手合わせの仕方 2
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ヘリオンが瓶を掴み、ふたを開けようとすると、それを確認したユコナの指示が飛んだ。
「それをぶちまけるのよ。その教官の姿は偽物だから!」
「え? 偽物?」
ヘリオンはユコナの言う意味を理解して驚いているが、ノビターンも驚いた。動きが鈍る。なぜ擬態がばれたのか。
そう思う気持ちと同時に、外見偽装は誰もが大なり小なり使う基本でもある。ただのはったりで動揺を狙っているだけ、まだ確信はないんじゃないかとの気持ちもある。ここは下手に反応しないで静観する。
バシャ
余計なことを考えていて動きが単調になったところに、足元に石を投げつけられた。思わず避けたのはフェイント、そこを読まれてしまった。ノビターンが不手際に気付いた瞬間、ヘリオンが瓶の中身をぶちまけた。飛び散ったインクがノビターンの服にかかる。
「え? これは? 何か危険な薬品?」
一瞬危険なものかと思ったが、何も臭いを感じず皮膚に痛みもない。もちろんインクはノビターンを含めて振りまかれ、振りまいた本人にも付着している。プヨンが以前作った蒼玉の剣に近い、真っ青な深く濃いインクが服についただけだ。だからどうしたというのか。そう思ったが、あちらにも何らかの意図があるのは間違いない。
「ほら、見なさい! 青の鮮やかさが足りないわ。インクの色がくすんだ青しか出ていない。鮮やかな青は出しにくいと、信頼できる筋からの情報があるわ。ヘリオン、あれは擬態よ!」
「ナイスだ、ユコナ! じゃぁ、本当の姿はぶさいくなのか?」
「そうよ。動かないでしょ。きっと渋さが消えて、重くて鈍いおデブがでるわ!」
「プヨンは信頼できる筋でいいのか? それでこのあとどうすればいいんだ?」
一瞬動きが止まったユコナだったが、この問いは想定していたのか切り返しは早かった。
「え? 真の姿を出してあげたんだから、あとは実力で!」
「なんという無能! それじゃ意味がないだろ! 結局打つ手がないじゃないか!」
「ヘリオン、無能っていうな!」
ヘリオン達の擦り付け合いを聞きながらノビターンも慌てていた。確かに青は視覚的に明るさが出にくく、エネルギーは多くいる。特に色域を広げるには彩度の高い青が必要だが、この色が出しにくいことはわかっていた。見破り方法で色を突かれるとは。他にも汚れや破れを再現しにくいといった方法もある。
2週間の潜伏期間も乗り越え、せっかく足跡を消して身を隠せる状態になった。にもかかわらず、ここで本来の姿を出すのは骨折り損になりそうだが、こうもばれてしまっては意味がない。どうせ教官達には知られているし、出歩くときはこっそり違う姿に変えておけば何とかなる気がする。
やむを得ない。
「え? えぇえー-、女装趣味のデブオヤジ教官じゃない? 女?」
ノビターンが擬態を解くと、ユコナもヘリオンも完全に固まった。武闘も兼ねる教官に動きの鈍いものはいないはずだが、強いショックを受け精神が相当混乱している。その向こうでは、プヨンの目もまん丸だ。精神範囲魔法効果のせいか、サッカードを使っていないにも関わらず全員の動きが完全動作停止になっていた。
好機と汲み取ったノビターンは、ここで電池を出し惜しみせず最大限の威力を出すことにした。予測していたであろうオヤジ姿から、予想外の美女を際立たせてギャップを強く印象付ける。ついでに今後の好印象を残して立ち位置を有利にする方が良い。
とは言っても打ち負かされたら意味はない。ノビターンは目立たないようにしつつ、雑に扱われることも避けるべく、目の前の2人を速やかに対処する。
プヨンは何が起こったかわかっていなかった。『おっ』という声を出したあと自分の動作が固まっていることに気付くまで少し時間がかかったはずだ。こんなところで意識が飛ぶのは受け入れられないが、ようやく動作停止から復帰できた。
どのくらい固まっていたのだろうか。男性中年教官の偽装が解かれ、ノビターンの姿を確認してから数秒程度のはずと思っていたが、見るとヘリオンは完全に大地と抱擁しており、少し離れてユコナも倒れていた。そして本来は模擬戦をサポートするはずの指導員までも、見た限りは固まっている。
目の前の男性教官の擬態には随分前から気付いていたが、この程度は単なる教官の嗜み程度と思っていた。
これがもしこちらを試すつもりで周りも攻撃したり、このタイミングで流れ弾がきていたら完全にやられていただろう。当然、実戦なら首と胴が離れている。
周りに目配せしてみたが、サラリスでさえ首を横に振る。全員何が起こったのか見ていなかったようだ。
「おい。寝たふりしてるのか? そのままじゃやられるぞ?」
「スカート捲れてて下着見えそうですよ?」
「お? この教官めっちゃ綺麗な先生じゃないか?」
ユコナやヘリオンに対し眠気を払う覚醒魔法を駆使してみた。この程度の支援はグレーゾーンのはずだが、2人とも深い眠りに落ち反応がまったくない。目を凝らすとヘリオンの頭のたんこぶが大きく急成長していく。
「うふふー完全に私の『コンブターン』が決まりました」
声も偽装していたのか、先ほどと違う声色でノビターンの勝利宣言が出た。
一息ついたノビターンは、次の対戦相手をビシッと指さす。その先にいるのはみんな腫れ物に触るように扱っているニベロだ。
「さぁ、最後はあなたですよ。姿を見られたからには生かしてはおけません」
「え? それはさすがにご冗談を」
本当に命を奪うとは誰も思っていないが、煽り文句のつもりなのか、そう宣言したノビターンは3人目の対戦相手に突っ込んでいった。
ヘリオンの話では為政者の血縁にもかかわらず、ニベロは後ろ盾がない。そのせいもあって厄介払いされたと言うことだが、生来のものでもあるのか、それとも微妙な立場がそうさせたのか、自主性がなくひ弱でもあった。
「あっ。待てっ。見境なく動くな!」
周りからの声援の1つが聞こえたが、ノビターンはニベロへのアドバイスと取ったらしい。
「そうよ。動かないで。じっとしてなさい。そうしたらすぐ終わります」
さらに突撃するノビターン。この勢いは突っ込みすぎで危険だ。普段はニベロには誰もここまで仕掛けない。
「ニベロ、危ない! 避けろ!」
周りからも声がする。だが、ヘビの前のカエル状態のニベロは避ける気配がない。だが、ここで「ニベロ危ない」の声に反応してヘリオンが飛び起きてきた。
ヘリオンにもっとも効果のある覚醒呪文はこっちだったか。それが頭によぎったプヨンは一歩動きが遅れ、その結果ニベロが炎に包まれた。
「うわーうわー」
ニベロの叫びに我に返ったプヨンが駆け寄ろうとしたが、ヘリオンは一瞬で状況を確認したあと、プヨンとニベロの間に入り込み。なぜかニベロを助けるプヨンの動きを邪魔してくる。
「待った。面白そうだ。たまにはこういう試練も必要だ!」
「試練? お、おい。助けるんじゃないのか? いいのかそれ!」
「そうだ。自力でなんとかさせるべきじゃないか?」
「え? どういうこと?」
ヘリオンがプヨンの肩を掴む。たしかにニベロに本気で仕掛けるものは今までほとんどいなかった。本当の敵でも味方が守ってきただろう。そういう攻撃の機会がなかったということなのか。
「いいのか?」
「あぁ、こんな機会そうそうない。ガッツリやらそう」
だが、ヘリオンの意向はプヨンにしか伝わっておらず、サポートの教官は全力で止めに入っていく。
「お待ちください。それ以上は、ダメです!」
「え? ダメ? 何がダメなのです?」
「最初に言ったはずです。特殊な事情がある件を」
軽い火球のつもりが、周りが慌てふためくことにノビターン自身も驚いていた。何か聞いていた記憶がない。思い出そうとしたタイミングで制御が乱れた。ノビターンがハッと気づいたがすでに遅い。
ゴンっ
ニベロは体にまとわりついた炎は消したようだが、直後に背後を襲った氷塊が頭を直撃した。そのまま地面を転がり、倒れ込んだ。
ニベロは動かない。ニベロに駆け寄ったヘリオンだが、あれは適当に傷を診たふりをしているのがわかる。
「し、死んでる」
「え? 待って! そんなはずは?」
ノビターンが慌てだしきょろきょろと周囲を伺う。あきらかに動揺している。プヨンと目があったが、そのまま無視された。重症だ。ちょっと見ればニベロの呼吸音が聞こえるだろうに、そんなことも見れていないようだ。仕方ない。プヨンはノビターンの気持ちを落ち着かせるため、あえて聞こえるように声に出してヘリオンに話しかけた。
「やってしまいましたね。あれはやばいな。ヘリオンどうかな」
「うん。見事な大打撃。ここまでの痛撃を受けたニベロは今までみたことがないかも」
「あーあ。どうなるんでしょうね。」
動揺を煽る。ノビターンがどうふるまうか、動きを見てみたくなったのか、ヘリオンも合わせてくる。
「やりすぎてはダメだと言ったでしょう」
サポートの教官の声も聞こえた。
もっともプヨンの見る限り、ノビターンは慌てているが、本心はよくわからない。逃げ出してどうなるわけでもないが、妙に落ち着いている。
「え? えぇっ? そんなはずわ?」
本当に致命傷を与えたと思っているのだろうか。一瞬焦りの表情が見えた。膝が震える。と思ったらすぐに立ち直った。
むしろ、不適な笑みさえ浮かべている。
逆にそこまでいくと本当はわかった上でしているようにも見える。よく見ると笑みを浮かべているようにも見える。
プヨンは対面であるヘリオンやニベロがどう追い込みをかけるか様子を見る。ノビターンがどうするのか見ていると、急に動きのパターンが変わった。
「ニ、ニベロ様? ま、まずい。じ、人工呼吸、蘇生、蘇生だ」
補佐官の1人が狼狽えているが、それをノビターンは速やかに静止させる。
「狼狽はよしなさい。緊急試験です。そこのもの、臨時課題を与えます。至急状況確認して、対応すべし!」
ノビターンの指先を見る。プヨンに向いている。背後にマウアーがいるかもしれないと振り返ったが、誰も姿は見えなかった。
「おい、マ、あれっ」
マウアーは危機回避能力が高い。
「戦場では一瞬が命取りになるぞ!」
マウアーの目がそう語っている。退路を確保していたつもりが退路を断たれ、プヨンは焦る。戦術上の立ち位置が最悪だ。これでは誰に押し付けるわけにもいかない。
この手の突然命令は対応時間も審査対象になる。現場での緊急時に右往左往するようでは評価も上がらない。ベストではなくても時間が勝負の場合もある。
しかも立場を悪用して、ノビターンは威圧的だが、治せではなく診ろと言うだけなら拒めない。即指示違反する理由もない。
「了解。速やかに対応します!」
『速やかに』が大事だ。3回繰り返して強調し、すぐに確認に向かった。
ニベロはひっくり返っているが、ノビターンの火球を食らっただけ。熱気を吸い込んだかもしれないが、呼吸もできている。
「問題ないようです。軽く熱傷がある程度」
「そうですか。応急手当も試験範囲内です」
チラッとノビターンを見た。仮に負傷していても治させる気だろう。やり返したい。いじめたい。でも面前で教官には手を出せない、ニベロにも手を出せない。
そんなにたっぷりと報復したくないが、ちょうどいいう妙案はないか。見るとヘリオンがいた。ヘリオンは目に見えるたんこぶがある。
ボヒュッ
「えぇぇ!?」
ヘリオンのたんこぶが爆発した。たまっていた血が飛び散る。まるでヘリオンの頭が砕け散ったように見えるが、水分の一部を沸騰させた、ただの気化爆発だ。もちろん血抜きの後は速やかに治療する。この方が治りが早い。
さすがにこれにはノビターンも周りの生徒も慌てたようだ。ノビターンの動きを一時的に封じ、さっきの動き封じのお返しができて満足だ。可能な限り爽やかに微笑み返してみた。
ノビターンに気持ちが届いたかと思ってチラッと見ると、ノビターンの視線の先にはニベロがいた。意識が戻ったらしい。ニベロは体のあちこちを確認し、怪我も大したことはなくすでに大半が治療済みだと理解した。そして一通り周りも見て無事な状況を理解すると大声で叫び出した。
「な、なんて素晴らしい。これが火球を食らうということか!」
「???」
周りは何だという顔をしているが、ニベロはお構いなしに続ける。
「教官、俺の顔を本気で焼いたのはあなたが初めてです! いつも顔の前で消え、熱風ばかりだったが今回は違う。
「これが熱さ故の、焼け跡か」
もうほぼ治っているはずだが、ニベロはよほど気に入ったのか。
「これからもビシビシお願いします」
ニベロは今までずっと手加減されていたのか、プヨンでもその気持ちはわかる。今すぐにでも抱きつかれそうな勢いだ。皆が見つめる中、ノビターンは大いに戸惑っていた。




