量を減らすだけでいいなら代謝操作でいける。なんとでもできそうだ。
「いいよ。その秘密ミッションってのを助けよう。それで準備してるのは何?」
「いいの? 一度言ったことは取り消せないのよ。一人では辛すぎて、道連れがほしかったの。食糧はほら心理面の問題もあるしね。プヨンする人、わたし管理人」
「え? ユコナは監督だけはずるくないか? よーしそれなら腹が減ってもおかわりできん作戦にする」
「え? おかわり禁止?」
一瞬怯むユコナだが、ここは駆け引きはしない。
「まぁ、それはわかった。食に対する執着はない。それで、準備は?」
「準備したのはこれだけよ、ほら!」
「む、これは。最高ランクの無病息災の護符では? どこで手に入れたの?」
「そうよ。よく知ってるわね。所持者の事故死ゼロだって。お布施に応じてより高い御利益があるらしいの。金属板に刻まれた模様、ここの女神像とかすごい細かいでしょ。彫り物でもないのに、どうやって作ってるのかしらね」
そういって見せられたのは金属のプレート、これは確かランカのところで授与されるもので、定番のお守りというやつだ。
このプレート案はヴァクストとプヨンが考えた。宗教は無税でもあるため稼げるそうだ。お布施と御利益の関係はいつのまにかヴァクストが後付けしたようだ。
女神像はランカの創作。印字はプヨンの工学研磨と少しレーザーを応用したものだ。おかげで金属の微細加工の腕前が随分と上がった。
「すごいな。誰が作ったんだろうな。さすがランカ様だ」
ユコナには、もちろんプヨンが作成したことは秘密だ。そして思ったほどユコナも大した用意をしてない。かなりホッとした。
「ところでプヨンは秘密ミッションなんなの? 全員もらってるはずでしょ? あ、もしかしてものすごく難題だったら割に合わないかしら?」
ユコナの言うことが今ひとつよくわからない。そう言えば、そもそもプヨン自身は秘密ミッションについて何も聞いていない。
「それ何? 全員もらっているの? 俺は何ももらってないなあ」
「え? なんで? みんなもらってると言っているわよ。自分だけ楽をするつもり?」
言ってからしまったと思った。
エクレア達と違ってこう言う時の頭回転力超アップは難しい。失敗には気付くが解決策は絞り出せない。だが今日のプヨンには神が舞い降りた。
「確か聞いた話では総合成績優秀者にしか、追加課題がないと言っていたな。俺はないのかぁ......」
ボソッと呟き、チラッとユコナを見る。精神面で効果を高める詠唱は難しいが、ユコナの優越感を含んだ笑顔で、プヨンは発動させた精神魔法が効いたことを確認できた。
「そ、そうなの? 上位者だけなら、仕方ないわね。プヨン、手伝わせてあげるから頑張ろうね」
複雑な笑みを浮かべたユコナが立ち去るが、結局手伝ってはほしいようだった。
入れ替わりで待っていたかのように、同じく複雑な顔をしたヘリオンがやってきた。プヨンが様子を伺っていても気づかないくらいだが、目の前を通り過ぎると急に振り向いた。
「プヨン、聞いてくれるか?」
ガシッと肩を掴まれた。逃げられない。そして返事も聞かずに続けるヘリオン。
「黙って聞いてくれ。今日ワサビさんのところに出立の挨拶に行ってきた。そこでワサビさんに言われたんだ、『マハルキタ』お願いしますと」
「あぁ、ワサビさんの元拠点? 偵察してくるって言ったんだっけ?」
「黙って聞いてくれ。マハルキタだぞ。これは告白だ。愛の告白なんだ。わからないのか」
「マハルの北に何かあるのか?」
沈黙が訪れる。単なる地名ではないのか。まったくわからない。わからないが下手な答えかたもできない。だがヘリオンは勝手に話を進めてくれた。
「ワサビさんの気持ちがわかる。逃げ遅れた知り合いも多いと言っていた。だから現地奪還に連れて行ってくれと言っているに違いない」
プヨンも事情はある程度聞いている。現地では旧統治者、有力者が戦禍に巻き込まれるのを嫌って家族を脱出させたと聞いた。本人は抵抗しているかもしれないが、リスクなどを考えると軽はずみなこともしない気がする。
「それで連れて行くと約束したの?」
「あははーもちろんダメって言ったよ。俺は言う時はちゃんというからな。ビシッと言ってやったよ」
「それで? 納得してくれた?」
「もちろんだ。『あなたを危険な目に合わせるわけにはいかないです。代わりに私が見てまいります』、そう言ったら、『はい、わかりました』と言われたんだ」
俺の熱意が伝わった。気持ちよく理解してくれたというヘリオン。あっさり引き下がったワサビさんに違和感はあったが、全員を引き連れて移動すると目立つし、他にも事情があるだろう。
「なるほどー。それなら落ち着いて綿密な計画を立てないとな。じゃあまた」
「おー、友なら共に考えよう。ワサビさんが喜ぶだけじゃダメなんだ。なぜそういうことになったのか、原因をしっかり見極めるんだ」
一見まともなことを言うヘリオン。だが続く言葉はわかってる。
「それでこそ、俺の思いの深さが伝わるというもんだ。これでご褒美はぎゅーーと、こうやって」
「こら、ちょっと待てよ。相手を確認しろ」
飛びかかってくるヘリオンを払い除けるが、この見当違いな熱意はどこからくるのだろう。生活が満たされていると、違うものに飢えてしまうのか。
ただこうなったとき、普段以上の実力が出てしまうヘリオンにはちょくちょく驚かされる。もちろん、意志の力の偉大さは理解しつつ、抱きつかれないように十分な距離は取った。
「まずは一旦戻って班メンバーで下調べをしよう。明日どうかな? そうだ、みんなで……」
今度の校外任務の班メンバー、ユコナ達を勝手に巻き込む。
ユコナは助け合うと言っていたから問題ない。他にエクレアならいい案を出してくれそうだ。だがヘリオンは引かない。
「大丈夫だ。俺が練りに練ったワサビさんへの説明を練習させてくれ!」
「おらー、ヘリオンとプヨン、その辺にいるのはわかっている。すぐメンタルセンターにこい! 気合い入れてこいよ。 5分だ」
ヘリオンの熱意から長引きそうと思った時、呼び出しの大声が聞こえた。どの教官かはわからないが、拡声強化のいつもの放送だ。5分と区切りがあるところから、こちらの位置を把握している気がする。
まあ長引くよりはいいかと思って向かおうとすると、ヘリオンは全力で走っていく。さすがに5分あれば楽に着くと思ったら、追加の放送が流れた。
「あー、いつも通り、選択権は早い者勝ちだからな」
しまった。そうだ。気が抜けた頃合いを測ってランダムでこの手の慢心防止イベントがある。このタイミングでくるとは。完全に失念していた。
気がつくと全力疾走中のヘリオンはすでに随分小さくなっている。にやっと笑っているヘリオンが容易に想像でき、慌てて追いかけた。
走ると言うよりは低空飛行で飛ぶ感じだが、立木や人も多く制限速度があるため差を縮めるのは難しい。
ドヒュン
「な、なんだ?」
突然、目の前に迫る黒いものがあり、間一髪で避けた。続けてもう一回。
「うぉっ。またか。最初の一発は焦ったけど、もう油断したりはしないぞ。出てこい」
この緊急時に何事かと警戒すると、どうも虫のようだ。あれは大鎧蜂か、そうするとフィナツーか?
「フィナツーいるんだろ? さっさと出てこい」
「いつでもどこでも臨戦態勢、デンジャラスフィナツー参上!」
だが声はしたが姿は見せない。周りには多数の草木が生えている。木を森に隠すというが、フィナツーが茂みに隠れるとまったく区別がつかない。かといって周りを焼き尽くすわけにもいかない。
ヘリオンは道の突き当たりを曲がり、見えなくなってしまった。非常にまずい。
「ば、ばかっ。今がどういう時かわかってないのか? あとで相手してやるよ!」
「チッチッチッ、待ってあげるはずないでしょ。こういう時を凌いでこそ、現実でも対応できるのよ!」
一見まともなことを言うフィナツー。ならば今しがた目の前を通り過ぎて行ったのは、大鎧蜂のぶーさんで間違いない。
先日の洪水訓練をきっかけに、実践訓練を仕掛けることに目覚めたフィナツーは、この2、3日、わざわざタイミングを測って挑んでくるようになった。特に眠らなくていいからか、夜の睡眠中を狙ってくる。
もちろんフィナツーが言うように最も効果的ではある。頭にきたからと致命傷を負わすような大人気ないことはしない。
「ゆけーぶーさん! 三連斉射よ。よく狙って」
移動しているフィナツーだが、おおよその位置は声の位置から把握した。だがまずは自分に迫るものに対処する。
日陰から1体の後ろに隠れるように3体縦列で近づいてくるのが感じられた。虫は小さくプヨンでも体温ほとんど見分けられない。
「あまいな、スレートストーム」
氷と雨をうまく混ぜた即席のみぞれを降らせる。命中したら大打撃ではあるが、一番は体についた氷粒の寒さと重量増加だ。いくら大型蜂といえど、体重が数倍になると飛行性能が激減する。
ボテ、ボテボテテッ
「命までは取らない。フィナツーに加担したものが悪い」
体中にみぞれを纏わせたぶーさん達に呟く、なんとなく申し訳そうな視線も感じるが、ここは凍死しない程度に氷の塊にして動きを封じておいた。
「さぁ、さっさと降伏しろ。凍てつく葉茎で凍裂にするぞ!」
「ふ、ふんっ。私は対凍性最高ランク植物よ。凍りついた植物っていないでしょ。みんな寒さに強いわよ!」
「ふん、潤いがないやつほど冷徹さに強いっていうからな」
「潤いはあるわよ。あるところには。知らないの? 私はー50℃までいけるのよ!」
たしかに過冷却をうまく使えば、植物は氷点下でもそうそう凍らない体の構造がある。細胞の水分を取り出し、凍結による損傷を防止できる季節的な変化のようなゆっくりとした緩速変化なら、かなり耐えられる。
会話を通して位置も把握した。さすがフィナツー。
「なるほど! だが自分から限界を言う奴がどこにいる。弱点もあるだろう。急速冷却だ! もちろん逃げても無駄だ! 場所はわかった」
いかに植物が多くてもこれだけ会話すればいやでもフィナツーの位置はわかる。地面でもがいている蜂を凍結させないよう注意はする。
フィナツーも今さらながら会話で位置把握や自分の限界値を教えていたことを理解したのか、ぱたっと返事がなくなった。だが遅い。
フィナツーは動き回る分、すべてを対凍能力に回せないはず。
「冷やしてやろうかな。そこの木の周りを、もっともっとー」
ちょっと煽ってみたが無言が返ってくる。
今さら逃げられないだろう。『もっともっと』と言いながら、じっくりと温度を下げていく。だが、意外にしぶとい。いつものフィナツーなら焦って飛び出してくるもんだがどうしたものか。
距離と違って重さや温度感覚はざっくりとしかわからない。ただひたすら冷やすだけならレーザー冷却やドップラー冷却もあるが、今回はなるべく細胞を傷つけない瞬間冷凍、電磁波凍結を選んだ。
ヘリオンがすっかり見えなくなって30秒は経った。もう追いつけないがそれでも差は少しでも小さい方がいい。ためらいはない。
「シーエーエスフリージング」
最近、食材保持の練習をしたときに考え付いた瞬間冷凍の応用だ。過冷却を用いて細胞を壊さずに一気に冷凍する。これで、フィナツーは動けなくなるはずだ。
バシーーン
だが、強烈な音がした。そして、ゴテッという鈍い音。悲鳴は聞こえないが、慌てて見に行くと、半分氷ついたフィナツーが地面に横たわっていた。
足を見ると、きれいに一線スジが入っている。声が出せないのか、恨めしそうな目でこちらを見ている。
「こ、これは。樹木の裂傷、凍裂か?」
寒冷も度が過ぎると、樹木が避ける凍裂が発生したりする。温かくなると埋まって治っていくらしいが、細胞を壊さず冷凍して動きを封じるはずが、まだ未熟だったようだ。
「す、すまないな。だが、挑んできたやつが悪いと思う」
そう思うと、フィナツーの口がかすかに動いている。凍りつきはしたが、まだ多少は動けるようだ。反撃に備えつつ、口元に耳を寄せ、フィナツーの声も大きくしてみた。
「火をつけて温めてやってもいいけど、どうする?」
「フィナに言いつける……」
「おかげで後れを取ってしまった。当然の報い。しばらくそこで反省してろ」
最後の口撃を受けたが、これくらいは予想範囲。ヘリオンのことを思い出し、慌ててあとを追った。




