仲間との攻防の仕方9
姿を現したのはウラビンだ。そしてプヨンが吹っ飛ばしたはずのダイヤが遅れて現れた。
ユコナやサラリスもすぐに気付き一瞬動きが止まる。逃げるタイミングを図っていたメッシュも、ユコナ達の間をすり抜けてウラビンに向かって走りだした。
レオン達も休戦状態に入り様子を伺う中、ウラビンの声が響きわたった。拡声魔法の一種で空気の流れをよくしているのだろうか、よくとおる声を出している。
「レオン隊長、聞こえるか? ウラビンだ。一度だけ聞いてやろう。例の積荷、水差しを差し出せ。悪いようにはしない。我々もこれが最後の仕事なんでな、譲れんのだよ」
「やはりあなたが裏で糸を引いていたんですね。事前の報告通りだ!」
ウラビンは『ほぅ』と感心するような表情をしたが、そのまま続ける。
「ここで水差しを渡してくれねば、我々はH2爆弾を使う用意がある。これこそ軟棘精神に基づいた無駄な殺生を好まない我々の温情だ。我々も水差しを壊したくないのでな」
国の命令で戦う衛兵や教義、主義のために戦う場合は命尽きるまで戦うこともある。家族やを守るためなら命を厭わないが、些細な金額のためなら通常はそこまで気合が入るものは少ない。
軟棘とはお互いの実力を探りあい明らかに差があるとわかった場合、致命傷にならないようにしつつ不要な戦いを避けようとの基本的な考え方だ。傭兵やレスルの依頼などでは雇い主によっては知り合い同士でやりあうこともある。
レオン隊長は一言も語らず、相手の出方を伺っていた。周りにいるプヨンやサラリスを見る。首を何度か左右に振ったが、誰も答えなかった。
「なんと。まさか拒否するつもりか、ならば手始めに我々が本気のところを見せてやろう」
ウラビンはそう言うとダイヤに目配せする。
「え? 本気ですか? あれは試作段階の? あれはかなりの威力が……」
「かまわん、運び役のレオンには当てはせんよ。あの谷間のはずれにいるおまけを狙え。こっちの本気を見せるのだ」
ウラビンの先にはプヨンが見えている。重要荷物を運ぶレオンの護衛の一人、自分たちの意思を示すための尊い犠牲になってもらうのにちょうどよさそうだ。
「あ、アイツですな。いいでしょう、アイツは俺を吹っ飛ばしたヤツだ。お返しをしてやりましょう。有効範囲は半径50mですぞ」
そう言うとダイヤは何やら手を振り回し、ストレージから丸い円柱状の物体を取り出した。そのまま全力で投擲する。
「どりゃー、砕けちれぃ!」
ビュン
力系は得意なのか、投げられたものはかなりの勢いでプヨンに向かって飛んできた。
「うん? あれは何かしら?」
サラリスがいち早く投射物に反応する。まだ小さいが大きさは20㎝、携帯用の水筒くらいだろうか。
「プヨン、いったわよ!」
「あぁ、わかってる」
お互い言葉は聞こえないが口の動きでわかる。プヨンはサラリスに言われなくても何かが自分に向かってくることは気付いていた。
サラリスが興味深そうに見ている。
まさか受け取って確かめろというのか? ただのプレゼントではないのは明らかだが、なぜ自分に向かって投げたのか。
危険じゃないのか? 大丈夫なのか? 明らかに危険な香りがする。プヨンは保険を掛けておくことにした。
プヨンまでの距離はざっと50mか。時間にして2秒もない。この距離ならプヨンには十分牽引圏だ。打ち返してやろうかとも思ったが飛ぶに任せる。怪しい気もするが、何か意味のあるものなのかもしれない。直接攻撃だった場合に備え、念のため保険を掛けながら引き寄せる。
問題になるのは攻撃手段の場合だろう。だが先ほどまでユコナが夢中になっていたような、何かしらの貴重品が手に入るかもしれない。保険をどの程度かけるか悩む。
きた。風を切る音が聞こえてくる。
残り20m。防御圏に入った。いつもは体表にに張っている防御壁『パイオンシールド』を投射物の周りに張る。
防御壁は伸び縮みさせにくいため、関節部分には施しにくい。うかつに張ると手足がまげられなくなってしまう。
そのぶん相手に貼る方が便利なこともある。壁の強度もあるが、なるべく小さい範囲に押し込め、面積は減らす代わりに壁の厚くし強度を確保した。
ガツン
当たり前だが投射物は壁に覆われた瞬間、物体に衝撃が加わる。
ピカッ
まばゆい閃光が走り、破裂したようだ。プヨンは遮音しつつ防壁で威力を抑え込む。
数mの球体内に限定すれば、全力時は10億気圧くらいまでは余裕のはずだ。もちろん無防備に爆風を生身に受ければ50気圧の爆風でも十分死ねる。
トッコーン
真空を挟んだ二重壁の防御壁を通しているため、はるか遠くで爆発したようなわずかばかりの爆発音が聞こえた。
「やっぱりね。私も爆発すると思ってたわ。いつも私の新型魔法アイデアを抑え込んでむかつくから、今日も抑え込めると思ったの」
「それは俺を信頼してるのか、やり返そうと思っているのかどちらだ?」
「もちろん信頼してるからよ。ほんとよ」
こちらに寄ってきたサラリスの賞賛とも当てつけとも取れる言葉が聞きとれる。効果的に目の前での爆発を防ぐことができた。
それを見て分が悪いと判断したのか、アルミナは油断しているレオンを倒す好機であるにもかかわらず、ウラビン達とは違う方向に距離を取り始める。レオンも含めみんながプヨンの挙動を注目している間に逃げる準備をしている。
レオンがアルミナの動きに気付いた時はすでにずいぶんと距離が開いていた。
戦闘中に目の前以外に気を取られていたことに慌てつつも、レオンはここからの深追いを避けそのまま周囲の警戒に切り替えた。
「今、光ったよな?」
慌てて周りに確認をとる。絶対の自信があったにも関わらず大した威力が出なかったように見え、ウラビンは一気に余裕がなくなっている。
「な、なんだと? 不発なのか? そんなはずはない。ダイヤ、どうなってるのか説明しろ」
「そんなもの俺にわかるはずないだろう。開発部の失敗作に違いない」
ウラビンは無意識に腰に手が回る。もう一発用意したものがあるにはあるが、これは攻撃力を伴わないものだ。
だがこうなっては後には引けない。できることはすべてやり切るしかない。このまま撤収しても、追撃は必須だろう。逃げるにしても準備がいる。
「さ、さっきのは想定した威力がでなかったが、もう一発あるぞ、2度の失敗はありえない。交渉するなら、今のうちだぞ」
ウラビンが脅しをかけるが、レオンには大した効果がない。それどころか明らかには先ほどのプヨンの抑え込みを見て、実はたいしたことないのではないかとたかをくくっている。
「H2爆弾恐れるに足らず」
「ほんとにやばくないの? どうなっても知らないわよ?」
さっきの爆発は大した被害はなかったが、なんとなく直感でピンときたのかサラリスが注意を促す。だが、レオンは安心しているようで問題ないと判断したようだ。
「まったく問題ありません。程度が知れてます」
少しずつ距離を詰めていくレオン達を見て、ウラビンはまさかと驚いた顔をしている。
「な、なんだと? 本当にいいのか? お前は粉々に吹き飛ぶぞ!」
ウラビンがそう言うとプヨンたちに向かって、ダイヤは何か丸いものを投げつけた。
何かの道具のようだが危険なのか? きちんとした判断方法がないが、レオンは避けようともせずそのまま突っ立っている。
なぜお前達でなく、お前なのか。レオンだけが吹き飛ぶのか。プヨンは言い方が気になったが、念のため先ほどと同じように投げられると球体に防御壁を貼った。
「つ、次こそ。最後の最後だ!」
「何度やっても同じですよ。あの程度の力では我々を抑え込めはしません」
レオンは勝ち誇っている。たしかに先ほどの威力ならプヨンも防ぐ自信がある。
「突撃!」
号令をかけるレオンはプヨンと同じ気持ちから強気に出ているのだろう。その余裕ぶりにウラビンは激昂した。
「2日前のことを思い出させてやるわー!」
そう叫ぶウラビン。2日前という言葉にはたと動きが止まるレオンだが、サラリス達はそのまま駆け寄っていく。
「むむむ。そっちがその気なら」
「ほ、本当にいいのですか? ここから事態が改善するとは思えないですが」
「これは駆け引きなのだよ。負けっぱなしでは許されない。奴らに要求を無視した報いを受けさせねばならないのだ。身砕琉発射! 次こそくだけちれぃ」
その瞬間レオンはハッとした。あることを思い出した。2日前に心当たりがあった。一気に顔が青ざめる。
「うわぁーうわぁー、待ってください」
レオンの叫びとともに、丸い球体が上空に向かって打ち上げられ、そこに向かってレオンが走り出す。先ほどへばっていたとは思えないものすごいダッシュだ。
「ダメよ、レオン! どんな仕掛けかわからないわ。プヨン、破砕して」
サラリスがプヨンに素早く指示を出し、プヨンも光速に近い速さで反応する。
パパパパッ、バキッ
プヨンが打ち上げた石弾の1つが命中する。外郭は木製だったのだろうか。外郭は砕け散り、なかから紙のようなものが何十枚か舞い散るのが見えた。
パシッ。ヒラヒラと舞い落ちてくる紙の一枚をサラリスが掴むと、一瞬で目が吊り上がった。
「こ、これは!?」
「あ、あぁぁーー」
レオンの叫びがあまりに普段と違うため、気になったプヨンも舞い落ちる紙の1枚を掴み内容を確認してみた。
酔っているのか顔が真っ赤のレオンが酒場のバニー、それもかなり際どい衣装のお姉さん2人に抱きついている写真だ。
「そ、それは接待、いや淫靡魔法でのせられたんです。そう。リ・ウムさんが招いてくれて……。それも職務の一環で……」
レオンの頬が熱くなるのに反し、あたりの温度は急激に下がる。ユコナの放つ冷ややかな空気がレオンの熱を覚ましてやろうと辺りを包み込む。
「言い訳は無用です。この写真が証拠」
「レオン、あんたも男だってことね。まぁ、仕方ないわね」
「ち、違うんです。ほんとに違うんです」
必死に言い訳するレオンを横目に、時間的な余裕ができたウラビンはさっと身をひるがえした。
「では、この隙に我々は撤退するとしよう。我々はまだ負けてはいない!」
「ま、待て! 逃がさないぞ、捕縛してやる!」
レオンはここぞとばかりに追いかけようとするが、意識が乱れて筋力強化が空回りしているようだ。手足がばらばらに動いて豪快にすっ転んでいる。
「くっ。か、肝心なときに、なんということ」
怒り心頭なのはサラリスのようだ。サラリスはプヨンに向かって何やら叫んでいる。声を集音で拾う。
「プヨン、追いかけて! 逃がさないで!」
「え? 俺が一番遠いんじゃないの? ここからだとちょっと無理でしょ?」
立ち位置からするとプヨンはもっとも距離がある。サラリスは余力がありそうなプヨンに追跡役を振ったのだろうが、さすがに無理があると思ったのか珍しくユコナがフォローしてくれた。だがサラリスは、
「大丈夫よ。考えてもみなさいよ。私がプヨンに食べさせた好物資源の量を。プヨンはあと10秒は戦える!」
「好物資源? 10秒じゃどっちにしても無理じゃ?」
「おだまり、唐揚げよ! ここで逃がしてはダメよ。ベストを尽くしてもらうわ!」
サラリスの意味不明な煽りを受けたプヨンだが、サラリスの言うことも一理ある。たしかに相手の身柄を確保できればレオンの目的からしても大きな成果になるだろう。
上空からだと追跡は可能だ。ただ周りの森に逃げ込まれると見失うだろう。
その間にウラビン達も幾分回復してきたのか、それぞればらばらの方向に逃げ出していく。
単独で追いかけると危険も大きいと判断し、プヨンはそれとなく上空を旋回する。
「あー、ちょっと無理だよ。見失った」
もちろんサラリスは容赦ない。食った分だけ働きなさいよなどと宣っているが、満面の笑顔をふりまきつつ、真空外耳で音を遮断する『今日耳日曜スキル』を発動する。
サラリスの口パクを堪能しつつ疲れ果てるのを待つことにしたが、鼻歌が出たのはまずかった。ちょっと燃料補給をしてしまったようだ。
いろいろと言われているのがわかる。いくばくかの時間が経ったころ、いたたまれなくなったのかレオンがプヨンの手をつかんで引っ張って行ってくれた。
サラリスはまだ言い足りないようだがそれ以上は追ってこなかったので、プヨンは耳を月曜日にする。レオンは小さくぼそっと呟いた。
「プヨンさん、これが伝説の『洗浄の絆』ですか?」
安全地帯へと誘導しつつ、プヨンは一瞬で悟った。きっとこの洗浄はここだけでは終わらないの気がする。なぜかはわからないが、そんな気がした。
そのまま2人で木陰に移動する。ここに親しくレオン隊長と猥談した。




