夜戦の仕方 4
痛みでうめいていたが、ノビターンはすぐに我に返った。あれから追い打ちはかけられなかったが、敵前で油断し過ぎだ。まずは痛み止めを施し、即座に体が動くようにした。
先程の男はどこに行ったか。急いで確認する。ギリギリまで地面にいたが、周りにはいなかった。
さっきの攻め合いが引き分けだったのか。もしくはノビターンの攻撃の方が強く、予想以上に弾き飛ばせたのか。今のうちにと大急ぎで応急手当てをする。相手が無傷なら今頃やられていたところだ。
考えながらで治療への集中が落ちているのか、ようやく痛みが回復してきた。かわいい悲鳴は合格だが、引き換えに右足が折れた。額の血や擦り傷もなんとかなった。
おまけにノビターンの擬態も解けていた。自分の手足がはっきりと見えることでわかり、動揺しながらも大急ぎで修復する。これも練習したかいがあって30秒ほどで元に戻すことができた。
ようやく立ち上がって周りを見た。ノミはまだ倒れたままだが、そのそばにもう1人見知った顔がいる。
この時点でノビターンはようやく相手がプヨンだと認識できた。
あの顔がにやっと笑うのを見て、はっきりと思い出した。またしてもとも思うが、即反撃するのは軽率だ。
まずは姿を見られた対策をしなければならない。相手の記憶を消すか、存在を消すかだ。そのためにもマリブラの残量はまだ9割以上残っていることを確認した。これで無様な残量切れはないはずだ。
「サッカードダブル」
安心したところで即座に眼球運動を低下させ、プヨンの物体運動の認識力を低下させる。プヨンは動体検知能力が大きく低下したはずだ。
「おまけに『ローガン』」
効果の程はノミなどで検証中だが、新たに編み出しつつある追加効果も炸裂させる。
「どうですか? 『愛魔法』の複合効果は? 細かいものが見えなくなったでしょう」
誰に聞こえるでもなくそうつぶやいてしまった。
もちろん返事は期待していないが、これで彼の視界はホットスープ前の湯気付き眼鏡のようにぼけぼけになっているはずだ。
プヨンが戸惑っているところを想像すると笑みがこぼれた。
ノビターンお得意の『愛魔法』は目にも優しく、聖職者に相応しい慈愛に満ちた魔法だ。主に相手の目に作用し、視界に影響を与える。動体検知の無効化と視界範囲の狭窄、この2つを織り混ぜて使用する。
プヨンの動きが鈍くなっていることが、効いていることを示している。
『たすけてー、効いてますよー』というプヨンの心の声が聞こえてきた。
「不完全で哀れな彼に見えているのは、唯一私の溢れんばかりの愛魔法のはず。これも普段の慈愛魔法の鍛錬の賜物ですね」
天に向かって感謝の祈りをしつつ、『カープング』を準備し無理やり引き寄せた。
「にいさんこちら!」
愛を語ったら次は恋。パンパンと両手を叩きながら、こっち来い魔法で引き寄せようと力を込めた。
プヨンは目をしぱしぱさせていた。
先程突然引っ張られたが、加えられた力が弱いため背中の重量物の棍棒のおかげで、引っ張られたのは体だけだ。
おかげでプヨンは首が締まったが、むせながらもなんとか脱出に成功した。冷静ささえ失わなければ、対応する術はある。
「大丈夫なの? よくそんな器用な姿勢になれるわね」
プヨンが動かぬ棍を支えにおかしな恰好をしていたため、カバンの中からフィナツーが半分笑いながら心配してくる。フィナツーにはあまり緊迫感がないようだ。
「あぁ、まぁ、大丈夫。首が締まっても呼吸は問題ないから。さすがに体が潰れたら困るけどな」
フィナツーはもともと表立った呼吸をしていないこともあり、プヨンが息を吸わなくても驚かない。
方法はいくつかあるが、プヨンは最適なものを選んでいる。水の電気分解もあるし、呼気の再利用もできなくはない。フィナツーが使える光合成魔法とは異なるものも多数ある。
毒ガス中や水中作業時でも原理は同じ。本来吐き出すはずの呼気にエネルギーを与えて再分解していたが、二酸化炭素の分解は体内がススだらけになるため、今のプヨンには禁呪扱いになっている。魔法発動時に不要になった炭素屑で口が真っ黒になったのは遠い昔の話だ。
呼吸が落ち着くと、先程地面に叩きつけた者の顔を再確認する。見覚えがあった。ずっとノミの上空からプヨン達を監視していた者のはずだ。
最初はノミを害そうとしているのかと思ったが、ノミの身内であれば、プヨンからノミを守ろうとした可能性を考えた。
この方が自然だ。首を絞めたのがそのせいなら仕方ない。
「さてどうしたものかな?」
プヨンも相手を地面に落としている。ここは痛み分けが妥当に思えた。とりあえず一度大きく飛びのき十分に距離を取った。
かわいい声を装った悲鳴も聞こえたが、あの声ならまだ余裕を感じる。きっとダメージも大したことないに違いない。
それならばお互いの事情を理解し話し合うこともできる。仕掛けたのはおあいこのはずだから、話し合いで解決できるレベルだ。
「そうだよな。お互い気遣いが足りなかっただけなんだ。よし、問題なし」
プヨンはノミに対しては害意がない。
プヨンはノミの知りあいと気付かなかったことにする。
プヨンはノミを少しは治療してあげた。
これで攻撃はなかったことにできると作戦を決行した。
考えがまとまって周りを見回すと、ノミが起きあがろうとしていた。他に敵はいないのか探る。
誰もいない岩山や湖上であれば地域一帯を吹き飛ばしてもいいが、ここは人口が多い。学校のそばでもあり、あまり極端なことをするとデメリットが大きすぎる。
「どうするの? どうやって乗り切るつもり?」
「ここは相手の出方をみるべく準備するよ。相手の行動を制限しつつ、その間に捕縛してどういうことなのか事情を聞けばいいはずだ」
まわりは暗いため目視による位置確認は精度が悪そうだ。かといって松明でも持とうものなら自分の位置を教えていることになる。基本は受け身で相手の位置を把握せざるを得ない。
もちろん打つ手がないわけではない。フィナツーにそう答えながら、プヨンはまずは姿隠しを徹底する。さっきまではあえて姿を見せていたが、このタイミングで使う。なまじ見えていただけに効果が高い。きっと見失うだろう。
だいたい自分がやることは相手もしている。体温や空気の流れでプヨンの位置検知をしている可能性が高い。どこまで見えてますかと聞けないのがもどかしいが、それを意識しつつ目くらましを実行した。
「霧々舞」
プヨンが空中湿度を100%にした空気の温度を下げ、辺り一帯に霧を発生させた。
暗さに霧を加えて直視を封じるだけでなく、霧の水滴の温度を体温程度にそろえ、大きさも調節する。検知魔法の使い勝手がいたとしても、精度は著しく落ちるだろう。
いささか空間温度の調節にエネルギーを使いすぎたか。これだけ無駄に備えれば大丈夫だろうと思ったが、いささか甘かったようだ。
ピュン
プヨンのすぐそばを高速で何かが通り過ぎた。
プヨン自身が見えるように磁気反応を残していたため、なんとか見えている。気づいてすぐに構え直した。
「むっ。これは、ピットか?」
ピットは女の道は蛇特有の温度感知器官を応用した技術だ。
「大量のピットでも使っているのか、あの程度の温度対策では甘かったようだな」
「ふーん、そうなの? 別に女性じゃなくても使えるんでしょう?」
「うん。まぁな。しかし甘えがでてはいけない。きちんとすべての可能性はきちんと把握しなければな」
ヒュン、ヒュヒュン
そばまで近寄ってくる風音が聞こえるが、音の感じでこちらもピットの数や距離が測れる。5、6個といったところか。
そんなことを考える間も幾度となく風切り音がした。かなりの精度でこちらの居場所を特定しているのがわかるが、何を飛ばしているのかはよくわからなかった。
バシッ
風音が違うものが飛んできた。
咄嗟に反応し、誘導しつつ手で掴むことに成功した。短刀だ。
他のものに紛れ込ませ、黒曜石で作られた石製の短刀を投げつけてきた。油断できない。
「ただの石のようなのに、けっこう丁寧に作られているわね」
カバンから胸当ての隙間に潜みなおしていたフィナツーが、プヨンが掴んだものを見てつぶやく。いつも思うが、一心同体のつもりか知らないが、よくまぁこんな危険なところで平然としていられるものだ。
「あぁ、これは体格間短刀弾だな。前にアデルに聞いたことがある。近距離の相手に岩や剣を投擲する攻撃方法の一種だ」
まぁ、何かあっても地上に投げ捨てれば無事逃げられるのだが、そんなプヨンの気持ちはお構いなしにフィナツーは話を続ける。
「何か恨まれてそう?」
「俺は何もしていないぞ。しかし、こんなものを用意しているとは、ずいぶんと計画的、たまたまきましたじゃないよな」
「無実の罪かぁ。重罪よね。加害者はそんなもんかもね」
ひどい言い様だ。今度フィナツーを盾がわりにしてもいい気がしてきた。だが攻撃を仕掛けられているのも事実だ。フィナツーはあとで再教育するとして、目の前をどうにかするべく作戦を考えることにした。




