会談の仕方 1ー1
ノミとノビターンはよく寝ている。
ふと横を見ると亀がゆっくりと歩いてくるのが見えた。そのまままっすぐこちらまでやってくる。
特にすることもなく、無言でノミ達の目覚めを待つプヨンは、ボーッと亀を見て時間を潰す。そのままのろのろと亀は通り過ぎていった。
のろい亀だな。そのまま去っていくのを見送ったおかげで、それなりの時間つぶしができた。いつのまにかノミが起きていることに気がついた。目が合うとにこにこしながら起きあがる。
「プヨン殿!」
プヨンにすぐに気づいて、ノミが声をかけてきた。もちろんノミもプヨンのことを覚えているようだ。先程は知らなかったとはいえ、ノミを追いかけ回していたことは事実。文句でもあるのかと思ったが、このにこにこ顔はどうやら違うようだ。
「ありがとうございます。ありがとうございます」
間髪入れずに礼を言われて面食らう。なんのことかサッパリだ。まったく礼を言われることが思いつかないが、勢いに飲まれ、迂闊に聞けずに黙っていた。
ひたすら全力で考えてみる。
あるとしたら眼前にいるもう1人、ノビターンのことしかないだろう。
そうなると気づいたことがある。
「なるほど。ノビターンだったか? 彼女の礼ならいらないよ」
ノビターンは自分にも色々と仕掛けてくる。
きっとノミに無茶な指示でも出したのだろう。いつか一発痛い目に合わせてやろうと考えたに違いない。それでノミが溜飲を下げ、気が晴れたなら良かったと思うことにした。
「うぅぅ、ノビターン様に面と向かって愛や恋に落ちたなどと言える方がいるとは、さすが智将プヨン殿。英雄色を好むと言いますしな。目が怪しく光りましたな」
愛恋ってなんだと思う。何を見ていたんだろう。レーザー光での位置特定を言っているのか。
「何を言っているんだ……。たしかに目の間が光ったが、あれは攻撃ではなく……」
「あ、アイ・ダガー。そ、それは、あの愛で相手のハートを刺し貫くという神のみわざ? あの伝説の攻撃の?」
「なんのことだ? ハート? 心臓を刺し貫くとか物騒だな。力で押さえつけて反発されるよりは、心を屈服させるほうが上策だと思うが?」
「さすが智将殿。愛や恋にも豊富な知識がおありのご様子」
「確かにアイ関連は得意ではあるけど、こいとは何だろう?」
光学系や偽装は眼関係が得意だ。
鯉はうまいが、食事は関係ないだろうと思う。
「おぉ!」
ノミの声が震えている。何やら感極まっているようだ。
「す、素晴らしいです。膨大な知識を知るがこそ、知らないものがあることを知る。これぞ真の探求者の姿。完璧です」
「もしもしプヨン殿、少しこちらにお越しください」
ノビターンのそばに立っていたプヨンは、意味不明な発言をするノミを引き寄せようとしたが、意に反してしっかりと抵抗された。ノミの演説は続く。
「恋とは何か。真の理解を目指すものほど理解できないもの、それが恋!」
彼はなにやら手帳に書き込み、隠すつもりはないのか、いちいちこちらの目を見て読み返している。
「待って待って。ほんとにわかりませんよ」
「今さら知らないふりをしても、このノミさんを欺くのは無理ですぞ。知っているがゆえに、知らないことを知る。たとえ知っていることでも、知っているとは言わない謙虚さあり。◎」
「なんだそれ?」
「お教えしましょう。これは『推しノート』。これに書き込まれた、おっとここからはあまり語れませぬ」
「なんだそれ?」
さらに混乱するプヨン。ノミはそう言いながらも、まだ何か書き連ねている。
「これは門外不出の極秘資料! ふふふ。ノビターン様に近づく男を査定し、ふさわしい男を見つける人事秘資料なのです」
「ノビターンってこの人だろ?」
どこからが語れないのかわからないが、もうだいたいわかってしまった。
「そうです。さすが覚えておられる。お美しい方でしょう」
そう言われて見直してみる。まだ意識は戻らないようだが、確かに整った顔立ちで、ユコナやサラリスに比べるとずっと大人の女性だ。
「お見合い候補でも探しているのか? ちょっとキツそうな人かな。今は髪の毛ボサボサだが、綺麗だしスタイルも良さそうだけど」
雨のせいか濡れ、服が張り付いている。このままでは風邪をひきそうだ。あまり放置も良くないかと、服の湿気は揮発させて置いた。
ハッと目を見開くノミ。もしやノビターンを見つめ過ぎたか? まずいことになったかと振り返るが、ノミは無言で頷くだけで、それ以上の追求はなかった。
しばし沈黙が訪れたが、やがてノミは慎重に言葉を選びながら質問してきた。
「い、一言、核心に一言で到達ですか。あの、プヨン殿は仙人並みの透察力をお持ちで?」
「と、と、盗撮力などないない。到達とは?」
「お見合いですぞ。ノビターン様ではダメですか? 周りからは美貌スキルありとの高い評価があるのですが?」
「え? い、いや。綺麗だけど、興味があるんだけど、そこまで見つめる気はないというか」
「ほう。この程度はありふれていると。手厳しいですが、プヨン殿ならありえるか」
一瞬赤外線透視を思いついてしまい、かえってしどろもどろになる。迂闊だった。ノミはノミで勘違いしている気がするが、どうも怖い会話に思えてしまう。
「実はここだけの話、お見合い相手については、ノビターン様はかなり理想が高いのです。自分より頭がよくて、強くて、背が高くて、なにより速く飛ぶ男がいいなどと無理難題を仰る」
「ほう?」
「無理ですよ。この私より速い者など、いるはずがない。せめてこれは外してあげねば誰も見つからないでしょう。今まさに適齢期、20歳ちょっとで最高ですが、あとは下降線。えり好みしてる場合ではないのです」
どうやら厳しい選別があるようだ。ノミも苦労しているのかもしれないが、言い方がひどい。
「ふーん、まあ一般的に最高の瞬間というものは、終わってからでないとわからないからな」
「おぉ、まさに至言。プヨン殿、+30pt。おぉー、は、初めてレベル1を突破する方が現れた。おぉぉ」
なんだレベル1とは。何のレベルかはわからないが2や3もあるのか? だが1は普通は最低段階だろう。だが流れからしたら、もしかしたら最高段階なのか?
「いや、なんのこと? さっぱりわからないが」
「なるほど。あえてそっけない態度をとって気を引くと。確かに今までは無理に突っ込む輩ばかりでした」
なぜだろう。どうも会話が嚙み合っていない気がする。こちらの説明をどういう受け取り方をしているのか気になる。
これ以上話すとますます乖離していきそうだ。プヨンが黙っていると、値踏みするような目線を送っていたノミは、何やら感極まった様子でこう宣言した。
「合格です!」
「はぁ?」
気の抜けた返事をする。そろそろ放置して戻ろうかと思えてきた。だが、そんな気配を察知したのか、ノミがプヨンの手を掴んできた。
「なるほど、女性の心を落とす術を心得ておられるのですな。やはり思っていた通り、ノビターン様も疎いふりをしているのかも」
そう言うノミに引っ張られ、そのままノビターンのすぐ横に連れて行かれた。
「さぁ、ノビターン様の目を覚ましていただきたい」
「え? どうやって?」
「こうですよ。こう。ほら童話にでもあるでしょう。むぅーむぅーっと」
口を尖らせながら、とある仕草をするが、いいオヤジが何やってるんだ。
驚きのあまり、『目を覚ますのはお前だ』がせいぜいで、気の利いたセリフ一つ出てこなかった。
「そう言えば、俺は深い眠りを一瞬で覚ます魔法を考えていたことがある」
「な、なんですと? ですがノビターン様は大切なお方。刺したり、殴りつけたりは許容できませんぞ?」
「そんなことないし、効果はまだ未知数なんだが、是非試したい……な」
ノミはどうしたものかと様子を見ているが、プヨンはそっと肩を叩く。
無言で任せろとの雰囲気を出す。なんの根拠もない仕草だが、相手の信頼をえる。これはエクレアが読んだ賢者の残した書物にも記載があり、失われつつあるいにしえの技術として教えてもらったものだ。
その中にはこう書いてあったらしい。絶対起こしたいのだが、さも起こすつもりはないという自然さが大事だと。
この魔法を使うには、相手のことを深く知らねばならないらしい。効果が表れるかどうかは、ここにかかっている。相手に最も効果のある方法で、しかも躊躇なく一瞬で決める必要があるとのことだ。
プヨンは以前から考えていた、もっとも効果を生み出す詠唱を何度か暗唱する。特に言い回し、リズム、抑揚、声の質も確認する。
口づけではないが。顔、耳元に近づき、ただ一言、優しく呟いた。
「素敵な寝顔ですが、よだれが出てますよ」
パラメトリックスピーキングを利用し、ノビターンの頭の奥底に響くよう慎重に波長を調整し、最深部にも聞こえるように配慮した。もちろん事実ではないが、呆けたよだれ顔を想像し、さも見たかのように真実味を帯びさせることも重要だ。
周りには声が広がっていないため、ノミには口パクしただけに見えているはずだ。2秒、3秒、静寂のまま時が過ぎる。
何も起こらない。まぁ、気合は入れたが、そううまくいくはずはないか。
あははと頭をかこうとしたところ、
ガバッ
ノビターンが手も使わず、飛び起きてきた。跳ねとんだともいえる勢いで、そのままよろけて数歩進んでいく。効果はしっかりと出たようだ。
「おぉぉ、気を失う術は見たことありますが、これはどうやって?」
ノミが驚いている。
「潜在意識に呼びかけてみた。効果があるかは人に寄るけど」
「そ、そんな方法があるとは。智将殿の底が測れませんな」
そんな会話を交わす間に、ノビターンは落ち着いてきたようだ。
「ノミ……」
「ぱんぱかぱーん! ノビターン様、一次試験合格者が出ました!」
「ハ??」「おぉ、試験?」
今度こそ放置して帰ろうかと思ったが、またノミに腕を掴まれていた。回り込むのが得意なのか、しっかりと動きを把握されている。
おまけに掴んだ右手を掲げられた。一体何をしたいんだろうか。
「ほらほら、ノビターン様、例の『推しノート』。別名『オスノート』。ここにある記録で初の突破、しかも最短期間ですよ」
「ちょっ、ちょっとお待ちなさい。頭がまだぼーっとしていてついていけない」
プヨンが確かめるまでもなく、ノビターンが混乱しているのがわかる。
それはそうだろう。寝起き直後がこれだ。あまりのことに、プヨン自身が混乱していることを忘れそうになる。
「ば、バカですか。あの要求を本気でテストしていたんですか、あれはアサーネとふざけて作った……」
「当然です。ノビターン様の要求は、天の要求。いつもそうおっしゃっているではありませんか?」
「そ、それは言葉のあやで、本気で言ってたら、高慢すぎるでしょ」
「そんなことはありません。いつものご自慢されているノビターン様の美貌なら、まことにふさわしい……。ほら『この世で最も美しいのはだぁれ?』をやりましょう」
「し、静かにしなさい」
ノビターンはチラッとこっちを見る。呆けたような顔をしながら聞いていたプヨンは、思わず視線をそらしてしまった。
プヨンは何の気なしにぼーっと見ていた。多少盛っているだろうノミの発言を真に受けると、かなりの要求事項のようだ。
もしかしたら身内だからと控えめに言っているなら、さらに破滅に近い。
プヨンはそっと距離を取りつつある。すでに2m、3mは離れた。だが、しかし、三度目もノミに回り込まれた。
「さぁ、ノビターン様。自身のことを隠さないことも距離を詰める上では重要ですぞ。この機会に悩みのすべてをお話しされてみてはどうですか?」
「悩みがないわけではありませんが、私も人を選びます。そもそも、そのノートは何を書いているのですか?」
「こ、これは、ノビターン様に相応しい候補者リストで。ほら、プヨン殿が、クリアを」
「おだまりなさい」
「ふごーふごー」
ノミの口は強引に押しふさがれている。力任せに押さえつけているだけのようだが、その途端ピーピーとおかしな音がした。どうも聞き覚えがある気がする。
「え? ま、まさか? この音は」
ノビターンが服の内から何やらペンダントのようなものを取り出す。親指の爪くらいの真っ赤な宝石がついていた。ルビーなどとは違う、血のような赤い色をしていた。
「そ、そんなバカな。つい1時間前は、真っ青だったのに」
どうやら時間とともに色の変わる宝石のようだ。だが音の理由はよくわからない。
「ドライクリーニング!……って、発動しない。もしや、また残量ゼロですって?」
何やら試しに魔法発動でもしたのだろうか。何をしたのかはよくわからなかったが、名前からすると衣服の乾燥か。だが、思ったような効果が得られなかったようだ。
ノビターンが焦るつれ、ノミが口を開きだした。開けるようになったとも言えるもしれない。
「ほら。ほら。まさに天命はないですが、私の口を塞ごうとするから、空になったのです。どひゃ」
「こちらが空になったからといって、私個人の残量は使えますよ」
反射的にやり返したようだが、ノビターンは何やら考えているようだ。
「た、たしかに、ノミのいうように、こういう悩みを打ち明ける機会を大切にしてもいいのかもしれません」
「そうでしょう、そうでしょう。さぁ、プヨン殿に心を開いてみられては?」
ノビターンは何やらプヨンというか、悩んでいることがあるそうだ。とりあえず魔力を補充するまで話をあわせて、という小さな呟きが聞こえたが、プヨンはまずは話を聞いてみることにした。




