守りの固め方
プヨンがユコナと別れると、すぐに道脇のベンチにメサルが座っているのが視界に入った。偶然とは思えず、まるで待ち伏せしていたかのようだ。
今日はいろいろとよく会う。
メサルは会えて嬉しそうだが、随分と目が落ち込んでクマができていた。
「どうかしたのか? 待っていたのはわかるが、困りごとか?」
プヨンがこの学校にいるきっかけはメサルのおかげと言える。影ながらではあるが、メサルとは一心同体、ヤツが悩むなら、これは力になるのは必須だ。
「うん。プヨンを待っていたんだ。悩んでるわけじゃないんだが、今から緊張してしまって」
「緊張? メサルの悩みは我が悩み。聞きましょう」
「そんな嬉しそうに」
顔に出たかな。課題が与えられると、それを解決するためにあれこれ考えるのは嫌いではない。もちろん無理難題は困るが、どこまでができて、できないかを知ることも大事なことだ。
「解決できるなら最大限に協力しようと思っている。いつでも相談してほしい」
「うん。実は相談しようと思っていたんだ。一昨日、教員に呼ばれて聞かれたんだ。そろそろお前たちも前線活動に参加する機会が欲しいだろうと」
人手不足なのか?
新年生を勧誘するとは人員交代に向けての探りだとみるが、そんな重いものではないのかもしれない。
「なるほど。わかるよ。たしかに安全なところと違って現地だと何があるかわからないからなぁ。だが大丈夫だと思うよ。たしかに病気や怪我をする者もいるだろうが、皆してることだし、お互い守りあおう。メサルはなんとしても守るよ」
不安になる気持ちはわかる。
国境越えで治安維持活動をしていると様々な危険因子がある。潜伏している逃亡者達、危険生物や災害はこちらを考慮してくれない。
だが安全保障がないとしても孤立無縁ではない。上級生もなんとかこなしていることだ。前線の休暇はどんなことをしているのかも興味もあった。
「むぅ。頼りにさせてもらおう。いよいよ俺も自由行動か。防具とかも調達しないとなぁ」
「あぁ、それならちょっと案がある。ヴァクストに相談しよう」
「すまないな、プヨン。またサポートを頼むよ」
「おう、まかしといて」
不安が払拭されたのか気が晴れたようだ。
段階を踏む必要はあるが、メサルが遠征したいならそれを支えるのも悪くない。プヨンも色々と見てみたい気持ちはある。
だがゆっくりやっていこうと思えたのは、次のセリフを聞くまでだった。
「よし、これで最難関だったレアの護衛も決まった。今度くるらしいんだよ」
「え? レア? サポートって誰?」
メサルが解決したとばかりに明るい笑顔になっている。レアのことは久しく忘れていたが、重度の兄ラブだ。兄にくっつくだけならまだ実害はないが、プヨンとは馴染むどころか、一方的にメサルを争うライバルと認識されている、らしい。
「プヨンだ。レアの顔は知ってるよな? レアからのご指名だ。 交代戦は来週だから、キレイマスにお迎えよろしくな」
「え? 指名で迎えだって? 護衛ってすでに誰かついてるんだろう?」
メサルはそれには答えず、頼むと頭を下げるだけ下げるとそのまま歩き出した。
「次の授業は何だったかな? 耐性の訓練だったかな」
「あぁ。次は超退屈な座学、『訓令の聞き方』だ。睡眠耐性訓練を兼ねているはずだ」
これ以上は聞いても益になることはなさそうだ。
数日後の休日の朝、突然フィナツーに森の入り口に行こうと言われた。それも今すぐだ。
フィナツーに頼んでいた件の助っ人がきたのだろう。大鎧蜂のぶーさんに来ていただいたそうだ。
以前、フィナ絡みで大鎧蜂の巣の引っ越しを手伝った。馴染みになれたようで、その後は定期的に秘蔵の蜂蜜をもらえるようになっていた蜂種族だ。
なぜかフィナもいる。フィナツーの親株だ。そんな話は聞いていない。
「通訳のフィナです。今度遠方に行くと聞きまして、見聞を広げるため、引っ越してまいりました」
「うっそくさ」
プヨンはそう言ったが、フィナは即座に否定した。
「見聞を広げるためと言うのは嘘ではありません」
バッとフィナツーを見ると、すごい速さでフィナのところに移動する。逃亡するスパイ、フィナツー、情報漏洩は重罪だ。
先日の校長絡みで国外に行く件、これを聞いていたフィナツーが漏らしたのはどうやら間違いないようだ。
諜報する側がリークしてどうすると思うが、もとは同体だと意識が共有され、勝手に伝わるのかもしれない。
「モアナルアからもわたくしに大いに見聞を広めてこいとの仰せ。置いていかれないように、賑やかな森の西の端にいることにいたしました」
フィナが言うには学校西の森の鎮守の神木、モアナルアにも話が通っているらしい。木材同士にも外出許可がいるのは初耳だ。
「じゃあ、蜂の巣陣営の皆様も了承済?」
「左様です。プヨン隊長! 巣立ちの季節ですので。はちみつ定期便がさらに便利になりました」
フィナがおどけて見せ、好意はもちろん受け取った。森の西の端で賑やかというとヴァクタウンにも近いのだろう。
連れていく件はひとまずおいておく。
「そうか。よきにはからえ」
引っ越しも好きにしたらいいとも思うので、意味ありげに頷いておいた。
「じゃあ、蜂のぶーさん、早速ですが、よろしくお願いします」
行きがけにモアナルアに寄るのかと思ったが、すでに挨拶はしているとのこと。プヨンも普段は立ち止まったりしないので真っ直ぐ進む。
フィナといると威圧効果でもあるのか、吸血蚊1匹すら寄ってこない。
高速移動時の虫の体当たり攻撃は非常に辛いが今日はとても快適だ。ヴァクタウンまで一気に移動できた。
そのままヴァクストの武器工房に向かう。目的は防具、メサルに頼まれたことも絡む。
朝だからか誰もいないが、いつも通り勝手に実験させてもらうことにした。
工房内の鋸から刃物類を物色する。ヴァクストは武器作りにハマっているのか変わった形のものもある。
それらを見つつ、プヨンはさらに奥の材料庫に行った。さすがヴァクスト品揃えがいい。
色々と置いてある中で目的のアルミ板はすぐに見つかった。厚さは1mmほどの薄い板だが、普段は厚く重ねて盾や鎧にでも加工するのだろう。
さっそく始める。軽量化装備、そのノウハウをもらう。
「ぶーさんが六角形を作れと言っているわ。どういうこと?」
「うん。基本は知ってる。だが、辺の幅と長さのノウハウが欲しい」
「わかったって言ってるわ」
フィナの翻訳を交えながら、大鎧蜂のぶーさんは足と顎をうまく使って六角柱の巣を作ってくれた。
「もうちょっとアレンジがあるかもと思ったけど、ぶーさん、やっぱり正六角形ですか?」
飛び回りながら嘴でカチカチと音を出すぶーさん。
「そうだと言っているわね」
通訳するフィナも蜂も頭を上下に振っている。さすがベテラン蜂のぶーさんだ。ハニカム構造の第一人者だけある。最適構造の見本は美しい形をしていた。
「はい。これ。刷毛で塗っていいらしいわよ」
「わかった」
壺のようなものを渡された。中はねっとりとした茶色液体が入っている。
均一になるように丁寧にアルミに塗ると、ぶーさんはその上を飛び回る。きらきらした鱗粉が舞い落ちていくのが見えた。
その上にアルミ板を置き次の接着剤を塗り、次々に重ね合わせた。
「じゃあ、フィナ頼むわ」
「いいわよ。上に乗るわね」
フィナは大木だ。普段は軽く見せているが、何もしなければ重量級だ。
圧着の重石として申し分ない。もちろんプヨンの棍と一緒で、力を完全に抜くと床が抜けるのだが。
「これって、強いの? ダメなところはないの?」
「衝撃を吸収するから棍棒対策にはなるかな。バリケードや盾にはいいけど、板を突き通すような細身の武器は貫通するから扱いが難しいかもな」
乾燥したら両側を引っ張ると、接着剤のない部分だけが広がって、簡単な方法で綺麗な六角柱のハニカム構造ができる。
これをさらに接着剤をつけ酸化させたアルミ板、アルミナ板でくっつけてサンドイッチのように挟むと軽くて強度のある防具ができた。
「ぶーさん、すごいな。これは剥がれないや」
「樹脂系だから200℃までだって。炎魔法に気をつけてって言ってるわ」
「おぉ。たしかに。耐熱性には気をつけねば」
至れりつくせり。使用時は冷却を忘れないようにしますと約束した。
そのあともぶーさんとフィナを誉めてみる。照れ屋なのか、ぶーさんはもういいよと言ってどこかにいってしまう。
ハニカム第一人者ぶーさんははにかんでいた。
メサルと自分の分を収納し、あとは隅にまとめて置いておいた。ヴァクストが見たら、いつもの試作品と理解して適当に売り払うだろう。
街外れにフィナが確保した新居に寄る。
「日当たりのいい草原地帯でしょ。森も川も、人も通るから飽きないの」
「こういうのって侵略?」
「ふふ。草木が生えて侵略という人は聞いたことないわ。頼りになる多段防御設備もあるし」
町外れの荒地に立つ木など誰も気にしないが、たしかに植物からしたら、後から侵入してきたのは人という理屈もわかる気がする。
「近いと便利そうだな。これで携帯蜂蜜は確保できそうだ」
「対価の依頼に応じて交換しようと言っているわ」
わかったと頷く。
大鎧蜂の巣もあり、フィナの防御陣もなかなか見せてもらって、しれっと学校に戻った。
数日が経ったある朝、街からの早朝書簡が届いた。
タダンからだ。珍しいこともあるものだ。タダンは街の様々な依頼の調整役をしているが、ごく稀に誰にも頼みにくいようなことを頼んでくることがある。
面倒なことや面白い話があったら、教えてほしいと言っていたことからだとは思うが、いつでもいいから急いできてくれとの伝言だ。
おまけになぜかヴァクストのところにきてほしいらしい。
ヴァクストはヴァクタウンの武器職人だ。彼も前から調整役をしているから不思議ではないが、なぜそこでなのか気になった。
学校が終わった後、人の多い時間を避けて、こっそり立ち寄ることにした。
空からいけばすぐフィナ本体の木が見えてきた。ちょうどいい目印だ。先日行った時も町外れで人がいない、いい着地点に見えた。
「今日は何しにきたんだっけ? フィナはこの辺りにいないみたい。抜け殻しかないわよ」
「そっか。蜂もいないのかな。だが、なんだこの小屋。こんなものなかった気がするが」
地面に降りて歩いているとフィナツーが出てきて教えてくれたが、何やら建築中の建物があって驚いた。小屋ができているということは誰かこのそばにやってこようとしているのか。
フィナは賑やかだけどなるべく迷惑にならないような場所がいいと言っていたのに、何かしら手違いでもあったのだろうか。
さすがに切り倒したりということは何のためかはわからなかったが、中から扉が開いて声がした。
「おぉ、声がすると思ったら、プヨンか。こちらから呼び出すつもりだったが、その前にくるとはさすがさすが」
そう言うとヴァクストは中に入っていく。
どうしたものかと思っていたら、早く入れよと声がかかる。罠があるとも思えず、中に入ることにした。
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