みんなの悩み方 2
レアが来年入学してやると言ったのには焦りまくった。
予想外の発言だったが冷静に考えると、レア入学は無理に違いない。まれにメサルに会いに来るのがレアには精一杯、入学そして危険な授業など身内から大反対されるだろう。
勝手に滞在期間を延長したこともあり、今回が最初で最後の長期外遊になる可能性も高い。よってレア入学は杞憂案件、忘却可にする。
「あとで匿名の行動記録を送付しようかな?」
誰にいうでもなくそう呟く。
今度会ったら「残念だったね」とレアを慰めることもできるはずだ。
レアの封印は成功。ついでに難関裏ミッション『身内も敵』も、ヌーンを利用して無事に完了させた。これでレアも今後は味方にも注意を払うだろう。
これもランカ礼拝所の霊験あらたかなご利益。この後の予測がつかないが、なんとかなるはずと考えながらレスルに戻った。
レスルは時間帯のせいか、まばらに人がいる程度だ。大半は受けた依頼を朝からこなしていくから、昼過ぎといえばこんなもの。
誰も周りにおらず、ほぼプヨン専用のレスル掲示板で手頃な依頼を物色する。当然だが、いい運動、いい稼ぎになりそうなものは品切れで。仕方なくいつもの納品物でも作る。
プヨンにとっては簡単だが、それなりの値段で売れる。
濡れない氷、凍らない液体、温かい氷、燃えない紙を手際よく作っていく。保存が効かないものも多いが、こんな物が結構売れる。
開発のきっかけはヴァクストに目玉商品を頼まれたからだ。『はにかんでいる鎧』なども高評価。他にも幾つかあった。
特にこの濡れない氷は珍しく、売れ筋らしい。原料は空気で無料、それを冷やすだけ。氷や水は空気を使えば誰でも作れるはずだが、まとまった量を作れるものは意外に少ない。
聖氷皿としてランカが儀式で使い始めると、宣伝効果抜群だった。いつの間にかヴァクタウンでの目玉商品だ。融けないように保管するのが大変だ。今はキレイマスでも限定数ながら販売されている。
「タダン。例のものを作るよ」
「おぉ。助かる。今日は寒いから欲しかったんだ。温かい氷はできただけ引き取るぞ」
レスル管理者タダンが指示をすると、そばにいた者が断熱箱を持ってきた。とりあえず濡れない氷だ。
まず水分を除き、さらに湿気を取り除いた空気を冷やす。すぐに小さなドライアイスの塊ができた。
温かい氷はちょっと難しい。超高圧にすると室温でも氷になってくれるが、保管が難しかった。
ドライアイスを2kgほど作ったところで、張り詰めた空気に気づいた。体温でさらに近づいてくるのはわかるが、もちろん姿は見えない。無闇にレスル内で姿を隠蔽するとは、何か悪意があると思われても仕方ない。
「ストップ。そこで立ち止まって。申し訳ないがどなたでしたっけ?」
とりあえず敵意はなさそうで、穏便に話しかけてみた。しかしいつからいたのかは不明だ。ずっと気づかなかったのかと心臓はドキドキしている。
「ぐっ。やっぱり気づいているわよね。いつから?」
そう言いながら姿を現したのはユコナだ。ユコナは一目でわかるほどずいぶんと険しい顔をしている。交代戦も勝ったはずなのに、どうしたのか悲壮感すらある。
少なくとも気も腹も弛んでいない。接近を許しユコナに気づくのが遅れたプヨンの方が、気が緩んでいた。
「ずいぶん上達しているじゃないか。つい10秒前まで気づかなかったよ。ユコナも小遣い稼ぎか?」
「やっぱり最初っからか。今きたばっかりだから10秒前なら建物に入ってすぐよ。他の人達は気づいていたのかしら?」
さも当然と装いつつ、内心はホッとする。よかった。見落としはないと知って、及第点を確認する。
「さあなあ。だがこんなところで姿を眩ましていたら、敵意ありと思われるよ? 逆に抜き打ちで斬りかかられても文句は言えないよ?」
それこそ望むところと言うユコナ、どうもふざけているわけではなく、何かしらの意図があるようだ。
それまで作った濡れない氷を納品して50グラン受け取る。消耗品ではあるが、かなり高値で買い取ってくれる。うまく使うと生鮮食品の保存などに便利らしい。
使ったエネルギーを考えると全く割に合わないが、単純技術であり、プヨンにとってはある程度大量生産できるため疲労対硬貨のバランスがとれていた。
作業が一段落して、あらためてユコナの話を聞いてみた。じっくり本格的にだ。
「一言で言うとやっぱり怖いのよ。プヨン以上の怪物はどのくらいいるのかしら?」
「あぁ、それはきっとうじゃうじゃいるだろうね。危険地帯では、きっと弱い者から順に淘汰される修羅の世界が待っているんだ」
自然様など人の威力では太刀打ちできない。それは重々承知だ。
ただユコナの怪物はひどい言い方だが、意図はよくわからないまま質問に釣り合うように返答をする。
「そうでしょ。自分たちがいつも万全じゃないし、一戦後に無傷の相手が現れたら、きっと今回の交代戦相手のようにボロクズにされちゃうわ」
「そうだな。でも現実は連戦の方が多いんじゃないか? まっさらで1:1って最初だけだろう。ただどっちかが全滅までやりあうこともあまり無さそうだけど」
「むーん。今ひとつ想像が。やはり一度現実的な体験がいるかしら? もちろん安全なやつで」
「災害対応とかがあればいいんじゃないか? ただ攻撃がないだけ安全だが、大自然様の超魔法はとてつもない威力だぞ。寸止めしてはくれず、人道的配慮もない。間違っても土石流や噴火に立ち向かって止めようとするなよ?」
プヨンも自身の限界をさとった時からの戒めだ。
ハンガーマック、何も考えずに全力でエネルギーを使い果たした者に訪れる反動、しばらく動けないくらいへろへろになる。
プヨンは小さな湖でも全凍させるのはかなり厳しい。対生成から水を作るだけでもすぐに限界がくる。
この程度ではお星様が無意識に繰り出す超魔法、大型低気圧や地震1つの相手ですら厳しく、大地に降り注ぐ陽の光の前では、1秒も対抗できないことはわかっている。
もちろんプヨンでもこうだから他ではなおさらだが。
一方で、なぜ、この小さくないエネルギーがプヨンに扱えるのかもまだ十分に理解できていない。
経験的にプヨンの魔法現象の影響範囲は、他の人達より随分と広いことはわかってきた。星の重さが重いほど重力が遠くまで届くように、引き付ける何かがあるのだろう。
「ひゃー」
ユコナのおかしな声で、思考から引き戻された。
「やっぱり、きっと捕まって尋問コースで痛めつけられたあと、何も聞き出せない腹いせに最後には動物のえさに!」
ユコナの妄想全開だ。
「上級生は大丈夫って言ってたろ。ユコナも日々、念性の改善をしてるから、本気を出して身を守れば、そうそう落とされることはないよ」
「本当にそうなのかな。そんな状態になったらかなり怖いんじゃない? 集中も乱れそうだが」
珍しく自信なさげなユコナには逆効果だったらしく露骨に渋い顔で、やりすぎたかと慌ててフォローする。
「サラは威力アップに備えてるわ。新アイテムのため備品庫を物色中らしいの。味方にダメージがなく、適切な範囲だけものすごい威力が欲しいそうよ」
「そんな都合のいいものないだろう? 炎神雷神様として炎、雷を2人で撃ちまくった方がいいよ。攻撃は最大の防御と言うし」
「悩み多き乙女なのよ。ちょっときついの打ちたい」
威力不足を嘆いていたかと思えば、威力大好き発言。よくわからなくなってきた。
「うわっ」
油断するタイミングを狙って、突然顔の前に水がかかる。ユコナが仕掛けてきた。予測通りなら続けて氷結がくるはずと慌てて熱を加える。一つ間違うと熱湯になるので加減が難しい。フェイントには要注意だ。
抑え込まれてなぜか悔しそうなユコナ。明らかに隙をつこうとしている。
「さすが神型。せっかくの視界封じ、氷の仮面も効かない?」
かわいく言っているが騙されない。
「俺……いや人が範囲内にいるのに平気で魔法発動とかはひどいんじゃないか? やっぱり相手の防御力が気になるのかな?」
「防御力かぁ。私、結構強度が上がってきてるのよ。その辺の皮革系よりは強度がついてきたけど、防御と言ってもこれ以上露出は増やせない……の」
「わかる。外面がよいんだよね。面の皮が厚いとも言うけど」
ユコナの服装を見ながらそう言う。ユコナをよく見るとスカートの腰回りや腕の袖がいつもより布地が少ない。皮膚の硬質化が上達してくると、いっそ肌を出す方が防御力もあがり、防具の損傷も減る。この修理はバカにならない。
おまけに防具を重装備にすると動きが鈍くなる。ある程度は浮遊で軽くできるが、環境攻撃に対応できるユコナのように、水で炎系攻撃にも対応できるなら、本人の許容範囲で軽量装備を選ぶのも選択肢の1つだ。
「たしかに、その素肌鎧は視認性を低下できるな」
「そ、そうかしら? 悪くはない?」
「あぁ、相手の視界を制限できそうだ。思わず目を背けさせ、いや他に釘付けにできる可能性がある。場合に寄っては激しく精神が錯乱するだろう。恐ろしい付随効果だ」
「……ふふふ……ふ。そんな効果があるなんて知らなかったわ。今釘付け中かしら?」
そうだとうなづく。正しく評価したつもりだ。
にやっと笑うユコナに、優雅に微笑み返す。急激に気力が充実していくユコナの反応を見て、即座にプヨンも速やかに次の行動に移る。
「魔力倍増は簡単だろ。こんな一言でな」
いつものように和やかな雰囲気を醸し出しながら、魔力倍々増を発動する。
意志に係る力を一気に高圧にすると、一時的に流れはよくなる。そして持続力。運動して血管を太くするように意志の配管そのものを太くしていく。この鍛錬の繰り返しだ。そして、その高圧は精神的な作用も大きい。
もちろん高めたものは放出しないといけない。ユコナがすんなりと受け入れるはずがない。
「うりゃー、この場で串刺にしてやる! 『アイシシクルーズ』」
針のような細いつららが数十本、プヨンの喉と目に向かって飛んでくる。小さな針にすることで単発のエネルギーを減らし急所を狙う。複数の方向からで、見えにくく避けにくい。
狙う先が急所とかで容赦ない上に、これだけの瞬間冷凍技術はかなりのものだ。ずいぶん魔力の練りが滑らかで、発動力が上達しているのがわかった。
もっとも小さい氷は融けるのもはやい。熱風中を通るだけで簡単に融け、次々に水飛沫が顔にかかった。
「やってられないわー」
「やってられないのはこちらだ」
もっともこの攻撃は、本を正せば原因は自分だ。自分が挑発した。
最初はいつだっただろう。
「いつでも何でも好きなだけ試していいよ。自分がどこまでできるかも試したいし、周りに注意して、俺を的だと思って」
期限も条件もつけずにそんなことを言ってしまったことが何回かある。
ただこれはこれでプヨンも楽しんでいる。
いつ仕掛けられるかわからない緊張感、食らったときに即座に治療を施す練習はとても実戦向きだ。
一方で実弾効果を見たいサラリスやユコナとはウィンウィンの良い関係と言える。即死レベルは使わないように気を使ってくれていた。
「こ、このぉー、全方位からいくわよ」
いろいろと角度を変えてくるが、所詮出どころはユコナの指先、軌道の予測がつく。
3分経過、ユコナの氷雨はそろそろ限界のはずだ。
「うわぁーー、やぁらぁれぇたー」
いつものように2、3本受け止めて終わろうと手を出したところで、
「あーー!」
なぜか特大の針が一本手のひらに突き刺さっている。普通の氷くらい難なく弾き返すはずだが、よく見ると五寸釘、それも硬度鋼の特別製だ。
「なんてひどいやつなんだ。どうりで融けないはずだ。でも顔を狙わないあたり優しいよね」
そう言いながら釘を抜き、治療する。地面に落ちた釘がチンッと甲高い音を立てた。
「ふぅーー」
とりあえず満足したのか、大きく深呼吸しながらユコナはへたり込んだ。椅子に腰掛け休憩だ。たっぷり1時間、雑談で失われたメンタルを癒す。
無呼吸無補充の魔力連打は瞬間高威力にできるが、限界まで打ち込むと反動が厳しい。
短距離走と同じだ。速く走れるが、すぐに息切れする。しばらく動けなくなったユコナ。
「こいつむせるぞ!」
「え? 待って、待って」
「どうした? 胡椒か?」
ゴホゴホゴホッ。ギャフッ、ゴホゴホ。
完全に入っているところを見ると、盛大に吸い込んだようだ。
動けないユコナにさらに呼吸の手助けをしてやった。
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