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魔法の使い方教えます  作者: のろろん
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会談の仕方 1-3


 プヨンはノビターンの話を聞きながらノミの様子を伺っていた。ついさっきまで向き合っていたことはひとまずおいて休戦状態に入る。研究、技術そういう言葉に反応し、抑えきれない興味を優先させたという感じだ。


 起こったことについては、『さっきまで色々試していたのは実力を見るためです』というよく聞く言い訳で、そうですかと割り切れる程度だ。


 本当にギリギリを見極めたいなら、もうちょっと本気できていると思えるからだ。



 一方でノビターンは倫理的なことや自身の悩みを一生懸命話してくれているが、この手の話にはそう興味が湧かなかった。


 戦争か政争か知らないが、欲や権力のために一部の人々が犠牲になっている、これはいつでもどこでも、未来でも変わらないだろう問題だ。


 問題としてはいつも出てくることではあるが、仕方ないことでもある。


 その後もだいたい予測がつく。彼女の愚痴を聞き、悩みに共感すると、漏れなく支援を求められるだろう。


 答えも決まっていた。もちろんですよ、できる範囲でとなる。


 できる範囲、ここが重要だ。そして『今回だけ』とか『あなただから』を強調するとポイントが高い。これも重要だ。メリットがある場合や気を引きたい場合の話だが。



 一段落したのか、ノビターンの雰囲気が変わった。ゆっくりと髪をかきあげ、上目遣いでこちらを見ている。


「おぉ、これはもしや、誘惑系か」


 言葉の伴わない魅了魔法だが、異性にしか効きにくいやつだ。もちろんプヨンは無視できるが、あえて効いたふりをすると次の展開に進みやすいことは知っていた。


 ノビターンが女性の魅力を使おうとしているのがわかる。うまいと思わせる指や腰の動き、そして見つめ合い。露骨でなくさりげなくポイントをつく。


 見た目が綺麗なお姉さん風の割には、不思議と初々しいところもあり、備えていたにもかかわらず何度かドキッとさせられた。最初の大人な印象とは随分とギャップがある。


「もしかして照れてます?」


「え? えぇ?」


 顔が赤くなるところで図星かと思ったが読みきれない。


 初々しさがあるようにも見えたのは、練度が上がりすぎて初々しさまで気が回るようになった超上級者かも知れない。


 プヨンは油断しないように、慌てて気を引き締めた。


 もちろんこの意図的な動きは相当洗練されている。


 多少の経験があるプヨンだからわかることであって、メサルやヘリオンあたりならあっさりと引っ掛かっているだろう。


 ユコナのような直球とは違い、こちらの好意を自然に引き出す恐ろし初々しさ、まさに匠級と言えた。


  


 だが、さらに雰囲気が変わった。陽気さが影を潜め、闇の世界に落ちていく。話しづらいことなのか、無理やり言葉を絞り出すような感じだ。


「若い命を問答無用で奪うのです。心が……辛いのです」


「その時の、こう、苦痛が私も感じられて」


 弱肉強食はその辺りで日々繰り広げられる自然の摂理だが、食われる側は当然恐怖や苦痛があるだろう。


 そんな痛みに『本気』で共感してしまうなら、根は優しいのかも知れない。気持ちはわかる。


 そう思っていると今度は実験の話だ。打って変わって興味が湧く。

 

「今も研究所ではプレイナー原理の実験が」

「正視できないトレンチ構造な魔法が」

「接合強度が弱いと剥離します」


 どうやら魔法研究、特にフィールド効果の話になった。他にも『絶大な効果』『不可思議な魔法』と聞こえる。


 どうやらさっきの犠牲に絡んだ、特殊な研究についてらしい。研究、実験、検証、そんな魅力的な言葉に引き寄せられてしまう。


 わかっていたが抗えない、気付くと魅了効果を受け入れてしまっていた。


「それは興味のある話だ。もう少し詳しく」


「え? は、はい」


 それまでは適当な相槌だったプヨンが、急に話への食いつきがよくなり、ノビターンの口調が明るく滑らかになった。


「いろいろ聞いていただきありがとうございます」


 それからも随分と話を聞いたが、ようやく落ち着いてきた。


「参考になりました。こちらこそ」


「ほんとに、一度プヨンさんに留学して実態を見ていただきたいくらいです」


「え! 招待? ほんとですか? 研究を見せると?」


 一瞬でプヨンは詰め寄る。


「やっぱりやめたはダメですよ。約束ですよ?」


 プヨンの言葉に、待ってましたとばかりにノビターンは距離を詰めてきた。かなり大胆だ。


「もちろんですよ。希望いただくならば」


 そしてノビターンは、訴えるような目で見つめてくる。

 

 ここでプヨンは目を逸らすと負けな気がした。試されている気がする。


 もしかしたらこの女性も真理を探究したいのか。不思議と同じ志を持つ者同士のシンクロが起こり、心が近づいていった。


「あぁ! その距離はダメです。ノビターン様の得意な『ローラの魔愛』」


 完全に第三者になりきり、独り言解説していたノミの声がひときわ大きくなった。


 非難に聞こえるがこれは忠告かもしれない。このままではまずいのか、この距離に入られたらいけないのか。


 同時にユコナの言葉が頭に浮かぶ。


「プヨン、お姉さんに面白い魔法があるわよって言われても、魔がさしてついていっちゃダメよ。あんたはすぐに没頭しちゃうから、簡単に誘拐されちゃうわよ」


 そうだ。まだついていっちゃダメだ。誘拐されてしまう。


 魅力的な話だがよく考えよう。そう思い冷却魔法『カームダウン』で頭を冷やす。


 だが『研究・開発・調査』などはなんとも心地よい言葉だ。耳に残った言葉の力はしばらく効果が続き、抵抗力を下げられ顔がにやけてしまう。


 そのタイミングを見逃さず、隙をついてノビターンが手を握ってきた。


「あっ。隙だ!」


 プヨンが思わず手を振り払おうとしたが、意外にしっかりとつかまれている。


 後方から、ノミの『おぉぉっ』と驚く声も聞こえるが、なぜか掴んだノビターンの顔が真っ赤になっていく。


 なぜ自分で掴みにきて照れるのか、プヨンに少し理解できなかった。


 何やらノビターンも躊躇っているようで、数秒間、お互い固まったまま見つめあう。


 それでもノビターンは意を決し、どもりながらも最も言いたい確信に触れた。


「やはり生は一人に一つずつだと思うのです。ろくに抵抗もできない状態で他人に理不尽に奪われるのは受け入れられないのです。私はそれに対して何かをしていきたい、そのために影で支えていただけませんか?」


「いいえ!」


 ギョッとするノビターン。しまった。ユコナの呪いで、反射的に即拒否してしまった。


「そんな、ひどい……」


 ノミが『すきといいつつ、なぜ?』といぶかしがっている。


 それはそうだ。何度か話をする中で、プヨンはノビターンの味方として振る舞っていた。


 ただ、いくら隙を見せていたとはいえ、もう少し言葉は選ぶべきだった。


 ノビターンとまた目があった。この目はずるい気がする。プヨンはまたしてもまともに影響を受けてしまう。


「影で支えていただけませんか?」


 今度は丁寧に言われたため、プヨンも相手の気持ちを考慮する。


「すいません、ご希望に添えないです」


「そんな、ひどい……」


 そのあとも『やるわけないだろ!』や『……』無言なども駆使してみたが、変化がなかった。

 

 嫌な予感がした。どこかで経験したような気がする。あれはどこだったか思い出せない。


 藁にもすがるつもりでノミを見てみた。申し訳なさそうに首を横に振り、こちらを見ている。


 「その『ローラの魔愛』は正しい選択をせねば抜けられません」


  ノミがそう訴えている。


 『タイムループ』、そんなものが現実ではないとわかっているが、先程目の前の彼女の動きが繰り返され、ついていけていないのは事実。


 そんな方法があるのか。これが彼女のいう研究の成果なのか。


 背筋がゾッとする。知らないことは恐ろしい。


 死体が動くこともフィナツーが話すこともそうだ。事実として受け入れるが、これはどういう原理なのか?


 少々の不思議は必ず理屈で説明できるというプヨンの信念が揺らぐ。こんな恐ろしい話は滅多にない。

 

 だが何度目かの勇気を出して、相手の目を見つめ返す。するとノビターンは予想外の行動に出た。


「もちろん、一方的なお願いではありません。私もそれなりのお礼はいたします」


 お礼があるらしい。といっても金はそんなに興味はないし、他に大したことがありそうにもない。


 雰囲気から私がお礼ですということもなさそうだ。


 黙って見ていると、何やらためらいつつ、顔を赤くしながらもこう言ってきた。


「ほーら、ここ、もち肌ほっぺですよ。柔らかいですよー」


「こ、これは……」


 とっさに反応できない。


 これも魔法なのか。かなりの混乱を受ける。わずかな言葉で驚くほどダメージがある。


 プヨンは改めて精神作用の奥深さを痛感していた。こんな方法があったとは。


「つまみたくなーる! つまみたくなーる!」


 ダメだ。冷静に考えられない。


 混乱の波状攻撃で効果が指数的に増加する。


 完全に理屈を無視した恐ろしい攻撃だ。背筋に冷たいものが流れ続けている。


 慌ててノミを見るが彼は娘の成長を見守るかのように満足そうだ。そうだ、こいつも味方、グルだ。はめられている。だがすぐに回復しそうにない。


 たしかにほっぺはつまむと柔らかいな、などと考えてしまう自分がいる。これは摘むしかないのか? 


 見せかけであろうがタイムループもどきと混乱の複合攻撃は思った以上に効いていた。


「わかった。そこまでいうのなら、少し協力しようかな。もちろん情報は共有で」


「嬉しゅうございます!」

 

 ぽっと顔を赤らめるところまで完璧だ。


 なぜか負けた気がする。最大の隠れ目的、技術情報の提供は置いておいて、最後に対等な立場を強調するべきと考えた。


 ここしか反撃のタイミングはない。今なら完全に油断していて引き分けに持ち込めるかもしれない。


「じゃあ遠慮なくつまませてもらおう。狙うべくはここだ」


 プヨンはそういいつつ狙い定めて脇腹を凝視する。


 ノビターンはプヨンが違うところを摘もうとしていることに気づいた。


 「あぁっ、私の反応が鈍い!」


 慌てて身を捩るが、油断していたためかえって不自然に前に出る格好になってしまった。


「な、なぜ出てくる!」


 明らかに狙い済ませた指先に対して、腹を引く代わりに胸を突き出す体勢だ。もうお互い戻れる状態ではない。プヨンは自らの行いに恐怖した。


「ぎ、え」


 プヨンの指突がノビターンの胸先に大打撃を与える。そのまま2人は硬直したまま動けなかった。


 無限のように長く感じたが、時間軸が変化でもしたのか、せいぜい5秒程度だろう。それまで動かなかったのが不思議なくらい、一瞬でノビターンは距離を取る。


 胸を押さえてこちらを睨みつけているが、そうショックは受けていないようだ。といってもプヨンの全解析能力を上げてもかける言葉は見つからなかった。



「ち、ちの盟約は結ばれましたな。ノビターン様やり過ぎでは?」


ボゴン


 ノミの声が戦いの終結を告げる。プヨンとノビターンの間には貞操協定が結ばれた。


 地面に打ち倒されたノミには少し気の毒だが、彼が不満を吸収してくれそうだ。プヨンは再び時間が進み出してほっとした。


「じゃあとりあえず今日はこのくらいで」


「ぐっ。約束ですよ!」


 ノビターンの声にうんうんとうなづくプヨン。このあとどうするのか疑問だが、このあたりが潮時。智将は引き際も心得るべきだ。


 だがプヨンが退こうとしたとき、背後から聞こえてきた話は思ったより怖い話だった。思わず動きを封じられ足が止まる。


「ノミ、あまりにも聞いていた筋書きと違います。後で話があります」


「さあ、元の予定通り、とりあえずこの学校の校長室に参りますよ」



 最後は聞き間違いかと思って振り返るプヨン。


 なぜ校長室なのだ。この件のせいか? こんな怖い話があるか?


 だがプヨンの焦りとは裏腹に、ノミとノビターンは空に舞い上がり、後者の方に飛び去っていった。

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