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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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救助の仕方 2

372



ドバン


 音と同時に少し地面が揺れた。700m先、明らかに早すぎる決壊が始まっている。


 最初こそチョロチョロと漏れ出ていた水が流れとなり、壁にしていた堰の土を含んだ茶色い水が水かさを増していく。


「あ、りんこさん!」


 有志は覚悟の上だからか、悲壮感はまったく感じられず意外に楽しそうだ。


「さぁ、始まりますね。プヨンさん、私たちのことはお構いなく、存分に試したいことをなされてください!」

「溺れたり、怪我とかは怖くないの?」

「大雨のたびにこういうことはちょくちょくあるんです。それに今日は雨の後の泥水と違って真水ですよね。なので楽勝です。訓練の結果、私たちは綺麗な水なら丸一日は水中を漂えます」


 外見は見ただけでわかるが、体格が比較的小さく、基礎代謝も小さいからだろう。以前フィナと似たような訓練をした時も、水中で丸一日、無呼吸で活動していて驚いたことがある。


 そう言えば小さい頃、密閉された箱に入れた虫が翌朝も生きていたこともあったが、手のひらに乗るサイズくらいになると、酸素消費も極端に少ないのだろう。


「そういうものなのか?」

「そうです。ですのでお気遣いなく」

「そうは言われてもなぁ。ためらいが」

「月に一度は我が家も冠水しますから、この程度は普段でもあります。今回無事に作戦が終了すれば、一年間ハチミツ風呂が可能となるのです。ずっと夢でした」


 ハチミツとは作戦終了後の報酬のことだ。冬季の食糧だろうが、フィナツーの馴染みで手に入るがこれはうまい。もっともあの粘り気で風呂に入れるのかは、はなはだ疑問だが。


 それにしても純粋な自然生活下だと自然災害にあうのもごく自然なのだろうか。街中だとそうないが、山間部だと様々な災害があり、無人地帯ではまず助けもない。人工物の中にいるとわからないが、街を離れて生きると自由の反面、何につけても自己完結になる。



 りんこさんは軽く準備運動をしていたが、緊張感が高まるにつれ、触覚をふらふらさせている。と思ったら手足6本を素早く動かして走り出した。さすが志願者、経験もあるのか行動にためらいがない。


 山の上の方で大きく水飛沫があがった。地面が震えるような音もする。間違いなく洗堀破堤が進んでいる。堰が決壊するとすぐに大量の水が押し寄せてくるだろう。


 水が漏れ始めた初期段階は晴れた日の小川程度の水量、速度も歩くより遅いくらいだが、一気に溢れ出た水の流れはずっと速い。濁流となると数倍、高低差でも加速され大型の肉食獣が走る速さになる。



 ゴゴゴと唸りが聞こえだした。この水路はもともと河川訓練用のもので、この手の濁流訓練にも使用する。水路沿いにまっすぐいくといずれ川に出て、そのまま無事キレイマスの湖に流れつける。


 距離にしてどのくらいだろう、全力で流される溺死ルートに入ると、湖まで10分とかからない。


「おぉ。なかなかの迫力だな。フィナツー、見ろよ、水がまるで壁のようだ」


 予測より早く、足元まで水がくるのもすぐだろう。危険を楽しむ余裕を見せていたくせに、急にフィナツーが焦り出した。プヨンの話を聞いていない。


「みずがー! あっちいけ、あんたたちー」


 自分達で準備したことだが、今さらながらやはり間近に迫る水にはプヨンでも恐怖を感じる。


 バンバンと地面を足で踏みつけて走るフィナツーに『水と太陽は永遠の親友』なのか尋ねたくなる。


 それでもプヨンが余裕をかましていられるのは、どうしようもない状態になったら空を飛べるからだ。いくら勢いがあっても、水は空を飛んでくることはない。


 そしてプヨン以外は空を飛べない。特に重い系植物のフィナツーはほうっておくとどこまでも沈んでいく。プヨンが気を抜くと空から落ちるし、水に落とすと底まで一直線だ。そのかわりというのか植物分類の癖に潜水能力に長けていた。


 もちろん飛んで空中への避難は最後の保険。突然の危険に対処できるかの練習である以上、飛んで逃げるのは反則だ。



 とりあえず周りの様子を確認し、水流に巻き込まれないよう進んでいく。突然背後から強い視線を感じた。


「ひゃー、もう無理だーー!」

「重い体で、よく頑張った!」

「ちょっと助け、うばっ!」


 視線が途切れるのを感じてプヨンが後ろを振り返ると、フィナツーがちょうど水に飲まれるところだった。訓練時にはあることだし、頑丈だからそのうち見つかる。問題は残りの2人だ。


 周りを探すといた。ところが残りの2人はいつのまにか流れる水面に浮いていた。


 もしかしたら、下手に巻き込まれてしまうよりは、最初から水面に移動するほうが賢いのか。


 見たところ泳ぐというよりは水面に浮かんでいる。それなりに激流のはずだが、巧みに水面に浮かび流れに乗っていた。


「そんなところで大丈夫なのか?」

「大丈夫です。私たちは流木とかの直撃さえなければ、そうそう溺れることはありません」


 プヨンが大声で呼びかけると即座に返事が返ってきた。なんだか筏で下っているようだ。会話しつつイベントが発生するのを待っているような余裕がある。プヨンも2人に倣って、水面ギリギリに浮かぶことにした。


「あ、りんこさん達、なんてうまい立ち回りなんだろう。頑張れフィナツー、追い越されたぞ」

「うわー、プヨン浮かべてー」


 フィナツーの目がそう訴えるが、明らかに早すぎる水没で、1人水底を転がっている。フィナツーの思念が時折聞こえるが、水に入ってからはほとんど聞き流していた。


 植物系フィナツーも息があがるのか、などと考えている間に予定救助ポイントにたどりついた。手違いがないように慎重にゆっくりと動くプヨン。フィナツーの訴えも尊重しつつ、今回試したいことを再認識する。


「さぁ見てろ。とっておきの解決策1,洪水は氷河だ。『グレイシア』」


「早く早く。水! 止めて!」


 フィナツーに言われるまでもなく、プヨンは激流を止めるため水を凍らせた。水は氷になると流れなくなるのはあたりまえ。対処方法としては真っ先に思い浮かぶが、膨大なエネルギーがいるため、本格的にやるのは初めてだ。


 脳内シミュレーションでは先端部の水が凍って壁になり、即席の堤防ができて解決するとの結論になっていた。


「な、なんでだー! 水が止まらない」

「なんでよー」


 プヨンの声にフィナツーと2人からお怒りを感じる。


 できたと思っていたが、出力が弱すぎたか。それとも流れながらというのが問題なのか、氷はまとまらずに水に浮いて壁にならない。濁流から氷塊を浮かべた濁流になり、危険度だけが上がる。


 もう一度、ほぼ全力でやった結果、氷塊が大きくなった。この方法では生き残った者を、この氷が確実に仕留めていくだろう。


「大丈夫だ。このくらいは想定内だ。任せておけ」


 流氷になったのは、水より軽い氷が浮かんでしまったからだ。改良を加え次は底から凍らせたが、水面が少し盛りあがっただけ。下層が凍りついたのはいいが、水はただ氷の上を流れていた。


「おぉ。水め。フィナツー無事か?」


 底で凍りついていないか心配だったが、便りがないのは良い知らせ、フィナツーは無事なのだろう。十分凍らせたつもりだったが、短時間あたりのエネルギー移動量はまだまだ足りないようだ。


「アイデアもタイミングも悪いのよ。おまぬけー。いつも通りのおまぬけだから仕方ないけど! いつも通りの! たまにはちゃんとやって」

「むっ。今日は火が使えないからと言いたい放題。永遠に氷漬けにしてやろうか」


 いつもを2回言ったフィナツー、ここぞとばかりに何のメリットもないメンタル攻撃を仕掛けてくる。    

 

 だが、フィナツーの思念に答えながら、次の手を考える。次の手は民間人救助の代わりに、身内の尊い犠牲が出る方法だ。トロッコ問題に通じるジレンマがあったが、フィナツーの発言が決断を促した。


 速やかに方針を変更する。やはり一般志願者の救助が最優先だ。


「どこだ? あ、りんこさん! まだ泳げるのか?」


 プヨンが視線を送ると、こちらを見ながらまだいけるとのうなずきが返る。手足を複数動かし、サーフィンのように水を乗りこなしていて見事だ。さすが危険依頼に志願してくるだけのことはある。


「こちらにはお構いなく。私たちは体表で呼吸できますので」

「なぁんと? 皮膚呼吸ができるんだ?」


 そうだとうなずく2人。いろんな生き物がいるが、皮膚呼吸持ちとは。プヨンにはできないが、火傷や万が一の呼吸異常時に使えれば、呼吸器がやられたときの保険となる。学ぶべきことは多い。


 うまく切り抜けていく2人と違い、フィナツーは水の中で回転していた。粘りが足りない。


 フィナツーは溺れないため、あまり助ける気がないプヨンに気づいたフィナツーの心の叫びが聞こえた。


「フィナに言うよ。はやくはやく、たすけてー」


 仕方ない、3度目の正直、さすがに手加減せず最終形態の防水壁として、出力最大で一気に凍結させる。もちろんフィナツーも水面に浮かべてやる。


「壁厚薄いよ。何やってんの!」

「うるさい、フィナツー静かに。水面の2人を見ならえ!」


 感謝の気持ちが足りないフィナツー。自力で華麗に水面に浮かぶ2人からもっと学んでほしい。


 言われるまでもなく壁厚はそれなりに確保する。氷壁のもとになる水は十分にあるが、水1㎏を氷にするだけでも火球数十発、ちょっとした爆発並みのエネルギーが必要になる。水をせき止めるために必要な氷壁は何リットルいるだろうか。


「リックディアイス」


 瞬間冷凍大容量版だ。大量のエネルギーが一瞬で体を通り抜けていき、特有のほてりを感じる。


「ほら見ろ。間に合った」

「あぁ、さすが!」


 水音はするが水路の幅に氷の壁ができ、水流を何とか堰き止められそうだが、まだ甘かった。壁が動く。


「あっ。フィナツー。危ない」


 バタンッ、ゴー


 大きな板氷の隙間から水漏れする。壁にかかる水圧に負けて氷壁が倒れてきた。パイピング現象だ。


「あ、圧死魔ーが。死ぬでしょー」

「うるさい。しずめーい!」

「うぼぉ」


 うるさいフィナツーは水底に沈め、流されないように配慮する。さらに氷をしっかりとした台形型構造とし、なんとか水をせき止めることに成功した。30秒経過、水の流れは今度こそ停止する。


「プヨーン!」


「なぜ出てくる?」


 水底からフィナツーがふわふわと浮かび上がってきたと思ったら、突然飛んでくるのが見えた。


「流木アタック!」


 水流で勢いをつけたフィナツーが突っ込んでた。全体重を乗せた踵が顎にあたり、きつい一撃を喰らう。


「な、なぜだ?」

「置いて逃げたでしょ。ゆるせーん」

「しっかり沈んでて」

「いやじゃ。道連れにしちゃる」


ガスッ、バシャン

 

 ぐっ。全フィナツーの体重を乗せた重い一撃で、水面に落下する。たしかに災害時に敵の攻撃がないという保証はない。これは完全にプヨンの油断だ。おまけにプヨンもフィナツーの犠牲の上に民間人を助けようとした。一発受けることに文句は言えなかった。


 とりあえず氷壁で作った人工のダムができている。その水面上にプヨン達4人はいた。プヨンは考えていた。たしかに災害時に災害のことだけを考えられるのは運がいい場合だけ。先ほどのフィナツーのように、こういうときに何かが襲い掛かってくることはありえる。


 洪水対策も他の方法も考えた。


 水を気化させるのはエネルギーとしてはなんとかなるが、空中に含める量に限度があるし、生物の水分を残して濁流だけ選別するのは難易度が高いかもしれない。それになんとなく安易すぎる気がする。


 電気分解で水素と酸素に分ける方法も考えたが、こういう場合も分解後の火災や爆発を避けるための火気厳禁の徹底でうっかり爆発を避けたい。


 この氷壁による防水堤も、いずれ氷が融けると再度決壊する。上手に水抜きをしながら安全に排水していかないといけないと思った。


 そう思うと、水中を黒い影が動くのが見えた。たしか、この水は臨時にプヨンが湿気をかき集めて作った水だから、水中には何もいないはずだ。参加の4人はすでに水面にいる。


「あ、りんこさん、水中に何かいるぞ。気を付けて」


 そのまま影は水面のありんこさん達に向かっていく。プヨンの声に気付き、りんこさんは慌てて移動する。咄嗟に位置をずらして移動した。そこから飛び出したのは魚だ。50㎝くらいか。プヨン達はさすがに食べられないが、キレイマスには『カンデイル』などの危険魚もいる。


「フィナツー、気を付けろ。なぜか魚がいるぞ。」

「あぁ、私が招待したの。大型肉食魚の無胃魚よ。悪食で有名だけど、ほら、ふつうの湖なら魚くらいいるでしょ?」


 得意げなフィナツー、実戦を想定したつもりなのだろうか。


「え? あの2人は知ってるのか? 食われないのか?」

「え? それは、えっと」


 あっという顔をするフィナツー。明らかに後先考えていない。


「そもそも、この後魚はどうするつもりなんだ?」

「あ、それは大丈夫。このまま流れていったら、元いたキレイマスの湖に戻れるから」


 バシッ


「あいた!」


 戻れるからではない。仮想敵を作るのはいいが、実際にそれで食われたらさすがに助けられない。しかもその魚が一応知り合いだというのなら、下手に攻撃することもできない。


 水に流されながら波間を華麗にサーフィンしている2人の蟻が見えた。


 プヨンは全員水面上にいることを確認し、水中機雷を爆発させる。分解した水に火をつけるだけの簡単なものだが、そこかしらに気泡が噴き出してきた。


 バブルパルス、水中で発生した爆発は空中爆発の何倍もの威力がある。間もなく水面に気絶した魚が数匹浮かび上がってきた。


 2匹ありはかわす自信でもあったのか、そう怒っている風でもなかったが、それを見てぷいっと目を逸らすフィナツー。


 厳しい視線を送った。


「もうちょっと頭を使え。脳みそがあるかは知らないが」

「むむむぅ、がんばったのにーゆるせーん。今度絶対何かしてやる」

「何かってなんだよ?」

「プヨンがえ〜んって泣くようなことよ」


 フィナツーはまったく反省してなかった。

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