複製の仕方 6
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男たちが倒れ込むと同時に、サラリスもへたり込んだ。体力回復を再開する気力は残っているようだ。
見ると折り曲げたつばなどが劣化していたようで、男達の鎧は倒れ込んだ拍子に破損していた。
「おい、メサル? 隠れてるのか?」
呼びかけたが返事がない。いつのまにかメサルは姿が見えず、擬態かと思ったが気配もない。
危機探知能力が高いのは間違いない。揉め事を起こしそうなサラリスには自由行動を与えたのはいいが、自分だけ避難しているのは聖職者としてありえないズルっ子だ。
せめて場を収めてくれそうな仲介者を探しに行ったと信じたい。そして科学派のプヨンは知っている。信じるものは騙されるのだ。
だがいないものは仕方ない。ひとまずメサルのことは忘れ、サラリスに向き合う。
「サラリスは体調は大丈夫だな」
「これで大丈夫に見えると言うの?」
「あぁ、疲れてるだけでしょ? でも、こっちの朴男出ロの2人は永久再生呼吸ができないのか。意外だ。でも無難に終わらせるなら今のうちに移動すればいいけど、どうする?」
「また、まとわりつかれても面倒だし止めよ」
「え? 息の根を止めるのか?」
バカとの声と大きめの石が飛んできた。力がなく、手で受け止められる程度だ。
「はぁー。今のうちに呼吸回復を。次はあいつらの魔法発動を封じてやるわ」
「それは相殺のことか? 発動そのものは抑えられんでしょ?」
「そういえば筋力強化みたいな速度2倍とか、軽さ2倍とか、攻撃力2倍は対抗できる?」
「速度も攻撃力もできるとおもうよ。自分で試してみるか?加減をミスするとサラリスの体が壊れるかもしれんけど」
まだサラリスは何かするつもりなのか。こういう時、ヤバいことをまとめて試そうとするのはいつものことだ。
「や、やっぱり待って。じゃあ姿隠しの『霧去りそう』は?」
「霧で身を隠すやつ? 無理でしょ。擬態で隠れてみては? 動くとバレるよ」
「プヨンめ! そっちの方が無理でしょ。私に魔力譲渡は?」
「譲渡とかできんが、サラリス、ミメモム草の薬液は? 貯蓄したのがあったでしょ?」
「とっくに使い切ってるわよ!」
空き瓶が飛んできた上、なぜかえっへんと胸を張るサラリス。一度薬液に入れてやればいいが、直接の譲渡は難しい。そう言えば一つ試してみたいものがあった。
「アホール」
「え? 何? 今のは何のサポート効果が?」
奇跡を期待したが、サラリスの言語は明晰、あほにはならなかったようだ。精神操作は難しい。サラリスに効果は秘密と告げると、『身をもって確認しろってことね』好意的に取っていた。
「す、すごい呼吸が楽になってきたわ。どうやってるの?」
まさかのプラシーボ効果か。そんなはずはと思ったが、そういえば回復の助けのため酸素圧を上げ気味にしていた。いつもより早いペースで時間と共に疲労は回復する。
「え? それは酸素濃度を少し濃くした。ミナアホールだ」
「も、もっと」
中毒患者のようになっている。さらに追加で空気をいじったがこれが裏目に出た。
「うぉーなんで寝てる?」「ふっかーつ」
男達2人も飛び起きた。それはそうだろう。空間に影響する魔法は敵味方を区別できない。
そして再び鬼ごっこが始まる。サラリスは引く気がないようだ。
「プヨン、わかってるでしょうけど、手出し無用よ」
「えぇーー、なんでだ。なんで俺の高級防具『しろがねのしろ』ちゃんが壊れてるんだ」
男の視線の先を見る。さっき壊した部分だ。折る前は気にしなかったが高価な銀製だ。折り曲げて申し訳ない気がしたが、その言葉を聞いたサラリスが突然おかしな指の動きをさせた。あれはストレージだ。
予想通り指先に小さな袋が現れ、すぐに中身をばら撒いた。黄色い粉末が舞う。
「『猿ファイト』。これでもくらえ!」
動きを鈍らせていたため全身で粉を浴びた男たちだが、怯まずにサラリスに突っ込む。
独特の臭い、卵の黄身や温泉でもするが、粉末がついた鎧に更にサラリスは火球を打ち込んだ。小さめだが数が多く20発以上ある。
数に圧倒されたようだが、一瞬ギョッとして足が止まるが、冷静なのかすぐに元の動きに戻る。
「ふっ。こんな微小火球、今更効くかよ」
その言葉にサラリスはにやにやと笑みを浮かべて距離を取る。
「美少女の微笑女!」
一瞬なんだと思ったプヨンだが、すぐには意図がわかった。防具破壊だ。白銀に光っていた鎧がみるみる黒ずんでいく。
「うわー俺の鎧がー。何しやがる!」
一気に灰色になって鎧に激昂する男たち。チャンスだ。好機と見てサラリスに目で合図を送る。サラリスはプヨンの意図を理解すると、逃げ回っていたのをやめ反撃に出た。
ゴイン、ガキン
「え? なんでだ?」
サラリスが持っていた剣を鎧の適当な部分に叩きつけると、もともと折れそうになっていた部分がちぎれ落ちる。
大して強くない打撃で、簡単に折れたのがよほどショックなのか動きがとまる。
ガンガンガン
「ハンマープレス」
さらにいつ取り出したのか大金槌で容赦なく叩きまくる。銀製の高級品だからか男の顔が歪む。さっきまでなら、お前のカラダで払わせてやるわと叫んでいたところだが、
「お、おい。大丈夫か?」
男2人のうち1人が、うーーん、とうなって倒れ込んでしまった。もう1人が息が上がりつつも様子を見に行く。
サラリスは罠を警戒して遠巻きに様子を見ているが、男は少し様子が変な気がする。倒れたときの打ち所でも悪かったか。同時にプヨンやサラリスを見る。
「ま、待ってくれ。何が起こったんだ」
チャンスとばかりにもう一撃を加えようとするサラリスを制止し、プヨンは様子を見るよう促した。
一目で痙攣していることがわかる。なぜだろう。思い当たることがない。鎧を破壊したが、お互い殺すつもりはないはずで、身体へのダメージは大して与えていない。だがサラリスはわかったようだ。
「し、心臓が、おい。呼吸しろ!」
「えー! 鎧壊されてショック死? ほんとに?」
半信半疑のサラリス。近寄ったら捕まえたとくるかもしれない。
「ふざけてないで早くきてくれ。ち、治療できる人!」
倒れた男の仲間が周りを見回すが、もちろんいない。サラリスも心配になったのか見てきてほしいと、ヘルプの視線を送ってくる。
まさかと思ったが本当に痙攣している。心肺停止なら5分も経つと蘇生率は30%程度。10分もするとほぼ1割以下になる。念の為急いで駆け寄ったが、手首で脈はすぐ取れた。血中酸素も赤系の光の透過率でわかるが、ほぼ問題なかった。
「大丈夫そうだよ。起こす?」
「ほ、ほんとか? 死んだわけじゃないのか?」
「死ぬわけないでしょ、切ってもいないのに。ショック死をバラされたくなければ負けを認めなさい!」
さっきまでオドオドしていたくせに、急に強気になったサラリスが勝利宣言をしている。
「寝たふりしてるなら、起きた方がいいわよ」
そう言いながら、同じように体を触ってみたり、呼吸を確かめる。そして靴を脱がしていた。
「うぁっちー」
足裏からジュッと音がして、男が飛び起きてきた。
「うぉー生き返った!」
仲間の男も驚いているところを見ると計画的失神ではないらしい。
「ほーら、やっぱり寝たふりね。どう、目覚めの魔法は?」
「く、くそっ。酷い目に合わせてやるぞっ。俺の鎧をこんなボロボロ真っ黒にしやがって。弁償ものだ」
「えーー、仕掛けてきて防具をやられて弁償って聞いたことないわよ?」
「た、たしかに。盗賊退治で盗賊にやられて治療費出せというのはないぞ」
朴男出口の相方ですら味方をしないが、それがさらに男の怒りを増幅させる。
「うぉー真っ黒だぞ。ここもここも折れたぞ」
「ふーん、壊れたものは直せばー? 直してあげるわよ。 そもそもいくらなのよ?」
あ、おバカとサラリスを見たがもう遅い。
「おぉーマジか。よし約束だからな。元に戻してもらう。お前ら証人!」
ビシッと指差す男に、サラリスは余裕で笑顔を見せる。それに鎧の持ち主ではない男が緊張しながら、何か言いたそうにしていたが、
「この鎧は『白銀製だぞ。しろがね。50万グランだけどいいのか?」
「え? 50万?」
「そりゃまあ、貴金属だし。これ真っ黒だなぁ。そうかぁー。証人もいるな」
連れの男がプヨンを見ながらそう言うが、プヨンも確かに聞いた。
「確かに!」
そう言うと上空に移動する。ピンチだ。
「待ちなさい!どこに行くの!」
視線をはずそうとしたが、見つかって引きずり戻されるプヨン。
「プヨン! プヨン! は、はめられたの? これって」
「自分で言ったからなあ。50万が妥当かは知らないが、誰がやったんだろうね。ひどいやつもいるよね」
「プ、プヨーン。はうったっ」
「俺を見るな。名前呼ぶな。こいつが『1人で』すべてやりました。1人で!」
「ひ、ひどっ!」
慌ててサラリスの唇を押さえる。うーうーと唸っているが、強度を弱めたら共犯になってしまう。もちろん共犯だが、プヨンはほんの少し強度試験をやっただけで、壊したのはサラリスだ。
だがこれ以上裏側を暴露されてもややこしくなる。
「ちょっとだけ助けてやるよ」
そう言って、野営お食事セットを取り出した。野営には塩分が必要。1kgサイズの食塩パックを出す。もう一つ、アルミ箔。これも蒸し焼きなどに便利で持ち歩いていた。レスルでなくても雑貨屋でも売ってる。加工精度が甘く薄さはイマイチだが、お陰で折り曲げると鍋などにもできた。
外れた鎧を見ると、確かにメッキではなく中まで本物っぽい。鎧が入りそうな大鍋、そこに水を入れた。思ったより量が必要で周り数mの地面がからからになっている。
「水入れたからお湯にしろよ。手を抜かないで。沸騰だよ?」
「え? 沸騰?」
もう一度沸騰という。男たちは何をするのかと黙って見ているが、プヨンも水の加熱を手伝うとすぐにボコボコと泡立つ煮沸水ができた。
「これどうすんの?」
「サラが作った黒ずみの後始末だよ」
そう言いつつ塩を水に投げ入れる。水1リットルに40g、結局1kgの塩を全部入れてしまった。ついでに鎧も放り込み、1分煮込む。周りから腐った卵のような硫黄の匂いが立ち込め、一方で湯から取り出した鎧は元の白銀に戻っていた。
「おぉ、これは魔法の儀式なのか?」
男たちが目を白黒させているが、加熱だけでできる硫化銀の手っ取り早い処理方法だ。
「ふ。神聖な儀式、これで元の聖度を取り戻した白銀は最大の熱伝導率を取り戻すよ。ほら、触ってみて」
銀の食器などもアイスやスープの温度の影響を最も受けやすい。お湯や冷水につけると1分もせずに温度が変わる。
「お、おわっ。つめて。あの一瞬でか」
「これを差し上げましょう。熱攻撃時の放熱効果は抜群です」
別に何もしていない。元からの特性も利用して、ちょっと大げさにアピールしただけだ。
もちろん魔法とは違うとプヨンにはわかっているが、心の中で舌を出しつつ、ただニヤッと笑うだけ。勘違いさせたら、それはそれで面白い。
ただ、高熱伝導は諸刃だ。外部の熱も内部に伝えやすい。扱いが難しい素材ではある。
「だ、だが、これだけじゃ直したとは言えないぞ。部品が取れたままだぞ」
「プヨン、これどうするの? どうやってくっつける? 私の火球で溶かしきる?」
「それだと部分的にするのは難しいだろ。たしかに魔法反射や光耐性の強力な銀は、緑光でなんとかできる金や銀に比べると難しいけどな」
「へぇ? プヨン、銀は魔法に強いの? へぇ?」
「そうだよ。赤点さん。ちょっとこれを持ってて」
ぶすっとしたサラリスに紙を1枚渡すと、鎧の破片を拾い集める。
破断面を研磨して伸ばす。溶接時は隙間をなくしたい。最大でも0.2mm以下になるように密着させる。
久しぶりのガリウムメダル。これを用いたギャンレーザーなら出力次第で銀の溶接も容易だ。飛び散らないようにするには細かい制御が必要だが、それももう随分慣れてきた。
「これでどう? 折り曲げ部はT字で補強したつもり」
一度折り曲げたところは、高圧プレスでもそう簡単に元通りにならないが、そう悪くはないはずだ。
「お、おぉ。お前らはスミスグループの所属なのか?」
「え? スミス?」
「あぁ。ブラックスミスかシルバースミス使いと見た。そしたらあっちの女の子もそうなのか? 火魔法と炭粉を使っていたよな!」
「それは何だろう。たまたま方式が似ているだけとか。火は長けてはいるけど実体はびでなく、暇女」
サラリスをチラッと見る。サラリスは意味がわからないようでこちらを見ていたが、火魔法という単語に反応する。
「いいわ。そう、私は火魔女。別名、炎神よ」
「なるほど。スミスなら、まあ今回は引いてやろう。今後も世話になるかもしれない?」
「あら潔いわね。いつでもヴァクタウンにきてちょうだい」
「え? サラ?」
人がこれ以上深入りしないよう関連なしですませようと思ってるのに真逆の動き。疲れる疲魔女だ。男達は思いもかけず引いてくれたのはいいが、自分から売り込んでどうすると思う。
男達はそのまま何も言わずに立ち去ってくれた。
「ふう。思ったより潔いわね。じゃああとはこの仕事をするだけか。手伝ってくれるわね?」
「もちろんだ。その契約書通りで。なんでも言ってくれ」
先程手渡した紙を指差す。炙りで字が浮き出ている。
「え? 請求書、鎧修復代と依頼補助業務」
「うん。わかったって言ってただろ。鎧50万なら修理代として妥当」
「10万グラン?」
「そう。レスル内だからな。有効だよな」
「は、謀られた!」
契約は契約、サラリスには反省してもらうとして、プヨンはいったん立ち去ることにした。




