回復魔法のかけ方5
ホイザーに促され奥の部屋に入った。応急手当用の部屋、その奥の台に30前くらいの男性が寝かされている。横にいる男はたしか先ほど運んできた仲間の一人のはずだ。さらにしゃがんで治療らしきものをしている女性がいる。
ホイザーが3人を見ながら話しかけてきた。
「モーント、クレスタは助かるかもしれないぞ。ちょっと、このプヨンに見てもらってみろ」
奥で寝ている男性がクレスタ、運んできたがっしりした男性の名前がモーントということがわかった。すでに部屋に入るまでの会話で、誰かが怪我をしていたのはわかっていた。
プヨンは2人を交互に見ながら状況を想像する。それを察したのかホイザーは、プヨンの方を見て説明を始めた。
「こいつら、今日、警備の仕事をやっていてな、いろいろあって、結果、ちょっとやられたらしいんだ」
プヨンはそう言われてあらためてクレスタを見た。ふと横にユコナがやってきて立っていた。まったく気が付かなかった。クレスタと呼ばれた男性はこちらを見ていたが、あきらかに失望の表情だ。何を言っているんだと誰が見てもわかるくらい呆れている。
「おいおい……子供つれてきてどうすんだよ。……医者だって言ってんだよ、できるやつしかできねーだろーが」
痛みが強いのか苦悶の表情をしながらで途切れ途切れだが、弱弱しい感じはせず、しっかりとした口調で言ってきた。ひどい言い方の気もするが、プヨンもわけもわからず連れてこられ、反論する術をもたず黙って聞いていた。
「ホイザー、も、もうちょっと詳しく言ってよ」
プヨンもホイザーが怪我を治せと言っているのはわかったが、何があったのかどうしてほしいのか、もうちょっと説明がほしい。少なくとも相手は納得も信用もしていない。
「プ、プヨン、すまねぇ。そこに寝てるクレスタは、今日ちょっとあって斬り合いになってな。相手を倒しはしたんだが、そんときに、指と足を切られてしまったんだ。そこにいるディオネがとりあえず血止めはしたが、完全には治せていない。プヨン、なんとかしてやってくれないか?」
「相手は? どうしたの?」
「気にするな。ただの、強盗だ。自業自得だ」
そうと頷いて振り返る。
ディオネと呼ばれた女性は、もちろんプヨンではなく、ホイザーを睨みつける。大きく息を吸うと語気を荒げながら一気にまくしたてた。
「なんとかって、足が切り落とされたんですよ? そんな子供にいったいどうできるっていうんですか?」
クレスタも言葉にはしないが顔に苦痛の表情を浮かべている。明らかに無茶言うなよと言いたいのが感じられた。
プヨンもいきなりだと思う。問答無用で連れてこられて状況が把握できない上、慣れないことを要求されているのがわかっている。
「治療っていきなりは無理なんじゃないの? もうちょっと調べてからでないと、む、無茶でしょ? 」
それでも言葉の端からわかったことから推測する。まったく面識もないし、治せなかったらそうですかですむとも思えない。ホイザーはそれはわかっていると、なお推してくる。
「プヨン、できなくても責めるわけじゃないって。試してくれって言ってるだけだ。もちろん成功したら金は払う」
「金を払うって言われてもなぁ、成功するとは限らないよ。専門家のほうがいいんじゃないの? メイサとかじゃダメなの?」
「もちろんダメならメイサにも頼むが、切り落とされた指が残ってないから、メイサにはたぶん無理だ。足は持ってきたらしいから、まだなんとかなるかもしれんが」
ディオネはそれを聞いて、明らかにバカにしている。
「えぇっ、メイサさんができないってわかってることをこの子ができるっていうの?」
驚いて反論しようとも思ったが確かに普通に考えるとそうだ。なるべく目立たないようにしていることもあり、プヨンのことを知っている人は少ない。ホイザーはもう少し説明がいるかと3人に向かって言った。
「切られた足は残ってると言っていたよな。足は確実に治るだろう。指は2本ともないんだろう? どっちを選ぶ? 試しに指を治してもらったらどうだ? そうすればお前らも俺の言うことに納得できるだろうさ」
「治してもらえって、人の身体だと思って気軽に言うなよ。そりゃ、治ればいいが」
クレスタは幾つか質問はするが、いまだ半信半疑だ。当然と言えば当然だが、少し信じる方向に傾いてきた。
「本当か? 可能性があるってことなのかよ……、にわかには信じられんが……」
そうは言ったが、そこで出血のせいなのか痛みのせいなのか、首がガクンと落ちてしまった。気を失ったようだ。モーントはクレスタが気を失ったのを見て、焦りだした。相手を選んでいる場合ではないと感じたようだ。
「プ、プヨンと言ったか。ほんとにできるのかい?」
「どうだろう。ある程度、構造は理解してきているけど、実際の治療はそれはあくまで補助的だよ。基本的な設計図はすでに体の中にあるから」
「な、なるほど。まんざらでたらめでもないのか。知らないと答えられないことを知っているということか」
もちろんだからといって確認されても保証もなにもないと返さざるを得ない。さすがに治せますと安請け合いをするわけにはいかない。
「ダメもとでいいなら試してみるけど、保証はできないよ」
「わかった。だが、疑うわけではないがホイザーが言ったように指で一度腕前を見せてくれないか。もちろん礼はする。ディオネ、ちょっと場所をあけてやってくれ。名はプヨンだったな」
「うん。ただ、ここですることは他の人には黙っててね。メイサとかには特に。資格なしに勝手にやってると思われると怒られるかもしれないし」
プヨンは、ディオネが座っていた椅子に座り、簡易のベッドに寝かされているクレスタの体を見た。
右手の薬指、小指の2本がなかった。右足の甲からつま先もない。指と足、どちらも治療魔法の結果なのか、すでに切断面には皮が張っていてそれ以上の出血はなさそうだ。
「じゃ、じゃぁ、始める。指からやるね。ユコナも小さい傷とか治せるなら手伝ってほしい」
ユコナはさっきから部屋のすみで突っ立っていたが、すぐに状況を理解し動き出した。
「わかりました。できることがあったら、言ってください」
「うん、よろしくね」
頼むと快く引き受けてくれる。普段は意地悪だったりもするが、こういうところは正しく対応してくれ、信頼もできた。
早速、薬指から治療を始めた。
以前にホイザーに試したときと同じように、まずは切れた指の骨の再生からはじめる。左手の指を見ながら理解している指の構造を反映し、あとはコピーしていく。細かいところは体本来の治癒能力をひきだしてやればいい。
薄皮の真ん中あたりに裂け目が入ると、黄ばんだような骨が出てきて伸びていく。その骨のまわりを筋肉で覆う。その中には体に備わった本来の能力で血管、神経などが通って再生していく。
問題になるのは材料だ。欠けた指自体はないが、まだ幸い指はたくさん残っている。他の手指からちょっとずつかき集めていけば、5分ほどで指のおおよその形ができあがってきた。爪や指紋の再生は少し時間がかかるが勝手に生えてくる。爪の再生も無事終わり指は元通りになった。
「プ、プヨン……」
ユコナに呼ばれて振り返る。ユコナはぼそっとつぶやいた後、微動だにせず、視線はずっとプヨンの指先を見ている。ホイザー、クレスタ、ディオネも同じ、ただじっとプヨンの指先を見つめていた。プヨンも特に何も言うことはない。
「まぁ、こんなところか。じゃぁ続けて小指をやるね」
返事はないが、そう言って小指の再生に取り掛かった。同様に左手の小指を見ながら再生していく。方法は同じだったが切られて失われた指の量が小さいこと、2本目で慣れがでてきたため効率があがる。3分ほどで見た目だけは元通りになった。
「うん。うまくできたと思う。ちょ、ちょっと休憩」
ちょっと疲れた。エネルギーのやり取りをするのにも体力を使うし、集中力もいる。この程度で呼吸が乱れるというわけではないが、水を飲んで一息ついた。ディオネはクレスタの指先をじっと見ながら、色々と触っている。
「強く摘まんじゃだめだよ。見た目は治っているように見えるけど、中身はすかすかだから潰れちゃう」
「信じられない。まだ子供にしか見えないのに……」
ホイザーはそれを聞いて満足げだ。顔を見ただけで何が言いたいかわかる。
「な、俺が言った通りだろう」
とにやにやしていた。
 




