甘いお菓子の作り方 1
レスルはいつも通りだ。あちこちで色々な話し合いがされていた。引き受けた仕事のこと、その作戦のこと、報奨金のつり上げや買い叩きの声も聞こえる。
そんな中、プヨンはたんこぶをさすりながら端の椅子に座り、周りの様子を伺いながらのんびり時間をつぶしていた。
しばらくするとユコナが受付での手続きを終えて戻ってきたが、もう1人連れて帰ってきた。ミハイルだ。ミハイルに会うのは久しぶりな気がする。受付のリトとはうまくいっているのだろうか。
そう思うと奥の方にいるタダンとも目があったが、慌てて目を逸らすのがわかった。タダンは気まずそうな顔をしている。
「プヨンさん、助けてください」
「??? 何を? なんかの依頼?」
開口一番にミハイルが助けを求めてきた。切羽詰まっているようで声が震えている。
「リトがこういうんです。わたしのパートナーになるならせめてレスルで1番固い男になれと」
あるあるだ。こういうところの受付をしているとそういうある程度の強者志向になる。足手まとい感があると困るからだ。
なぜ固さ、防御力重視なのかと気にはなったが、1番は過剰としても、レスルでの恋愛系であれば、たいていこの手の要求があることはミハイルもわかっていたはずだ。
「頑張ってくださいミハイルさん……ご活躍を……」
プヨンが笑いながら、そうなるだろうと笑い飛ばすと、ミハイルが神妙な面持ちをする。
「ありがとうございます。助かります」
「え? なんで俺に礼を?」
ミハイルはそれには答えずピラっと机の上に紙を置いた。
「タダンリスト? なんだこれ?」
紙には人の名前がずらずらと書いてあった。
3人目がプヨンだが、レスルの指導員や知った名前も3人ほどあった。定期的な競技会の常連の名前もある。
「名前が10人ほど並んでいるな」
「リトがタダンさんに頼んだんです。こいつに勝ったらできるやつリストをくれと。過去タダンさんが勝てなかった人をここに書いてって。そしてリトは僕にこの人たちと戦って勝つまでダメと言ったんです」
負けたものリストを作れとは、リトもなかなか容赦がない。特にタダンは辛いかもしれないがプヨンは勝ったことはなかった気がする。
「どうやって? それになんで俺?」
「タダンさん推薦です!」
「は?」
「手段は問わないと言っていました。他のやつはともかく、『やつ』とはやっておけと言われました」
やつとは自分のことか。ますますわからない。タダンはランカとセットで覚えているが、ランカに絡んでいたくらいであまり記憶がない。なぜ俺なのかz
ただ先程のタダンの視線の意図がなんとなくわかってきた。わざわざ聞きに行くのも面倒だが、ミハイルに確認しておこうと思ったことがある。
「ミハイルは、今まで戦闘したことはあるのか?」
「はい。もちろんありますよ。アデルさんにもちょくちょく呼びつけられますし」
「じゃあ、生き物をあやめたことはあるのか?」
「そりゃもちろん。野営の時は何か狩らないと食べるものがありませんから」
タダンの視線の意味がわかった。おそらくミハイルはまだ人をザックリとやったことがないと思われた。
そう思ったタイミングでユコナが戻ってきた。しっかり報酬を受け取ってきたようだ。だが、後ろにリトを連れてきている。
「あ、リト。次の対戦相手だ」
リトは今更ながらにプヨンを値踏みするように見る。
「リトじゃないわよ。私はこう見えても祇園風族の出身よ。最近しゃべるようにはなったけど、それくらいでものにできるとは思わないで。本気ですべての気力を叩き込み、勝って戻ってくるのよ!」
それだけ言うとすぐに戻っていくリト。
ユコナは理由がわからずきょとんとしており、ミハイルはもう一度説明した。
「なるほど。じゃぁキレイマスのレスル最強になれって言われたのね? でもなぜプヨンを倒してこいって言われたのかしら」
「プヨンさんと戦えば精神的にタフになると……よくわかりませんが」
「ふっ。プヨンではダメね。レスル1となるのなら、プヨンを軽くひねっちゃう私を倒さないと」
ユコナはそう言いながらこれは私がやったのとばかりにプヨンのたんこぶを指で示す。見せしめたんこぶはまだ治療していない。
ユコナはプヨンを見せて勝ち誇っていた。
「さぁ、わたくしが相手してさしあげましょう。プヨンの10倍は強いから。私に勝てばプヨンには圧倒的勝利間違いなしよ」
そう言うとユコナは腕を組み、ミハイルを見下ろすようににらみをきかせた。どうしたらいいか悩むミハイル。そこでプヨンはいい手をひらめいた。
「どんな手でもいいとリトはいったんだっけか」
「は、はい。リトはどんな手でもいいと」
それだけ聞くと、再度プヨンはユコナの方に向く。
「どんな手でもいいらしいぞ。少しは手加減してやったらどうだ? それともなんでもありの辛口勝負にするのか?」
「もちろん辛口よ。敵の主戦力の中央を突破してこそ勝利の意味があるのよ」
それはそうだ。リトは本気で戦わないと認めてくれないだろう。
「そ、そんな。甘口でお願いしますよ」
ミハイルは少しおびえながらも、ユコナにお願いをする。
どうやらプヨンの代わりにユコナがミハイルとの勝負を受けるらしい。ちょっともんでやるわよなどと言っている。
「じゃぁ、ミハイルとユコナでやるんだな。ほんとに辛口でいいのか? ちょっと準備してくるから待ってろよ」
「あったりまえでしょ。どっからでもかかってきなさい」
いつもより胸を張って、自信満々で言うユコナ。
面白いことになってきた。
「なんならハンデをあげてもいいわよ!」
「え? ほんとですか? ありがとうございます」
「ほんとにハンデありでいいのか?」
「いいわよ。今日は絶好調な気がするの。1段階、いえミハイルなら2段階でもいいわ」
「そうか2段階か。わかった」
プヨンはそう言うとレスルの奥のほうに向かった。
そのまま受付を通り過ぎ、食堂も通り過ぎて奥の厨房まで行く。
5分後、プヨンは戻ってきた。手には2つの皿を持っている。黄色いどろっとした液体。それがご飯の上にかかっていた。
「ちゃんと2段階差をつけたぞ。こっちは『殺人級』、こっちは2段階上、『都市崩壊級』の上の『国家滅亡級』だ」
カレーはバランスも良く携帯食にうってつけで、ここキレイマスでも陸軍行軍カレーは定番になっている。戦時中の早メシにもうってつけだ。
「よし、なんでもありと言ったから、同じ攻撃を受けた時の耐久で勝負かな。武器を使用した痛覚耐性みたいなもんだ。カレーの早食い勝負だ」
痛み軽減は誰でもが使える簡単な気力操作魔法だ。
「え? え? どういうこと?」
ユコナが戸惑っているので説明してやる。
同じ攻撃を(主に口に)受けた時のダメージ耐久勝負だ。辛さとは痛覚刺激、理屈は問題ない。
「ユコナの希望通りだ。どっちにするか皿を選ばせてやるよ」
皿を前にうなるユコナ。別に隠したりはしていない。ここは公平だ。
ただ小声でミハイルには追加でアドバイスをしてやる。
「辛さは痛覚だ。痛み軽減、歯を食いしばるんだ。切られた時に耐えるのと一緒だ。できるかな?」
「大丈夫です。辛いのは超得意です。しかしこの勝負はいいんですか?」
「もちろんだよ。正々堂々ダメージ勝負だ」
細かくは触れない。武器攻撃による攻撃で耐えた。軟棘で少し穏便な手法を取った。ただそれだけのことだ。
「どんな勝負でもいいらしいから、カレーの早食いだよ。とてもわかりやすい」
「し、しかし辛いのはちょっと……」
こうも早くお礼ができる機会があるとは。神様ありがとうございます。
「もちろん知っているさ。だがユコナが望んだ辛口勝負だから」
たんこぶを指で示しながら言うと、ユコナは渋い顔をしてスプーンを手に取った。
「じゃあ僕はこちらを取ります。ハンデ付きで勝ったと言ってやります」
「え、おいちょっと待てよ」
プヨンが慌てて止めるが、ミハイルは『国家滅亡級』の皿を持つ。
ミハイルは直接戦闘ではなくなったからか、安堵と困ったが混ざったような顔をしている。
「こ、これならなんとかなる……かな。でも僕は、実は……」
「ほ、ほんとうなの?」
ユコナが恐る恐るきく。
「大丈夫ですよ。しょせん天然の食べ物なんですから」
ちょっと引きつっているが、ミハイルは一口二口と食べている。
「辛いー。でも負けられない! 俺の気持ちは、かれぇー」
「ミハイル、わかってる。全部言わなくていいよ。これで勝負すれば、俺より強いユコナを倒したと言えるだろう」
これでユコナは引けなくなった。しかも自分が指定した勝負でハンデ付きだ。
「ぐっ。なんか違う! 絶対!」
「スタート!」
ユコナの苦情口撃を無効化しつつ、プヨンが言うとユコナは渋々一口食べた。
「きゅうーー、辛い。辛すぎる」
「え? そうですか? もう慣れてきましたよ」
「皿を間違ってるんじゃ?」
そう言ってミハイルのを一口食い、悶絶するユコナが実に愛らしい。たんこぶと引き分けにしてやろうと思う。
ミハイルは完食しそうだ。ユコナもミハイルも超辛口勝負を進めていく。
ユコナは一口一口頑張って食べている。
「これ全部食べないとダメ?」
「戦場での敵前逃亡は認められていない」
「えー、そんな。まだこんなにあるのに。プヨン、これもたんこぶのせいなの?」
「なんのことかな。作戦完食までやってね」
いいところ10口くらいか。
すでにミハイルは半分以上食べているが、ユコナはようやく皿の底の一部が見え出しただけでつらそうだ。
もちろんプヨンはこのことは知っていた。常に敵情を収集する。今日は避雷神ではなく、智将バージョンだ。
ユコナは頑張っているが、ミハイルよりマシな辛さとはいえ追い上げにほどとおい。
「ほら、給水ポイントだよ。特別に飲み放題だ」
そう言って2人に魔法で出した水を木製コップに入れて出す。ミハイルは冷水を、ユコナは熱めのお湯だ。
「あ、ありがとう」
かなり参っているようだ。唇が怪しい。
コップは木製を用意し、熱が伝わりにくくしておいた。手に持ったお湯をユコナは一気に口に含む。
「ひぃ、ひぃーーあっつー」
辛口にお湯は追加ダメージ効果がある。ユコナの望み通りミハイルとのハンデ差を少し埋めてやる。
「ごちそうさまでした!」
軟棘精神に基づいた勝負はミハイルの圧勝だった。ユコナは3割も食っていないのに涙目になっている。
「食べ物を粗末にしてはいけないんだったな」
「え? そんな……」
「ククク、これで引き分け。俺も一勝一敗に戻した」
ぐぬぬと言うユコナにも満面の笑みのミハイルにも笑顔で返す。ミハイルは報告してきますと元気に去っていった。
「納得いかないわ。やり直しを要求するわ」
「カレーもう一杯追加です」
「ま、待って。負け。負けを認める。ミハイルの勝ちでいいわ。は、はめられた」
まだ納得いかないようでぶつぶつ呟いている。
「ぐっ。こんなのダメよ。何とか言いなさいよ」
「魔法封じ、たらこくちびる」
「むひゅ」
鏡を持って顔を見せ、慌てて唇を押さえるユコナの口封じに成功する。
プヨンの作戦は予定通り完勝で終わった。




