交代の仕方 3
交代戦がある朝、緊張のせいかプヨンはごく自然に目が覚めた。気がかりなこともある。あれからヌーンの姿を一度も確認できていない。
想像外の手法を使う手練れや、なんらかの理由でプヨンが油断していた場合は見抜けない。隠蔽破りの答え合わせは自分が攻撃を受けた時、命と引き換えになることも多いだろう。
だからプヨンも人一倍気をつけていた。隠蔽破りはここ数年ずいぶん上達したと思っていたが、必ず気付けていると自信があっただけに予想以上に焦りが出る。
訓練以外は教えてくれない以上、実際に気づけていないのがどの程度あるかは誰にもわからない。
ヌーンはどんな方法を思いついたのか。今度会ったら絶対言わせて見せるが、しばらくは悩み続けるしかなさそうだった。
交代戦当日は登録者以外は授業も訓練もなく、指定エリア入らなければ見学もできる。
校庭などではどっちがどういう勝ち方をするか熱心に語ったり、ちょっとした賭けに興じている者達がいる。
フィナツーにも緊張が伝わっているのか妙に1人で盛り上がっている。遅起きのせいで閑散とした食堂で1人で朝食を取っていると、あれこれと聞いてくる。
「プヨンは今日は休みなの? そんなことはないわよね」
「まあな。ヘリオンから選抜されなかったが、これは戦力外というわけじゃない。撹乱要因として囮になるつもりだ」
フィナツーの期待にも応えるため、その後はゆっくりと無制限地帯、交代戦エリアに向かう。
指定場所に近づくにつれ、いつの間にか周りにも同じ方向に向かう者が集まってきていた。さらに道なりに進むと、道の先にある不自然な木に気付いた。
こんなところに木があったかな思うと、木の表面温度が高く、集音を使うと鼓動も聞こえる。あきらかに迷彩状態の木だ。
相手は気付かれていることに気付いているのだろうか。もし参加者を試す教官の偽装なら見つけるとプラス点かと声をかける。
「そこにいるのはどなたですかね? 何か御用で?」
待つこと3秒。少しためらいがちに姿を現したのはエクレアだ。プヨンと同じヘリオン班の一員だが、戦闘は苦手な知恵袋的存在だ。
「何やってるの? 通行人で何か試していたようだけど」
「お待ちしておりました、プヨンさん。ちょっと自分の技術試しをしていました。私を見破ったのは初めてです」
「ほんとかよ。とても嘘くさい。まあ待ってたのはそうかも知れないが」
明らかに適当なセリフに、不信感マックスのプヨンが真顔で返すと、エクレアはバレたかという顔をしている。
「えー、ほんとですよ。話しかけてきたってことは、私がいることはわかってたんですね。あぁーぁ、連続12人どまりかぁ。もうちょっといきたかったな」
「みんな気付いているけど、いちいち声をかけなかっただけでは? 自分に気付く人を探している悪霊みたいでちょっと怖いぞ」
「えぇー、それはひどいです。ユコナさんに大丈夫って言われたのに、どうやって気付いたんですか? じっと立っているだけなら、視線を止める人もいなかったのに」
ユコナの隠蔽方法ならルフトに学んだやつだろうか。そう思ってエクレアを見ると、手に持つ白い布を丸めている。全然違うようだ。
「これは投影幕なのか? ここに景色でも映していたとか?」
「そうです。姿隠しにはこれが一番手っ取り早いと言われて」
隠蔽系は大きく2つある。体の見た目を直接変える擬態派と、相手の目に向けて映像を見せる映写派だ。映写派なら風景とかもいじれるメリットがあるが難易度は高い。
よく見ると白布の真ん中に小さな穴が2つあった。
「ここから覗いてみていたの?」
「はい。これやると相手が見えないので、やっぱりそこが弱点なんです。気になりますよねー。はぁ。何かいい方法ありませんか?」
えっと声が出た。擬態時はどうやって自分が相手を見るかは大事だが、さすがに横着すぎる。
「俺は誘導とか反射を使うなぁ。水の屈折をうまく利用すればいいよ」
「原理がわかりません。やり方がどこにもないんです」
教えてくださいよーとかわいく言われるが、エクレア程度のぶりぶり色気作戦は無効化できる。
そうでなくても映像を言葉でイメージさせるのはなかなか難しい。面倒だから直接見せてやったが理解できないようだ。これは諦めることにした。
「ところで何を待っていたの?」
ぷくっとしたエクレアだが、そうでしたといいながら緑色のジャケットを取り出した。
「これを渡すため持っていました。ヘリオンさんが今日はプヨンさんと一緒にいるようにと」
一目で色付きのパンツァー服だとわかった。薬液付きの素材なので、事前に貯めたエネルギーに応じて、無意識でも自己治癒力を強化できる。
鎧下のインナーとして身に付けていると、大怪我でも止血程度はできる基本装備だ。
「これを着るのは理解できるけど、なぜ緑?」
「大丈夫です。プヨンさんが昨日の説明を聞いていないことは、今までの経験から予測済みです!」
プヨンが抜けてるのはお見通しとエクレアが勝ち誇っている。
「先制攻撃可能な登録者は赤で、非戦闘者は緑がルールですよ。知ってますか?」
「うっ。痛いとところを……」
エクレアの指摘は的確で、もちろんプヨンは予習などしていない。
今回は非戦闘員であり、シミュレーションも怠っている。色々と事前にやってもその通りいくはずがないからだ。エクレアの説明が続く。
「本日のヘリオン班の戦闘エリア割り当ては、A-3、いわゆる岩場地帯です」
エクレア指差す遠くの丘の上がAー3だ。
「Aー3の丘は見晴らしがいいですが、岩キャノンが大量にまぎれています。その奥の古い塹壕地帯は深くはないですが、かなり枝分かれしています。必要潜航力は100m です」
「なるほど。ここは潜んでいる可能性が高そうだな。ここ調べる?」
「ダメです! ここはエローション地帯。びらん性の火山性硫黄ガスで非常に危険です。触れるだけでただれますよ」
「なるほど。びらんガスは有毒なエローション効果がある。こうしたエロ系には注意が必要だ」
「そうです。エロ注意!」
エクレアがエロ注意連発だ。
「そういえば温泉地帯ならその奥はどうなの? 熱水地帯もあるよな」
「よくご存知で。極秘調査によると、天然温泉の薬効はアルカリ性、お肌改善効果ありです。ここの掛け流しの銭湯力は530000です」
「そうか。それは一緒に攻め入るしかないな」
「いいですねー。そんな時間が作れますか?」
「一緒になら、絶対できます」
恐る恐る言ってみたが、エクレアの視線はユコナ得意の凍てつく死線ではなく、好意的でテンションがあがる。
「もちろんフルパワーでプヨンさんと入る気はありませんからご心配なく。そうだ足湯でどうでしょう。少しは楽しめますよ」
期待は一瞬でしぼむ。エクレアは冷え性らしく念入りに足湯を勧められた
ドーン
入口から少し奥に歩いたところで大きな音がした。火砲による開始10分前の合図だ。
すでに頭に入れてある地形を思い浮かべる。どこが拠点か、自分が考えることは相手も考えるだろう。なんとか対戦相手を先に見つけたいが、相手も警戒しているはずだ。手間取ってもいけないし、焦って見つかってもいけない。
歩きながら1つ1つ確認していく。
「じゃぁ、交代戦は何をするのか理解していますか?」
「もちろんだよ。『スリリング』という指輪の奪いあいだ。最初は上級生が身に付けてスタート。それをスリあって最後に持っていた方が勝ちだよな」
「そうですね。13時から16時まで。最後に持っていた方が勝ちです」
エクレア先生の厳しい指導が続く。選抜実績のある上級生は既得権があるため引き分けでも勝ちになる、攻めて側には厳しいルールだ。
もっともずっと隠れ逃げ回って奪われなければいいのだが、上級生のプライドとして、当然格下相手は打ちのめしにくる。逃げたと噂になると今後舐められてしまうからだ。
「その間は自由行動だよな。岩場地帯かぁ。隠れるところは多いのかな」
「そうですね。地下もあるので立体的な把握が必要です」
「ちなみにどんな指輪なんだろうな?」
言ってすぐにヤバっと思う。勉強不足がバレバレだ。エクレアはふーとため息をつくと教えてくれた。
「指輪のデザインは、どんぶりサイズの金属のすり鉢がついています。とっても邪魔ですし目立ちます。おまけに留め金がゆるく、強くはじくと取れますよ」
「もちろん知ってたよ。ほんとだよ。指を切り落とさなくても奪えそうだな。ちょっと気が楽になった」
「何言ってるんですか? 緑服は囮としての攪乱だけで、自分から攻撃できませんよ。そしてこれがプヨンさんがサボった時に作った作戦計画書です」
この筆跡はヘリオンだ。エクレアは準備周到なのかこんなものまで用意している。
「罠や支援はできますよ。流れ弾とかには十分気を付けてください」
「なるほど、狙うとダメだが、流れ弾になるように気をつけろと。たまたま当たったことにすればいいんだな。うまく挑発して相手に先に手を出させる。その後はどさくさに紛れて事故が起きると。むむむ。たしかに事故じゃ仕方ない」
「誰もそんなことは言っておりません。安全重視でお願いします」
作戦の意図を正しく理解することが重要だ。この紙の何気ない文言から、ルールを熟知していることがわかった。
「エクレア姫は必ずやお守りします。置いて行ったりはしません」
「もう! ダメですよ。しっかり守ってくださいね」
プヨンとエクレアは危険地帯の入り口で周囲を警戒していた。ここで待ち伏せもありだと思うが、相手も入場したばかりだろう。もちろん何もおかしなところはない。
同時に数組実施しているため、中央の道の左右にそれぞれの戦闘エリアが配置されている。串の□が戦闘域、中央のlが道といった感じだ。
もちろん中央道は非戦闘だが、流れ弾は飛んでくるかもしれないと注意しながら進む。
一本の線が見える。ここをこえたあとにエリアから出ると負傷退場扱いで再入場できない。
売店のシュホさんから受け取った火魔法必須の携帯食『ミニメシ』を早くも口にする。入口は見学者も多くほぼお祭りだが徐々に静かになっていく。
エクレアは妙に淡々としている。あまり緊張がないのだろうか。
「とりあえず、どうしよ。予定を再確認するか」
「そうですね。本日の防衛作戦、第一防衛、私、第二防衛、3時のいちごジュース! 断固死守してください」
「え? 本気で?」
「えぇ、いちごジュースは命の水です。私一度命懸けで守られる立場になってみたかったんです。姫って呼んでもいいですよ?」
「姫を国外に売り飛ばす悪大臣とかもいるんじゃない」
「それはダメです。そんなことしたら、私の銭湯力フルパワーのご褒美はなしになりますよ」
「な、なんですって? 絶対死守しますよ」
思わず期待して返事してしまったが、はめられている可能性もある。下手すると熱湯風呂かもしれない。
さすが知謀者、こんなことでやる気フルパワーになったが、違うところにエネルギーがいかないように制御しなければならなかった。
「ところで見つけたらどうするんだ? 大声で言うわけにもいかないよな?」
「そこは大丈夫です。火球を空に3発打ち上げてください。あと危険と思ったら避難してください。
「大丈夫。危険と思うことはないから」
危険でなければ色々してもよいと言われ、笑顔になる。
「見てください。私のクロマクー魔法。どうですか? 見えますか?」
いつのまにかエクレアが姿を消していた。白い幕布を使い周り溶け込んでいる。なかなかうまい。どこから見ても景色しか見えない。
とりあえずエクレアと相手に見つからないように移動する。もちろん後ろから見ると、歩くたびに幕が揺れるのは不自然ではあるが、気づかないふりをしておく。
「プヨンさん丸見えですよ。隠れた方がいいですよ。虚像にしても近くにいるとわかります」
「だって反撃したいし。流れ弾も準備してあるよ。姿隠すべき?」
「私教えますよ? やり方わかりますか?」
「おぉ、ありがとう。偽物を立体的に見せたい。網膜投影がいいね。立体ホログラムもいいけど」
もっとも難易度が高いが、相手の目の網膜に直接映像を上書き投影する方法だ。移動によってずれないようにするのが難しく、プヨンの最近の取り組み課題だ。
「私のやり方はこうですよ。3日くらいでできるようになりました」
「発色数とか色域はどうしてるんだ? 特に青。動きが速くなると、輪郭がボケるのも悩ましいよな」
「え? は、はぁ」
ちょっと噛み合わない気もするが、お互い疑問点を出して自分で回答していく。
色ずれなどは僅かな違いも気づきやすい。濃い青などは色の再現が難しいこともあって自然に存在する色が出しにくく、青い宝石や水辺の色合いは気付かれやすい。
さらに動きが入るとやっかいだ。プヨンの見えない化技術の課題はエクレアとは逆で、特定個人にだけ見せる方法を極めたい。これもなかなか難しく共通課題も多かった。
「て、敵襲。前方50cm、至近!」
突然、エクレアの声が聞こえ、プヨンはホログラムを中断し前方を見る。まだ歩き始めてたいしてたっていない。こんなにすぐに来るとは予想外だったが、それにしても50cmとは油断しすぎた。
慌てて周りを見るが何も見えない。青い空と岩場が見える。これは隠蔽能力のある敵かと構える。
「ひゃーー助けてください!」
同時にエクレアの悲鳴が上がり、慌ててエクレアを見た。手を振り回しているエクレアの頭部周辺が黒っぽく霞んでいる。
「こ、これは……虫か? 蚊だ……」
軽い火球でも小さな羽虫程度ならまとめて一網打尽にできるが、あえて1匹ずつ対応する。
「任せて。全機撃墜する。練習してたんだ」
連続火球アサップの応用技、小さい火球の烈火タラン弾だ。もちろんその中に詰め込めるだけ火力を詰め込み、1発当たりの限界に挑戦しつつ1匹1匹正確に連射する。
何匹いたのかはわからないが、虫程度なら威力のせいか貫通弾になる。黒いもやに穴が開いていき、そう大して時間もかからず霧散させた。
「ふーふー、酷い目にあいました」
「火球1発で終わりそうだけど。ダメなの?」
「そうなんですけど、とっさにうまくできず」
最初は災難だと思っていたが、その後も不思議とエクレアは何度も虫や小動物に襲われていた。
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