仲間との攻防の仕方6
ベッガース将軍、報告書が届いています。秘書官の一人が書簡を持ってきた。
秘書官が部屋に入ったときには、中にいた2人、ベッガースとハゲットが何やら話し込んでいた。
「ふんっ。ウラビンか。今頃報告してきよったか」
中身を読もうとして運んできたものが退室しないことに気づく。
「急ぎなのかな?」
「は、はい。読後のサインをいただきたく」
中身は見なくてもおおよそ察しがついた。ご苦労と声をかけ、机に向かい書簡の封を切る。
簡易な電報やニュース程度なら魔力による通信派を用いたマールス通信で送信できるが、これは秘匿が難しい。通信は民間の通信員ができるように、能力を用いれば通信自体はある程度誰にでも感知できる。
内容を暗号化していたとしても安心はできない。秘匿文書の大半はいまだ紙ベースでのやり取りが多かった。
ベッガースはネタノ聖教からの天啓と帝国の軍事力と統一思想を巧みに用いて、ハゲット達とともに周辺自治国家の併合を推進している。
併合自体は武力主体の力づくではあるが、大きな問題もなく進んでいる。今後はどうやって治めていくかを考える段階にきていた。
ハゲットは会話を中断させた後、部屋の椅子に座って様子を見ていた。
「ベッガース将軍、ウラビンからの報告がきたのですかな? 例の上納金の件ですかな?」
「あぁ、そうだ。周辺部は抑えたが、他国に勢力を伸ばすにはさらに準備がいる。特に国境がなぁ。砂漠と山脈で区切られ、大群の移動は無理だろ」
「左様で。で、どのような手立てで」
「とりあえず弱体化だな。人と金と資源と。そしてトップをすげ替えれば、あとは勝手に付いてくるだろう」
「戦いだけではなく頭も使うと。血を流すと両方傷つきますからな。制服に政府に財布までとはなかなかお見事で」
ベッガースの主導する制服征服政策は一部で高い評価を得ているらしい。当然だ。適した制服を着れば身も引き締まり、やる気が出る。適材適服が重要だ。
特に女性用制服についてはハゲットもお互い口に出さずともわかる。2人は石の数倍の硬い意志を保持している。
ハゲットとベッガースはニヤッと笑いあった。
お互い筋肉バカと思っているもの同士、少ない語彙力を総動員し、言葉を選びながら賞賛しあう。
どちらがより饒舌かの決め手に欠け、舌戦は接戦で長期戦の様相を見せていた。
今夜も残業か。秘書官がいつ終わるともしれない誉め殺し合いにやれやれという顔をしている。
突然ベッガースはハッと封書を見直した。何かを思い出したようだ。
「そうだ。そういえばニードネンのやつが何かを頼みたいと言っていたな」
「ほう。ニードネン卿が頼み事とは珍しい」
「まあな。ハゲットは知っているか? 何かを洗濯すると言っていたが」
「は? はぁ、洗濯ですか? ちょっとよくわかりませんな。特殊な趣味ですかな?」
「趣味か。なるほど、それはありうるかもしれん」
ハゲットの返事に少し考え込んだベッガースは、書簡に目を通すとササっとサインして秘書官に手渡した。
「よくわからんが、あっちで詳しく話そうではないか」
そう言うと、返信を受け取った秘書官のホッとした顔に見送られ、2人は場所を移すため部屋から出て行った。
プヨン達4人は出立の準備中だった。
「おい。さっさとしろ。敵襲のつもりであと3分でしたくしろ!」
「は?」
レオンがいつもの号令をかけたが、サラリスはむっと唸る。慌てて言い直すレオン。
「行動は迅速に。敵襲があると思って、あと3分で準備してください」
シュバババッ。無言でサラリスが火球を3連斉射する。うち一発が威嚇しすぎた射撃でレオンの頭をかすめた。まだサラリスには受け入れてもらえないようだようだ。
「敵襲模擬です! あと3分で準備させていただきます」
「そうよ。速やかに準備して。終わったら呼んで」
出立時間が決まると、レオンの動きは早かった。サラリスの厳しい監督のもと、隊長自らレオン小隊の輸送分担を決定し準備する。
慣れた動きに加え、脳内処理の加速能力でも使っているのかもしれない。
「これを入れてください。食器とか水差しです」
「へーこれらも高価なの?」
「一目でわかると思いますが、兵卒用の安物です」
見る目がないですねと指摘するようなレオンにサラリスが睨みを効かせるが、今度はレオンが瞬時に回避魔法を発動しサラリスの眼力を無効化していた。
一瞬退避しようと思ったプヨンは反省した。いつもなら足がすくんで一方的にやられるレオンだが、耐性スキルを身につけたのか、適度に反撃ができている。著しい成長ぶりだ。
対象をロックできないことにいらっとしつつも、しぶしぶサラリスは皿を箱詰めしていた。
箱詰めが終わると、プヨンも含めゴミを詰めたダミーの背嚢を背負う。
「プヨン、それちゃんとしっかり詰めたの? こっちと交換しなさ、うっ。おもっ」
「無理しない方がいいよ。腰が大事」
プヨンがひょいと持ち上げたのが軽く見えたのか、ユコナが石詰めした背嚢を交換しようとしたが、目一杯石炭を詰めたからか予想以上に重かったようだ。
もちろん肝心なものは全員ストレージに収納しているが、それは4人以外には公開していない。あくまで一般的な輸卒を装っている。
「ねーねー、レオンは運搬してるのって本物と思う? どう思う?」
「ユコナ様、本物と思って運ばないと、油断して失敗しますよ」
プヨンとしてはお気楽なダミー運搬で十分だが、レオンにとっては窃盗詐欺団の手がかりをつかむことが目的だ。
寄ってきてもらうためにも、本物と信じて運ぶ方がやる気も出るのだろう。意気込みが違う。
プヨンもレオンのノリに付き合うことにして、本命扱いのまま隊列を組んで歩き出した。サラリスが先頭でプヨンは3番目、レオンが4番目だ。
「今日のテーマは一発必中」
「サラリス様、目立つ行動は控えてください」
サラリスは物騒な戦闘宣言とともに先頭にいることもあり、何かを見つけると威嚇して追い払う。一発必中の宣言に従って、サラリスは突然現れた獣にも冷静に対応していた。
レオンは最後尾で背後を警戒しているがサラリスが見境ないので心配そうだ。ユコナ、プヨンは隊列の中央をのんびりと進むが、気分はいつもの見回り散歩と同じで変わり映えはしなかった。
「レオン、空中や水中移動は使わないのかな?」
「サラリス様、気持ちはわかりますが空は目立ちますし長距離は難しい。それに荷物の水濡れは避けて欲しいそうです。ウラビンさん達とはとりあえず目的地で集合です」
依頼主の要望は一般的に聞かざるを得ない。目的地は直線で20km程度。地上で迂回ルートを取り、ゆっくり走っても半日はかからないはずだ。契約上は問題なさそうだった。
出立から5分。出立前にウラビンに促されたように4人はあえて裏道を選び、敵をひきつけるかのようになるべくゆっくりと進む。
街道はとっくに見えなくなり、林道、それもあまり使われてなさそうな細い道をわざわざ選ぶ。
「この辺りは道なき道って感じねー歩きにくいわ」
そうサラリスは言うが、歩かずサラリスの足元はわずかに浮いていた。長時間飛行はできないが浮遊訓練のつもりなのだろう。足音が時々しかしない。
「そうねー。でもどうして道を使うなとか、空を行くなとか、ゆっくり行けとかうるさく指示されたのかしら」
返すユコナも同様だ。レオンの足音だけが響く中、プヨンはレオンが出立直後に言っていたことを思い返していた。
「みなさん、今回はわざと人の少ないルートを通ってください」
「そうなの? そこまで言うからには何か理由があるの?」
レオンの念押しに際して、サラリスが理解できないという感じで質問をする。
「はい。リ・ウムさんからの要望です。理由は2つ。襲われないようにするためと襲われやすいようにするためです」
「レオンって切れ物じゃなかったの? 矛盾してない?」
ん?っとおかしな顔をするサラリス。その顔を待ってましたとばかりにレオンが説明を始めた。
「時々レスルなどでも注意喚起の掲示があったのを知りませんか? 最近、野盗の類が多いんです。それもなぜか高額品ばかりを狙い撃ちで」
「そういえば聞いたことがあるかも」
サラリスの目が急に期待でキラキラし始めた。それを見たレオンが安心したように『そうでしょう』と返していた。
怖気づく気配がまったくないサラリスに向けて、的確な情報のリークでレオンはさらなる期待度をあげることに成功している。こうした調子に乗るタイプに対し、レオンは扱いに長けているようだ。
リ・ウムが気にしているところでは、最近、散発する輸送隊を狙った襲撃事件。それも金目のものだけを狙うグループがあるらしい。
その調査のため、レオンだけでなく警備隊の面々が隊列に交じり、襲われやすいふりをしつつ相手の情報を得るため同行しているそうだ。
できそうなら一人でもいいから捕まえる。少なくとも相手の素性を明らかにする。それが作戦趣旨だった。
林の中の細道は見通しが悪く周囲を警戒しながらの哨戒行軍ではあるが、獣避けも兼ねてあえて会話しながら進んでいく。通常の肉食系の動物程度なら、目の前で出くわさない限りは襲われてもそうそう一方的にやられることはない。
校内の歩哨程度の適度な緊張感とともに順調に進んでいく。
「サラリスは火系統だが、こんな森で目の前に危険な生き物が飛び出してきたらどうするんだ? 必殺技とかあるのか?」
「あるわよ、ほら」
手のひらにいくつか握っているものがある。
「いちいち倒さなくても人を危険と認識させればいいのよ。たまにはお食事になってもらうけどね」
「そうなのか。それにしても最近は出現率が多いなあ。強いものも弱いものも前はこんなにたくさんいなかった気がするが」
「出た! 追い払うわよ!『サラダボール』をお見舞いするわ!」
20mほど先にいるのはローエナ。大型の肉食動物だ。サラリスが肉団子サイズの鉄球をストレージから取り出して投げつけた。
かわいい女の子が投げているのではない。筋力強化したサラリスが全力で投げているのだ。
時速150kmは出ているだろうか。流石に距離もありローエナはヒョイっと避けていたが、奥にあった石が砕け散り、慌てて逃げていった。
また少し行くと数匹のハンツマンが見えた。中心部分だけで人の胴体程度、足は2mくらいはありそうな大型の狩猟蜘蛛だが、地面を見ながら歩いているサラリスは気付いていないのか、
「お、おい。サラ、ちょっと止まれよ」「サラリス様、上を」
「え? ひっ、ひゃーー」
やたら足が長いため、うっかり進むと自分から足の中に入ることもある。よだれが飛んでくるがサラリスはかろうじて身をよじって直撃は免れていた。必死で逃げ戻ってきたのと入れ替えで、レオンがスイカ大の石を投げつける。
「とりゃー」
ズバッ
蜘蛛が怯んだところを追いついて、足を一本切り落とす。
足を切り落とすと、蜘蛛は一斉に散るように逃げていった。
やはり人の少ないところに入ると、学校の最奥部並みにちょくちょく生き物に出会う。野生生物はなかなか隠密行動が得意なようだ。このくらいの大きさだと森の中でもある程度近づいた時点で何かしら感じることができ、いい哨戒行動の鍛錬になっていた。
蛇が感じるような体温やコウモリのようなエコロケなど生体感知はできそうだが、狩猟用の鉄罠などは気をつけないといけない。4人とも極力浮遊などでの体重軽減を使用し、意外に体力が消耗していた。
もう残り三分の一を切った。そろそろと思ったとき、レオンが声のトーンを落として呼びかけてきた。プヨンも前方に何かいる気配を感じる。
「あ、サラリス様立ち止まってください」
緊張したレオン声に、気持ちよく歩いていたサラリスもびくっとして立ち止まる。そのまま前方を見て、様子を伺っていた。プヨンもその間に周囲の警戒を行う。
前方に3体。金属反応がある。明らかに人、おそらく鎧か何かの類だろう。
そのまま、1分、2分、様子を伺っていると、相手もしびれを切らしたのだろうか、木の陰から姿を現した。
「よく俺たち3人に気付いたな。誉めてやろう」
異なる金属鎧を着こんだ3人が現れた。プヨンは素早く周囲を再度確認する。どこかに潜んでいる者がしれないが、熱に磁気、フィナツーの花粉ミエルスキー粒子の散布でも3人しかいないことは確認できた。
「レオン、確認したが自分から3人ってわざわざ言うのって変だね」
「そうですね。プロかと思ったけど、素人なのでしょうか?」
「油断させる作戦かもしれない、気を付けていこう」
プヨンとレオンは状況を確認しつつ、目の前の3人を観察していた。




