自我の目覚め方
プヨンはユコナとランカのいるヴァクタウンに向かっていた。
ヴァクタウンの始まりは、ヴァクストがあばら家から始めた店だ。そこを拠点にいつのまにか行き交う人の休憩場所になり、急成長した今は街道沿いの小さな町となっている。
ランカも即興の薬屋からの付き合いがあり、今はキズだけでなく精神的な癒しも行う治療所の顔になっていた。
ランカは元が商売人のわりに金や欲にはもともと興味がすくない。世俗的なこだわりがなく、見た目の効果もよく知っているからか、威厳とまではいかないが修行した神官のようなちょっとした品性が感じられるようになっていた。
そして『成長した』との評は許されるが、『老けた』的なことを言うと、治療所を出たあと天罰が下るという霊剣まで使いこなす成長ぶりだ。
プヨンが耳にしたところでは、音もなくオロナの民が現れ、闇の世界に連れていかれるという噂がもっとも信ぴょう性が高かった。
移動しながらユコナが声をかけてきた。
「ヴァクタウンにはよく行っているの?」
「うん。まぁ、3日に一度くらい。これをよく行くというのかは知らないけど」
「え? そんなに抜け出しているの? 入りびたりレベルじゃない。自分ばっかり。なぜ私を誘わないの?」
「皆さま勉学に勤しまれ、忙しそうだから」
「そんな言い回しでよく舌かまないわね」
さっきまではプヨンの頭上を飛んでいたが、疲れたのか地上を筋力強化で走っている。少なくともバランスとりに気をやらなくていいだけでも楽だ。
プヨンも久しぶりにマックボードを使っていた。疲れたのもあるが、ここ数日の行動、特に戦闘時の浮上行動が続き、安全な地上移動についてあらためて重要性を認識したからだ。
飛行時は高度によって使うエネルギー、魔力量はほとんど変わらない。近接戦闘であれば上空からの方が有利なことも多いが、何もない上空を飛び回るのは地上から狙い撃ちになるリスクも高い。
ビシッ、「あ! あぃたぁ!」
急に石が跳ねて当たったようだ。まるで自我をもって狙ったかのように、一直線にユコナの額に命中した。地上でも一部の人間にはリスクがあるようだ。
「くっ。この小石め! 私を狙ってくるとはいい度胸ね。くらえ、水責めの刑!」
ユコナはそう言いながら、ぶつかってきた小石を拾って小川に放り投げる。
「そこで反省しなさい!」
「なんてひどい。意図的に狙ったわけではないだろうに」
「あれは石による計画的特攻よ。絶対そう!」
ガンオーのような古岩が自我があるなら、小石にもないとは言い切れない。
だが大きな動物にそれなりの自我があるとしても、小石は羽虫以下で自我とは言えない。ユコナのは完全に八つ当たりだ。
「さすがユコナ。とてもひどい」
そう指摘するとユコナはバツが悪いのか不貞腐れていた。
その後も地上を走り続ける。
地面すれすれを高速で移動すれば、ある程度地面を蹴って急な方向転換をしたり障害物も利用できる。
空中移動時にそんなことすれば加速度により体に致命的な負荷がかかることもあり、基本的に円運動になる。地上移動の方が行動も楽で必要なエネルギーも遥かに少なかった。
ユコナがランカの依頼内容を再確認してきた。
「タダンってレスルの厄介ごとをまとめているんでしょ? ランカのところに直接行ってくれって何かしらね」
キレイマス―ヴァクタウン間の距離は10㎞弱。ジョギングで一定時間入ると楽になるように、ゆっくり飛びながらフライヤーズハイ状態になり安定飛行に入れば30分とかからない。ユコナでも無休憩で飛行できる距離だ。道中は何事もなく無事についた。
着くとランカがいつも通り出迎えてくれた。施しの時間なのか忙しそうだ。
「お久しぶりです。プヨンさん。早速ご足労いただき、ありがとうございます」
ほんの10日ぶりだが久しぶりのように嬉しそうにしている。
期待にこたえ、いつものように、魔力の通りを良くしてやった。
早速、負傷者の治療、精神の癒しとテキパキと対処していく。さすがもと商売人だけあり、段取りがよい。癒しの笑顔効果もあわせ、あっという間に片付けていく。
ランカは雰囲気も言葉遣いも前回会った時から大きく変わり、すっかり癒しの存在になっている。
話し方もゆっくりと落ち着いていて、声も耳に心地よく聞き入ってしまう。
「お、おぉぉ、ぉ? ランカなのか? 10日前からさらに進化した? 何かやっているのか?」
「そうですよ。へへへー、ちょっと無理しました。ただの声色変化ですが、こちらの思いが伝わりやすい気がするんです。こうお腹で呼吸して吐くときにちょっと力を入れてゆっくりと話すと効果がでます」
「なんと。音の波長変化だ! そんなことができるとは。すごいな。高等魔法じゃないのか?」
まさかランカが音系の操作を習得しているとは。確かに最好感度の美声を習得している。
「最後に少し礼拝の挨拶をしてまいります。そちらでもうちょっとだけお待ちください」
そう言うとランカはスタスタと走っていった。だが20人ほどの信者の前で礼拝の文言のあと、信者達の祈りの力を集め、魔法薬の中に蓄積している。
ある種の草から取り出した薬液に貯めることで、プヨンでも誰でも精神の流れ、言い換えると『マジノ粒子の流れ』を貯めておける。その力を使って治療等ができるし精神的な疲れを取ることができた。
それを教会という祈りを使って実施する方法はプヨンが教えた。以前のユトリナでもふつうに行われていたことだ。
いつも以上に周りの礼拝者が集まり、祈りを通じて意志の力を供出していく。
「お。か、顔が……、声だけでなく顔が別人だ」
擬態の一種なのだろうか。プヨンが驚いているのを見たランカは、急に元の顔に戻るとニヤッと笑い返してきた。嬉しそうだが今日は何度も驚かされる。
「あぁ、なんということでしょう。わたくしの善行が大きすぎて、顔にあふれて
しまいました」
「さらに言うようになったな」
ランカの顔はいつの間にやら横の女神像に趣きが似ていた。
少し見とれていたが、一段落したところで本題を聞いてみた。
「それで頼み事とはなんだろう」
「最近夜になると闇にうごめく生き物が多く発生していると報告があるのです。なんとかしないと」
「夜になるとうごめく生き物? 例えば?」
「報告はいろいろですが、先日の洪水とかのせいかも知れません」
唐突に言われ考えてしまうが、真面目に言っているのはわかる。
この辺りでもたまにみるが、生き物が死ぬ際に強い思念が残ると、しばらくは残った意思の力で動きまわることがある。
カルカスなどがそうだし、戦場や災害あとなどはそうした魍魎が多く発生する。うかつに近寄るとまずいのは常識だ。
「じゃあ動物系なのかな? 人の形のものもいるの?」
「原因はよくわかりません。目撃事例はヴァクストさんがまとめたそうですが対処となるとなかなか」
以前、窪地の底あたりで溺死体に襲われたこともある。他にもガンオーのような無機物でも、場合によっては行動や会話するほどの自我を持つこともある。
そうした意思の蓄積にマジノ粒子が関係があることをプヨンは理解していた。
ただ無機物に自我ができる境界はよくわからない。周りの生き物の意思が少しずつ引き寄せられているのか、それともこうした粒子が自然に集まり一定の反応をすると自我が作られていくのか。
先程ユコナを狙った小石は自我があるというには無理がある。狙ったというよりへ踏まれた時の反射行動だろう。
フィナツーのような植物は多い。長く生きるものほどふつうに会話できたりもする。岩、特定の場所に溜まったガスなどもそうだ。
逆に川や雲のような安定した形を保ちにくいものは事例がない。湖の化身や火山と会話した人も聞かない。
大きすぎると密度が薄くなるのだろうか。距離もあると声も届かないし、大きすぎて動けないだろう。
でも移動する湖もあると聞く。わからないことが多く奥が深い。
「もしかして怖いですか?」
はっと気づいた。
「いや、そういえば、自我を持つ生き物ってなんで自我があるのかと考えて」
ランカに振られたわけだが、少し思考に耽ってしまった。少し黙っていたからか、ランカが顔をのぞき込んでいる。
「うーん、得体の知れない者はどうしたらいいかはわからないなぁ」
「怖くはないと思います。知っている生き物ですから」
「そうなのか? 知っている生き物で夜にうごめくもの? この辺りで?」
「そうです。ヴァクストさんが最近夜警をしています。いろいろありますので、是非お力をお貸しいただきたいと思います」
焦りはなさそうだが、避けては通れないようだ。他のメンバーで手が回らないとはよほど深刻なのだろうか。
「けっこう苦労しているそうです。なかなか動きが停止しないそうで」
「わかった。協力はする。何するの?」
続きを促したタイミングで扉が開いた。
バタンッ
プヨンがランカの頼み事について協力を約束したタイミングを待っていたかのように、ユコナが扉を開けて入ってきた。
「プヨン、いたわね。怪しいものを捕まえたわ」
「ふごーふごごーー」
一人の男を引きずってきている。両手両足は氷漬けで、口の中にも大き目の氷が入っている。口が広がってまともに話せないようだ。
口に氷を入れる口封じは、とても冷たい。
だがプヨンが返事をする前にランカが前に出た。変わり身なのか、また女神スマイルに表情が変わっている。
「ありがとうございます。それで、この者は何を?」
「この私に突然抱きついてきたのよ。いかに私が魅力的だからといって、昼間の中央広場で抱きつくなんて最悪だわ!」
中央広場は町の中心部、屋台なども出ている。運輸業者や買い付けの商人の待ち合わせ場所で人通りが多い。そんな場所で堂々とその手を、おまけにユコナ相手にするとは。
「命知らずだな。それで避けられずに抱きつかれたのなら、ここじゃなく警備係に言えばいいんじゃないのか?」
「避けたわよ! それなのにこいつは、追加攻撃をしてきたのよ。見てよ、これ!」
そう言われて足元を見る。靴についたものは跳ねた泥のようだ。
「これが今日おろしたての新品とは思えないでしょう。こいつのせいよ!」
男は何か言いたそうにしているが、ユコナがさらに口の氷を大きくしたのか、『ぶもももっ』とくぐもった声が出るだけだ。
その靴、昨日、レオンとの作戦行動前から履いてなかったかとも思ったが、男を庇う理由はない。
「じゃあいつも通り、厳しめの私刑にするのか? それとも魔法の実験台か?」
死刑と勘違いしたのか、大慌てで男は顔を左右に振るが、もちろんランカの前でもあるし本気で殺める気はない。
単なる脅しだ。更生する可能性が確認できれば、しっかりとお説教してもらって数日奉仕活動でもすればすむ。
何か言いたそうにしているので、プヨンは口の氷を融かしてやった。
「い、いや、違うんだ。聞いてくれ、いや、ください。俺はそんなつもりではなかったんだ、です」
慌てふためきながら弁明を始めた。まあすんなり『やりました』というやつはいないだろう。そもそも何をやったのか。
「じゃあ、何が目的だったのよ? 私の魅力的なボディ以外に狙ったものがあるということでしょう?」
なるほど。それはそうかもしれない。ただの事故の可能性も十分にある。プヨンは念のため聞いてみた。
「それはたまたまの事故ではないの? つまづいたとか」
「練習も兼ねて空中歩行してたのよ。2.5階くらいの高さで。それでつまづくと思う?」
空中歩行とはよく考えると危険だ。すぐにスカートではないことを確認する。何よと言いたそうな目で睨まれるが、もちろん気にしない。
ユコナのテロ誘因行為の結果、男が暴発したのであれば気の毒と思ったが違うようだ。
「お、俺はそんなことはしていない」
「それ以外に何があるのか言ってみなさいよ」
しばらくそんな問答が続く。ランカは黙って、プヨンは少しドキドキしながら様子を見ていた。
そのうち男側が折れるかと思ったタイミングで、重要な発言があった。
「俺が狙ってたのは腰だ!」
腰か。なるほどと思う。ユコナも勝ったとばかりにニヤリと笑みを浮かべる。
「その腰の珍しそうな剣とその布袋よ」
たしかにユコナの腰に見える赤い光沢の剣は珍しいだろう。
布袋も少し汚れているがユコナの貴重品入れだ。一般の人から見たら財布に見えるかもしれない。
だが男の宣言は盗賊ですと言っていることになる。スリか何かの類か。
ユコナはこの自供を狙っていたのだろうか? ランカが『最近人が増えて治安が前ほどよくないんです』と言っていたのを思い出すが、イラつかせてこれを誘導していたら大したものだ。
だが勢いついたのか、口を閉ざされていたからか、男はこれでは止まらなかった。
「掴みたくはなかったんだがな。思った以上に厚すぎてミスっちまった。もちろん気温じゃないぞ」
『肉が厚い』の言葉がなぜかこだまする。その瞬間プヨンは確かに凍てつく波動を感じた。
相手に魔法発動をさせる術があるのかと驚く。あらゆる防御を無効化するやつだ。
ランカの顔からも笑顔が消えている。聖女様にこんな顔をさせるとは、この男ただ者ではない。そしてユコナは満面の笑みで固定されていた。
凍てついた笑顔に男は気づかないが、確実に周囲の温度が下がっていく。この男、寒くないのか。プヨンは自分とランカを温めるのに追われる。
やがてかわいそうに思ったランカのホシへの涙を見た時、ユコナの声が響いた。
「言わなければやられずにすんだのに」
ユコナが攻撃体制に入ったことを感じ取ったプヨンは、ランカを掴むと即座に避雷針モードに入りユコナから距離を取る。この後の展開はわかっている。
「え?」
バチン
呟くのが聞こえたのか、男がえっと反応した瞬間、口は再び氷に満たされていた。首あたりまで氷になっている。
流石に屋内で雷撃はまずいと思ったか。場所を弁えるようになったユコナは大人になったようだ。
そう思った直後、ユコナは男を引きずり手元に手繰り寄せる
「ヴァックーーストー、死刑囚を捕まえたわ! こいつは生きていてはいけない人間なのよ!」
ズズズズっと男を引きずりながら表に向かうユコナ。
「あちらの事情も知らずに、暴力はいけませんよ」
ユコナには聞こえないのがわかった上でプヨンが効果抑制を仕掛け、男が致命症にならないようにする。
ランカはどう思っているのだろうか。横を向こうとしたその瞬間、
ドドーン
少し離れたところで爆発音がした。空気が震えたような感じがするが、音の感じからすると少し遠くに思える。
ユコナもランカも何事という顔をしているが、様子を確かめに行く気はなさそうだ。そのまま立ち尽くしている。
氷漬けの男のうめき声だけが響いていた。




