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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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交代の仕方 4


 交代戦が始まった直後というのに既にエクレアはずいぶん疲れている。疲労度が激しく石の一つに腰をかけて呼吸を整えている。プヨンはいつのまにかエクレアが多数の虫にまとわりつかれていることに気付いた。


「今日のエクレア、羽虫が愛してくれるアロマ炊きがされてる。何故だ?」


「防虫だから……さ」


 エクレアは落ち着いている。エクレアが両手で虫を拡散させているが、羽虫の群れでは防虫効果はほとんど期待できない。まとわりつかれてうっとうしいだけに見える。


 念のためざっと周りを見たが、このかすかな匂い以外はこれといって気になることはない。もしかしたら何かしら相手に仕組まれているのかと警戒する。


 プヨンの発言が気になったのか、座っていたエクレアが白いジャケットを揺らしながらこちらに振り向いた。不安そうなエクレアを見て、プヨンは念のため少し探りを入れる。


「テスター」


 同時にちょっとした道具を取り出した。薬房や香房で使用するどこにでもあるものだ。隠蔽時にある要素が気になっていたが、事前に調べるために最近用意したものだ。


「それは魔端子で探らせてもらおうかな? いいかな?」


 直接近づかないとわからないためエクレアに確認する。何をするのかプヨンが説明する前に、興味が勝ったのか即座に頷いた。


 少し注意を向けるとエクレアの手先に原因がありそうだ。指がしっとりとしている。ここからかすかに感じるものがある。そういえばヘリオンがターナに頼んで何か作ってもらっていた。たしか植物由来のエキスだったか。これで虫を集めて、敵の魔法攻撃を防ぐ盾にするとか言っていた。偽装効果を防ぎ、仲間識別も兼ねていたはずだ。


「神衛隊のものだっけ?」


「わかりますか?」


「あぁ、匂いがな。キシリラブの新型か」


「おぉー、そうです。さすがですね、プヨンさん」


エクレアの顔回りは独特の癖のある匂いがする、おそらく手作りの高級品だ。だがかすかに別の匂いもした。


「お菓子いつ食ったの?」


「なぜそのことを? レーション(戦闘糧食)です。食べられる時に食べておかないと……」


「チョコレートの載ったシュークリームがレーションなのか?」


「ふぉっ。それは最重要機密事項なのに、いつのまに?」


「口の端にな。チョコがな」


 表情からして正解のようで、慌てて口を拭っている。


 エクレアの歯からもチョコが取れ怪しく光る。かすかに漂うこの匂いに虫が惹かれたのかもしれない。


「そういえば、見た目はなんとかできるかもしれませんが、臭いってどうしたらいいんですかね?」


「あぁ、ないわけじゃないんだが、簡単とはなかなか言えない」


「あるんですね、さすがプヨンさん」


「するとしたら、低気圧高電圧を利用したプラズマ脱臭くらいしか思いつかないな。でも、これはこっそり隠れては難しいから結局みつかってしまいそうだ」


 プヨンは少し考えてみたが妙案は思いつかない。あとは風下にならないようにするくらいか。


 そんな話をしていると何者かが複数で近寄ってくることに気付いた。最初はまた何か鳥か野犬くらいだろうと思っていたがどうも違うようだ。


「プヨンさん、3方向から近寄ってくるものに気づいていますか?」


 予想外にエクレアからも声がかかる。だが口が動いていない。気付いたことに気付かれないための腹話術か。無詠唱だ。一気に緊張感が増すが、目配せでそうだと答える。


「私は隠蔽が苦手なので逆手に取ります。当然隠そうとしていたのだけど、力及ばず見つかってしまったレベルに落とすことで相手はかなり油断するでしょう。気づいたことに気づかれてはいけません」


 なるほど。できないことでも使いようでは効果が出せるのか。エクレアの作戦行動に興味があり、そのまま後ろをついて歩くことにした。


「なぜ人だと気づいたの?」


「隠すのが下手な者でも、どういう時に見つかったかは知っています。組織的な動きからすぐに人らしき存在だとわかりました。このエリアには交代戦参加者以外はいないはずですし」


 なるほど。上級生も隠蔽しようとはしているがお互い見えるレベル、エクレアと同程度ということか。


「おまけに一般的なマールス通信ですね。たいした暗号化もせず『3方から追い込め。索敵要員は景気付けに血祭りにしよう』だそうです。技術レベルは低そうです」


「そうなのか? そこまで即席チームとも思えないけど。どういう作戦でいく?」


 マールス通信自体は一般に販売されているトン・ツー方式の通信機。タイコを叩くようなイメージで、音を通常は魔力の解放・停止に変えて、符号で会話する。


 便利ではあるが感度のいい感受法ができれば、その動きが他人でも感じ取れる。何かやりとりしていることがばれやすいのが難点だ。


「多勢に無勢、プヨンさんがおやつを守り切るのも難しいでしょう。ここにいますよとアピールしつつ、ヘリオンさん達に居場所を教える。ルール通り、こちらからは仕掛けないようにしないと」


 そう言いながら何やら防御準備するエクレア。


「そうか。じゃぁ即座にコルティッシュ作戦を発動」


「コルティッシュ? いたずらでもするのですか?」


「まぁ、そんなところかな。とりあえずエクレアを全面に押し出して、エクレアで釣って、最後まで食いついてもらうつもり」


「いったい何をするつもりなのですか?」


「ただ歩くだけだよ。もちろん俺は少し離れるから、会話の仕方を教えておくね。いつもの訓練のやつだけど」


 作戦は単純だ。エクレアにいろいろと歩いてもらう。プヨンはその後をついていく。ただそれだけ。散歩作戦と言ってもよかった。



「ま、待ってください。プヨンさん。後方が動き出しましたよ? 会話が理解できなくなりました」


 プヨンにも後方から上級生の会話が聞こえてはいた。何も考えずガンガン飛ばしている信号程度は、その辺で売っている受信用の道具さえあれば誰でも聞き取れる。


 だがそれが途中から突然聞き取れなくなった。いや、聞き取れてはいたが、意味不明になったと言えるかもしれない。


「一般符号をそのまま使うとは、上級生はおバカかと思っていましたが、さすがにコードが変わったようです。何やら会話していますが、解読できません。ですので何か会話させてください」


 エクレアが相手に会話させろと頼んでくる。一瞬なんだと思ったが、すぐに意図がわかった。話題があればいいのか。


「なるほどー。わかりやすい単語を喋らせて、パターンを解析か?」


「えっ? 私の動きを読んだのですか?」


 そうだと頷くとエクレアが驚いているが、このくらいはプヨンでも読める。ただエクレアの顔は読めなかった。こんな顔をするのかと思わず見る。不思議そうに凝視しているとエクレアは照れていた。


「そうだけど、実際にそんなことができるのか? かなりの計算量だけど」


「違う言語でないならなんとか。単語は同じでしょうし」


「まあそう言うなら試してみるか」


 まずは雷撃だ。晴天の霹靂を模擬する。瞬間のエネルギー消費が激しいが、プヨンの雷撃は天然ほど大規模ではない。動きは止まるが、頭に落ちても防具で大きく減衰する。もちろん当てるのは地面だ。


「『雷だー雷だー』『避けろ、か、気をつけろ』ですかね?」


「わかるのか? まあそんなところだろうけど」


 何かやりとりをしているのはプヨンも感じる。突風を吹かせ、雨、雹、石と順番に降らせる。


「どうだ? これなら単語が特定しやすいだろう?」


「怪我をしてませんか? こちらからは仕掛けられませんが?」


 律儀なエクレアだが自然の天気でもある程度。この程度で怪我をするようなものは、そもそも務めを無事に果たせないだろうと見極めていく。


「ただの悪天候だな。戦場の天気は変わりやすいというから、何が起こっても問題ない」


「あ、悪天候だからって石は降りませんよ?」


「いや、突風で巻き上げられると降るね。きっと豪石地帯とかがあるはず」


「えー? それはさすがに無理がありそう」


 エクレアはいちいちマジメだ。相手だって虎視眈々と何か仕掛けを悩んでいるに違いない。このくらいはまあ許容範囲のはずだ。


 「じゃあもうちょっと考えて、気候変化で」


 『暑い』、『寒い』、ついでに歩行の手助けをするため、『重い』のため徐々に体重も重くしてみた。


 蛙をお湯に入れて温度をゆっくり上げると逃げ出さないというのはガセだが、足の重りは100g、200g程度では走ったり跳び跳ねない限り案外わからない。


 少しずつ地味に疲労を蓄積してもらう。


 距離はあるが足元に石ころを置くなど、地味な活動で時々こけていただく。足を引っ張ることが得意なプヨンとしては、うまく足を挫いて自爆してくれたら儲けものだ。



 だがエクレアがそろそろやりすぎという視線にかわる。


「どう? だいぶ会話はわかるようになってきた?」


「単語レベルならなんとか。どう思っているかは分かると思います」


「ほ、本当なのか? まだ会話もそんな聞いていないだろうに」


「単語単位でも母音はそんなにないですし、所詮短文の会話初級レベル、パターン解析は余裕です。あ、追い詰めて捕獲するそうです。回れ回れと言っています」


 疑いの眼差しで見ていたが、どうやら本当らしい。


「相手が回り込むような動きに変わったな。俺は信じてたよ」


 誉めてごまかすが、見透かされている。


「所詮、メンバー間で意思疎通するためのものです。正規からちょっとアレンジしただけと判断しました。もと符号の最後に1桁追加している単純なものでした」


「そうなんだな。すごいな」


 エクレアの解析能力は予想以上に高いようで、基本解読が終わっていた。



 それを受け、先手を打って行動に移り、囲われる前に避難飛行にうつる。


「じゃぁ、エクレアの変換が正しいとして、回り込んでくる前に逃げるのがいいか。俺についてくるか?」


「そうですね。30分だけついていくことにします」


「一生ついてきたりはしないのかな?」


「ご安心ください。頑張っても作戦終了まででしょう」


 なかなかに読みが深いエクレアを引っ張って、空中に浮かびあがる。まずはのんびり遊覧飛行を始めた。


「『気付かれたぞ!』『上空』『偵察注意』『追うぞ!』だそうです。回り込みに注意。でも空中は隠れられませんし、範囲外に出たらダメですよ?」


「そうか。じゃあとりあえずさらに上空行くかー」


 とりあえずエクレアを釣り上げつつ、さらに上空に向かう。高度上昇速度は自信があるが、引き離さないように気をつける。


「『急げ』『付いていくぞ』と言ってます」


 プヨンは適度に回りながらコツを掴みつつ、相手の速度、旋回力を把握する。

真っ直ぐ上空に上がるため、バラバラだった相手の3人の位置がまとまっていく。


 

 徐々にエクレアを後方に置き去りにしていく。相手を引き寄せるためのエサだ。


 ここでユコナから密かに授かった秘伝サブミッションを発動する。『作戦名:おもり作戦』だ。ユコナいわく『エクレアだけ成長してずるい』だそうだ。どこの成長かはわからないが、これを利用する。


「プ、プヨンさん、私が離れてますよ。もっと引き寄せてください!」


「エクレア、釣りを任せた」


 さらに後方にして左右に揺らせて目立たせる。上級生はしっかり食いついてくれたようだ。スカートが風で激しくはためいていた。


「だ、ダメですよ! もっとそばに引き寄せてください。これだと的です!」


「思うように制御できなくて、胸周りの空気抵抗の関係で気流が乱れてバランスが」


 一応そうは言ったものの、プヨンは考えたのである。ユコナはエクレアのお胸を高く評価しているのではないかと。だがその言い訳はエクレアにはうまく伝わらなかった。


「プヨンさんは私を重く評価しているのですね。こんなおとり扱いをするなら絶交ですね」


 後方からエクレアの弱い火球が飛んでくる。一応無駄と思いつつも抗議の意思を示しているようだ。


「どういうことか教えてください」


「約13cm成長というのでおとり専門ということになったんですよ」


 お胸周りを指でさす。ユコナから負けたとの情報リークがあり、これを使用して敵を引き付けろとのアドバイスがあったのだ。


 プヨンとエクレアの非難飛行はしばらく続いた。

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