仲間との攻防の仕方 3
「プヨンさん、すごいですよ。ガリウムメダルをくれるということは、リ・ウムさんに認められたってことですよ? やった、まさか任されるとは。リ・ウムさん、ぜひ運ばせてください。サラリス様よく引き留めてくださいました」
何を認められたのかはよくわからないが、レオンはお悦びだ。一人で盛り上がって話を進めていく。どうやらレオンの中ではその貴重らしい水差しはプヨンが運ぶことが確定したようだ。
もともとはリ・ウムが自分たちで運ぶつもりだったらしい。そこにレオンがなんとか絡もうと護衛を引き受けたらしいが肝心の手駒がない。
藁をもつかむ思いでプヨン達を呼ぶことになったのはいいが結局直接にかかわることができていなかった。
なぜレオンがこの件に絡みたいのかプヨンは何も聞いていなかったが、事情があるのはわかりレオンがするに任せていた。
ただプヨンに近づいてくるレオンをよく見て気が付いた。
喜んでいるのは顔だけで目は妙に落ち着いている。
プヨン以外には角度的に見えないが、どうやら何かしら含むところがあるようだ。たしかにレオンは普段はあまり表に出さない。感情を意図的に出して大げさに反応しているようにも見えた。
プヨンは一緒に喜ぶべきなのか、どう反応したらいいのか少し考える。
「そうなんだ。それは喜んでいいのかな? 仮に受けたとしてこの依頼品を無くしたり壊したりしたらどうなるの?」
「あははー、それはもちろん死ぬまで、いや人生3回分くらいはタダ働きでお詫びしてください」
レオンは笑いながらひどいことを言う。
ユコナ達は冗談と受けたようでつられて笑っているが、プヨンはその物から何か感じるものがあった。不思議な感覚だ。
もし本当に珍しいものなら本当に3回死ぬまで働かされそうに思え、無意識にリ・ウムの目を見てしまう。
リ・ウムはそんなことは知らないとばかりによそ見をしていたが、ウラビンは少し渋い顔をしているのがわかった。
「大丈夫ですよ。一番難しいのは依頼主から任せたって言ってもらえることです。輸送者はベストを尽くせばそれ以上は何も言われないですよ」
「えー、ほんとかよ? ちょっと適当過ぎる」
プヨンも運搬受領の経験はちょくちょくある。何度か酒樽を落としたり、雨や運搬車の故障で食材をダメにしたこともある。もちろん不可抗力だとしても、いろいろ嫌味は言われるのは仕方ない。
「ベストってどのくらいなの? 逃げるのはありなのかな?」
あえて聞きにくい依頼主のリ・ウムではなくレオンに聞く。プヨンなりの逃げだ。
任されるのはいいが何かあった時のことは気になる。まぁそのあたりもレスルで仕事をしていればみんな経験していくことだ。
引き際の一つの節目が後遺症が残るかどうかだ。そういう状態になれば、それ以上を求められることはまずないのが暗黙の認識だ。
ただあえてそれを聞いたのは、今回もそれでいいのかの確認のためだ。
今回のようなあきらかに運搬対象が量産品の安物ではない場合はみんな悩む。
酒樽を落としてもごめんなさいで済むし金で解決できるが、貴重品は代わりがないし修理してももとに戻るか怪しい。つい力が入って無理をすることになりかねないため、線引きは必要だ。
「安心しろ。こういう時には複数の『本物』係を用意している。すでに何組かに分けて出立している。それはそのうちの1つに過ぎない。それにこうした輸送にはある程度保険が入っているので、盗んだり、びびってすぐに逃げたりしなければそれ以上責任は問わない」
それを聞きかなり心が楽になった。ポッと出にそんな貴重品を任せるわけがないとホッとしているプヨンに対して、これは本物じゃないのかと落ち込んでいるレオン。
表情がプヨンとレオンで真逆だ。
だがリ・ウムは安心したプヨンを見てニヤッと笑うとこう付け足した。
「あぁ、一応言っておいてやるけど、そいつが本物だ。一番ありえないやつに持たせる。それでこそ相手を油断させられるってもんだ。そして運ぶ方も真剣になる。一石二鳥作戦だ。俺はさえてるだろ?」
「え? 本当ですか? これが本物?」
「当然だ! お前に任せるのが本物だ。断固死守するように。俺は正直者だからな」
プヨンの問いにリ・ウムは答える。プヨンとレオンの喜哀の表情が一瞬で入れ替わる。プヨンは精一杯の抵抗として露骨にいやそうに、レオンは満面の笑みでリ・ウムを見返していた。
「仮に偽物でも俺は本物と言うがな」
正直者らしいリ・ウムはわざわざそう宣言してくれた。
プヨンがプレッシャーを感じていると、レオンがそっとそばに寄ってきた。腰に差した大小2本の剣がカチャカチャと音を立てている。
なぜ真顔なんだろうと思ったが、さっきまでと違いレオンは顔の表情がまったく変わらないことに気づいた。眉毛一本動かない。
どうも本来の顔の上に魔法で顔の映像を表示しているが、自由に表情を変えるにはそれなりのFPS技術、表示速度が必要になる。
ユコナやルフトの位置偽装と原理は同じ、映す物が位置偽装なら風景だが、動画表示のユコナ達と違い、静止画を用いて表情偽装をしている。笑顔のまま完全なポーカーフェイスになっていた。
「顔だけ偽装か? なるほど」
小声の独り言が聞こえたのだろう。レオンがゆっくりとプヨンの腕を掴み顔を寄せてきた。
「プヨンさん緊張しすぎですよー。私たちもちょっと外の空気を吸いに行きましょう。2人だけでちょっと作戦会議を」
「え? 作戦会議? そうなのか?」
プヨンの返事を待たず、腕を組まれ強引に外に連れ出された。
バタンッ
外に出て部屋の扉を閉めようとしたところで別の声が聞こえてきた。プヨンの集音魔法の効果だがユコナのようだ。そっと扉の隙間から中を見る。
「私たちにもメダルはありますか?」
「あるぞ。ほらよっ」
チンッ、パシッ
「や、やった。ありがとうございます!」
指ではじくと金属音がして宙を舞う。リ・ウムではなく、ウラビンがポケットから何かを取り出してユコナに放り投げた。
ユコナがナイスキャッチで受け取ったのだろう、音が聞こえ直後に驚きの声が上がった。
「こ、これは、ペダル……」
「お前たちは名誉ある囮の囮を任せる。ペダルをしっかり守り、何かあったら本命のように行動してくれ」
「お、囮になれと?」
ユコナは肩を震えさせながら、ゴミを力強く握りしめていた。
ウラビンとユコナのやり取りをもう少し見たかったが、プヨンはレオンに誘われて外に出た。
無言でそのまま歩き、入口から少し離れた木陰まで移動した。
ここなら人はいないということだろう。何事かと思いプヨンは尋ねる。
「なあ、レオン、ほんとは今どんな顔してるんだ? 本当の顔を見せてくれないか?」
「うっ! 気付きました?」
「髪の毛やまつ毛が揺れないからな、不自然だよ」
「むむむ、さすがです。実はここだけの話なんですが、ちょっとペアを組んでいただきたくて」
レオンの顔が表情のある元の顔に戻る。満面の笑みは変わらないが、それとなくプヨンと悲喜が反転していた理由を教えてくれた。
「最近高額品の輸送に限って盗難が続いているので、治安にかかわるものとしてなんとかしろとのお達しがあったんですよ。レスルも保険の支払いの関係でもめているらしく、色々と調査依頼がきていまして」
「高いものには、ふつうレスルなんかを通して自前の警備をつけるんじゃないの?」
「それが手薄だったり、なぜか肝心な時には散開していたりで強奪されているのです。もう何度になることやら」
組織的な犯行なんだろうか? レオンの返事にプヨンは少し考える。
「ルートとかもバレバレ?」
「そうです。そしていろいろと調査した結果、共通の人物がいることがわかったんです」
「誰だかわかりますか?」
そう言うレオンに対し、答えられる人物は1人しか思いつかなかった。
「ウラビンかぁ」
他はそもそも名前もろくに知らない。だがビクッとするレオン。肩が震えてわかりやすい。どうやらあたりのようだ。
「まあ、リ・ウムならわざわざメダルを渡したり、荷物を渡したりはしないよな」
「そ、そうですね。実は1番ネックだったのは最重要品の運搬にどう関わるかだったんですよ。それをあっちから頼んでくるとは……」
「うーん。たまたまでしょ。でもさっきのが本物って確認はどこから?」
「今までの経験からです。あれだけ頼んでもダメだったのに……、なぜ? でも結果が大事です。これで何度も盗難が出た理由に少しは近づけるかも。ですので、うまく見つかって相手を視認したら、取られないように逃げてください」
レオンは納得しているのかいないのかよくわからない。そして厳しい要求を平然と言う。
無茶を言うなと思っていると背後から声がした。
リ・ウムだ。ウラビンも後ろにいるが、ユコナ達はいなかった。
「レオン隊長! ウラビンが言うんだ。ほら、最近盗難事件が多いだろ。そいつは貴重品だって伝えただろう。美的センスだけじゃなく、実力も見せてもらおうってな。レオン隊長は知ってるんだが、そっちのプヨン殿をな。軟棘条約ってやつでちょっと見せてくれよー」
怪しい。興味津々なのが丸わかりだ。
何がしたいのかわからないが、もしかしたらこちらの手の内を見極めておきたいのかもしれない。
だがお前たちの実力を確かめるという名のちょっとした武芸披露要求は依頼主の特権だ。どこでも人気があるが、リ・ウムは見るからに好きそうだ。
「プヨンさんに、自分を敵に見立てて守れるだけの実力があるか見せろ、そう言うことですね」
「さすが隊長。話がはやい。そういうことだ」
レオンも勝手に承諾したかのように受け答えする。まぁ、拒否することはできないだろう。
「雇い主ですしね。3分だけですよ。これ以上はできませんよ?」
渋々受けざるを得ない。
レオンとは何度か絡み合ったことがあったが、どこまで見せればいいのか悩む。圧倒的になってもそれはそれで立場がないだろう。
レオンは武者震いなのか少し声がうわずっているが、気持ちが固まったのか腰の位置から剣を2本取り出した。ゆっくりとだが、ストレージを使って剣を取り出したようだ。
適度に見せるだけという割にやたら気合が入っている。
「え? いきなり真剣で? 軽くじゃないの?」
「今日こそは一撃入れさせてもらいます!」
「え? 一撃入れたことなかったっけ? そうだっけ?」
ゆっくりと頷くレオン。急にやる気満々のレオンを前に、適度に見せ場を作りつつ、レオンの本気をかわさねばならいと少し緊張する。
レオンはゆっくりと構えに入る。
いつも右手に1本持っていたはずだが、今日は2本。今まで見たことがないものだ。長いものと短いもの2本ある。
くるかと身構えたとき、急に何かを思い出したようにレオンが慌てだす。
「ちょ、ちょっとだけ待ってください。は、ハンデをください」
ちょっと時間をかけて抜いたばかりの剣をストレージに収納すると、まったく同じ形の剣を取り出した。
「な、何をやっているんだ? レオン」
「何もしていませんよ。ちょっと出し入れをしただけですけど……」
あからさまに不自然だが、見たかぎりでは剣を格納してすぐに取り出しただけに見える。
プヨンも一応背中の棍の留め金をはずし、抜けるようにした。
超重量級ではあるが、最近は重さにも慣れてそれなりの速度で振り回せる。レオンとも速度的にもいい勝負ができるはずだ。
プヨンはその剣が目の前で入れ替わったことに気づいた。入れる前後で色が変わっている。
「レオン、1つだけ聞いていいか? なぜ鉄の武器や防具はやめたんだ?」
「え? なぜそれを? ユコナ様が言った通りですね」
ユコナが何か余計なことを吹き込んだらしい。
「色が変わったからな。銀はさすがに高いからないとして、銅か真鍮あたりか」
「あたりです。貧乏なんですよ。これは特注の『ブラスバンド』です。しかし、バレるの早すぎますね。ユコナ様が言っていました。プヨンは鉄を引き付けると。電気魔法対策ですよ」
強度の劣る金属に変えて何を考えているのかと思ったら、わざわざ準備していたらしい。
プヨンがいつも通りコイル状に電流を発生させ、簡易の電磁石を利用して鉄の武器の動きを抑制することを知っていたようだ。
念のため使ってみたがレオンの剣は反応しなかった。鉄の剣は引き寄せられるが、銅の剣はくっつかない。
会話はウラビン達には聞こえていないようだが、緊迫した雰囲気は伝わっているのか、固唾を飲んで見守っているのがわかる。
「じゃぁ、行きますよ。最初は準備運動ですけど」
手合わせをするプヨンもいつも通りの『パイオン』を使用した空気固定の防御壁を最低限にし、剣に耐えられる硬度を維持しつつも受けて立つことにした。
ビュン、ヒュヒュン
と思ったらレオンは嘘つきだ。レオン剣の風切り音がかわせはするが身内だというのにまったく手加減がない。全力で打ち込んできた。2本の長さの違う剣を巧みにつかって打ち込んでくる。
それを巧みによけ続けている。こんなもんでいいかな、そうプヨンが思ったとき、
カンッ
余裕で避けたはずなのにプヨンの手首に剣が当たる音がした。一応、肌の硬質化とその上にも空気を固めた防御壁、二重の壁をまとっている。切れることはないが、
「あ、あたった?」「あたった!」
プヨンはあたったことが不思議で、レオンはダメージがないことが不思議だった。




