複製の仕方 2
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ノビターンはメレンゲ作成の超回復薬を受け取りはしたものの、効果については半信半疑だった。
万が一調合ミスがあれば? もしかしたら体質に合わないかも? 神域と言われたノビターン自信の抵抗力が薬効を無効化してしまったら?
だが事実を目の当たりにした以上、信じざるをえない。
「ニードネンが説明していたことが本当だったとは。まさかなあ」
重症後の意識喪失時でも、自動再生できる薬。効力は30分ともたないとのことだったが効力は聞いていた以上だ。ノミは千切れた肩口から腕までの切れ端から、ほぼもとの状態に再生している。
「この回復のこと? ニードネン? 説明していたこと?」
よく状況を理解できていないように見えたプヨンだったが、この状態を前に目が急にギラつきだした。さらなる説明を求めているのがわかる。すでに怪我したノミへの心配ではなく、この回復効果に興味が移っているのが一目でわかる。
「確認された通り、これは無意識下でも重要器官でも、ある程度自動再生できるのです。信じられないかもしれませんが、プラナリーア効果と言うそうです」
プヨンは腕を組んでうーんとうなっている。何か考え込んでいるようだ。
「それって無敵なんじゃないか?」
「さぁ? でも、瞬時に治るわけではないので、敵が逃げてくれたらいいですけど、普通は攻撃が続くでしょう。破壊され続けると厳しいですし、通常生物相手なら食べられてしまうかもしれません。限界はありそうです」
「そ、それはそうか。しかし、これならやられても時間と共に復活できる確率が大幅にあがる。俺は他人なら治せるが、いかに自分の負傷時に対応するかずっと考えていたんだ」
プヨンの反応はノビターンも同じだ。
確かにそうだ。だからメレンゲやニードネンがずっと研究していたのだ。
能力のある生物から意志と能力を抽出することができれば理論上は可能らしい。回復系や身体強化系の道具はこの手の意思を石化したものも多い。
それでもこの効果は従来とは全然違う。
意識下での手指治療ならまだしも、基本的に欠損部が大きかったり、重要器官の障害となると薬石レベルでは治らない。これだけのサポート能力があるのは革新的なものと言える。
ノビターンが見直した時には、ノミの大き目の体は元の形に戻っており、首や頭もついていた。ずいぶんと回復しているのは一目でわかっていた。『あっ。これは。やはり』というプヨンの声に振り返った。
「えぇっ」
もう一方のノミを見た瞬間、思わず声が出た。跳ね飛んだノミの腕が既に肩から胸の一部くらいまで再生し、ゆっくりだがさらに再生が続いている。
そして続いたプヨンの説明、『全部が一斉に再生する可能性が1番怖かった』。
どういう意味かわからず数秒考えてしまったが、おおよその意味がわかった。
「た、確かにそうよ。薬が完全再生させるなら、同程度の2体に切り離されたとき、どっちが本体なのか区別できないわ。両方再生する可能性があるのね」
そう言いながら慌てて周りを見回してみたが、さすがに細かい肉片や血のりなどは変化がない。下手すると無限増殖のリスクもあったが、現時点で再生中のノミは大きな身体部分のみ、それでも2体分あることになる。
どうするのか。選択肢は2つ、このまま様子を見て2体とも再生させるか、どちらかを選ぶかだ。まぁ、ノミといえど、さすがに両方消滅させることはない。
「え? え? じゃあこのままいくとどうなるんですか?」
あえて知らないふりをしてそう言ってみたが、これはノビターンは予測した範囲内、どうなるかもだいたいわかっている。
ただ開発者のメレンゲやニードネンは気付いていない気がする。大量のエネルギーが必要で、魔力電池のマリブラについては満タンにしろとずいぶん注意されたが、それ以外は大してなかったのが根拠だ。
そしてノビターンもあえてその点を指摘しなかった。
「おそらく俺の知る限りではだけど、主要なカラダの破片の数だけ完全に回復して、その後はそれぞれが回復していってきっと……」
ノビターンには、言葉を濁したプヨンが言おうとしたことが予測できたが、2体のノミの小さい方の回復は止まりつつあることに気づいた。
普通ならこれで無事1体のノミが再生して一件落着だが、これではダメだ。ノビターンの期待することが確認できない。あと少し追加がいる。
バシャ
咄嗟にノビターンはストレージからガラス瓶を取り出し、中の液体をあるだけノミにぶちまけた。メレンゲが言っていたが大量のエネルギーがいる。おそらくノミ小の回復が止まったのはエネルギー残量不足だ。そしてこの液体は大量のエネルギーを含んでいる。
「ほら、見て。再生が再開した!」
中断していたノミの再生が再開した。胸先あたりで止まっていたが、腹から反対側の腕、そして首と急速に進んでいく。予想通りだ。
「あぁ、バカかお前! 何やってんだよ。2体再生したらどうするんだよ?」
プヨンが喚いているが、フッと笑みが零れた。それこそ望むところ、この笑みを見ればそんなことはわかっているとプヨンにもわかるだろう。ノミの再生が続き、首から顎が、そして鼻ももとに戻ってきた。2体に再生させることが重要なのだ。
だが止めようとしてきたプヨンが、なぜか動きがとまる。その理由も手に取るようにわかる。『それ見なさい、あなたも興味があるんでしょ』と心の中で呼びかけるとそのまま見守った。
ノミ小の回復が最終段階に入り、顔の輪郭ができあがってきた。
ふいに目の前にノミが2人現れ、左右からノビターンに話しかける未来が頭に浮かんだ。その瞬間、ノビターンは自らの行いに恐怖した。プヨンがバカと言った意味を再認識する。
「ま、待ってください。この薬はやはり欠陥品では? このまま進むとどうなるのですか?」
「え? 今さら? そりゃ、分裂して2体再生されてしまうんじゃないか?」
2体になることは自らが望んだことだ。それは確かめたい。だがふつうの人ならともかく、ノミが2体になることは望んでいない。
「ノ、ノミが2人になる? そう言うことですよね、どうしましょう?」
「どうしましょうじゃないだろ? ツイン・ノミさんになるのは覚悟の上じゃなかったのか? わかった上で回復させたんだろう?」
怒られた。その通りだ。
自分で再生させておいて、今度はやめてくださいというのは、さすがにノビターンでも自分で自分がおかしいと思う。それでも左右からノミに挟撃される圧倒的恐怖が頭から離れない。すでに2つ以上に分裂再生するという当初の目的は確認した。今ならまだ間にあう。
「これまでのようですね。機密保持のためにノミを爆破しましょう!」
「え?」
「性能テストは満足いく結果でした。実践はプヨンさんがやってみせて……くださいよ!」
「本気か? いいのかそれで?」
「すべて……臨機応変に、ね? 『ダーク・ナシン岩』」
プヨンを説得する間にもノミの回復は進む。今ならまだ完全回復はできておらず、ノミの意識もなく、何かするにも心理的な抵抗は小さい。
厄介なことをなかったことにするため、そのままノミ小に向け、ノビターンはストレージから取り出した岩塊を落とした。
プチッ
プヨンの『あっ』と驚く声と同時に地面が揺れ、ノミ小は大岩に押しつぶされる。マリブラでなんとかストレージ保管を維持していた巨大岩を使用した。こうなることも予測して、事前に岩山で仕込んでおいた、ただの岩だ。
一方でノミ大は完全回復した。呼吸も問題なさそうだ。これでノミ一体が無事に治療回復でき、本来あるべき状態になった。
少し沈黙が続いた。結局何がしたかったのかと言いたそうなプヨンだが、ノビターンはそこは無視して本来の目的を宣言する。
「メレンゲ教授のプラナリーア、説明以上の性能と見ました。プヨンさん、突然ですが私を真っ二つにしてください」
「え? よく聞こえなかった。真っ二つ? それも無傷の君を? 何故だ? 理由を聞かないと怖すぎるぞ?」
「私も自動回復できるのか試したいのです。とにかく真っ二つにしてほしいのです。できれば無痛で」
「ま、待って待って。無痛ってどうやって?」
「それは考えてください。方法はお任せします。でも粉々とかは意味がないですよ。塊で2つでお願いします。もちろん同じ薬を飲んでいますので、今見たノミの回復効果は私にもあります。安心してください」
「ど、どういうこと?」
ノビターンの依頼に対し、プヨンは明らかに戸惑っている。普通に考えれば殺してくれと言っているのだから当たり前だ。
プヨンにはもう少し自信をつけてもらう必要がある。
「では一度試してみましょう。それに万が一の時は、プヨンさん自身の手で治療して最悪の事態を避けられるでしょ?」
「そうか。まぁ、それはそうかもしれないが」
あっさりとプヨンはできると返事する。そうだ、そう自信を持って言える相手が目の前にいることが、今回安心して自分を切れる理由だ。まずそれを確認する。
ボゴッ
「え? 何をやってるんだ? 手首が壊れた?」
プヨンが叫ぶ。ノビターンは手のひらを瞬間で凍結させ、さらに凍った腕を砕く。
基本的に治療の訓練は自傷して治療の繰り返しだ。すっかり慣れた今となっては、痒いときに皮膚を強めに引っ掻いて傷がつく程度の感覚しか無い。
凍った手の平が粉々になって地面に落ちると、腕をプヨンに突き出した。
「試しに治してください」
ちょっと強引かしらとも思う。ただ言い終わる前から腕が熱くなった。プヨンに治療してもらうつもりだったノビターンの腕は、ノミと同じように勝手に再生が始まる。それもノミと違って治りが早い。
ノビターンはノミより魔法治療に対する抵抗力が高いと思ったが、自己再生時は様子が違うようだ。4分後、普段ノビターンが単独治療をする半分以下の時間で完治してしまった。
結局プヨンに頼む必要はなくなり、うまく治療できない不安も払拭された。
懸念があるとしたら痛みくらいか。最初はベストスライスを使って真ん中から真っ二つにしようとしたが、流石に顔や頭は痛そうで恐怖を感じる。
「なぁ? 大丈夫か? なんか震えてるようだけど?」
「大丈夫。あなたは用済みです」
プヨンが心配してくれているが、彼はすでに不要。必要なのは勇気だ。
たしかに自傷には本能的な怖さがある。今回は特に致命傷レベル。自力でなんとかできない分、リスクが高い。だが覚悟は決まった。
「女子の面子、頸の周囲、それが傷付けられても最後に修復すればよろしい。とりゃ!」
慌てるプヨンの反応は無視する。ノビターンはあらかじめ準備していた研ぎ澄まされた薄刃を取り出した。これだと細胞を傷つけず切れ、痛みも少ない。多分。
大きな薄刃包丁を見たプヨンがじっとこちらを見る。
「うん? 気狂いかな? Mフィールドはこうなのか?」
プヨンが何をするのかと凝視している。さぁ、極秘目標『分裂』を今こそ達成すると気持ちを固めた。宙に浮かべた薄刃をリング状に回転させ、自分自身に引き寄せた。黄色く光るリングが高速で近づく。
スカッ
流石に顔を両断は怖かった。右肩から左わき腹に向けて切り割くと、仰天したプヨンが駆け寄ってくる。切り口がきれいだからか、ノビターンは不思議と痛みを感じなかった。
切ると同時に回復が始まっているのかもしれない。ピピッと血しぶきが飛んだがごくわずかな量だ。
「ノビターンのパンツァースーツが血路をふさいでいる!」
プヨンが叫んでいる。もともとのノビターンの能力と回復服のパンツァースーツに薬の効果が加わり、短時間で切り口が塞がれたのだろう。
ノビターンの意識はまだある。目の前に自分の半身が飛んでいくのが見えた。それをプヨンが抱きかかえ、切断後の追加負傷も抑えられた。
「今のは? 切断リング?」
プヨンはノビターンの半身、ノビターンBを支えながら、頭部のあるノビターンAの切断面を見てそう問う。
何が起こっているのか、急激に状況が変化する。しかしその間にも回復速度はあがり、徐々に元の身体に戻っていく。
「こいつに阻まれて、そちらに近づけぬようだ!」
大丈夫かと心配するが、声も震え狼狽している。確かにもう少し説明が必要だったようだ。
「いきなりの切リングですから」
申し訳ない気持ちがあるが、時は一刻を争う。速やかに治療を進めていった。
プヨンの持つノビターンBの体はずいぶんと戻っている。すでに下半身は治り、上半身や首から上も元に戻りつつある。あちらはこのままで再生完了しそうだ。
「しかし、わたくしの回復の動きが目立たないのはどういうことなの?」
ノビターンは出血こそないものの、明らかに回復が遅い。上半身が残っている分、下半身の回復ははやくなるはずだが、なぜか回復していかない。ずっと同じところが壊れては再生を繰り返している。
そうこうする間にノビターンBはすでに自力で立てるところまで戻っていた。
「は! 消化器のハイカットは悪いようですから!」
突然、ノビターンBを離したプヨンが駆け寄ってきたが言葉の意味がわからない。
「悪性かな?」
だがノビターンの問いに、プヨンはそうではないと首を横に振る。
「おかしい、養生は万全でありました。うーん、回復は信じるが、消化器が問題なのです。もろすぎるようです」
プヨンが叫ぶ。問い詰めると、胃壁の再生は消化液と再生魔法の衝突でうまく再生しないことがあるらしい。
プラナリーアの欠点なのか? おまけにプヨンはなぜそんなことを知っているのか?そんな疑問が渦巻く間に、プヨンは胃壁、消化器、内臓上部の回復を進める。するとノビターンの再生は壁を乗り越えたのか、再び回復し始めた。プヨンの処置は正しいようだ。
「も、申し訳ありません」
説明不足を謝罪する。プヨンが気付いてくれなければ危なかった。プヨンは以前神型の治療をすると言っていたが、これがその実力なのだろうか。なぜこの欠点を理解しているのか、不思議で仕方なかった。
「やはり! 俺らの救助の方針は……」
正解だとの言葉が聞こえる。手を休めることなく続くプヨンの治療。
「わたくしが、神型をもっと早く信頼していれば……」
ノビターンが振り返る間も治療は進み、あとは足から下だけだ。
「なぜ、プヨンさんは、これを? 助けてくれたのですか?」
「息を吸い込め! あ、バイオだ。暇つぶしだ。残った治療は足! 決して難しくはない!」
これだけのことをしながら、暇つぶしだというプヨン。すごいのか呆れたほうがいいのか悩んだが、結果的にノビターンの治療は両方とも終わり、2体のノビターンがプヨンに向かい合った。




