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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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救助の仕方

371

 翌日、とうとうプヨンも声がかかって、面談に呼び出された。なぜか全員面談場所は救護室だ。メンタル相談や健康診断でもあるのか、そう思っていると血のついた白衣を着たチヂムーン教官=ノビターンが現れ、そのまま連行されることになった。


 救護室に入ると、こちらは1人に対して教官側は3人。とりあえず名前を申告する。なぜか新入りのはずのノビターンが、すっかりありふれた教官として受け入れられている。


 そんなものなのか。だが、そんなことよりノビターンの着ている血のついた白衣が気になった。おまけに拘束具がついた寝台や椅子まである。


「ま、まさか、面談ではなく尋問訓練だったりか?」

「まあ、そう緊張しないでください。さて、なんだと思いますか?」


 チヂムーン=ノビターンは髪型が短く変わっていた。それに加えて頬もかなりふっくらとして血色も良くなっている。


 さっと観察した限り、性格がきつそうな様子からずいぶん穏やかな顔立ちになっている。ぱっと見ただけでは、以前と比べ別人に見えるくらい優しい雰囲気だ。


「そこでお縛りください。途中退席は認めません。今日はきっちりやりますよ。もちろん痛くても痒くても容赦しません」


 そう言われた先の椅子はごく普通の歯の診療椅子だ。手足を拘束するものも見える。脅された気がしたが、おそらく戯れ、虫歯があると治療なのだろうが虫歯はない。


「なるほど、出征前に歯科検診ですね。現地に歯医者はありませんから」


 少し安心したが、ノビターンが持つ金属の皿を見た瞬間動けなくなった。急激に心臓の鼓動が強くなる。


 皿の上には小指の爪程度の白いものがいくつか見えた。おまけに赤い斑点がある。


「そ、それは? 歯、人の歯ですか?」

「よく分かりましたね。そう、これは人の歯ですよ。虫歯はありますか?」

 

 そう言うとノビターンはカチカチとペンチを鳴らす。鳥肌が立った。やはり尋問訓練なのか? 治療ができる場合の尋問は苛烈だ。


「じゃあ始めようか」


 気が気ではないプヨンだが、端の男性教官の声で面接が始まった。


「最初に聞こう。虫歯はあるかね?」


 ブンブンと首を横に振る。何回抜かれるのだろうか。だがプヨンの不安をよそに、にこやかな教官達。面談は和やかに進む。


 現地での苦労話を交えながら、課外活動での注意点や心理的なストレスの対応方法、休息の取り方などの対応方法をアドバイスされた。


 プヨンも雰囲気に慣れ、気づいたら後5分で予定時間だ。結局白いものはなんだったのか。


「じゃあ最後に質問はありませんか?」

「ありません」

「では、始めましょうか」

 

 そういうと座っている椅子の金具がカチリと音がして閉じた。やっぱりあるのか。ノビターンは立ち上がってこちらにきた。


 歯はあるのか? やっぱりあるのか? プヨンの不安とノビターンの笑顔はちょうど相殺され、雰囲気はあまり変わらない。


 口を開けたがなんのためかよくわからない。


「ガリガリガリガリ。痛いのはここですかー?」


 完全に遊んでいるが緊急事態だ。最適解を探すが、いい方法がない。


 隙を見てポケットに巨大虫でも入れてやろうかと思ったが、事前の用意も援軍もなさそうだ。自分自身の先読み能力不足を痛感する。


「作戦中にお医者さんはありませんよー。盲腸も麻酔なしですよー。抜いちゃう練習しちゃいますか? 無麻酔手術もオプションでありますよ?」


 さっと血の気が引く。


 やっぱりやるのか? 噂に聞くが通称捕虜訓練。


 正規軍ならいいが、現場にはならず者もいる。危険生物に食われることもある。度胸試しと慣れのためもあると聞く。


 なまじ治療できることで、苦痛が長引くところが悩ましいところだ。


「何をするつもりで? もしかして喜んでますか?」

「これは仕事です。指示に従ってください!」


 念のため聞くがおそらく避けられない。これは確認だ。心拍を数えられて動揺や不安を悟られないように、落ち着いてゆっくりと話す。


 そう思っていると、真横から何かのカケラが飛んでくるのに気づいた。反射的に受け取めると、パシっと音がした。


 もちろん戦闘訓練時は砲弾や武器もあるから手を硬質化している。そうそう貫通することはないが思ったより小さく、威力もなかった。


「素晴らしい。ちゃんと受け取れましたね。それを取り付けてください。1人でできないようなら、もちろんお手伝いします」

「取り付ける?」


 カチカチとペンチをならすノビターン。プヨンが手を開くと、白いものが1つ、何やら差し歯のように見えた。その表面に数字が書いてある。


「それは死体識別証だ。たとえバラバラになっても俺が責任をもって番号を確認してやる。お前の番号は『N00bbb』だ。1本だと無くすかもしれないから、不安なら歯はどこでも何本つけてもいいぞ」


 番号の刻んでいない差し歯をジャラジャラさせながら、にやにやする教官。


「……この番号は、偶然ですか?」


 ちゃんと滅菌処理はしているのだろうか。つまみながら、ジロジロとチェックする。紫外線でこの部屋ごと殺菌してやりたいくらいだ。


 きっと前の生徒は無理矢理差し歯に交換となったのだろう。未熟だと仕方ない。だがこの番号は刻まないといけないのはわかった。面倒だが印字(刻印)は受け入れざるを得ない。


 横を向き、口をいーっと横に開くと前歯が出る。


 パパッ


 レーザー印字は得意だ。木片で散々練習した。一瞬光っただけで、すみやかに印字を完了した。


「できました。ばっちり」


 自慢でもなく、かといってこれ以上面倒なことは終わらせたいと淡々と話す。『な、なんだと』といきりたつ教官だが、チヂムーン=ノビターンは最初はつまらなさそうな顔をしていたが、すぐに気がつきニコッと微笑んでゆっくり楽しむように告げた。


「新米さん。鏡に映してみなさいな」


 そう言われても当然慌てない。落ち着いて鏡を見ると見えている文字は、『ddd00И』。慌てた。印字がおかしい。


「は、歯の治療って全員してるんですか?」

「そうです。誰しも虫歯の1本や2本あるので、さぁやはり仕方ありませんね。特別な麻酔もありますよ。ふっふっふ」


 ノビターン、いつもと違う。これが素なのか。もしや、歯の治療をできると思ってたが、プヨンが印字したことで逆恨みなのか。


「麻酔って? 怪しげな薬とか?」

「実はもっと痛いもので小さな痛みを消す方法があるのです」

「俺だよ。俺が麻酔係だ。この拳で腹に一発ドカンとやると麻酔が効くんだよ。さあ、遠慮なく受けてくれ。目が覚めたら終わってるから」


 音もなく席から立ち、ガチガチ筋肉強化系のムスケル教官だ。太い腕をブンブン振り回しながら近づいてくる。2人ともすごく嬉しそうだ。


「さあさあ、痛いのは最初だけですよ」


 定番の言葉、ノビターンにはいつか仕返しするとして、みんな同じことをされたのだろうか。


 ここは横並びで何をされたのか体験学習をするか、ささっと対処して痛い思いを回避するのか悩む。


 ゆっくり考える時間がないが、やはりプヨンはなんとなく期待を裏切りたくなる。

 

「ま、待ってください。心の準備が……、30秒時間をください。やっぱり1分」


 口を閉じたまま、ぐっと歯を食いしばる。そして引き抜く。ここから稼いだ時間を使って再生だ。『アイピーエス』なら、自己細胞で歯を再生させるだけ、時間との戦いだが、やることは単純だ。口の中が少し光る。


 「にっ。できました」


 ノビターンの笑顔に対抗するべくにっこり笑顔で番号を見せる。なんという嫌そうな顔だろう。だが何度も調べられたが問題はない。渋々OKとなった。


 睨みつけるほどでもないが、じっとこちらを見るノビターンに最上級の笑顔、その他の教官にもそれなりの笑顔で可能な限り優雅に退室すると、それまで大人しかったフィナツーが声をかけてきた。


「プヨン、前から頼まれてた危険作業の志願者が見つかったわよ。今からなら、手伝うって」


「え? 本当か? 絶対見つからないと思っていたが、そんなむぼー、いや、勇気のある方がおられるとは……」


「もちろん、報酬ははずんでもらうそうよ。食料10年分、対応できるならだけど?」


「じゅ、10年? そんな量いっぺんに運べないぞ。分割でもいいのか? でも、まずは交渉だ。すぐに案内してくれ」


 『こっちよ』というフィナツーに案内されていく。旧校舎、演習場を抜け、砂地演習用の広大砂丘にたどり着いた。


 プヨンは以前から自然災害を想定した模擬演習を試したかったがなかなか機会がなかった。実際の自然災害の応援に駆り出されることはあったが、発生後の救助活動が大半で、本当の意味での危険作業の経験はない。


 それなりに命の危険もあり、現実的な救助役の都合がつかなかった。それが急に受諾者が現れたらしい。それを承知で引き受けるとはスタントマンタイプなのだろうか。勇敢なタイプなのか、それとも後先考えない、無謀なタイプなのか興味が出た。


「あ、りんこさん。お待たせ」


 砂丘地帯に入ってすぐフィナツーが呼びかけた。とっても小柄で華奢な感じで、よくわからないがどうやら女性のようだ。頭を下げたあとは言葉もなく見ているだけのプヨンに、フィナツーは今回の内容と成功報酬について手短に確認していく。


「最後にもう一回確認するわ。洪水訓練するんだけど、絶対怪我はさせないからね。命懸けだけど安心してね」


 フィナツーにはどっちだと後で突っ込むが、黙って聞いていると交渉はすぐにうまくまとまったようだ。


「プヨン、洪水OKよ。土山の上に水を溜めて、簡易の土石流を作りましょう。プヨンは逃げ遅れた彼女を助ける前提で好きに試して」


「わかった。じゃあ今から簡易の山を作って水を溜めておかないとな」


 急にやることが決まり慌ただしくなった。



 翌日、といっても早朝の東雲、薄明かりのなかだ。就寝前の点呼後から、ひたすら模擬災害の準備をしていた。この砂丘のはずれは夜間は人がこないし、見廻ルートからも死角になっていた。


 砂丘の端の方にはもとから高さ50mほどの訓練用の土山があった。これを利用し、夜の間に山上に十分な水を蓄えた。土山といえど砂場の遊びの山とは違い、直径は100mくらいはある。山上湖には大きなプール数杯分の水を貯めることができた。

 

 水を貯めるにもそこそこ時間をかけ、地中がカラカラにならないように、地面のかなり深いところや広範囲の大気から少しずつ集めてある。


 堰を切れば結構な濁流になるはずだ。この激流をなんとか制御して逃げ切り、危機を切り抜ける模擬をするつもりだ。



 軽く見回ると動く影に気がついた。フィナツーも気づいたようだ。


「あ、りんこさん、早いですね。緊張してますか?」


 約束の時間の15分前、かなり余裕のある時間だが、よく見ると後ろにもう1人いる。ひとまわり小さいということは、まだ大人になりきれていないようだ。


「あ、リコ。こちらにきて。こちらは娘です。フィナツーさんに避難者は多い方がいいと言われまして。2人分でお願いします。


 むむっと声が出た。想定外だ。


 大変だとは思うが、ここは好機と取る。さすがに1人では現実に比べて楽すぎると思っていたところだ。

 

 料理なら1人も2人も大して手間は変わらないが、救助となると集中して対応できる1人と違い、同時に2人を確実に助けるためには、負荷は2倍以上になる。いい経験になりそうだ。有志の協力者を尊重すべきと思えた。


 プヨン達は即席の水路に降り立ち、初期位置に向かって歩き出した。位置に着いたら一気に水を流すつもりだ。


 ドバッ


 予定のスタート位置に着く前に突然水が溢れ出すのが見えた。


「え? もうスタート? プヨン?」


 フィナツーはプヨンが手はず通り進めていると思っているのか、特に慌てた様子ではなかったが、プヨンの顔を見て、水止めの堰が切れたのが手違いだと悟る。


「ダッシュ。だーっしゅ。あ、りんこさんも走って。あとはプヨンに任せて走るのよ!」


 もちろん慌てるフィナツーだが、水路の壁をよじ登ったり、空中に避難したりはしない。あくまで土石流に襲われる生き物として行動する。唐突に訓練が始まった。

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