仲間との攻防の仕方4
よし追い込めているぞ。今回は完璧な勝利を目指したい。
レオンは久しぶりにプヨンを目の前にして気合を入れていた。プヨンとは過去何度も対戦したことがある。そしてレオンの認識ではまだ勝てたと思ったこともなかった。
いいように見せ場をもらい、ほどほど優勢勝ちになる。レスルの軟棘で格上と当たった時や、訓練での指導技を受けているような感覚に近いものがある。
今日はきっちりとさせてやろう、レオンはそう思っていた。
「今日こそは勝たせてもらいますよ」
「え? 俺、勝ったことってあったっけ?」
プヨンは怪訝そうな表情をしつつ、レオンの言葉の意味を確認してくる。さも心当たりがないと言わんばかりだ。
たしかに表面上はレオンの辛勝のようになっているが、今までを勝ちというのははばかられる。
ふと背筋が冷っとした。
視線の先のプヨンは笑顔には見えたが、なぜかそれ以上余計なことを言うなと言わんばかりにこちらを睨んでいる気がする。勝ったのはどちらだったのかと悩んでしまいそうだ。
「え? いえ、僕自身の覚悟の問題なので。今日も勝たせてもらいますよ」
ビクッとして思わずレオンはつい言い直してしまった。もしかしたら膝が震えているのかもしれない。とても負けたことがないとは言えず、頭から押しつぶされそうな威圧を感じていた。
ふいに、試合後にいつも元気に立ち去っていくプヨンを思い出した。
なぜそう感じるのかはよくわからないが、いつもすっきりと勝ったという実感がない。そしてプヨンが立ち去ったあとのレオンは、地面に座り込んでへろへろになっていた。
それ以上戦えそうな余裕を持てたこともなく、疲れ果てるまで遊んでやった。そんな勝たされ方をしている気がしていた。
だからこそ今日は動けなくしてやろう。そのためにも持久力を大いに高めていた。以前の2倍は気力体力が持つはずだ。そう思いつつレオンは腰の大小2本の剣を抜いて身構える。右が長剣、左が短剣だ。
プヨンも腰に背負っていた背丈ほどの棍を外して構えてきた。ここまではいつも通りだ。
2人は少しずつ距離を詰め、間合いの探り合いをする。レオン自身は戦闘中の治療は苦手で、ここはプヨンに一歩劣るのはわかっている。うかつに飛び込むと、たとえ相打ちでも傷を治せる者が有利だ。
一方で、通常の敵がいる戦闘なら無茶はできないが、今日はいつもと違いユコナやサラリスもいるので治療もしてもらえる。
レオンはユコナがずいぶん腕をあげているのを知っている。
「今日は万が一の大けがをしてもなんとかしてくれるはず」
そういった安心感から大怪我覚悟でも思いっきり攻め込める。繊細かつ大胆に戦い、今日こそはプヨンにしっかりと傷痕をつけ、立って見下ろしてやろうと思った。
先にプヨンが動き出した。
レオンもそれに呼応して動き、まずはセオリー通りのヒット&アウェイで様子を見る。
「フリエシリーズ」
プヨンが何か仕掛けてきたのがわかったが、レオンには何の変化もない。
だがプヨンは地面を蹴らず、浮いたまますべるように避けだした。地面を蹴る直覚的な動きとは異なり、円運動のような流線形の動きだ。足音もないためレオンの感覚が狂う。
「ぐっ。あれは確か上級兵が使うリッチでは? さっそく浮遊攻撃とはさすがプヨン」
プヨンがいつもと違い、地面から20㎝ほど浮かび上がったホバリング攻撃を仕掛けてきた。思った以上に動きが速い。レオンの周りを流れるように移動しつつ、石礫などのフェイントもまじり翻弄されそうになる。
ブンッ、ブンッ
タイミングをあわせレオンはもう少し強く踏み込むが、思うように体が動かず額に汗が出はじめる。
「ぐっ。なんで今日も当たらないんだ」
大して時間も経っていないが、出だしの好調感はなくなり、あとはひたすらレオンの剣は空を切り続ける。だいたいいつもこうなる悪いパターンだ。
「仕方ない、新技を試すか。『スイッチング』」
しっかりと発動させたいとの思いから、言葉がつい口に出てしまった。気付かれたかと思い慌てて口を閉じる。
プヨンは特に反応がない。安堵しつつプヨンの動きを観察する。
今日はいつもとは違うとっておきがあった。あまり体力を消耗してからでも遅い。プヨンの粗い息が聞こえるところから、そろそろよい頃合いだ。
ただこれは実戦時の切り札でもある。レオンはようやく実用化レベルになったこの技術を安易に人前で使うかは迷っていた。
原理は誰にも教えたくない今この様子を見ているリ・ウム達にも、もちろんプヨンにもだ。ただそう難しい魔法でもない。ユコナやアデル達も使える偽装魔法の応用だ。
「いきますよ。プヨンさん。これが受けられますか!」
「おー、いいぞ。かかってこい!」
「あれ?」
さっきまで肩で息をしていたプヨンから、元気よく返事が返ってきた。
疲れたプヨンが急に元気になる。これも思い出した。今まで何度もやられたプヨンの偽装疲労にまた騙されたのか?
真の状態を把握できないことがレオン緊張を高め、少しのいらつきをもたらした。またいつものパターンにハマっている気がする。
よしやろう。そう気持ちを決めたレオンは持つ剣を左右で入れ替えるような仕草をするがこれも偽装だ。仕草だけで本当は持つ剣は変えない。
プヨンの様子を見ていると目をこすって剣を見直している。さすがに目の前にいるんだから、細かい動きでも目を離すはずはない。注意深く技を発動させる。
一瞬剣の形がぶれたのはまだ練習不足のせいだが、向かいにいるプヨンは素早く左右を持ち替えたように見えたはずだ。
自分でもあらためて注意して見た目を気にしたが剣が入れ替わったこと以外は特におかしなところはない。
「あれ? 今何か変わったのかな? 一瞬剣がぶれた気がしたけど」
プヨンが確認してくる。まだばれていないはずだ。その時、腕のうぶ毛が逆立った。何かさぐりを入れてきているのはわかるが、何をしているのかはわからない。それでも特に反応はせず冷静を装い続けた。
プヨンはレオンの様子を伺っていた。誘導してみようとしてみたが引っかからない。見た目がぶれたのは間違いない。何かあったのは間違いない。
念のため磁気反応で確かめてみた。レオンの産毛も逆立つが、これで気付かれることはないだろう。
金属反応の位置は変わらないところを見ると、レオンの剣は変わっていない。
おそらく見た目だけ変わっているだけだ。短い剣の上に長い剣の映像を見せ、長い剣は短く見せたに違いない。よーく見ると、剣の形がつなぎ目のところでずれていた。
そういえばさっきは顔の表情を変化させていたが、今度は剣の長さの偽装のようだ。
いつも真っ向勝負のレオンはせいぜいフェイント程度しか使わず、見た目をいじるのは珍しい。その分慣れていないのかユコナやルフトに比べると動きもぎこちなく映像も荒い。
ただじっとしているとわかるが、動いている途中でこれをやられたら見極めるのは難しそうだ。そう思っているとレオンは剣を背後に回す。一瞬背中で見えなくなった剣が再び現れたときはもとの状態に戻っていた。
大げさに動いて様子を見つつ、レオンには気付いていることを気付かれないようにする。
本体は入れ替わっていないので、見えない部分の刃先が体に当たると当然切れる。よけ方が大きくなると隙も大きくなりそうでなかなかやっかいそうだ。
こうした戦いは経験が少ないプヨンとしては、ここはレオンの動きにしばらく付き合って経験を積むことにした。
レオンはプヨンが自分を観察していることに気づいた。じっとしているとまずい。とにかく動いている方がよいとプヨンの周りをぐるぐると動く。タイミングを見てプヨンの背後で見た目を入れ替え、隙を見て切り込んでみる。
ブンッ、ブンッ、シュパッ
「や、やった!」
冷静なレオンが珍しく絶叫する。
今日初めてプヨンに剣が当たったからだ。小さな切り傷ができ、赤い筋が見えていた。
プヨンは予想以上に大きく避けていたためかすっただけで、あれでは大したダメージにならない。だが当たったのは事実だ。
喜ぶ暇もなくプヨンは反撃してくる。
だがタイミングが合うと剣先が当たる。2度、3度。ただプヨンもなんとなくわかってきたのか、その後も激しく切りつけあうがお互い当たらず膠着状態が続いた。
「えい。うりゃ。とりゃ。ぐっ、当たったのは結局4回だけか」
少し焦ってきた。距離を把握したのかプヨンは確実にかわせるようになっている。
おまけに切り裂いた皮膚のところはいつの間にか治っていた。ダメージなしだ。
うっと唇を噛む。こっちが必死に動き回っているにも関わらず、プヨンは軽傷ならなんなく治してしまうようだ。これでは決定打を浴びせないと不利だ。
それっきりレオンの剣は再び当たらなくなってしまった。




