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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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大治験の仕方

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「アサーネ、これはなんですか?」


「ニードネンとメレンゲ教授預かりの試作品です。最終段階に入ったので治験をお願いしたいとのことです」


「そうですか。安全は確認されているんですね?」


「さぁ?」


 ノビターンは目の前に置かれた蛍光グリーンの液体に戸惑いを隠せない。もうちょっと飲みやすい色にできないのか。


「もしかして追加効果があるとか? 一瞬で食欲をゼロにできそうな禍々しい色ですけど? 飲んだの?」


「の、飲みました。し、しかし胃袋に無理をさせすぎたかも」


「私の消化系では治療スピードがついてこれなかったです。もう一度飲んだら危ないかも」


「や、やはり?」


 アサーネの反応が鈍い。仮にこの薬に特別な効果があっても、よほどでない限り遠慮したくなる。下手したら意識効果で薬効が無効化されそうだ。


「なんですか、この色合いは? 飲む気がなくなるにも程があります。薬効は? 何を使ったらこんな色になるのでしょう?」


「ニードネンが言うには、自己再生生物ヒドラの尖晶石を使った『究極の回復薬』だそうです。頭でも心臓でもお胸でも、そしてお腹でもなんでも治せる究極薬だそうです」


「お腹? 治るのですか? その場合、脂肪はどうなるの?」


「え? 死亡ですか? 元の形に戻るだけで死なないと思いますよ。ただ魔力の扱いが下手だと、しばらく魔法効果が大きく減少するそうです」


 お腹を摘んで見せるノビターン。


 治療薬なのになぜ死亡が気になるのか、怪訝な顔をしていたアサーネだったが、少ししてピンときたのか続けて副作用を説明し始める。ノビターンは13mmと呟いたあとは黙って聞いている。


「なぜ、臨床試験は研究所地区内で対応しないのですか?」


「最終段階は自然な状態での使用実績が欲しいそうです。ただ問題があって、大量生産できない上に有効時間が2時間しか持たないそうです。しかも飲んで15分は効果が少ないそうで」


「えーー」


 いざというときに効かないとかありえない。


「それって使えなさすぎです。ニードネン、また中途半端なものを作って」


「おまけに使用時には強制的に『ものすごく大量の魔力量が必要です。マリブラ携帯必須、転生者限定』だそうで』


「なるほど。意味はわかりました。それでも頭や体がなくなるなんて、そんな機会がタイミングよくあるとは思えませんが」


「そこが最大のネックだそうです。これまでは死刑囚で試しきてたのですが、死刑になるのは一度だけ。回復が成功すると、天が贖罪を受け入れたとかで無罪放免。そうそう気軽にできないと」


 ブルっと身震いしたノビターン。


 さすがに自主的に挺身して試す気にはなれない。ニードネンが自分でやらないのも同じ理由からだろう。


 しかし接着剤採取が月例である。校長そして時間があればプヨンや他の賛同者にも連絡を取るため外に出る。


 あらゆる事態を想定して行動するノビターンだが、完全な未来予測ができない以上、とてつもない災厄が訪れることもあるかも知れない。特に不測因子ノミがいる。ノミに万が一があってもいいように、治験者ノミとしてしっかりと計画を立てれば一石二鳥だと思えた。


 一休みすると、ノビターンは予定通り接着剤回収の準備のため、ノミとの待ち合わせ場所に向かう。いつも数日前に準備を整えておくことにしているからだ。


「ノビターン様、いつもより手荷物が多いようですが?」


 強い意志をもつ生き物はストレージに入らない。今回のマリブラはいくら試してもまったく入らず、直接運搬するしかなさそうだ。


「その通り。薬剤部から新薬を試してほしいとのことで、魔力電池が普段の2倍あります。残りはいつも通りストレージに入りましたが、これだけが厳しくて」


「なんと新薬ですか。噂に聞いていましたが、密かな情報筋から得た情報では、男を絶倫にするという……」


「な、なんですって?」


「ノビターンさまぁ?」


 ノミの甘えるようなアホ声に殺意を覚えたが、このことは下手に言いふらされても困る。ニードネンやメレンゲの口から情報が漏れるとも思えない。どのルートから漏れたのか確認する必要がある。


「新薬とは何か、ノミは知っているのですか?」


 ニヤッと笑うノミは、当然ですと言わんばかりだ。


 ノミが極秘とか裏任務が大好きなことはノビターンも知っている。もしかしたら密かに情報を入手したのかもしれない。それはそれで問題だが、話す手間が省ける。ノミが受けてくれれば、このお試し薬を事前に飲んでもらうこともできる。


 そう思いノミの情報力を上方修正したが、全力で裏切られた。


「新薬とは、新しく開発された薬の意味ですよ。ノビターン様はご存じないのですか? ふふん!」


「へっ?」


 思いっきりバカにされた。おまけにあまりの予想外の答えに変な声が出た。全く可愛くない声に頬が赤くなる。


「おやおやぁ? 知らないことを恥じることはありませんぞ。日々勉強あるのみ。知者は知らないことを知るのです!」


 どこで覚えてきたのか? 


 十中八九誰かの受け売りだろうが、それを聞きノビターンは気持ちを固めた。


 黙って飲ませる気はなかったが、これだけノビターンを挑発するなら遠慮不要となってありがたいくらいだ。あとで絶対薬を飲ませよう、そう決意した。



 

 数日後、飛行するノミの背に乗って移動しながらノビターンは考えていた。出発して1日で、近場での魂の接着剤回収は予定通りできている。そして最後の1箇所が少し遠いキレイマスの学校湖の湖底なのもいつも通りだ。


 ニードネン達からもらった薬は結局タイミングがないまま先送りになっていた。これ以上延ばすと何もせず戻ることになる。袋から取り出し、手のひらに乗せてみた。


「密かに3個の薬が手に入ったのは幸いだわ」


 20分後には目的地に到着する。滞在時間は1時間。薬が合わず体調を崩すと戻れなくなる。このタイミングで投薬を始めるという治験例は聞いたことがない。


 薬剤の効力を確かめずに大治験に突入すれば、ノミの魔力なら一瞬で力尽きてしまうだろう。


 しかし逆にここの接着剤を回収すればあとは戻るだけ。大治験に集中できる今なら、ノミに治験するチャンスだ。


 第一検証、副作用。第二検証、ノミの再生速度。


 薬が切れるまでの時間も入れると、治験時間は数十分かかるはずだ。ノミであればこの治験をさせることにためらいはない。十分な成果が期待できる。


 ここまで先延ばしになったのは、薬効が短い上に使う必要がなかったのが大きな理由だが、一度身体への影響を見てしまえば、あとは自分自身でも試せる。


「ノミ、この薬を飲んでください。例の新薬です」


「は? 霊の神薬? 何の薬ですか?」


「飲んだ者を無敵にする薬だそうです」


「はははぁ、私は今でもほぼ無敵ですぞ。いりませんぞ」


 お前を殺すと言葉を言いたいが、ノミがいないと帰りが困る。グッと我慢するノビターン。


 確かにノミの頭は無敵だ、そう心の中で呟くのが今できる最大の抵抗、ここでノミの機嫌を損ねてはいけない。


 聖職者たる者、いついかなる時も、たとえ極悪犯の前でも笑顔を絶やさずお布施を受け取る、この程度はアサーネや他のものでもできることだ。


「薬剤のカプセルは嚥下して。飲み水がカプセルを溶かしてくれます」


 そう言って渡した独特の色の薬。空中でもあり、カプセルを口に押し込むとノミは一息に飲み込んだ。続けて口に水を出してやる。


 飲ませはしたが、いくらおバカなノミでもそうそう大怪我するタイミングはない。それにニードネンお勧めの薬効は、まったくゼロではないだろうが、言った通りになることも稀だ。


 とりあえず薬が無事に切れればいい、そこが重要だ。

 

 帰りが大変にならないよう、程よく羽が折れる程度の怪我をして、そのまま治ってくれないかしらと考える。


 だが飲んでから10秒ほど無言だったノミは急に元気になった。速度が上がる。


「ひょー! これはいいですな。なんかこう、やる気が」


「ちょ、ちょっと。安全飛行! 目的地はいつもの湖岸ですよ」


「わかってますともー。ひゃっはー! スライスバーーック!」


 ノビターンはいきなりのノミの様子の変化にとまどう。ニードネン達は何も言っていなかったが、これは副作用なのか。


 ノミの気力が充実しているのはいいが、冷静さがない。カタパルト射出された投石のように、あっという間に高高度に達し、そこから滑空、さらに自由落下で加速する。


 急上昇急降下を繰り返すが、どこにこんな体力があるのか。しっかり掴まっているのが精一杯だが、最後の峰も超え、あと5km、2分ほどで目的の湖岸だ。


 そろそろいつもの湖が見えるはずだが、急に目の前に霧かもやのようなものが見えた。


 目を凝らして拡大させる。えっと思ったが、虫の大群だ。


「……あ? あんなところに! バル3放出!」


 ノビターンの斉射準備と同時に、ノミはそれらを追いかけ始める。ノミにはごちそうかもしれないが、あんなところには絶対突っ込みたくない。


 ノミの速度上昇がいつもより早い。ノミが見境がなくなる前に、火力で虫の群れを散開させようと準備をしたが。激しい飛行振動で集中が削がれ、間に合わない。


「よ、避けなさいよ! 全力旋回!」


 叫んではみたが、まったく制御が効かない。


「おぉぉ、メシだ! メシだ!食わせてください!」


「ダメと言ってるでしょ。回避」


「じゃあ、消化。食わせてください! 消化。しょうかーー!」


 ドカン


 ノビターンが放ったバルヨン火炎で虫たちが散り散りになる。かろうじて虫に突入は避けた。


「ええーー、おやつがなくなるとはー!」



 ノミが恨んでやる、食い物の恨みなどと呟いているが急に静かになった。急激に加速していく。


「ノミ、飛行速度が速すぎないですか? 大丈夫なの?」


 だがノミの反応がない。ただの睡眠のようだが飛行中だ。


「え? 食べられなかったから反抗? それでもこんなところで普通寝る?」


 もしかして本当にエネルギー不足なのか? 目的の湖岸が見える。方向は問題ないが、ノミの減速ができない。


「ま、間に合わない!」


 焦る。ノミ込みで不時着できる自信がない。


「げ、激突は避けないと! ノミ、起きなさい。ノミ! 寝るの中止」


 一瞬ノミが動いた。安堵したが、


「はっはー。寝るのにちゅーはいらないっすょぉ」


 完全に寝ぼけてる。


「空腹により停止します。緊急不時着モード。へこっ!」


 その言葉を最後にノミは反応しなくなった。殺意がわくが飛行状態を制御するのが精一杯だ。


 ノミとノビターンは真っ直ぐ湖岸に向かうしかなかった。




 ノミが墜落する少し前、プヨンはサラリスとユコナの授業後の自主学習に付き合っていた。もちろん自主学習というのは表の姿、厳密には校庭の片隅にいるただの的だ。容赦ない攻撃に晒される。


「初年生のサラリスさん、ユコナさん。至急、学習指導室へきてください」


 顔を見合わす2人。声のする方を見ると教官室の窓から大声で叫ぶ教官が見えた。拡声魔法、『声を大にして言いたい』を使用したようで、視線も完全にこちらを向いている。指名指示だ。


「あぁ、何かやらかしたな。やはり俺を虐めすぎと指導が入る頃だと思ってた」


 『えー』とか『虐められてるのはこっちよ』などと愚痴りつつ、呼吸を整えながら向かう2人。もちろんどうなるのか情報収集を兼ねて、興味津々のプヨンも笑顔で後ろから付いていく。


 建物の3階に着く。


 2人が指導室という名の尋問室に入っていくと、さらにわくわく感が増した。何をやったのか少しでも早く確認扉前で集音する。


 もっとも長くなるかもしれない。


 待ち時間の間に、げっそりして出てくる2人にどう言葉をかけてやろうか悩む。授業の課題に取り組むときとは別で、いくら頭を使っても疲労しない。


 2人が入って3分。物音ひとつしない。


 ふと何気なく窓を見ると、なぜか窓の外に現れた校長と目があった。特に意識してチェックしていたわけではないが、今きたのだろうか。


 校長は一瞬慌てたように見えたが、すぐに平静さを取り戻した。


 プヨンに気づかなかったことに驚いたのか、それとも自身に気付いたプヨンに驚いたのかはわからない。


 校長がきたのがなぜ窓からかはさておき、校長がきたということは、もしやユコナ絡みは相当重罪なのか。思わずニヤけてしまったが、唐突に校長が一言呟いた。


「明日午前0時。湖水でノと接触すべし」


「え?」


 驚くプヨンだが、校長は復唱しろと言う。


 これは試験なのか?


 突然ではあったが、中身は記録している。完全コピーで抑揚まで合わせて復唱すると、校長は満足そうに頷いた。そのまま廊下を歩いて行こうとするので慌てて呼び止める。


「これは何のために?」


「こうすると君、ここにくるだろ。極秘指令は口頭伝達が基本だ。今晩は湖で月見だー。ほら団子」


 毒でも入っているんじゃないかと思うが、流石にそこまで試さないか。


 一方で中からユコナのえーという声が聞こえた。何やら揉めているようだが、ゆっくり聞く余裕がない。


「これは最初だからサービスだ」


 そういうと校長は一枚の白い紙を渡してきた。何か伝言でもあるかと思ったが何も書かれていない。ただ少し柑橘系の匂いがする。


 校長は遊んでいるのだろうか。



 何か意図があるのだろうが、さっさとさせたいことを教えたらいい。そう思ったプヨンは、こんな紙燃やしてやろうと紙に火をつけた。


 すると炎を近づけ、紙が燃え始めた時点で数字が浮かび上がってきた。数字は0130が読み取れたが、同時にそのまま燃え広がり、灰になってしまった。


「午前1時30分、湖岸で月見をしろ。成功考課、+50点」


 プヨンがそう読み上げると、校長はもう一度満足そうに頷く。


「いいだろう。よく紙の意味を見破った。しかも即座に消すとは後始末も及第だ。上手く行ったら80点出してやろう」


「え? ほんとですか?」


 80点は昇級に必要なポイントの8割と聞く。それがどのくらいかはピンとこないが、階級1つ上がる軍功といえば1つの作戦成功くらいに相当するはずだ。


 数時間のお迎えでそれが得られるとは、気軽な相談相手くらいと思っていたが、そんなヤバいことを含んでいるのか。いろいろなことが気になった。


「何があったんですか? 訳ありなら教えてください」


「何もないわよ! 2人がかりで1人にやられるようじゃ話にならないって言われたわ! 訳わかんない!」


 校長に聞こうと思って振り向いたら、目の前に御立腹のユコナがいた。当然、校長はいない。そんなに時間が経ったのかと焦る。


 しかも校長に渡された14個、三段の団子は残り8個しかない。


「心労回復薬として頂いていくわね。また後でね」


 後で覚えてなさいよと捨てセリフを残して、ユコナ達は立ち去っていった。

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