交代の仕方 1
先日の仮面イベントから後、レアはあまり無茶を言わなくなった。もちろん前に比べてであって、10が8になった程度だが折れることを学んだようだ。プヨンの仕組んだ改心の一撃はうまく作用していた。
その後は普段の食べて学んで休む、平凡な日々を過ごしていたが、同時期に災害が発生したらしく、急遽交代が3週間ほど延期になっている。
どのくらい逼迫しているのかわからないが、余剰人員などそもそもない上、広いエリアを管轄していると簡単に手薄にできない事情もあってあたりまえだろう。もっとも交代は学校内のイベントであり、影響を受けるものは当事者だけ、特に何事もなく日々過ごしていた。
レアは交代戦までは滞在すると言い張ったが、そのあともついて行きたいとは言わなくなった。本心からかはわからないが見た目は大人しくなり、手もかからず昼間は観光している。
夜はメサルと食事を共にするため通ってきていたが、これも終わるとあまり粘らず帰っていく。数日続くとメサルも安心したのか、前以上に優しく接し、レアも満足しているように見えた。
「なぁ、プヨン、今日はちょっとつきあってくれないか? 今日で最終日なんだ?」
「え? 最終日? 来客がいる場合は特別食なんだっけ? かまわないよ」
一瞬、食事レベルアップを期待したが、どうも違うようだ。
「一般食堂と同じものをレアが要望したそうだ。部屋だけ別だ」
「断る。来賓用食事リストを持ってこい」
本心から拒絶したいが押し切られ、なぜ俺がという気をおさえつつ結局プヨンは席についていた。人数は4人、隣はヌーン、向かいはレアとメサルだ。たしかにメサル1人でレアとヌーンの相手は厳しいのかもしれないと納得する。
レアメサルは個人間相互作用により強固に結合しており分離が難しいが、プヨンとヌーンはお互いはたまに目を合わす程度で、ほとんどいるだけの状態だ。これが昨日までは3人だけだったとしたら、少しヌーンに同情した。
ヌーンは落ち着きを取り戻しているように見える。レアがメサルとの同行をあきらめたことで、レアの危険、そして付き従わねばならない自身の危険が大きく減ったこともあるのだろう。そして増えたのは興味。聞きたいこともだいたいわかる。レアとメサルの間に何が起こったかだ。
ヌーンはずっと黙々と食べていた。問題はそのタイミング。だがプヨンがいいかなと思うタイミングで、向こうでヌーンも口を開こうとする。そしてお互い黙る。何度かそれが繰り返された。
何か話したいことがあるのはわかる。プヨンはあえて飲み物を取るため席を立った。
「プヨンさん、いやプヨン。そろそろ教えてほしい。どうやったんだ? あのレア様がそう簡単に折れるはずがないが、秘訣を知っているんじゃないのか?」
予想通りヌーンがついてくる。もちろんレアとメサルには聞こえないよう配慮している。
無理に礼儀正しくしていたのか本音が出たのか、急に口調が変わった。凄んだり、拗ねたり、あってないような色気も使い多様な攻撃をしかけてくる。最初ははぐらかしていたが、少しかわいそうにも思う。
「眠れていないのか? そんなに知りたいのかなあ」
「レア様のことは把握しておきたい」
そうなのだ。ヌーンの目元は落ち込みやつれていた。プヨンといえど、かわいそうに思って慈悲の心を見せるか悩む。
「実は細かいことは知らないが……」
「何をしたのですか? 何かやったのは間違いないでしょう? 少なくとも原因は知っているはずだ」
礼儀正しいのか、すごみたいのか、ヌーンは口調が安定しない上、プヨンの回りくどい言い方に少しイライラしている。
「もし本当に望むなら、秘密を共有してもいいが」
プヨンはそうヌーンにだけ聞こえるように小声で囁いた。ヌーンも一瞬ビクッとした後ゆっくり頷き口パクで『やはりお前か』、そう言ったような気がした。
プヨンはストレージからそっと箱を取り出し、レア達には見えないようにヌーンに渡した。
「なんだこれは? 中身はなんなのだ?」
当たり前のように開けようとするヌーンを慌てて制する。ここで開けたらプヨンに出所の追及がきてしまう。
「おっと、今は開けるな。これを決してレアに見せないというのなら、秘密の共有者として認められる。この箱を開けないという約束を守れない限り、詳細は教えられない」
ヌーンが箱を振るとガサガサと音がした。何か入っていることはわかったようだ。
「ほ、本当か? 今はってことは後ならいいのか? これは私が秘密を守れるか試すってことだな。もちろん秘密は漏らさない。必ず守ろう。これは預かっておいたらいいのか?」
もちろんだ。引き渡すことに意義がある。『あぁ』というプヨンの言葉に、ヌーンは神妙な面持ちで箱をストレージに収納した。
その後の会話は当たり障りのない内容だが、途切れることなく滑らかになる。もちろん笑顔だ。メサルとレアも不思議そうにしていたが、レアとヌーンは問題を起こさずに帰っていった。
翌日、プヨンはヘリオンに呼ばれた。延期中の交代戦のメンバーを決め、提出したからということだ。
「プヨン、お前はエクレアと2人で秘密兵士になってほしい」
「え? 秘密兵士ってなんだ? どういう意味なんだ?」
メサル、ヘリオン、ユコナ、サラリスの4人を本戦枠にするということはわかった。
「もちろん秘密兵士とは、秘密兵器の人版。ここぞという時に使うから理解してほしい」
「永遠に秘密とか、秘密を吐くまで取り調べるとか、墓場まで持っていけと言って秘密ごと墓場に入れるということはないのかな?」
「む。何という見当違いの深読み。そんなことは断じてない」
「わかった。もしイジワルしている場合は、腹いせにこの辺りを火の海にしちゃうからそのつもりで」
ヘリオンの説明に少し不満も示しつつ理由を尋ねる。建前は置いて背景を詳しく理解するためだ。
「実はな、メサルから言われたんだ。特定のメンバー抜きでそこそこ活動できないようでは足手まとい、いざという時危険だろうと。ユコナも即同意した」
うまい言い方に思えた。こちらをうまく立てつつ除け者にする。さすがヘリオンだ。
「2つ確認したい。1つはそれではいざという時連携が取れないのではないか? もう1つはその言い方を考えるのに何分かかった?」
「そこなんだ。プヨンには我らが情報端末、生きるPDAのエクレアの守護を頼みたい。プヨンならわかるだろう、情報が生命線だということを。戦闘力皆無のエクレアを守るのがプヨンの役割だ」
もちろん何分の問いはスルーされるが、エクレアの護衛と言われると反論できない。
「やるな。ハンデ付きでやれと。縛りプレイは望むところだ」
「そうだ。実技基準があるのに、あいつがどうやって入学できたのか不思議だろう。そこも密かに調査してほしい」
たしかにプヨンもエクレアの能力で実技試験をパスした事実はわかっている。それができるには何か未知の法則があるに違いない。ただ今回は勝利を確実なものとするため、エクレア自身による本人希望もあって辞退していた。
ヘリオンの説明はいちいちもっともに聞こえる。みんなで相談したと言われるとなおさらだ。エクレアを守るという制限がどのくらいの難易度かわからないが、プヨンのやる気を引き出したことは間違いなかった。
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