複製の仕方 3
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プヨンは2人のノビターンの間に立っていた。再生したのはわかるが、一部理解できないところがある。究極に高度な治療ができれば、生体組織は再生できる。それはいい。
問題は服だ。今は2人は揃って同じ服を着ている。
プヨンの理解では通常の意思による治療は、生体の自己再生を利用している。無生物の服や装備品はそのままになる。大怪我した後も体は修復するが、服は予備を取り出して着替えることになる。重症時はどこでやるか難しいところだ。
数分前もそうだ。ノビターンはちゃんと準備をしていた。
ノビターンが自身を分裂させるために切り付けたのは見えた。ただ同時にプヨンは一瞬目がチクッとした。慌てて目を擦る。何事かと思うと同時に急にノビターンの動きがカクカクとコマ送りのようになった。
数秒おきに1コマ。そして気づいた時には目の前のノビターン達2人が回復に合わせて服を身につけていた。
「なぁ、聞きたいことがあるんだが?」
「なんでしょう?」x2
「えぇ?」
思わずビクッと体が身構えてしまう。質問すると完全に一致した声が左右から2人同時に返ってきた。体の動きも口の動きも完全に同じでシンクロしている。タイミングや声の抑揚すら一致し、音は大きく聞こえるが、声は1人分しか聞こえない。
プヨンも驚いたが、2人も同時にお互いが同じ反応をしたことに驚いていた。こういう場合、記憶や性格も変わらないのか。よく心臓にも記憶があるとか聞くが、自我は頭だけにあるわけではないのかもしれない。
「すごいな。こうやって増えるのもすごいが、それぞれの行動が一緒になるのか。間違い探しをしてるみたいだ。服のシワが違いますとか」
怪我しても身体の骨格や筋力は、治療で怪我前の元の状態に治る。同様に経験、知識を持った状態で再生できるのは予測していたが、ここまで一致するとは思わなかった。
「何かおかしいですか?」
興味が溢れ出る状態で黙って観察していると質問がきた。これも同時で一人が話しているように聞こえる。ノビターンツインズもかなり落ち着いてきているのか、焦りは感じなくなっていた。
無意識だろうが同期制御で、しばし無言でのせめぎ合いが続いた。
2人の眉がピクッと動く。
「お、今2人の動きが初めて違ったな」
「何か言いたいことがあるのですか?」
初めて違う動きに気付いた。
強い風が吹き風上側にいたノビターンがより大きく髪をかき上げる。プヨンを見る角度も右寄りと左寄りで少しずつ違う。プヨンもなぜかずれていくことに気付き、少し安心して元の質問に戻った。
プヨンはあらためて2人を見る。同じ服、同じ髪の長さ、つま先の位置や向きまでも同じだ。
「聞きたかったのは1つなんだ。外の服は同じものを用意したみたいだけど、なぜ下着は白とグレーで色違いなんだ?」
言い終わる前にプヨンはわずかにめまいがした。何かが発動したようだ。一瞬のめまいだと思ったが、気がつくと目の前にいた2人が3mほど遠ざかっている。いつのまに移動したのか。それとも超素早く動けるのか。
そして遠ざかったはずの位置から、先ほどの数倍の殺気が襲い掛かかってくる。
プヨンはちょうど2人から同じ距離だけ離れた中点にいる。ここで2つの波がぶつかりあい、干渉で生まれた強い力で心が押さえつけられる。2匹の蛇に睨まれたカエルのようだ。
身体がすくんで硬直した。動け動けと思うが、どちらにも逃げられず、上空にも動けない。どう動いたらいいかすらわからない。これは聞いてはいけないことだったのか。
「み、見てない。あーどっちが本体か見分けがつかないな」
予想外に2人から『えっ』と声が出た。明らかに慌てている。そして即座に『私です』と返事が返る。
これも言ってからダメだと悟った。当然だ。どちらも自分が本体だと思っている。
迂闊なことが言えなくなり言葉に詰まってしまったが、プヨンの予想と違い、2人の気持ちがプヨンから離れた。1つの獲物を取り合う2人のハンターのようなものだ。
「私こそが正当な原体です。コピーはあっち」
同じセリフを2人で言い合い、舌戦が始まった。最初は穏やかな口調で、少しずつ過激になっていく。
「私は本意ではない者達を救うために、自由な時間が必要なのです」
「あの悲痛な魂の叫びから救いたいのです」
「同じ人間が永遠に支配する体制は息が詰まります。人を人として扱っていない」
当然だが自分を切断までした2人のノビターンには、目的があるのは間違いない。そしてそのために自由時間が必要だということがプヨンにも理解できた。
怒りの矛先は下着チェックしたプヨンから、ノビターンが毛嫌いする体制へ、そして幸いなことにノビターン自身に向かっていく。
「私が分裂を先に考えたのです。あなたは元の場所に戻りなさい」
「そっちこそ」
この考えを思いついたのがどちらが先か、上品な言葉での主張だが、どっちもヒートアップしてきた。
視線を思わず外すと、チラッとノミが見えた。
ノビターン達はお互いを見ているので注意力は落ちている。
寝そべっているノミ本体は治療済で既に損傷はない。何かノミの寝言が聞こえ、そのうち意識が戻りそうだ。今ならノビターンはこちらを見ていない。
今後を予測すると避難が必要だ。ノミを岩影に連れて行くと同時に最初の一発が見えた。
「キロファイヤー」
最初は火球だ。さらに連続で続くが、お互いどこに撃つのかもわかっているのか、お互い撃ってはかわしで側から見ていると示し合わせて遊んでいるように見える。アサップ程度の手頃な火球の応酬が続く。
「うぅ。この卑怯者。暴力に訴えるとは」
『リューカアリル』と聞こえると、2人は泣き出した。それも号泣だ。納得いかないのか『リューカアリル』が2度、3度続き、2人が涙する。これはキツイ。強い威力にプヨンも思わず目頭が熱くなる。
続けて聞こえた叫びは『メガシューメイ』。急に2人は立ち止まった。そのまま手探りなのか、ふらふらと一歩ずつ千鳥足で進む。さらに数度、『メガ…メガアァ』との声がする。
2人の攻防は目に集中している。そしてとうとう2人は手をついて座り込んだ。
潮時か。ここで手を差し伸べる。
「大丈夫か? 2人とも、もしかしてこれが眼精秘法なのか? 目に作用する魔法とか」
座り込む2人のうち、プヨンは手前のノビターンに近づいた。目は見えずとも声でプヨンの位置はわかるようだ。ハッとして2人ともプヨンの方を向く。
瞳孔が開ききっているため黒目が大きく見えるが、焦点があっていないのが直感でわかる。ノビターンの得意なものは目だ。
ふっと何かを感じた。
プヨンは慌ててもといた位置に飛び退く。直後に2人のノビターンを中心に炎が巻き起こった。威力は大きくないが、それでも確実にダメージを受けている。
プヨンがどちらかを助けるとでも思ったのだろうか。
「ひでーなあ。せっかく治したのにやり直しか」
そのまま倒れ込む2人、そして静かになった。治療を行ったあと、プヨンは声をかけてみたが反応はなかった。
「むーん、どうなっているのか? なんとも熟睡した気がする」
そう言いながら入れ替わるように起きてきたのはノミだ。しばらくぼーっとしてキョロキョロと周りを見ていたが、すぐにプヨンに気づいた。
「これはプヨン殿、なぜここに?」
そう言うとハッとしている。ノビターンがいないことに気づいたようだ。背中の切れたリードを手繰り寄せる。飛行時にノビターンが掴まっていたのだろうか。
「リード修理。すぐにお帰りください。危険です。外敵検索機能プラス3人の情報」
ノビターンを探しているのか、ノミは何か聞き耳を立てている。3人のうちの1人はプヨンのことだろうか? あとの2人はノビターンか。
ノミはおちゃらけているが、意外にちゃんと見えているようだ。ただ慌てているのか行動パターンがおかしい。バタバタと落ち着きない。
ミスをしたと焦っているのか。罰金とかペナルティもあるのだろうか。
「減俸不可避ものかな? いけそうか?」
「ノビターン、ノビターン様はもどってないのですか? あぁっ!」
口ではちょっと意地悪をしたが、目線でノビターンの位置を教えてやるとすぐに気付いたようだ。真っ直ぐノビターンに向かう。
しかし、よく見ると片方のノビターンにまっしぐらだ。当たり前といえば当たり前だが、今3人と言ってもノビターンが2人という発想は普通はない。
だがそれにしてもノミがおかしい。ノミはノビターンを見て硬直している。
「ど、どうかしたのか?」
「ろ、老化速度がこんなに早いとは!」
「ノミさん? は?」
ちゃんと治したはずだ。ノミが見た目を言っているのならそんなはずはない。
「ダメです。残念ながら、回復不可能です」
プヨンはそう言われて見てみたが、顔がすすけ、髪の毛が縮れているくらいで、問題ない。だがそんなプヨンとは真逆で、ノビターンを指差しながら泣かんばかりに訴えてきた」
「ち、ちっさ。ギャー。見ないでください、プヨン殿。観測できません。見ないでください。ちっさ。増やしてください。ちょーちっさ、見ないでください」
なんのことやらさっぱりわからないが、ノミは何か思い入れがあるのかもしれない。落ち着かせる。
治療は身体情報に基づいて治すだけだから、他意を入れることはできない。例えば筋肉不足だからと勝手に増やしての治療は難しい。
ノミを指差す先に注目する。胸回りだと気付き、ようやく理解できた。そんな気にすることなのかと思うが、ノミは気が気ではないようだ。もちろん何も加えておらず、別にごく自然な形のはずだ。
「すまない、ノミさん。回復には実サイズを突破させる性能はない。気の毒だが。しかし、ノミさん。偽りは良くないよ。ノビターンが自分のボディスーツを引き裂いてくれたおかげで、現実を確認することができたのだ」
「うわーーーー」
よくわからないが、ノミは相当思い入れがあるようだ。ふとあるアイテムを思い出した。
「わかった。大治験秘策の方法が。間に合うのか? 姿勢制御、両側寄せて、真サイズ予測。E胸パッド!」
昔サラリスに万が一のために持たされ、それっきりだったものを思い出した。それをノミに渡す。意図は伝わったようだ。それでも半分は納得いかないようだ。それもわかる。
「プヨン殿……す、すごい。さすが智将。これなら装甲板の厚みがあがる。しかし、どうやって装着するんで?」
さっき治療時にちらっと見たが、その後の再装備でもう無理だ。ここは、ノミの勇気に期待する。
「衣服着用のため、実物は確認できません」
受け取ったノミは思ったほどためらっていない。それどころか使命だとばかりに覚悟を決めた顔をしている。
「ノビターン様、ノビターン様、起きないで」
「ノビターン様、ノビターン様」
プヨンは思わず目を背け、後ろを向く。これはヤバい。自分で渡しておきながら、共犯になりたくない心理が働く。
「しばらくは直視できないわ」
32、15、10心の中で数字をカウントする。
長く感じた1分後、ゆっくりとまぶたシャッターをあけるとノミは汗をかいていた。やり終えた顔をして最終チェックをしている。
「フィットスーツの位置は変わらないな。無理な締め付けもない」
恐る恐るプヨンは様子を伺う。今すぐ目を覚ます恐怖、そして少し離れたもう1人のノビターンも気になる。このような状態で放置していいのか迷うが、今指摘することは躊躇われた。
「どういうことだ? このまま大危険を踏破できる性能を持っているかの確認?」
「大丈夫とは思いますが、あのパッドもそのまま装着しているだけとなると、厳しいですな。残念ながら」
ノミは予定通りなら、この後ノビターンを連れて帰ることになっている。長距離移動の準備かと問うと、ノミはそうだと頷いた。
「強度32、25、持つのか? これで」
ぷにぷにと確認するノミに他意はないようだが、プヨンにも答えられず黙り込んでしまうしかなかった。
沈黙が続いたが、ノミは振り返りプヨンを見た。
「意識が回復する前に、本国のエステ施設にお連れせねば!」
「まったくわからないよ。じゃあ何か? なんとか大危険を突破して無事に到着したらエステ?」
「そうですぞ。いただきの傾斜角度を変えさせて補正機能の制圧下に。中心に脇腹を引き寄せる。三段バラ防止の作戦ですな」
いろいろと事情があるのか。プヨンは智将として深追いは避けるべきと判断する。
「現実は非情だな。そんなこと考えたこともなかった」
プヨンがそう言うとノミは区切りがいいと思ったのか、ノビターンを抱き抱えて起こす。
「プヨン殿、私はノビターン様を連れて、一度戻りますぞ」
「え? ノビターンって? それだけでいいいいのか?」
「そうです。急ぎますのでこれで」
「え、ちょっと待って。説明を!」
ノミは先ほどとはうってかわって素早くノビターンを背負うと空に舞い上がった。
「俺はノーミー、神速のノーミーだぁー!」
プヨンの静止も聞かず、プヨンはそのまま遠ざかる。その時もう1人のノビターンが動き注意が逸れた。タイミングを逃し、ノミをそのまま見送る形になってしまった。




