手合わせの仕方
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あれから2週間は何事もなく過ぎた。
そんなある日の平日午前2時、今日のプヨンは墓場シフトの歩哨中だが、上空を横切るものを感じた。ただしかなり小さい。うっかりすると見落としていた。すぐに追跡飛行に入る。
けっこう反応が小さく、移動は速くはないがかなり高度が高い。全力で飛ばしたが、7、8秒ほどかかってしまった。
「誰か? 誰か?」
3000m上空、相手の進路を予想して先回りし、なんとか追いついた。上空は風が強く、大声で呼び止めないと聞こえない。連続3回誰何する。これで不審者に発砲できる。
「誰か? そこにいる者、止まらないと撃ち落とすよ?」
「ぬお。お。わ、私が追いつかれるとは。うぅ、なぜ見つかったのですか?」
「普通はこの距離じゃ無理だけど、大きなエネルギーの移動を感じた。何を運んでいるんだ? 何か溢れてるようにも見えるけど?」
「と思ったらプヨン殿。ここで気づかれたのは初めてですぞ。さすがですな。実は場所を探しておりまして」
上空侵犯の犯人はノミだった。どこかに向かっているというよりは、下を見ながらふらふらと蛇行している。ここから地上が見えるのだろうか。
「場所? 何の場所を探してるの?」
「はい。実は輸送任務中でして。補給物資投下ポイントがないかと。ノビターン様に以前依頼されまして」
「補給? そう言えば、先日は無事ノビターンだったかを連れて戻れたのかい?」
プヨンがそう言うとノミは涙ぐんでしまった。
「無事ではありませんでした。聞いてください! 事実を! 色々とありまして。お助けしたのにご乱行が。ノビターン様があんなに暴れ回るとは」
「そうなのか。色々あったんだな」
プヨンは一応そう言ったが、そうなるのも仕方ないとも思う。ノミの言動ならさらに煽った可能性も高い。後先考えずに片方を強引に連れて帰っているのだ。反動が出て当たり前だが、それも理解した上で黙って聞いてやった。
物忘れが多いといっていたが、ノミの記憶はしっかりしていた。
「あれからノビターン様を探しているのですが、見つからないのです。今頃きっとお腹も電池も頭も空っぽのはず」
「そうか。頭空っぽは大変だな」
ここぞとばかりに付け足している気もするが相槌だけだ。
「予定では今日ここで交換バッテリーを持参して渡す予定だったのです。本来は手渡しが必須でして、ここに投下して万が一流出してしまうと、厳しい管理規則もあり後始末が大変なんです」
そう言われて見ると、ノミの小脇には鉄缶、円筒形の茶筒か水筒のようなものが抱えられている。大きな乾電池にも見えなくはない。プヨンが缶を見ていることにノミも気づいたようだ。
「そうです。これはマリブラと呼ばれています。今は最高濃度に魔力を貯めているのですが、扱いには気をつけないといけません」
「これに魔力? 意志の力を貯めることができるんだ? どのくらい貯まるの?」
「人によりますかな。ゴム風船に空気を入れるようなものです。最初は楽に入るが内圧が上がるにつれて入りにくくなり、やがて限界を迎えます。聞くとこれは最もたくさん入る最高級品だそうです」
「破裂したりしないの?」
「そんなのは見たことないですなー。中に溜まるといっても入れ物が破裂するのとは違うそうです。いやプヨン殿なら壊せるかも。ここの上下を手で挟んで、お祈りを捧げるように、回復魔法や睡眠導入をする容量で」
教会で礼拝してミメモム草の薬瓶を満たすような要領か。試しにと受け取って見よう見まねで入れて見る。
薬瓶程度なら瞬きする間だが、1分間全力で意志を注いでみた。それでもまだ入り続ける。プヨンが試した限り全て吸い込まれてしまったようだ。
ふーふー
風呂桶いっぱいの水を作りきる以上の疲労感がある。ここまで疲れたのはちょっと経験がない。さらに追い込んでみたが、息が切れ足がふらつき、へたり込んでしまった。マリブラ恐るべし。限界だ。
「むむぅ、破裂させてやろうと思ったがなぁ。予想より入るんだな」
「そうですよ。絶対安全を売りにしているのです。釘を刺しても安全ですよ」
ノミはなぜか得意げだ。よくよく考えれば、思いを強くすると言っても実際に強くするのは難しい。ノミは壊せるものなら壊してみろと言ってるようにも見えるが、もうひと頑張りしてみても思ったほど抵抗なく入る。
なんとなく悔しいが、致し方ない。
「こ、今回はこのくらいにしておこう」
「そうだ。もしノビターン様にあったら、これを渡してください」
そう言うとノミは鉄缶を手渡してきた。ノビターンはこの缶から常時、力を引き出しているのか。ずるいとも思うが、溜めの感じられない使い方に合点がいった。
ただ、プヨンにも引き出せるのかと言うと、今ちょっと触りはしたがよくわからない。今まではチラ見程度だけで、直接触るのは初めてだ。
これは色々調べがいがあり、引き受けることにする。
ほのかに温かい。自然に漏れているのか、ゆっくりと溢れて出ている何かを感じる。これがノミに気づいた理由の一つかもしれない。
「わかった、任せて」
そう言うとノミは頼みましたよーと言いながら戻っていった。
今日は月1の定期朝礼日、少し大きな連絡などがある。ほぼ全員が訓練場そばに集められていた。
「プヨン、なんか今日は大掛かりね。全体だって」
「ふーん、何だろうな」
ざわざわとするなか、全体説明があった。単なる学校教官と派遣先指導員の交代、離任着任のようなものだ。
壇上に3人上がった新任教官は中年の男性と若い男女、そのうちの1人から何かを探している気配を感じた。
生徒は多いといっても100人程度。生徒同士の間隔もあいており顔が見えないわけでもない。こういう時、目立たないように俯いて下手に動かないことが1番安全だ。特に視線を向けると、けっこうな確率で気付かれる。
突然生徒間でどよめきがあがった。女性教官の担当は2年生の魔力強化だそうだ。
特に興味もないプヨンだが、水鏡を魔法で作り、それとなく確認してみた。特に見知った顔でもない。たしかに綺麗な女性教官は珍しいが、ただそれだけのことだ。
「……、で、こちらのベテランのチヂムーン先生には、直近は次回の派遣生徒の進路指導を引き受けていただきます」
最後も知らない顔だが、派遣ということは交代組に選ばれたプヨン達を意味している。進路指導というからには、どういう道から行けとかの作戦指針の相談でもするのだろうか。
こちらは少し絡みそうだ。なんとなく嫌な感じがしていたが、そう大きな問題でもなさそうでホッとした。
「プヨン、女性教官はすごく綺麗だそうよ。残念だった?」
「お。ユコナか? そうなのか。それは残念だ」
「なんか冷めてるぅ。ヘリオンはすごく残念そうだったわよ。こちらはただのおじさん教官だもんね」
ワサビの件がプヨンの頭に浮かんだ。あれほどお熱をあげていたヘリオンだが、そちらはもういいのか。ヘリオンを探したが、何やら壇上を注視し忙しそうだ。
「関係する者たちに集まれって。もう少し話があるらしいわよ」
ユコナにも促され場所を移すことになった。
最後尾をユコナと話しながらノロノロと付いていく。
「別段おかしいところはないよなー。厳しい指導なのかな?」
「おかしいわよ。全身茶色化してるわよ。一色の服とかへんよ?」
そう言われて見たが、黒好きなどマイカラーのある人も不思議ではない。ユコナは何が言いたいのか。だが少し気になることもあり、しっかり観察することにした。
中年教官に扮したノビターンは、姿映しがバレないように細心の注意を払っていた。
ノミと別れ自由行動は得たものの、こっそりと頼る拠点がないまま数日が過ぎた。結局ほぼ唯一の知り合いである学校の校長と相談し、臨時教官にしてもらうことになった。校長は祖父のスイマーの知人ではあるが、ノビターンの気持ちに賛同してくれている。ちょうど時期的に他案件でも教官の入れ替わりがあったため、すんなりとことが運んだ。
「むむぅ。まさかバッテリーが空になっているとは。この2週間は行動できず、ひたすら充電の日々でした」
先日のノビターン同士での打ち合いで残量はほぼ空になった。お互い同威力であっという間に相殺。まったく残量がない状態での活動は非常に不安だった。なんとか見つけた空き家に引きこもり、ここ数日は寝ても覚めてもひたすら補充。それも誰にも頼れず、せっかくの休日も完全に充電期間になってしまった。
だがおかげで気力も魔力も満タン、今なら存分に動き回ることができる。
ノビターンは周りを見回す。集まった交代要員、プヨンも含めて20人ほどの前に立ち、改めて周りを見渡す。端っこで隠れるようにしているが、プヨンと言えどまさかノビターンが目の前にいるとは気付いていないだろう。うまく紛れ込めている。
「ではチヂムーン教官、いかがなされますか? 何かお言葉でも」
新人教官の案内役である先輩教官から声がかかった。ふつうに挨拶はすべきだ。
こういう場合どうする?
受けを狙うのか、それとも何か渋いことでも言うのか。一応オヤジ偽装とは言っても外見はそれなりに気を配ったが、それでも不人気教官扱いされるのも微妙だ。
「チヂムーンです。得意なのは視覚系です。人は見た目がすべてではありません。もちろん実力主義です」
なぜかどっと笑いが起きた。何言ってんだこいつというような顔をしている。それからもノビターンがチヂムーンとして何か言うたびにやたら受けた。
完全に舐められている。そう思ったタイミングで補佐教官の声がかかった。
「最後に恒例、教官と手合わせをしましょう。我こそはと思う方、2、3人、ならいいですよ。チヂムーン教官、ご指導いただけますか?」
おっと思った。教官はあくまで仮の姿ではあるが、居心地はよくすべきだ。ビシッと威厳を保つためにも、ここでドカンと強力なものを披露するのがいいかもしれない。
幸いフルに充電されており、正しく対応すれば遅れを取ることはないだろう。
「そういう習慣があるんですね。では、僭越ながら、早速教練させてもらいます」
そう言いつつ、残量満タンを再確認。そして速やかに擬態モードを4倍速に切り替える。発色数は8/256色で通常のノビターンの実力と一緒だが、そのぶん処理が早く表示速度は十分に早くできる。
通常の4倍、1秒あたり240回の表示。模擬戦といえど瞬発力は手が抜けないが、これで少々素早く動いても画像の輪郭が滲んだりはない。さらに間に黒を入れる。より輪郭がクッキリした表示となり、違和感もなくなるはずだ。
しかし、ノビターンは一点気をつけないといけないことを理解している。この中には正面からぶつかるといかに満充電でも、あるいは満充電であるが故に問題になりそうな相手がいる。大火力の応酬や後遺症の残りそうなものは避けたい。
特に目の前のプヨン、こいつは危険だ。他にもそういう相手はいるはずで、なるべく弱そうな相手を選ぶのが無難と思えた。
「では、いつも積極的な者ではなく、今回はこちらから指名してみましょう。そっちの3人、どうですか?」
ノビターンが指名した先には、好青年そうな男子、ひ弱そうな男子、そしてやんちゃそうな女子がいる。それまで3人で話をしていたようだが、指名に気付き慌てている。
「そう。あなたたちですよ」
睨みを効かせてみると、挑戦とでも受け取ったのか、そのうちの1人が歩み寄ってきた。
「ふふ。望むところです。教官の胸をお借りします。ヘリオンと言います。よろしくお願いします」
言葉は丁寧だが、明らかに威圧的だ。一瞬人選を誤ったかと思ったが、特に危険水域レベルの殺気や自信のようなものはない。無知の蛮勇といったものだろうか。
「これでもくらえ!」
ヘリオンと名乗った男子生徒は、火球の陰に隠れて開始の合図と共に向かってきた。一応作戦なのだろうが、子供だましもいいところだ。その後もちょこまかと動き回るだけ。何やら色々繰り出してはくるが、予測の範囲内。最初は驚くふりもしてみたが、それもすぐに飽きてきた。
「今日は大目に見てあげますが、身の程を弁えない者にはこれからたっぷり教育してあげましょう」
まわりからは軽やかにかわすノビターンに対して賞賛の声が聞こえてくる。当然といえば当然だが、これで気分がよくなってきた。
ヘリオンの素早い動きに対してノビターンは極力動かない。激しく動くとすぐに偽装がぶれて、気づかれてしまうからだ。撃ち込まれるものは極力相殺、そして近寄られないように適宜牽制はする。
開始3分。
「どうしますか? 勝負は見えたと思いますけど?」
「ま、まだまだ! な、なんだ?」
そう叫んでヘリオンの動きが止まる。ノビターンが仕掛けたサッカードの進化系バスケード、これで眼球運動が劇的に低下したはずだ。
「ぷぷぷ。なんですかそのカクカクの動きは、終わらせようと思ったけど、もうちょっとだけ遊んであげましょう。あと60、59……」
「な、なんでだー。瞬間移動するな―。コマ送りかー」
ヘリオンは飛び跳ねているが、ノビターンの仕掛けた通り動きがぎこちない。
「20、19、18、あと17秒よ。そこで交代」
「うぉー、動きについていけん。うわー。ユコナ、お前次だろ。ヘルプだ」
ヘリオンが呼びかけたのは、次の対戦相手になっている女の子だ。突然、応援を求められてとまどっているが、何やら作戦があるようだ。準備していた道具でもあるのかとノビターンが見ていると、ユコナと呼ばれた女の子は何やら懐から取り出した。小瓶、それも中に青いインクが入っている。かなり鮮やかな青だ。
「ヘリオン、これをぶちまけなさい!」
「え? これか? おっ」
「落とすんじゃないわよ。ばかったん!」
「す、すまん! 目が、目がおかしいんだよ」
ヘリオンは落とした瓶を慌てて拾い、何をするのか興味が勝ったノビターンはそれを黙って見ている。やりたいようにやらせてみることにした。




