会談の仕方 2-3
「父ではなく祖父ではないのかな? 説明しよう」
会話が噛み合ってないのを見兼ねたのか、校長先生が話を振ってきた。
「もともとこの学校は軍部の研究施設だったのだよ」
「そうなんですか? 存じていませんでした」
「入学案内に書いてありませんでしたか?」
ノビターンのツッコミにギョッとしたが、この精神攻撃には耐えることができた。校長はそのまま続ける。
「他国から離れている、地理的に周りが森、山、湖と多様な条件が揃い、当時も今でも一般の認識では無人地帯だ。なにかと試すにも好都合なのは知ってるだろう?」
校長の説明はわかる。意思疎通こそできないものの、フィナのような自我を持った多様な生物がいる。
危険生物も多く天然の要害でもあるため、鍛錬やいい意味で使う機会にも恵まれている。もちろん災害に巻き込まれたり、捕食される、試される機会が多いという意味でもある。
「当時は研究第一だった。やがて効果の改善、持続力、新しい何かを追い求める中でその後いろいろ考え方がかわったのだ。純粋な研究を目指した者はここに残り、力を求めた初代校長は山を超え、新天地を追い求めた、らしい」
「らしい、ですか?」
「詳しくは知らないな。299年ほど前の話だ」
計算が合わない。頭が回ってないのか。チラッとノビターンを見る。初代校長が299年前が正しいとして、このいい年に見える現校長はいつ世話になったんだろう。それにノビターンは孫と言っていたはずだ。
若そうに見えるが違うのか。理解できないことがいくつもあった。
「まあ細かいことはいい。世話になった方のお孫さんから学校に助力を求められた。キミはうちの学校の生徒だ。すなわち学校生のキミが活躍すれば万事解決だ」
強引だ。かなり強引だ。興味ないわけでもないが、さすがにメリットがない。
「しかもキミはそのお嬢さんと少し関わりがある。もうこれは運命級の因果だ。そうは思わないかね」
「思いません」
そう口にしたつもりが声にならなかった。無言のプヨンに校長は満足そうにしている。
焦りが募る。相手の声が聞こえるから音は伝わってくるはずだが、自分だけ声は出せていない。
口元で音が相殺でもされているのか。原理が特定できないが、遮音魔法に違いない。自由な面談に見せて、反論する隙を与えないところが老獪な校長らしかった。
「思いません」
突然校長の背後からプヨンとは違う声がした。予想外の方向からの声にビクッとする校長。声質が違うが、フィナツーが起点を効かせたのか、回り込んで声を出したようだ。
すぐに気がついたが、フィナツーは以前教えたパラメトリックスピークを壁に向かって使っている。超音波搬送を利用し指向性を高めた音声魔法だが、壁に当たるとそこから音が聞こえるという副作用がある。
「もう少し、詳しい説明をお願いしたいです」
発言権も実力に応じ、単純な主義主張だけで決まらないのが魔法会談の醍醐味だ。
「いいだろう。それからこちらからも2、3質問したい。私は嘘がある程度わかる。目をしっかり開けて正直に答えてほしいな」
嘘を見抜くのは心理魔法か。それとも瞳の動きでも見ているのか。精度に個人差はあるが、経験でもある程度身につく。
プヨンも一部の人間限定ではあるが、ユコナの嘘は70%の確率で見抜けるようになっているくらいだ。
「彼女を助けようという気はあるかね」
威圧感がひどいが、ここはなんとか踏ん張る。
「いえー僕は実力がありません。ご迷惑おかけすると思います。それにもともと同期生のメサルと卒業まで一緒と約束があるので」
「ふむ。嘘はないようだ。だがちょくちょく森や湖の対岸に行っているのに実力不足なのか? 一部教官たちからも付箋付きの報告書があるが。直近に使った能力は何かね?」
色々探りを入れてきているが、この質問は超簡単だ。
「あーそれは塔の上まで飛び上がって、扉、鉄製ですかね、それを物体操作で開けました」
「2枚ともかね? プヨン君、難しくはなかったかね?」
「え? ただの鉄の扉ですし、傾斜も浮遊状態なら関係なかったですしね」
一瞬静かになった。何かまずかったのか? たしかに重い扉なんだろうが、プヨンの背にある重量棍に比べたら、紙程度にしか感じない。
「重かったでしょう? 私たちが2人がかりで引っ張っておりましたから。それも全力で」
「え? なんですって? ずっと待っていたからお疲れになったのでは?」
「一枚目の扉に私の髪の毛が結んでありました。切れたらわかるように。それからですので10秒と保ちませんでした」
また予想外だ。たしかに扉を開けるのは重かったが、気が重いからだけじゃなかったのか? 力比べで2人に勝っているとは予想外だ。だがハッタリかもしれない。ここは負けることなく笑顔で余裕ですよを醸し出す。
「あぁ、そうだ。私1人でも並の兵士7~8人分の耐久力があるはずなんだがな。たしかにパワーはありそうだ。そして私の遮音魔法『スノーノイズ』を軽くかわすあたり、使い方もよく勉強してそうだ」
なるほど。雪が降ると静かになる奴か。雪には気づかなかったが、雪の結晶は音をよく吸収する原理は知っていた。
試されたのは事実らしい。そうするとプヨンとしては下手に謙遜するよりは、ここは高評価の機会を有効利用するしかない。
「もちろんです。学生の本分は勉学。使う機会がないだけで、常に勉学に勤しんでおります」
よし、はっきりと言い切った。完璧だ。これで次回成績は大幅アップをよろしくと暗に伝えられている。それを受けて校長の顔がニヤッとする。これはわかったと言う意味に違いない。
だが次の質問は回答を誤ってしまった。
「最近暑いのに湖の水がよく凍っているが、吸熱系が得意なのかね?」
「え? 湖の水ですか? 一度うっかり全部凍らせちゃいましたが、最近はしてないです。自分は光が好きですね」
「全部? 光だって?」
校長は驚いている。光は苦手なのだろうか。そんな変なことを言ったつもりはないが、校長は少し考えている。
「そうか荷が重いと思ったが、ならば機会が訪れたということだろう。こちらのノビターン嬢の話が本当か調査をしてくれ。必要があれば外出許可や国外移動についても便宜を図ろう。もちろん成績は考慮する」
思わず凝視してしまった。ノビターンがこれ以上ない好意的な笑顔を披露する。ユコナでは辿り着けない高みからの好撃、これを防ぐ防御方法はなかった。
「ですが自分はメサルとの約束が……」
「あ、彼はすでに了承済みだから。『プヨンがいいと言えば是非私も参加したいです』だそうだ」
「さぁ具体的にどうしようかな。メサル君はいいとして他に誰か適正な人材候補はいるかね? それともいっそ1人がいいか」
「しかし、わたしには多くを学び知見を深めるという強い志が。今の状態では実力不足では?」
「ふん、実体験の伴わぬ知識などいざという時に役に立たんよ。机上の空論では学んでも意味がないだろう」
面倒を避ける気持ちもあり、伺いを立ててみるが即座に一蹴された。シミュレーションは現実とは異なる。
「し、しばし休憩を」
「おお、そうだな。急ぎすぎた。茶でも飲みながら少し考えてくれ」
かろうじて反論するが根回し済みだそうだ。反論もここまでだった。もうダメだ。フィナツーももう旅行気分になっている。頼りにはならなかった。
少し頭を整理することにした。
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