交代の仕方 7
「おい、リーダーが寝てるんじゃない! 力を練るんだ」
上級生メンバーの1人、トレイナーは地面に倒れているメンバーに向かって叫んだ。もちろん自分もここで寝たいが、寝るわけにはいかない。力を練りなおす。
「おいったら。うわっ」
また石が飛んできた。かろうじて飛び退って避けたが、もう動くのが嫌だ。
最初、見張りを見つけた時はチャンスだと思った。リーダーが言った、『お、相手の見張りは女の子だぞ。尋問しちゃおうか?』の時は、トレイナー自身も『いいな、本隊を見つけて全部終わってからだぞ』と返す余裕があった。
しばらくはこっそり後をついていくだけだったが、空中に出たあたりで不自然さに気付く。
「あいつら疲れないの? 体力を温存しとけよ」
リーダーから指示が出たが、しかし、その時見えたモノがあった。
「なぁ、一瞬だが白くなかったか?」「あ、あぁ、あれが例の白い悪魔か?」
スカートがひらめく中、すばやく動くものがある。
そう言ったのはトレイナーとリーダー以外の2人のどちらかだ。さらにもう1人が『よくわからないな、もう少し調査しよう』と言った。男4人なのが災いした。せめて女性を入れておけば。
そうして尾行は継続となった。今思い返すと、これを考えたやつはただものではない。それが不運の始まりだった。
追いかけ始めてすぐに追いついた。相手の飛行速度は思ったより遅い。この時は初年生だとそんなものかと油断した。
しかし、ダッシュだとの掛け声で追いかけると不思議と差が開いた。それを2、3度繰り返し、その後はよく覚えていない。
息が苦しく、体が重くなった。もう追うのはやめようと思うが、リーダーは取り付かれたようについていく。引き返そうと思ったが引き返せなかった。
薄い霧が出てきて見失いそうになったが、相手も不安になったのか、ようやく初年生チームの偵察組は地面に向かって降下し始めた。当たり前だ。もう息が切れそうだった。いったいどれだけ飛ぶつもりだ。
今年の授業は持久飛行や持久潜航に相当力を入れているのか。うかつに相手の挑発に乗って追跡したことを後悔していた。
少し速度を上げてトレイナーは先頭のリーダーに追いついた。
「おい、降りるぞ。あいつらは長距離索敵の特化訓練者に違いない。これ以上追跡はしないぞ。いったん休憩だ!」
そう言いつつ顔を覗き込んだ。
「お、おい。寝てるのか? お前一体どうやって飛んでるんだ!」
揺り動かしても起きない。飛んでいるのではなく落下だ。急ぎ緊急着陸と思って声をかけた。
「おい、手伝え。様子がおかしい。え? まさか?」
叫んでみたが、重大なことに気づいた。ここでは寝るのが標準で、意識があるのは自分だけのようだ。
もう追跡はどうでもいい。トレイナーはチームとして確保すべき指輪を取り返す。ゆっくり指から抜く時間がなく、ナイフで指ごと切り落とし、即座に血止めだけした。これで着陸までもたせる。
「あっ、しまった!」
だが指輪を外した瞬間、力が抜けて後でつけるための指を落とした。当然探しに行く時間も体力もない。あれはあとで教官に再生してもらうしかない。外で頼んだら指1本500グランだが校内だと当然無料、すっかり横着になってしまった。
みんなに同意のない作戦変更だが、最優先は指輪の確保。わかってくれるはずだ。というか、寝ている奴らが悪いから理解しろと思う。
指から外した指輪を握りしめたまま、トレイナーは地面に向かう。いつもの治療担当のチームメンバーが、今日は偵察組ですぐそばにいないのが悔やまれた。
追尾していた対戦相手からある程度離れると、なぜかそれ以上離れられなくなった。
「まさかあいつらが?」
おかしいことが続きすぎるが、今の状況は抵抗できず相手の初年兵に引きずられていることを意味している。だがこの距離なら、圧倒的に影響力は減衰しているはずだ。何故なのか。疲れているせいもあるが、どうやっても抗えなかった。
「ぬぁー、ぐぬぬ」
力いっぱい力んで抵抗してみても離れず、ただ体力を消耗しただけで、何も変わらなかった。
ズザザッ
やがて前をいく初年兵2人は地面に降り、地面を削る音と同時に土ぼこりがあがる。トレイナー自身も地面に近づく。
「や、やばい。減速が間に合わない!」
思わず声が出た。おそらく相手にも聞こえたかもしれないが、躊躇する時間はなく最後の力を振り絞ると、急に体は減速しなんとか無事に着地できた。
間に合うとは思わなかったが意外だ。おかげでわずかではあるが気力が残っており、まだ少しは動けそうだ。慌てて身を隠すため、岩影の1つに向かった。
自分で手一杯だったため周りを一切見ていなかったが、仲間が心配になって周りを確認すると、仲間の2人もなぜだか無傷で地面に寝そべっていた。胸が上下しているところを見ると問題なさそうだ。寝そべる味方2人まで20mくらいか。
ただ先に降りたはずの対戦相手は見当たらない。身を隠しているのだろうかと慌てて攻撃に備えつつ、寝そべる仲間のそばにある石ころをぶつける。
ゴスッ
太もも当たりを狙って1発入れたが動く気配はない。もう一発。最後の気力を出し尽くしたのか、やたらと眠気を感じて膝をついたが、這っていってなんとかたどり着いた。
ふと上空を見ると、空に火球が上がるのが見えた。何かの合図に違いない。
「おい、お前ら起きろ」
「ぬ? あぃう」
このまま眠りたいのを我慢して、気を失っている2人に、強烈な気付け薬のスドリンクを飲ませ意識を戻す。これはやられたかと身構えていたが、しばらくすると何事もなく2人は目を覚ました。
「いてっ! あれ俺の指は?」
「指輪はここだ。ボケッとするな! くるぞ!」
「へぇ?」
ダメだ。寝ボケた2人は放置し、自分だけでもあの林に行こう。トレイナーは再び立ち上がり、のろのろと歩き出した。
「ヘリオン! 一気に行くわよ」
「ククク、任せろユコナ。圧倒的じゃないか俺たちは!」
笑いながら突っ込んでいくヘリオン。2発飛んできた石弾は超遅く、手首の保護具で簡単に弾き飛ばす。
バシバシン
空に3本光の筋が走った。あれはユコナの得意技の雷撃だ。相手も3人、全数命中している。ぎゃっという短い声がすると静かになった。
焦らず様子を見るが追加攻撃はない。まさかと思うが、相手は倒れたまま動く気配はない。
「さっさと行きなさいよ。目が覚める前に指輪があるか確かめて!」
「え? そう言うな。ここは代表してユコナが取りに行き、勲功第一となってくれ!」
さっきまで威勢のよかったヘリオンが、急に及び腰になっている。さっさと指輪を奪って逃げればいいのにあと一歩近寄れていない。
先日指輪を抜き取る予備練習時にヘリオンに一発くらった際、奪いに来たヘリオンがしゃがんだ瞬間『ばあっ』と起き上がって火球攻撃したのがトラウマになっているようだ。 それに奪った後は持ち主が時間まで逃げ切らないといけない。
ユコナとヘリオンの掛け合いを冷めた目で見ているサラリスは、そんなことをしている場合ではないだろうと、慌てて止めに入るようメサルに目で合図する。
プヨン達がやっているように、相手にも本隊以外の支援部隊がいるはずだ。そばを離れた後回復などをする可能性が高いことを考えると、見つからないように敵の捕虜を隠し、ここで見張るのも悪くはない。
「メサル、指輪取る前にちゃんと縛るのよ?」
「お? おぅ、忘れてた」
メサルが慌てて紐を出して近寄って縛り上げた。
学校の訓練の成果か、聖職者という割には速やかに縛る。まるで犯罪者を捕縛する警備兵のように滑らかな動きだ。同時にヘリオンが指輪を抜き取る。全員が気を失っていることで、指を切り落とすことなく無難に抜き取ることができた。
ヘリオンが指輪保持の役割が決まると急に元気になった。
「よし、二手にわかれ、サラとメサルは念のため警戒しつつ、周りを調査してくれ。なんか知らんが楽勝だったな」
「わかったわ、上級生の応援がきても攻撃はされないだろうけど、やっておかないといけないわね。岩場の後ろ、藪、樹上の葉の間も注意しながら見て回るわ」
そう言って駆け出したサラリスだが、すぐ戻ってきた。
「最林の入口手前とあっちの岩の隅に女性2人、男性1人どれも上級生のようよ。なぜか寝ている……」
ヘリオンが確認にいくと、外傷はなく息はしているが起きる気配はない。これで事前に聞いた相手人数の全員が確認できたことになる。
サラリスは倒れている女性の胸元に1枚の紙が挟んであるのに気が付いた。
拾い上げてみると、裏に字が書いてあった。『プヨン参上』。なるほど、なぜ残りの上級生がここで寝ているのか理由がわかった。
プヨンはエクレアと上空待機していた。『テレスコップ』を用い、ヘリオン達が指輪を抜いているのを確認する。そのままあずかろうかとも思ったが、それはやめておいた。
あまりに実力なく前線に行くのもそれはそれでまずい。ここは守り切る程度の力は期待してもいいはずだ。ユコナ達の後を追跡していた上級生3人の別動隊を見つけた。本隊は別に確認済みのため、こちらは偵察か囮は確定で手を出しても問題ないはずだ。とりあえずまとめて片づけておく。
『ノックス』を使い、大量の窒素酸化物を使って、酸素を無駄遣いしていく。すぐに酸欠で倒れ込んでいく上級生を確認することができた。
「プヨンさん、どこにいくのですか? もうよろしいのですか?」
「いいんじゃないか? これで切り抜けられないなら、前線はまだ早いと思うな。あとは待機所に戻ってのんびりどうなるか結果を待とう」
「いいんですかね? ほんとに? まぁプヨンさんの意味もわかります。あと1時間休憩ですね」
エクレアが合意してくれたので、2人は目立たないよう時間まで休憩した。




