競り合いの仕方 1
ノビターンが誰にも食べられないようにしようと気をもんでいる頃、プヨンは建物の外の広場、ちょっとした練兵場でユコナと相対していた。
リ・ウムとレオンを含めた上層部の話が容易に終わらないことは予測でき、付き合う必要のない者はこっそり抜け出している。みんな暇つぶしがしたいのは間違いないようだ。
周りを見回すと、リ・ウム配下の者達がそれぞれかなり距離を取りながら訓練していた。
そんな緊迫した雰囲気の中、中央を悠然とユコナが歩いてきた。洗浄した腕輪の件もあったから話をしにきたのかと思ったがどうも違うようだ。
「何か用事でも?」
それとなく聞いてみる。思念波応用のマールス通信、いつものやつだ。
「これってみんなどのくらい使ってるのかしらね」
インカム部分を触りながらユコナが返してくる。
ユコナは10mほどの距離で立ち止まるとプヨンだけ聞こえるように囁いた。プヨンが集音で拾えることを知っているからだ。
「これ……ぶつけあおっか? 撃沈ゲームの時間です」
えっと思ってユコナの手元を見ると、鉄球を握っていることに気づいた。この鉄球自体はどこにでもある汎用武器の安物だ。重さ1kgほどで、砲撃用の砲丸などに使う。
「その鉄球、どっから持ってきたんだよ」
「あそこよ。訓練用の鉄剣と一緒にたくさんおいてあったから1つ借りてきたの」
鉄球自体は役場や町の入り口、施設の営門、レスルの修練場など、どこにでも置いてあるありふれた武器だ。通常は筋力強化やアクセラー系の物体加速で、狩りなら獲物、戦闘時は敵に向かって魔力一杯投げつければいい。
誰でも使える簡単な武器ではあるが攻撃力はけっこう高い。無防備な状態で直撃した場合、当たりどころによっては致命的になりえる。
軍隊のような大人数では、開戦時に打ち合うのが定番だ。こんなものが当たる程度の武運なら、命中時点で退場する方がいい。一種の景気付けでもある。
一発一発なら避けることもできるが、1000人同士で撃ちあうと強力過ぎる威力があり、初撃で全軍の2割が脱落することもあった。
「今日は絶対ぶつけてあげるからね」
「ぶつけあうっていっても、いつもの力比べじゃないのか?」
「制御力もいるわよ。ほら、いくわよ! やっ!」
ビュン
風切り音がして、プヨンの顔の横を通り過ぎた。それを引き止め投げ返す。
毎回かなりのスピードで鉄球が飛んでくる。ユコナは手のひらに乗せていた鉄球を最大速度で投射してくる。この威力でスイカに当たったら一撃で粉々だろう。
ユコナの出力が一段と上がっているのがわかる。ランカもそうだがプヨンが魔力の通りをよくするアンプ対応をしたせいもあるのだろう。
おまけにプヨン慣れしてきているのか、魔法の発現の仕方を理解してきており応用力も上がっている。
プヨンが手を貸して本気になったユコナは、学校の教師でも1人では抑え込めないように思われた。
プヨンは鉄球を空中で受け止めゆっくりと押し返し、準備運動が終わった。
「いくわよ。『ラグランジュバインド』。今日の絶対防衛ラインは1mよ!」
「ずいぶん控えめな防衛ラインだな。でも俺も制御力は上がってるはずだから、今回は10㎝にする」
「え? 10㎝? むむむ、ナメないでと言い返せないのが悔しい。でも制御力なら私の方が上よ。断固死守するわ!」
『ラグランジュバインド』は物を押す力の強さと方向の制御力を駆使し、お互いの実力を探るためのちょっとした遊びだ。
魔力の影響力は対象が離れるほど落ちていき、だいたい距離の二乗に反比例する。10m離れて1mで釣り合うのであれば、魔法威力としては約100倍の差がある。10㎝なら1万倍だ。
押し合って止まった位置で魔力量の比が計算できる。民間、学校、レスルの軟棘でもどこででも見られる定番の力比べだ。鉄球や銅球が多いのはどこにでもあるからだ。
言い換えると1mの距離で100kgの石が持ち上げられたら、10m離れると1kg持ち上げるのが精一杯になるのと同じだ。
プヨンは威力そのものはもっと出せることは経験上知っていた。過去何度も試したことがあるが、大きな爆発や気候変化のようなとにかく威力を出せばいいだけならかなりの範囲まで対応が可能だ。
ただ飛行やこの手の制御が伴うものになると微調整の技術、方向や複数の同時発動となると、他の人たちと同じ訓練が必要だ。
『ラグランジュバインド』はお互い1本ずつ指を出し合って鉄球を押し合うようなものだ。どちらかが重心をずらしてしまうと、中心にある鉄球はずらした者に向かってはじけ飛ぶ。力の方向を間違えることなくより強く押さないと負けだ。
鉄球はユコナとプヨンの真ん中の位置、どちらからも5mくらいのところででピタリと停止した。今鉄球に加わっている力は、ユコナとプヨンでちょうど同じだ。
「いつものルールよ。無条件よ!」
「わかった。無条件なんだな?」
暇つぶしと言いつつもユコナはやる気ありのようで、全力勝負を挑んでくる。
レスルなどでは力量比べが主で攻撃はあまりやらないが、ユコナは無条件を希望するのが常だ。ただの力比べに加え妨害工作もありとなると、駆け引きや制御力次第でユコナが勝つ可能性もある。
もちろんお互いの体に向かって攻撃しあうのは、控えめな性格のプヨンにとっても制御力向上にはもってこいの鍛錬になるのだ。
プヨンは少し意識を集中し先ほどより強く鉄球を押す。ユコナも負けじとプヨンを押し返してくる。が突然慌てだした。
「待った。待って待って! やっぱり体を押すのはなし!」
たった今プヨンの体を突き飛ばそうとした者の発言とは思えない。いつも以上の日和見ルールのユコナならではだが、前回はお胸とお腹を押したプヨンが圧勝したのを思い出したのだろう。
今日はちゃんと厚手の軍衣を着用していることを同時に確認する。
まぁこの程度は予想通りだ。余裕なところを見せゆっくりと頷いた。
以前スカートを履いていた時は、突然下から上に向けて突風を吹かせたことがある。見てはいけない世界を見てしまったことにより動揺し、制御が乱れたユコナの鉄球をぶつけられたこともある。
お互い経験を積んでルールは日々進化していくのだ。細かいルールは当事者同士で決めればいい、力の強さよりはいかにまっすぐに加えるか、力を制御する技術の方が重要のようで、油断するとすぐにバランスが崩れてしまった。
「今日は冷静だな。それで今日の作戦はどうなっているんだ?」
「そんなの言うわけないでしょ」
言葉の駆け引きも始まる。
「もっとちこうよれ? もちろん近づけるならだが」
「嫌だけど近づいてあげるわ」
うんうんと力んでいるユコナに対して、その程度の力しかないのかとうっすらと笑みを浮かべ挑発もする。
プヨンは力軸がずれて弾け飛ばないように複数の方向から支え、抑え込みにかかると鉄球はプルプルと震えだした。
「うっきーー」
「猿が現れたか?」
ユコナのいつものうなり声が聞こえだすと、追加ダメージを与える頃合いだ。鉄球をユコナの顔の手前1m弱まで押し返して停止させた。これがいつもの定位置、ちょうど100:1になる。ユコナの言う防衛ラインだ。
プヨンの押す力はまだまだ本気には程遠い。魔力、エネルギーを集めるには意識下の範囲から少しずつ集めて一転に集約させることになるが、プヨンは他の人とは影響範囲が随分違うことはわかっていた。
プヨンが魔力の通りをよくしたバースト状態のユコナもかなりの力で押し返している。
いつもならここからは近づけるには制御重視になり、かなり神経を注ぐため出力を上げにくく、ユコナとの持久力勝負になる。力を上げて押し切るよりは、ユコナの制御力を乱して抵抗力を下げる方が無難だ。
「ねぇ、リ・ウムはもともとこうなるってわかってたのかな。裏切られたってよりは膿を出したって感じに見えたわ」
ユコナの攻略を考えていると突然耳元に通信が入る。例のマールス通信で会話を仕掛けられ、意識が分散した。ユコナも支えるので一杯というわけでもないようだ。
まさかのリ・ウムの話題だ。1mほど押し戻された。油断した。
「会ったばかりだからなんとも言えないが、そうなんじゃないのかな」
集中力を乱されないようにしつつやり返す。レオン達が何を考えているのかについて会話する。
部屋を出る前のレオンとリ・ウムの会話は、すでに今後の話、特に攪乱目的の侵入者防止の議題になっている。どうもリ・ウムはこうなることも想定していたようだ。以前からうさんくさいとでも思っていたのか、やられたというよりはこれをきっかけに他も含めて膿を出し切ったという印象を受けた。
ヒュヒュッ
突然、目の前に氷の粒が飛んできた。小さいがこれも油断していたため、思わず瞬きをして視線がずれる。集中力がぶれ、鉄球はさらに押し戻された。
「今日のユコナは今までと動きが違うぞ。どうしたんだ?」
「当然でしょ。日々成長しているのよ!」
「おぉ、お腹以外も成長するのか?」
「えぇ。お胸も美貌も成長中よ!」
たしかにいつもより返しも滑らかだ。そう思った瞬間、
バカッ
「あっ!」
鉄球が2つに割れた。真っ二つというわけではないが、鉄球が割れている。これは修理して返す必要があるのか? そう考えた隙に鉄球2つは、それぞれユコナが同時に操作しているのだろう。さらに距離を詰められた。
「か、借りものじゃないのか? 借りておいて割るとはなんということ?」
「心配しなくていいわよ。2つに分かれても勝負は続いているわよ」
「むぅ、計画的なのか。どうやった?」
どうやったのか、ユコナは鉄球を割ったようだ。方法を探りつつ、あわててプヨンは2つの鉄球をくっつけると、炭酸レーザーの赤い光を射出する。くっつけた鉄球を一回転させつつ、割れ目を溶接した。
「あっ、そんな手があるなんて? でも継ぎ目があるからいまいちね」
おそらくユコナが割ったのだろうが、プヨンがくっつけてしまって頭にきたユコナがダメだしをしてくる。
「むむ、それならば、完全にくっつけてやる」
それならとさらに対応する。プヨンはレーザー光を一気に強くし、破断面の鉄を溶かしてもとの1つの鉄球に戻してやった。鉄の打ち直しなどと一緒だが、液体にすると位置制御が難しく適度な粘り気は維持する。
「あぁぁー、なんてことを」
レーザーは材料さえあれば、波長をそろえるだけで簡単に出せ、出してしまえば距離による減衰が少ない。二酸化炭素を冷気させて取り出した赤いレーザー光を照射し続けた。
「ふ。甘くみたな」
そこで再び冷却しもとの鉄球に戻す。ついでにユコナが見入っている間にさらにユコナ側に押し、目の前50㎝くらいまで近づけてやった。先ほどまで真っ赤だったのでユコナが少し後ずさりしているが、
「むむぅ。むにーん。フェイスアタック」
「こ、これは。ぶはっ」
ユコナの突然の変顔でショックを受けた。ここまで変になるとは予想を上回る魔弾顔攻撃で、一気に2m以上押し返されてしまった。
それでもユコナが納得いかないとばかりにうなっているが、声に出して実況するからか、遠巻きに周りの兵士たちがこちらを見ていた。目が合うと会釈をしてくる。ラグランジュを見て興味を持ったようだ。
「おぉー二人とも頑張れ。しかし何倍差がついてるんだ?」
「すげぇー、あんなに寄ってるよ。女の子に助成するかー?」
「ありがとうございまーす」
愛想を振り撒くユコナ。味方を得る術を身につけたようだ。
そう思っていると、ユコナが指を動かした。同時に目の前の鉄球が消える。
「なんだよ、終わりかよ」
などと残念な声が聞こえてくるが、ユコナは黙って違う色の球を取り出した。赤茶色だ。
「ふっ。対プヨン鉄球。プヨンの光魔法は封じたわよ。これならどうよ? 同じことができるかしら?」
なぜわざわざ違う球を取り出したのか。しかも鉄ではなく赤茶色の金属球だ。
「その色合いは銅か?」
「ど、どうやってと言ってるでしょ?」
「わかってる。正直者だな。ユコナには作戦は教えない」
「???」
えっと言う顔をするユコナ。なぜかわかっていないらしい。だが色を見るものが見れば素材はわかる。
「プ、プヨンが自分で、銅は光を吸収しにくいといっていたから作ったの」
「おぉ、わざわざ特注か。すごいな」
特殊な効果などはないだろうが、プヨンが光系魔法の話をした際、反射率の関係で銅や銀には効きにくいということを言ったことがある。覚えていたのかわざわざ準備していたようだ。
周りの見物人は会話の内容が理解できないのか、きょとんとして成り行きを見守っていた。
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