囮の使い方 2
プヨン達は黙ったまま待っていた。少しするとメサルが言葉を選びながらもぽつぽつと話しだした。
「実は俺も詳しいことは知らないんだが、教団にはある秘密があるらしいんだ」
「え? 秘密? 秘密なの? ちょっと詳しく聞きましょう」
サラリスが使う『ヘルイヤー』『フエルイヤー』は音量を調節できるらしく、問題なく聞き取れたようだ。
秘密と聞いて目が輝いている。急に駆け寄り会話に割り込んできたが、メサルは首を横に振って拒否していた。
「知っていたら教えてやるんだが、特殊な治療法だと聞いている。たしか『ヒーリング』に対して『ピーリング』とか言っていたはずだ。ローバ様は何かを剥がすと言っていたが、実は俺も詳しくは知らないんだ」
「治療? 治療なんだ? でも剥がすんだ? 何を?」
ユコナも興味ないふりをしつつしっかり聞いている。まぁ、この学校にいて治療に興味がない者はいないかもしれない。
治療魔法はある程度鍛錬すれば誰でもそれなりに使える。もともと誰にでも備わった基本能力だ。
集中に時間かかるため普段使いで安定した環境でないとダメとか、緊急時でも同じように使えるのかといった制限や効果の差こそあれ、まったく使えないということの方が珍しい。
特別な魔法を使わなくても、本来の体の機能として軽傷なら治っていく。
プヨンの治療は方法が異なるが、一般的には生きているところを寄せ集めて傷口を塞ぎ、あとは薄くなったところの再生を促す方法が主流だ。あとはどこまで意識で回復速度を加速できるかが能力の分かれ目になっていた。
「あー、あれなぁ。言葉の意味はわかるんだが、どういうことかよくわからなくて……。ちょっと待ってくれよ。今、整理しているところだ」
メサルは何か考えをまとめようとしているようだ。
プヨンもメサルの言う『特殊な治療』が気になった。最近変わった治療に出くわすことが続き、一般的な外傷を治すだけではないことを知ったからだ。
そういえば以前レアが怪我したときも、メサルは蘇生系には強い興味を示していた。あれも傷の治療ではない。
短時間止まった心臓を再稼働させただけだ。あれを蘇生というのは微妙ではあるが、メサルにとっては衝撃的だったようだ。
すばやく傷を治し体組織を元に戻し、意識が失われる前に再稼働する。
この方法は完全に死んで時間が経ってしまったものには効果がなかった。個体差もあるだろうが、せいぜい2、3分までが限度だのはずだ。
プヨンは以前から巡回時などで、怪我や肉食系の獣に食べられた直後の動物を見かけると、鍛錬の機会を逃さないようにしていた。
動物側もそのままでは死んでしまうし、うまく治った場合は元気に去っていく。試すだけの価値はある。
つい先日もフィナツーが見つけてきたことがあったことを思い出す。
「プヨンあそこにまだ体温が残ってそうな動物がいるわよ」
「お。わかった。じゃあさっそくやってみよう」
「どのくらい頭が残っていれば大丈夫なのかな? 意識のないのに体だけ治すのってリスクがないのかな?」
「ある。大いにある。最近思うんだけど、生きるしかばねの『カルカス』なんかは体だけ治ったパターンなんじゃないかなって思ってるんだよなぁ」
「私たちみたいな樹木ベースならどこまでもつのかしらね」
「うん。今度試してみようと思うので協力ください」
「うんうん。私もプヨンで試させてね」
フィナツーとプヨンはニヤッと笑って、お互いなかったことにしたがどのあたりが限界なのか、次の課題は見えてきていた。
ただ人に対しては未知数な部分もあるが、いろいろな動物で試しているぶんある程度の応用はできるだろう。そこそこの成功率は期待できるはずだった。
「そうか。治療魔法なのか。剥がすなぁ」
「そうだ。剥がして治療するのだ。見たことはないが」
「言っている言葉の意味はわかったけど、それはどうして秘密なんだ?」
剥がすというから玉ねぎの皮を1枚ずつ剥くイメージを持ったが、これがどう回復につながるのかとプヨンは悩む。
「危険なものだから秘文書扱いなのだそうだ。どうやって隠しているかも、何が危険なのかもよくわからないがな」
本人がわかってない以上、深刻さが今ひとつわからないが手間をかけて大掛かりに守っているのならよほど大事なことなのだろうか。
「それって私達に言って大丈夫なの?」
「関係者なら公然の秘密ってやつだし、俺がそうであるように知ったところで使えないさ。それに俺が言ったのはこの4人だけだ。漏れたらユコナがバラしましたと言うからさ」
「えぇーー、ひど。でもそれってみんなに言っているんでしょ? 問い詰められたらメサルから聞いたって言うしかないわね。口止め料、口止め料」
ユコナの質問に対して、メサルは当然という顔をしながら脅しをかけようとしてやり返される。プヨンとしてもここはメサルを守るべく動くしかない。
「まあどこの教会や貴族だって秘密の1つや2つあるさ。秘密があるってだけだから気にしなくていいよ。もっとも表では『ない』って言うけどな。じゃあ、メサルの口止め料4人分で穏便にすまそう」
「え? なんだって? なぜ4人分なんだ?」
「もちろんメサルの分もいるだろう?」
メサルは頭が『???』になり脳細胞の動きを封じられたようだ。予想外の反応で驚いているが、本気で取ろうと思っているのはユコナだけだろう。もっとも秘密を共有することで信頼を感じたのか、ユコナも満更でもなさそうだ。
秘密というだけで意味もなくドキドキしているのはプヨンもわかった。
プヨンはメサルの説明を脳内再生しながら、その『秘密』の中身を考えてみる。
剥がして治療するもので難易度が高いもの、病巣、壊死部分、免疫的なものが頭に浮かんだ。若返りなど、新陳代謝を促すようなものもありそうだ。そして精神や記憶も可能性がありそうに思えた。
プヨンは漠然と思い当たることがあったが、今それを確認する必要はない。それより聞きたかったことはこっちだ。
「なるほど。じゃぁ、その秘密の一部をレアが握っているんだな? だからレアがメサル、メサルと言うのかぁ」
メサルは一瞬ビクッとした。それだけで『はい』と言っているようなもんだ。少しためらっていたようだが、かえって秘密を隠す必要がなくなったからかゆっくりとうなずいた。
「そうだ。だから守られているのはレアだが、より安全を高めるために一般には俺が秘密を守っていることになっているんだ。まぁ、俺は囮だな」
「なるほどな。何かあっても秘密には被害がないし、仮に襲われたら本体の警戒をあげる時間が稼げるのか」
「あぁ、俺が1人離れているのもそんなとこだ。俺が自ら志願したんだ」
「どうして? そんなことしたら危険じゃないの? ねぇ、サラもそう思うでしょ」
ユコナが理解できないという顔をするが、プヨンは全体を考えればわかる気がする。
「そりゃ決まってるだろ。本命から目をそらすためだろ」
「そうだ。そんなところだ」
メサルも即座に肯定する。
プヨンはいくつか不思議だったところが理解でき、メサルの不自然に思えていた行動の裏が取れ、なるほどと納得した。
レアが事情を知っているなら、代わりの的になっているメサルを異常に気にしているのも自然に思える。自分の身を案じて、あえて危険を冒してくれていることになる。それが身内であれば、慕うのも当然だろう。
そしてメサルに対する教会側の保護が大事と言いつつ疎かになっているのもそのためだ。
メサル自身がかってでたことと、メサルに万が一あっても実害が少ないと合理的に判断しているからで、さすがにメサル単独で凌ぎ切れるほど高く実力が評価されることはないように思えた。
「だから、俺は自分で自分の身を守らないといけないんだよ。だからこそ治療と防御はそれなりに自信があるのだ。プヨンなら知ってるだろ?」
メサルは逃げながら自分を治療できる。
プヨンも何度か真似しようとはしたが、立ち止まらず集中力を維持して軽傷治療する速度と正確さまだ及ばない。
もっともそのおかげもあって攻撃面ではずいぶん応用ができている。走ったり飛行しながらの魔法斉射は、資格こそないものの得意と呼べるところまできていた。
「あぁ、まぁ、わかるよ。メサルは動きながらの軽傷治療はなかなかのもんだしな。まあ、守れる範囲は守るよ」
「頼むわ、プヨン。でも基本は他勢に無勢。俺は基本は逃げだけどな」
メサル本人も囮として、レアを狙う狩人からの防御柵になるつもりだろう。偵察に出て見つかっても帰らないことが報告になる。そんな心づもりのようだ。
それを理解した上で守らねばならない、それを思い直してプヨンは黙ってうなずいた。
その日の夕方、
「なぁよぉ、ユコナさんよぉ、わかるように説明してくれや」
ユコナとサラリスは報告ポイントを稼ぐため、今日あったことを報告に訪れていた。本日のリーダーを務めたことに対する役職ポイントのようなものだ。
行動班の班長役が、その日の出来事の報告をする。1班3分以内、要点をまとめ簡潔かつ正しく報告をすればいい。メンバーを取りまとめてうまく解決できれば加点がある、今日はそれを狙えそうだった。
「はい、再申告します。本日、11:20頃、ここから7km、亀ポイントの手前の側道で大根強奪犯を目撃、男は逃走しました。大根所有者を保護したところ、仲間と思われる男7名が現れ、大根所有者とともに襲撃されましたので、撃退、捕獲しました。大根所有者は逃亡、残りの襲撃者は引き渡しします」
サラリスも襲撃者の動きを直接見ていないため、ユコナの説明を補足できずもどかしそうにしていた。
おまけにメサルを狙ったらしいとプヨンは言っていたが、そこはメサルに伏せてほしいとも頼まれた。
サラリスは少しためらったが、ここは次善の策を発動する。
「教官殿、下名、当番の時間を失念しておりました。失礼します。ユコナよろしく」
「え? 最後まで一緒にいないの?」
強引に退室許可をもらい主報告者のユコナに任せた。改めて教官がユコナを見る。
「じゃあ、何か? 大根を盗まれそうな女を助けたら、仲間を呼ばれて襲われた。だから捕まえた」
「はい! その通りです。これが証拠品の大根です。男達は通りがかったところ気分が悪くなっただけで、襲撃については思い当たることはないと思っています。
実際に減圧症を発生させられた男達は、プヨンがある程度回復させたあと当番教官に引き渡されていた。体調が完全回復していないため、引き続き救護措置は受けているらしい。
「うーむ。むむむ」
うなる教官。しなびた大根を見せるユコナは誇らしげだ。
「どんなふうに襲われたんだ? 聴取する前に聞いておこう」
「え? それは、大根を奪うとすみやかにダイコン切りで殴りかかってきたので、めまいと頭痛を引き起こして倒しました」
「大根で殴りかかってきたからめまい? 全員が同時にか? どう思いますか?」
ユコナの前にいる教官は、後ろに座って黙って聞いていた主教官の意見を聞いた。
「よくできた報告だな。外に出て50mジャンプで上空の綺麗な空気を吸ったらもっとよくまわるんじゃないか?」
「え?」
「よし、ユコナ。特別追加訓練、垂直跳び50mを100回だ。その後に報告を練り直してもう一回こい」
「え?」
垂直跳びは全力で真上に飛び上がる単純な飛行訓練の一種だが、50回はなかなか厳しい。しかもしっかりまとめた報告なのに、どう練り直すのか。ユコナは厳しい表情をする。
「どうした? わかったのか?」
「は、はい。ユコナ、垂直跳び50回実施後、報告に参ります」
逃げるように退室した退室したユコナは、直後に廊下で待っていたプヨンとすれ違う。
「おつかれ。どうだった?」
「プヨンと一緒に垂直跳び50回よ」
「え? え? どういうこと?」
「ついてくればわかるわ」
指先用チョークの粉を手に持ったユコナは、プヨンの腕を魔法で捕捉するとグランド隅の尖塔脇の垂直飛び表示板に引きずっていった。




